第40話「見習い魔法薬師の躍進」
いつもよりも文量が多めですがよろしくお願いいたします。
第40話「見習い魔法薬師の躍進」
監督役であるラール・レーメルが退出した――多目的室では見習い魔法薬師達が混乱を極めていた。
今回の課題があまりにも突拍子もないものだったからだ。それに、作ることも不可能なことに近いのに、それを一時間で作り出せと言われている。無理難題も良いところだ。
この室内に満ちている空気は、当然の空気と呼べるだろう。
本当にこれが試験なの?
ルルネはそう思わずにはいられなかった。
だって、こんなこと未だかつて聞いたことがないような事案だ。誰もが動けず、どうしたら良いのかと途方に暮れていた。
それに『マタドールの製薬』を作るには、それなりに専用の素材が必要なはずだ。しかし……
ルルネはそこまで考えて室内を見渡した。
この部屋にあるのはその中でも超強中和剤と呼ばれている素材だけだった。こんなんでどうやって『マタドールの製薬』を作れって言うのよ。
薬を作るために必要な素材がどんなに頑張っても二つは足りていないじゃない。
ヒオウギ草にゲンブントータスの甲羅の欠片。欠かしてはいけないはずの二つの素材がここにはなかったのだ。
この状況でどうやってその薬を完成させろと?
ルルネは頭の上に盛大にクエッションマークを浮かべずにはいられなかった。
だって、ただでさえ調整不可能に近いと言うのに、その上素材もまったくない中でその薬を作れと言われているのだ。
あの天才少女は一体、何を考えているのかしら? それともあれかしら、自分は天才だから、これぐらいのことは簡単に出来るとでも言いたいのかしら?
ルルネはそう考えてしまうが、その途中で首を横に振った。
あり得ないわね。あいつからそんなことはまったく興味がない奴だと聞いていたし。
それじゃあ、どうして?
再び思考に戻ってしまいそうになるが、今は試験中であるため何もしないわけにはいかないとルルネは考え直し、とりあえずここにある素材を確認することにする。
確かに色々と揃ってはいるみたいだけど、結局、今回の調整で使えそうな素材はこの四つじゃない。
そう考えながらルルネが用意した素材は、超強中和剤にキーリントータスの甲羅の欠片。ヒヨス草にアーガスの枝の四つだった。
ヒヨス草はヒオウギ草の代用で使えないこともないだろう。特に問題があるとしたらこれよね。
ルルネは四つの素材の中からキーリントータスの甲羅の欠片を手に取って唸ってしまう。
ゲンブントータスの甲羅の欠片は、薬を作る上で触媒としてかなり優秀な素材とされているが、今回用意されているキーリントータスの甲羅の欠片は、触媒としては下の方に位置していた。何せ親和性が低いため魔法薬を作る為でもそれだけでも難易度が上がってしまうのだ。
こんな素材を使って薬なんて作れるのかしら?
ルルネはそう感じずにはいられなかったが、アレスの言葉を思い出して意識を改めた。
王都には王都のやり方。ここにはここのやり方がある!
ルルネはとりあえずやるだけはやってみようと思い、容器にそれらの素材を詰めていく。
そして、手を翳して容器に魔力を送り込むと、容器の内側から光が漏れ始めた。だが、その光は一瞬のうちに四散してしまう。
「う~ん、やっぱりダメか。魔力が強すぎたのかな?」
この『マタドールの製薬』は特に魔力の加減が難しいとされていた。
だったら、今度は弱めにやって時間をかけて調整するしかないかな。
ルルネはそう考え直すと、再び調整をするために容器に素材を詰めていく。
「ねえ、ルルネあなた何やっているの?」
作業をしていると、呆然としていたアーリが近寄って来てルルネにそう声をかけていた。
「何って試験の課題の薬を作ってるんだけど」
「作ってるって、あんな薬作れるわけがないじゃない! 落ちこぼれのルルネは頭でもが残念なのかしら! 良い夢を見ているようなら覚まさせてあげるわよ! あの天才少女とやらは、無理な課題を押し付けて、私は天才ですって高みの見物をしてるのよ! そんなことまで分からないぐらいあんたの頭は弱いのかしら!」
「アーリ」
アーリの反応はまともな反応と言えるだろう。むしろ、その反応が当然と言える。かくいうルルネも先ほどまではアーリと同じ気持ちを抱いていた。だけど、だけど……
「100%不可能ってわけじゃないわ。確かに不可能に近いのかもしれない。薬を完成させることなんて出来ないのかもしれない。でも、それが調整を諦める理由にならないわ」
ルルネはそう言いながらも調整を続けていく。容器の中が淡く光り輝くが、やはりと言うべきかその光は四散してしまう。
これでもダメか。なら、ちょうどいい加減が分かるまで何回もやるだけだ。
「それにアーリ。もしもここで諦めるんだったらそれがあなたの限界よ」
ルルネの言葉にアーリはハッとするが、その後すぐに悔しさからなのか奥歯を力強く噛み締めていた。
「落ちこぼれの癖にうちをバカにしたこと後悔させてあげる」
アーリはルルネにそれだけ告げると、材料を掻き集めて自身も調整を開始する。
そんな二人の姿を見て、固まっていた魔法薬師の卵たちが一斉に動き始める。誰もが不可能と思われる薬の調整を開始したのだ。
***********************
「まったく、ラーも意地が悪いよな。こんな試験、受ける方からしたらかなりの地獄だろうに」
「でも、この試験を乗り越えれば、魔法薬師としての実力はかなり上昇する」
「そうかもしれないけどさ」
今回、試験を受けている人たちが気の毒でならない。ちらりと隣を見ればルナがモニターを食い入るように見ている。
それぐらいにルナはルルネのことが心配なんだろう。
俺は思わずそんなルナの頭を撫でてしまう。
「あなた?」
ルナが不思議そうに首を傾げている。
「ごめん、何でもないよ。ルルネはどんな感じなんだ?」
「あっはい! ルルネさんは今必死に薬を作ろうとしてるところですよ」
ルナの言う通り、ルルネは何とか薬を作ろうと必死にやっているところだった。
「けど、やっぱり辛そうだな」
時間を確認すると既に三十分ほど経過しようとしていた。
「はい。ですけど、未だに誰も薬を完成させた人はいませんよ」
「そうだろうね。さすがに未知数の薬を作れと言われてるんだ。そうなってしまうのも仕方ないだろうな」
レシピが開示されているのならまだしも、レシピも開示されているわけでもなく、さらには難題の薬を作るための材料は代用品を使わなければいけない。この状態で混乱しない人がいないわけがない。
「なあ、ラー」
「リアムなに?」
「お前の実力を疑っているわけじゃないんだが、ちゃんと薬は完成するんだよな?」
「もちのろん。ただし正しい組み合わせでなければ薬は完成しないけど、ちゃんと見習い魔法薬師達の実力でも作れるようになってる」
ラーがここまで言うのなら作れるのだろう。しかし、モニターを見る限り見習い魔法薬師達が薬を完成させること出来るのかと思えなかった。
正しい組み合わせを見つけ出せていないってことなのだろうか?
俺がそう考えていると、俺たちがいる部屋の扉がいきなり開いた。そこから、一人の役員が入ってくる。
「リアム・ラザール様はいらっしゃっるでしょうか?」
「リアム・ラザールは俺ですけど」
俺が立ち上がって答えると、役員の人は駆け寄ってくる。
「王城から伝令が届いています」
「王城から?」
役員は頷くと、一つの手紙を差し出してくる。俺はそれを受け取るとすぐに封を切って中身を確認する。
「マジか」
内容を確認して、俺は思わずそう漏らしてしまう。
「あなた? どうかなされたのですか?」
「ああ。急遽の呼び出しだ。内容はここには書いてないけど至急王城に来るように書かれているんだよ」
「王城にですか?」
「うん。ただ呼び出しているのがセシルだからな。嫌な予感しかしないんだよな」
嫌な予感しかしない。と言うか100%その確率だろう。
俺はため息を何とか飲み込むと、ルナの方に向き直った。
「ごめんなルナ。今から王城に行ってくるよ。だから、ルルネのことをよろしくな」
「はい! いってらっしゃいですあなた! 気を付けて行って来て下さいね」
「ああ、行ってくるよ」
俺は部屋を立ち去る前に一度、ルナのことをぎゅっと抱きしめた。その際にルナが頬にチュッとかわいらしくキスをしてくれる。
俺はルナの頬に同じことをし返してから、ルナから離れると王城に向かうために部屋を後にした。
ルナはそんなリアムを見送ると、静かにソファーに腰を下ろした。そして、胸の前で祈りの形に手を組んだ。
ルルネさん、わたしがあなた分も一緒に祈ります。だから、絶対に合格してくださいね。
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その頃、ルルネは必死に調整を繰り返していた。
この多目的室には他にも素材はあるのだが、ルルネは指定された『マタドールの製薬』を作るのであれば、この四種類の素材があればきっと大丈夫だとルルネは思っていた。
それとも元々使っている素材が間違っているのかしら?
ルルネは冷や汗をかき始めていた。
時間が足りない。残り時間はすでに二十分を切っていた。
何かが足りない。パズルを解くように何かのピースが足りない。そんな気分になってしまう。
何が足りないんだろう? やはり、自分の実力なのだろうか? だが、周りを見てみると誰一人として、薬を完成させている者はいなかった。それほどまで今回の試験は難題だと言うことだろう。
六度目の調整も虚しく光が四散しただけだった。
また失敗⁉ 本当に何が原因なのよ!
この六回の調整でルルネはただずっと調整をやっていたわけではなかった。注ぎ込む魔力の量を細かく調整して、何とかちょうどいいラインを掴もうとしていたが、そのラインも掴めそうになかった。だけど、その六回とも全てはダメだったと言われればそうでもなくて、確かに反応が安定しそうになったこともあった。
本当に後一ピースが抜け落ちている。ルルネはそう確信していた。
とにかく時間一杯まで調整に挑戦してみないと。
七回目の調整を開始する。
魔力を慎重に注ぎ込み、中の反応を見ていく。容器の中が輝きだしていく。ルルネは慎重に魔力量を強くしたり弱くしたりとして微調整を行っていく。
輝きが一段と強くなり、ここからゆっくりと光が弱まって行ってくれれば反応が安定したということになる。しかし、そうなる前に光は四散してしまう。
またダメ⁉
確かに今までもこうして失敗が続くことはあった。むしろその方が多かった。けど、今回は制限時間付きの本番だ。
ルルネの中には確かな焦りが生まれていた。
どうすれば、どうしたら?
ルルネは考えながらも調整をしていくが、焦りの所為で魔力量をドジってしまいすぐさま光が四散してしまった。
しまった⁉ 残り時間は⁉
ルルネは慌てて時計を見た。残りは十分を切っている。
残り時間的にもルルネの魔力的にも挑戦できるのは後一回だ。
これじゃあ、二年前と何も変わらない。それに何のために今まであいつの所にいて勉強をしてきたのだろうか?
「もうダメなの?」
ルルネは小さくそう呟いた。ルルネだけじゃない、周りもみな諦めのムードになっている。
このまま諦めるしかないのかな? やっぱり、あたし魔法薬師に向いてないのかな?
ルルネは本気でそう考えてしまう。
あいつなら、あいつだったらこの問題も簡単にクリアしちゃうんだろうな。だって、あいつあたしと違って才能があるもの。
あいつだったらどうしたんだろう? どうやってこの薬を作ったのだろう?
ルルネはそこであることを思いだした。
あいつはどんな難解な物でも、持ち前の発想力やアイディアで新たな物を作り出していた。
それにアレス先生の時もそうだ。あいつは昔のレシピから現代に合うような新しい薬を生み出した。それはものすごくすごい事だと思った。
そうだ。あいつはいつも不可能と思えることを可能としてきた。それにあたしはそれを間近で見てきたのだ。それに素材へのアプローチの仕方も何となくだけど教わっていた。
そうだ。あたしは何をしていたのだろう? その方法を使えば良かっただけじゃない。確かにあいつからは、錬金術師と魔法薬師の素材のアプローチの仕方が違うのは聞かされていたし、知ってもいた。だけど、だからと言ってやってはいけない決まりはない。だったら、やるしかない。あいつみたいな才能は、悔しいけどあたしにはない。だったら、あたしはあたしの出来ることを全力でやるだけだ。
ルルネは一度深呼吸をすると、素材を見直していく。
ヒヨス草にアーガスの枝、そして超強中和剤にキーリントータスの甲羅の欠片。
やはり、キーリントータスの甲羅の欠片がネックなのよね。しかし、薬を作るにはこの素材は必要不可欠だった。
だったら、この素材を使いつつ作るしかないわよね。キーリントータスの甲羅の欠片の欠点は、親和性が低いところにある。この親和性の問題さえクリア出来れば薬を完成させることが出来るかもしれない。
うん、やってみる価値はあるわね。
だが、もう残り時間がないためにぶっつけ本番の一発勝負になる。だけど、この方法に頼るしかない。
ルルネはそう考えを改めると、キーリントータスの甲羅の欠片の親和性を高めるための素材を探していく。
確か、キーリントータスの甲羅の欠片の親和性が低い理由って、魔力伝導率が極端に悪いことが一番の理由だったはず。なら、これを解消できる素材と組み合わせることが出来るなら、いける!
ルルネは必死に頭を回転させて、その合わせる素材を考えていく。そして、ある一つの素材に辿りついた。
それはキーリンシトロン。これは黄色い果物で食べると酸っぱいのだが、薬作りにも役立てられていた物だった。何故なら、このキーリンシトロンは魔力伝導率を高める効果があったからだ。
ルルネは早速それとキーリントータスの甲羅の欠片を使い調整を開始する。その二つの素材は容器の中で、分解されそして合わさっていく。光が治まる頃には中には黄色い結晶が出来上がっていた。
よし、これでちゃんとした触媒は完成かな。そして、次にこれらを……
ルルネはすぐに次の作業に取り掛かった。残り時間はすでに五分を切っていたためだった。
さっきよりも慎重に素材を容器の中に入れて、その外側から慎重に魔力を注ぎ込んでいく。
お願い、お願いだから完成して!
ルルネは強くそう願っていた。
そして、容器の中では四つの素材がゆっくりと分解されていき、一際強い輝きを放った。
ルルネは一瞬、また失敗してしまったのかと思った。が、それは違っていた。容器の中の光はさらに強く光るとその色を綺麗なカナリヤの輝きに変えていたからだった。
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