第4話「とある森の噂」
第4話目になります。今回も楽しんで頂ければ幸いです。
第4話「とある森の噂」
それは俺がまだ、自分のアトリエを開業して少し経った頃だった。
俺が材料の調達をするために西区画の【ビャッコン】に訪れたことだった。ある程度の材料を買い揃えてそろそろ帰ろうかと思った頃だった。突然、怒声が聞こえてきたのだ。
「ざけんじゃねぇ! 金も持たねぇで偉そうに命乞い何てしてんじゃねぇ!」
そちらの方に視線を送ると、大柄な男がボロボロのフードを被った子どもを突き飛ばし、吐き捨てているところだった。
俺は慌ててその子に駆け寄った。
「大丈夫か?」
その子はフードを深くかぶっていたため男の子か女の子かも分からなかったが、ただ一つ分かっていることは、この子がスラム街の出身ということだった。この西区画の【ビャッコン】は他の区画に比べて、貧富の差が激しいことで有名だった。
俺が声をかけると、その子どもは俺にしがみついてきて言ったのだ。
「お願いです、お母さんを助けてください!」
その子どもに連れられて行った場所には、母親と思える女性が横になっていた。しかし、激しく咳き込んで何とも辛そうだった。
その子が言うには1週間前からこのスラム街では、流行り病が流行し猛威を振るっていたのだと言う。しかも、すでに死者もすでに出ていると言う。そして、一昨日から自身の母親もそれにかかってしまい、ずっと治してくれる人を探していたのだが、誰も取り合ってはくれず途方にくれていたのだと言う。
症状を見る限りだと、一昔前に流行った流行り病で、今では薬をちゃんと飲めば死に至らず、病もちゃんと治ってしまう病気だった。幸い、俺にはこの病気を治す薬の作り方を師匠に教わっていた。だから、その子に向き直り言ったのだ。
「大丈夫、君のお母さんは俺が絶対に助けてみせるよ」
俺はすぐさま近くにあった錬金術師のアトリエに入ると、その店主に器機を貸してくれるように頼みこんだのだ。
最初の方はその子の姿を見て、店主の方も怪訝な顔をしたが、必死に頼み込んだら何とかオッケーをもらえたので、俺はすぐさま薬の調合を始めたのだ。
結果から言って、薬は無事に完成してその子の母親も助かった。俺はその子に大いに感謝されたのだ。そして、
「いつか必ずこのお礼をさせてください!」
そう言って微笑んだ顔は今でも忘れられなかった。
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ん? もう朝なのか?
何だか昔のことを夢で見ていた気がする。
もうひと眠りしようかと思い寝返りを打つと、そこには見られない顔があり、俺は思わず声にならない悲鳴を上げてしまう。
えっ? えっ? ええっ? 誰だこの子⁉
そこまで考えて、この少女が昨日、俺の所に嫁に来たルナだってことを思い出す。
改めてルナの姿を見ると、寝顔ってことも相まってか、ますます十四歳と思えなかった。けど、やっぱり、かわいいよな。
思わず頭を撫でたい感情に支配されるが、さすがに寝ているルナにそういうことをするのは、本当にルルネの言う通りになってしまう気がして、何とかその感情を抑え込む。
でも、俺たち夫婦だから別に問題ないような気がするけど。
悪魔の囁きごとく頭にその考えが浮かぶが、それを何とか理性で抑えこむが、
「ん……あなた……わたしは……あなたの奥さんです……」
悶々としているところに、そのルナの寝言はきつかった。
もう良いよね! ルナを愛でても良いよね!
俺が手を恐る恐る出そうとすると、寝室の扉が勢いよく開いた。俺はビクンとなってしまう。
扉の方に視線を向けると、そこにはルルネが立っていた。
「あんた何をしようとしているのよ!」
「何もしてない! まだ何も!」
「まだってことはしようとしてたんじゃない!」
違うんです! ルナがかわいくて頭を撫でようとしただけなんです!
「て言うか、どうしてルルネがこんなに朝早くここにいるんだよ?」
当然の疑問だったので、俺はルルネに聞き返す。話題も変えたかったし。
「あんたがルナちゃんに変なことしてないか確認しに来たのよ。そしたら、一緒にベッドイン。あんた、こんな幼い子に何したのよ!」
「だから、何もしてないんだって! 昨日だって別々に寝たはずなんだけど!」
そうなのだ。俺とルナは別々に寝ていた。なのに、どうしてルナが隣に寝ているのだろうか? あまりのかわいさにその事実を今の今まで忘れていた。
「その状況で良くも抜け抜けとそんなことを言えるわね。あんた、自分が恥ずかしくないの?」
「おっお前! 言っていいことと悪いことがあるだろ! ルルネはどんだけ俺を犯罪者にしたいんだよ?」
さすがの俺もそろそろ傷付いてきたぞ。
俺とルルネが朝から騒がしく言い合っていると、隣からもぞもぞと動く音が聞こえてくる。
「ふぁ~、おはようございます、あなた」
眠たそうに目を擦りながらルナが目を覚ますと、俺の顔を見るなり微笑みそのまま抱き着いてくる。
いきなりのルナの体温や柔らかさに俺はドキッとしてしまう。ルルネがいるから離れてほしいと思うものの、ルナの姿を見ていると、どうしてもそうは言えなかった。
「それをあたしに見せてもなお、白を切るのかしら?」
「ああ、もちろん」
だって、俺にそんな性癖はないし、ルナのことが好きなだけだし!
「ふ~ん、ならあたしにも考えがあるわ。衛兵さんに言い付けるから!」
「やめて! そんなことをされたら、俺が社会的に死ぬよね!」
「社会的に死ねって言ってるの! 衛兵さーん、ここに犯罪者がいます! 誰か捕まえてください!」
本当にやめてください! 俺が死んでしまいます!
何とかルルネを止めようと考えていると、そこに見知った人物が顔を出した。
「相変わらず、リアムのアトリエは騒がしいね。それとリアム、ちょっと近衛団の詰め所まで来てもらっても良いかな。そこで詳しい話を聞かせてもらいたいんだ」
そう言って顔を出したのは、この南区画の近衛団に所属している青年――グレン・アルタだった。
グレンとはこのアトリエを開業した時からの付き合いで、俺にとっては気の知れた友人みたいなものだった。
「ちょっと待ってくれ! グレン、まさかお前も俺を犯罪者扱いするのか?」
「その状況を見たら誰だって、君に話を聞きたくなると思うよ」
グレンはそう言いながらも爽やかに笑った。その仕草が、グレンの顔と合っていて何故だか悔しく思えてしまう。
グレンに言われて、自身の状況を改めて見てみると、未だにルナのことを抱きしめたままだった。
「ルナ、そろそろ良いか?」
「少し名残惜しいですが、わたしは朝ご飯の支度をしてきますね。皆さんも食べるでしょうし」
ルナは俺から離れると、ルルネとグレンに一礼して足早にキッチンに向かっていった。
「しかし、本当にリアムが結婚したとはね。驚きだよ」
「あれ? 俺が結婚したってグレンに言ってたっけ?」
俺に嫁が出来たのは昨日なので言っていないはずだが。
「仲間たちの間で噂になっていてね。リアムの所にかわいらしい女の子がいるって。そして、それがリアムの奥さんであることもすべて情報が入ってきているよ」
グレンの言葉に俺はマジかと思ってしまう。そんなに話題になっているのか。
「それでグレンさん」
俺とグレンが話していると、横からルルネがそうグレンに声をかけた。
「どうしてグレンさんがここに? さっきの衛兵のくだりは冗談半分だったんですけど?」
「もちろん、分かってるよ。僕も大切な友人の一人を、そんな罪で投獄はしたくはないからね」
「お前たち、何気にひどいことを言ってないか?」
あんまりな二人の友人の言い分に、俺は不貞腐れたくなってしまう。
「それで、僕がこんな朝早く来た理由なんだけど、リアムに依頼をお願いしたいからなんだ」
「依頼? 別に構わないけど何なんだ?」
俺の問いかけに、グレンが答えようとしたところで再びルナが寝室に顔を出した。
「皆さん、朝ご飯の用意が出来ましたので良かったらどうですか? それとあなたはちゃんと寝間着から着替えてから来てくださいね」
ルナの言葉に俺たち三人は頷くのだった。
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それから俺たちは俺の隣にルナが座り、その対面にルルネとグレンが座っていた。俺は食べる前に、グレンをルナに紹介していた。
「そう言えば、こいつはこの区画の近衛団に所属しているグレン・アルタだ。俺の二つ上で、俺がここでアトリエを開いた時からの付き合いなんだ」
俺がルナにそう説明すると、ルナはグレンに向かって頭を下げた。
「夫がいつもお世話になっております。わたしはよっ嫁のルナ・アルサーノです。あっ! 間違いました。ルナ・らっラザールです。よろしくお願いします」
ああ、そう言えば役所に書類を出してないからまだ婚姻したことにはなってないけど、ルナの名前はアルサーノからラザールに変わっているのか。
その事実を知って、自分の体温が急上昇するのを感じる。
「ご丁寧にどうも。僕はさっきリアムが言ってくれたけど、グレン・アルタだ。こちらこそよろしく。それと何だか僕たちまでご馳走になってしまってすまない」
「いえいえ、夫のご友人ですからそんな遠慮なさらないでください」
グレンの言葉にルナは笑顔で返している。
「なんていうか、リアムにはもったいないぐらいのお嫁さんだね」
「グレンさんもそう思いますか」
グレンの言葉にルルネも同意の意を示していた。だから、さっきから少しひどくないか。
「何かごめんな。起きてすぐに四人分のご飯を用意させてしまって」
「いえ、気にしないでください。それに、ほぼ作り終えていましたから全然平気ですよ」
「作り終えてたの?」
「ええ、朝ご飯の用意がある程度済みましたので、あなたを起こしに行こうとしたら思わず隣で寝てしまったんです」
頬を赤らめながら言う彼女がとてもいじらしくて、俺は胸がときめくのを感じた。
道理で一緒に寝た覚えがなかったわけだ。ここで、ようやく謎が解けた。ついでに、ほらなと言う視線をルルネに送っておくが、あいつはルナのご飯に夢中でこっちの視線になんて気づいていなかった。
今日の朝食はパンに卵焼きにベーコン、そしてサラダにコーンスープだった。
「美味しいね。毎日こんな料理が食べられるなんて、リアムが羨ましく思えるよ」
グレンもルナの料理に舌鼓を打っていた。本当に俺の嫁が完璧すぎるんだが。
俺たちもご飯を食べていく。そして、ある程度食べ進めたところで、俺はグレンに先ほどの話の続きを聞いた。
「それで、グレン。依頼って何なんだ?」
「っと、その前に君たちはとある森の噂を聞いたことがあるかい?」
「森の噂ですか? 聞いたことがないですね」
ルルネの言葉に俺とルナも頷く。そんな俺たちを見て、グレンは当然とばかりに頷く。
「やっぱり、聞いたことがないよね。でも、それもそうだろうね。今から話すのは最近近衛団の中に上がった話だからね」
「それって何なんだ?」
「それはね、夜中になると死者が蘇る森があるって話なんだ」
グレンの話に俺たちは目を見開くことになるのだった。
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