第39話「実技試験開始!」
第39話「実技試験開始!」
ルルネは再び魔法薬研究機構に訪れていた。実技試験も筆記試験と同じこの会場で行われることになっているのだ。
ルルネは昨日と同じように役員の案内に従って、建物の中を歩いて行く。そうして連れて来られたのは、昨日筆記テストをやった部屋ではなく多目的室にルルネは誘われる。
「試験はここで行われますので、中に入り今しばらくお待ちください」
役員の人はそう言葉を残して、ルルネに一礼するとその場で踵を返して来た道を引き返していく。
ルルネはそんな役員の背中に頭を下げて礼を告げると、その扉をくぐった。
中に入ると、すでに幾人かの同じ見習い魔法薬師の姿が目に入る。その中には、アーリの姿もあり、ルルネは何とも言えない気持ちになってしまう。だけど、今はそんなことは言っていられないと思い、深呼吸をして気持ちを切り替えようとルルネは試みるが、それは叶わなかった。何故なら、ルルネは先ほどから自身に向けられる視線に気が付いたからだった。
先に来ていた幾人の見習い魔法薬師達が、この部屋に入って来てからのルルネのことをじっと見ていたのだ。その視線は、何でお前みたいな奴がここにいるんだと言われているようなそんな視線をずっと向けられていたのだ。
その中にはこそこそ話をしている二人組も目に入った。
ルルネは思わず歯を食いしばってしまう。
今回試験を受けているのは、ほぼほぼがルルネと同期に当たる見習い魔法薬師達だった。一割弱は去年の試験に落ちて浪人している見習い魔法薬師達もいるのだが、ここにいるほとんどがルルネのことを知っている。
ルルネはそのことが悔しくて悔しくて堪らなかった。
「ルルネちゃん、注目の的じゃない! 羨ましいなぁ~」
悔しさを必死に飲み込んでいると、無駄に高い声が聞こえてくる。確認するまでもなくアーリであることを、ルルネは理解していた。
「ここまで周りに思われて、それでもここにいれるんだから、ルルネってすごいわよね。本当に鬱陶しいぐらいに」
アーリは作り笑顔を止めると、すっと口をルルネの耳元に運んだ。
「まあ、精々恥をかかないようにすることね。もう『落ちこぼれのルルネ』とは言われたくないでしょ?」
アーリのその人を小ばかにしたような態度には心底腹が立ったが、ルルネはそれでキレるようなことはせず、逆に冷静になっていることを自覚した。
「ええ、もうそんなことは言わせないわ。だって、あたしはこの二年間、魔法薬師になるために勉強してきたんだから」
「ふ~ん、ルルネの癖に言う様になったわね。まあ、精々頑張ることね」
アーリは鼻で笑うと、自分の席へと戻って行った。
「あたしは前のあたしとは違うんだ」
ルルネは小さくそう呟いていた。
しばらくすると、今日試験を受ける受験生が集まり始めていく。その様子を眺めてルルネは何処か他人事みたいにもう試験が始めるんだなぁ~と思っていた。
そして、その少しあと一人の少女がこの部屋に入って来た。その少女の姿を見て、がやがやしていた室内は、一気に静まり返ったのだ。
何故なら、この部屋に入って来た人物が、あまりにも規格外の人物だったからだ。
「ラール・レーメル」
誰かがポツリとそう呟いた声がする。その一声に静まり返っていた室内が、一瞬でさっきの喧騒を超える喧騒を取り戻した。
かくいうルルネもラールの姿を見て、固まってしまった一人だった。
黒髪をボブカットで切りそろえ、印象的な藍色の瞳は、眠たそうにとろんとしている。間違いなくラール・レーメルその人だった。
色々なプロセスをすっ飛ばして、史上最年少で魔法薬師になった天才少女がどうしてここに?
ルルネは教卓の前に立つ、その少女を見てルルネは疑問を抱いてしまうと同時にどうしていいか分からない状況に陥っていた。
目の前を見ると、そのラールの背が低すぎて教卓から顔が半分ぐらいしか出ていないのだ。
あれで大丈夫なのかしら?
「今日、監督を担当するラール・レーメル」
その言葉に再び、見習い魔法薬師達の間には驚きが走った。まさか、今日の試験を監督するのが、あの天才少女だとは夢にも思っていなかったからだ。
「ごほん、それじゃあ実技試験を開始するの」
ラールはのんびりした口調でそう言うと、黒板に今回の課題である薬名を書いていく。その薬名を見て、ルルネは言葉を失くしてしまう。ルルネだけでじゃない。他の面々も言葉を失っていた。何故なら、黒板に書きだされた薬名があまりにも規格外なものだったからだ。
マタドールの製薬。
それは医学者であったマタドール・アトルが見つけた、難病指定されている『マタドール病』を治すための薬の名前だった。
その薬の調整はかなりの困難を極める。安定させるのがものすごく難しい薬で有名なのだ。そして、その薬を作り出すのは、かなりの実力がいる。本職の魔法薬師達でも作れるものは限られるのだ。今のルルネ達にはまず作り出せないような薬だろう。
見習い魔法薬師達の間には明らかな戸惑いの色が見えていた。過去にそんな難題な薬が課題と出されたことが前例がなく、前代未聞の異常事態なのだ。
「あの、その課題って間違っていませんか?」
誰もが目の前で出された課題の薬を受け入れられないでいた。そんな中、誰かがポツリとそう言葉を溢していた。
「大丈夫、間違ってない」
「嘘だろ……」「あり得ないわよ!」「こういうのってありかよ!」
ラールの言葉に、見習い魔法薬師達は今度こそリアクションと呼べるリアクションを取っていた。
そんな喧騒の中、ルルネは何も動けないでいた。
ルルネは過去に出された課題から、どんな薬が課題に出されるかを考えていた。しかし、今回の課題はあまりにも斜め上過ぎる課題だった。そして、ルルネは調整の能力では、今回の課題をクリアするのは不可能と言って良いものだった。
終わった。
ルルネはそう思ってしまう。それを思っていたのはルルネだけではなく、周りにいた見習い魔法薬師達もそうだった。
次から次へとラールへと罵倒や怒号が飛んでいく。しかし、そんな中、ラールは落ち着いていた。
「やるもやらないも、あなたたちの自由。それに、もう試験は始まってるの。それでも受けないと言うのならば、回れ右して帰るといいの」
ラールの見た目にはそぐわない迫力に、その場にいたものは黙り込んでしまう。
目の前にいる少女が自分たちよりも年下とは思えないほどの迫力だった。
「制限時間は一時間。試験を受ける者はとっとと取り掛かるの」
ラールは試験開始を宣言した。
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その一連の様子を別室でモニターで見ていた俺は、何とも言えない気持ちになってしまう。今回試験を受けている人たちが気の毒でならなかったのだ。
「あなた、『マタドールの製薬』と言うのはそんなに作るのが難しい物なのですか?」
隣に座っていたルナの質問に、俺は「ああ」と答えてから説明する。
「そもそも、『マタドール病』は国で難病指定されていた病気だ。それを治すために必要なのが『マタドールの製薬』って薬なんだけど、その薬を作るのはかなり難しくて限られた魔法薬師にしか作れないとも言われているんだ。まさか、そんな薬を作れって課題で出されれば、あの反応も納得だよ」
「でも、それじゃあ、誰も受からないんじゃないですか? それにルルネさんも」
ルナのその真剣な声音と表情に、俺は思わず微笑みをを浮かべてしまう。
確かにルナの言っていることは最もな意見だ。だけど、それは本当に不可能であればの話だ。
俺は思わずルナの頭を撫でた。
「あなた?」
ルナはそんな俺の行動を不思議に思ったのか、首をこてんと傾げている。
「大丈夫だよ、ルナ。きっとあいつのことだから、抜け道を用意してるさ。そうなんだろ? ラー」
俺は今まさに入って来た人物に向けてそう声をかけた。
「もち、さすがにそこまで鬼畜な課題を出したりはしない」
「だよな」
俺とラーが言葉を交わしている間、一人状況が分かっていないルナはさらに首を傾げている。
そんなルナの姿が愛らしく思えてしまい、俺は知らずのうちに口元を緩めてしまう。
「どういうことなんですか? あなた」
妻に聞かれたからには、しっかりと答えないといけないよな。
俺はそう思いながら、ルナにどういう訳なのかを説明していく。
「確かに『マタドールの製薬』を作り出せる魔法薬師は限られている。いや、限られていたと言うのが正解かな。『マタドールの製薬』は調整をする上で、その魔力量の調整がものすごくシビアになってくるんだ。それを間違ってしまえば薬は完成しない。その調整の難しさから、作れる魔法薬師が限られているんだ。だけど、ラーはその薬を見習い魔法薬師のレベルでも作れる物に薬を作り替えたんだ」
「正確には『マタドールの製薬・Ⅱ』なの。だから、『マタドールの製薬』とは全く別の薬。けど、この薬があれば誰でも薬を作ることが出来るし、レベルⅡまでの症状であれば治すことが出来る」
そうだ、ラーはこういう奴だった。これがラーを若くして天才少女と言わしめる理由だった。
ラーは、作ることが難しいと言われている薬を、次から次へと誰にでも作れる薬を作り替えていっているのだ。しかし、その効能は元の薬よりは劣ってしまうと言う欠点はあるが、それでもそのラーの成果は、魔法薬の中でも大変な快挙を成し遂げたのである。
「そう。だから、今回課題を出された『マタドールの製薬』は、間違いなく見習い魔法薬師達に作ることが出来る物なんだよ。ただ、今日に合わせてラーが急ごしらえに用意した薬だから、当然レシピは未発表だ。だから、この試験は調整の実力に加えて、咄嗟の判断力や、構想力が必要になる。用意された素材でどこまでその薬が作れるかって言うね」
俺の説明に、最初は困惑していたルナだったが、次第に納得したような表情に変わっていく。
「それじゃあ、ルルネさんでもチャンスはあるってことですか?」
「ああ。それにルルネは発想の機転があそこの誰よりも利く奴だ。だから……」
俺の言葉を証明するかのようにモニターの中に映っていた一人が動きを見せた。そして、それは間違いなくルルネだった。
隣で見ていたルナが小さく「あっ」と声を上げたのを聞きながら、俺は心の中でエールを送っていた。
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