第19話「錬金術師としての名誉」
第19話目になります。次話で第一部は完結となります。後1話で終わりですのでお付き合いのほどをよろしくお願いいたします。
第19話「錬金術師としての名誉」
「えっと、何かの冗談ですよね?」
俺は未だにアレックスさんが言った言葉を受け入れられないでいた。
俺が作った薬が万能霊薬だって? そんなことがあるのだろうか。
「ロゼルダ博士から薬を受け取った時に成分を解析したら見事に万能霊薬と解析されたよ。今まで見てきた薬の成分とはまるで一致しなかった。だから、君が作った万能霊薬は過去に伝えられていたものではなく、まったく新しい万能霊薬と言えよう。つまり、過去のレシピから現代の万能霊薬を作り出したと言うことさ」
「えっと、マジですか?」
「さっきから真実だと伝えているはずだが。君は間違いなく新・万能霊薬を作り出したのだよ。そもそも、除霊薬と言う名の薬を私は未だかつて聞いたことがない。それも万能霊薬だったことを裏付けている」
えっとこれって結構ガチな話なのか? 俺、マジで万能霊薬作ったの?
俺は今の話が衝撃的過ぎて、中々飲み込めないでいた。つうか、何も聞いてないんですけど! 師匠!
俺は思わずルナの方に視線を向けてしまうが、ルナは俺が壇上に呼ばれたのがよっぽど嬉しかったのか、ニコニコと壇上の下で笑っている。その姿は自分のことの様に喜んでくれているみたいで俺としてはかなり嬉しかった。
そんな彼女に癒されると同時に、段々と俺の中にその事実が浸透していく。
俺、本当に万能霊薬を作り出したんだな。
「俺、本当に作ったんですね」
あまりの驚きに、俺は敬語を使うことも忘れていた。
「ああ、君は創り出したのだよ。誰もが創り出せなかった、神の薬を」
アレックスさんはそう言って笑うと、前に向き直った。
「諸君ら、彼が万能霊薬作り出した、ロゼルダ博士の弟子リアム・ラザールだ。彼の成果にどうか拍手を」
アレックスさんの言葉で会場は拍手の波に包まれていた。
***********************
壇上から降りると、ルナが満面の笑みで出迎えてくれる。
「お疲れ様です、あなた。とってもかっこよかったです!」
お世辞ではなく、本音で言ってくれているのだと分かるからこそ、俺は照れくさくなってしまう。
「そうかな? 俺ずっと否定していただけだった気がするけど」
「そんなことありませんよ! 壇上にいたあなたはとっても輝いていて、とってもかっこよかったんです! 妻のわたしが言うんですから間違いありません!」
やけにルナが力強く言うものだから、俺は逆に何も言えなくなってしまう。でも、大好きな嫁にそこまで想ってもらえるのは素直に嬉しかった。
「ありがとう、ルナ」
「はい!」
ルナの笑顔を見て、やっぱり俺はこの笑顔が好きだなっと感じる。俺はルナの頭を優しく撫でると、料理を取りに行こうかと、ルナに提案して二人で歩き出そうとするが、後ろから声をかけられた。
誰だろうと思い後ろを振り返ってみると、そこには先ほどまで壇上に上がって話していたアレックスさんの姿があった。
「あっアレックスさん! どうしてここに?」
俺は驚きで声を上げてしまうが、アレックスさんは笑っている。
「いやいや、先ほどはいきなり壇上に呼びつけてしまって申し訳なかったね。君みたいな若い子が万能霊薬を作り出したと言えば、ここにいる錬金術師たちの良い発火剤になると思ったのでね」
「ああ、なるほど」
噂で聞いたことがるのだが、王都にいる錬金術師の何割かはある程度の地位を手に入れると、それで満足してしまいそこからなまける者も出てくるのだと言う。アレックスさんはそう言った連中に刺激を与えたかったのだろう。
「それでどうしたんですか?」
「君とは静かな場所でゆっくりと話したいと思っていてね。君さえ良ければ場所を移動しないか? もちろん、君の奥さんも一緒で構わない」
アレックスさんの申し出に、俺とルナは頷くのだった。
そうして、アレックスさんに連れてこられたのは、このダンスホールの奥にあった部屋だった。部屋の中のスペースは広く、その真ん中には高級そうなテーブルやソファーが置かれていた。何でもこの部屋はVIPルームなのだそうだ。
アレックスさんに促され、俺たちはソファーに腰を下ろしたのだが、あまりのふかふか加減に驚いてしまう。
俺が驚いている間にも、アレックスさんは目の前のソファーに腰を下ろしていた。そして、いつの間にか、俺とルナの目の前には赤ワインと果実のジュースが置かれていた。
「改めておめでとう。君は錬金術師が成し遂げようとしていた目標の一つを達成させた。この功績は歴史に類をみなぐらいの大功績だ。そして、君には錬金術師としての最高の名誉が与えられるだろう」
錬金術師としての最高の名誉。
俺はその言葉に思わず生唾を飲み込んでしまう。確かにアレックスさんの言う通り、万能霊薬の創造は錬金術師としての大課題の一つとされていた。今だってまさに研究されている真っ最中だろう。
そもそもこの錬金術研究機構は、そう言った古代に失われた物の創造や、新しい物を創り出すための研究機関なのだ。
そして、俺は古代の万能霊薬とは違う新しい万能霊薬を創り出してしまったと言うわけか。
「でも、錬金術師としての最高の名誉って言われてもいまいちピンとこないんですが?」
俺は素直にそう口にした。話では聞いたことがあったが、そうは言われても漠然としたイメージしかないので、まったく分からなかった。
「そうだね。まずはそこからの説明からさせてもらおうか」
アレックスさんはそう前置きをすると、説明してくれる。
「各研究機構には王城から発行されている課題がある。その一つが万能霊薬を作り出すことだ。そして、その課題を達成した者は王城での叙勲式を受けて、そこで王様直々に叙勲をしてもらうんだ。そして、その中でも特に功績を上げた者は、王城から莫大な富も入ってくることになる。それと、何よりも大きいのが歴史に名が残ることだね。これだけの成果を上げたんだ。君の名前はずっとずっと残っていくことだろう」
なるほどと俺は思ってしまう。
富も名声も一度に手に入るってわけか。確かに人なら誰しもが手に入れたい物だろうな。それにこれから先の未来にまでずっと名前が残るって言うのは、確かに最高の名誉と言えるのだろう。
「それに、王城に一室が与えられて、そこでその物の研究に打ち込むことになるだろう。しかも、研究費は全て王城が負担してくれる。まさに至れり尽くせりってわけだ」
「でも、それってずっと王城に勤めるってことになるんですよね?」
王城勤めになるってことは、あのアトリエには帰れなくなるってことを意味している。
「そうだね。だけど、この名誉を前にしたらそんなことは些細な問題だと私は思うのだがね」
確かにアレックスさんの言う通り、些細な問題なのかもしれない。
「それでね、王城には既に書類を提出してあるから、明日の午前中に君は王城で叙勲式を受けることになっている。問題はないだろ?」
「それって拒否権がないやつでは?」
「はは、それもそうか」
アレックスさんの言葉に、俺は曖昧に笑って誤魔化すことしか出来なかった。
***********************
舞踏会会場から、師匠の家に帰った俺は、ベッドに寝っ転がって先ほどアレックスさんの言葉を思い出して考えていた。
錬金術師として最高の名誉が与えられる……か。
まさか、自分がそんなことになるなんて夢にも思わなかったな。
スーザックでアトリエを開いた時はとにかく生きることに必死で。ルナと出会ってからは、誰かの役に立ちたい、俺の錬金術で人を笑顔にしたい。それだけを考えて今まで日々を生きてきた。
あの時だってそうだ。グレンが賢者の石の所為かもしれないと言われて、みんなで調査をした。そうしたら降霊術と言う魔法に行きついて。そして、それを行っていたのは、ルルネの学校の先生で。俺はあの時だって、その人を救いたいと思って何とか古代のレシピを解析して、あの除霊薬を完成させたのだ。だから、それが新しい万能霊薬と言われても未だに実感が湧かないのだ。
俺は詰めていた空気を吐き出した。今日は色々なことがあり過ぎた。母さんにルナを紹介して。それから、ルナにお礼するために、ちょっと高めなレストランで食事をして。師匠の家に帰って来てみれば、いきなり舞踏会会場に連れて行かれて、そこでいきなりアレックスさんに壇上に呼ばれて、万能霊薬を作り出したとか言われて、さらにはVIPルームに通されれば、そこで錬金術師としての最高の名誉が与えられると言われたり。
本当に色々なことがあり過ぎた。一日であるにはあり過ぎるイベント量だった。
俺はどうしたら良いのだろうか?
叙勲式は明日行われるとアレックスさんは言っていた。俺はそこで王様直々に叙勲をされて、王城勤めになるらしい。これで俺も上流階級の仲間入りって訳か。
俺が寝返りを打とうとすると、外から俺の部屋の扉が開かれた。そこからお風呂から出てきたルナが顔を覗かた。
ルナの綺麗な金髪はまだ濡れていてしっとりとしている。先ほどのパーティードレスから寝間着姿に着替えたルナが、そのままペタペタと歩いてきて、俺のベッドに入ってくる。
「あなた、何を悩んでいるのですか?」
ベッドに入ってくるなり、ルナにそう問われて俺は動揺してしまう。
やっぱり、ルナには敵わないなっと俺は思ってしまう。きっと彼女は、俺がアレックスさんと会話していることを聞いている時から、俺が迷っていることを見抜いていたのだろう。
「別に悩んでるわけじゃ……」
「嘘です! 絶対に悩んでいます」
きっぱりと言い切るルナに、俺は何も言えなくなってしまう。と言うか、何も言い返せない迫力をルナは秘めていた。
ルナの翠色の瞳に真っ直ぐ射抜かれていて、なおさら俺は何も言えない。本当にルナは俺のことをよく見ている。だからこそ、俺は彼女につい甘えてしまうのだ。
「確かに俺は悩んでる」
俺は隠しても無駄たと思ったので、正直に彼女に話すことにする。
「確かに俺は悩んでるよ。アレックスさんに言われたことは、めちゃくちゃすごいことで、どんなに頑張ってもそう簡単には得られる名誉ではないことは俺だって分かってる。だけど、俺は素直にその名誉を受け取るがとうがで迷ってるんだ。あの薬を作れたのは俺一人の成果で作ったものじゃない。ルナが降霊術に関する本を見つけてくれて、そして、作っている間は店番をしてくれていた。それに、ルルネが材料を見つけてくれて、一緒に手伝ってくれた。だから、あれは俺一人で作れたわけじゃないんだよ。だから、俺一人そんな名誉をもらうのは間違っていると思うんだ。それに、俺にはアトリエがある。俺とルナの家であるあのアトリエが。あのアトリエを捨てることも出来ない。だから、俺はどうしたら良いのかが分からないんだ。確かに王城からの叙勲を受け取れば、この先の未来はかなり明るいだろう。逆に、受け取らなければ、この先ずっと不安定な生活のままだ。だからこそ、俺はどうした良いのかが分からない」
そうだ。俺は分からなかったのだ。突然降り降りた人生の岐路に立って、どうしたら良いのかが。完全に迷子の子どもみたいに迷子になっていた。
そもそも、叙勲式を断って良いのかも分からないのに、俺は迷っていた。出来ることなら、誰かに答えを問いたかった。
俺は腕で両目を覆い隠した。こんなに恥ずかしい姿を曝して、ルナの顔を見れないなっと思ったからだ。
あ~あ、かっこ悪いな俺。こんな姿曝すつもりなんてなかったのに。
情けない。本当に情けない。
俺は自責の念に囚われてしまう。俺がどうしようもないぐらいに、後悔していると、隣で衣擦れの音がしたと思っていると、俺の腕が優しく掴まれると、俺の顔から腕が退かされた。
目を開けると、ルナの顔がかなり至近距離にあったので、俺は大いに驚いてしまう。すると、ルナの顔がいきなり近付いてきたと思ったら、俺の額に何やら柔らかい感触が触れた。
ルナにキスされたと気が付くのに、それなりの時間がかかってしまう。
「あなた、わたしはあなたがどんな答えを選んだとしてもついていきます。だから、あなたはあなたの誇れる答えを選んでください。それがたとえ、あなたのアトリエ【クレアスィオン】を捨てることになったとしても、わたしがあなたが誇りに思えるなら、それは正しい答えなんだとわたしは思っています」
そう言って微笑んでくれるルナは、十四歳の年下の少女ではなく、一人の女性の様に見えた。
俺が誇れる答え。それが見つかれば、この迷いは晴れるのだろうか?
俺はルナにお礼を告げると、そのままルナのことを抱きしめた。ルナはルナで嬉しそうに、俺の胸に顔を埋めるとそのまま目を閉じた。俺もルナの温もりを感じながら、瞳を閉じる。
そして、俺は決心する。
決して、背中を押してくれたルナに恥じない決断をしようと。
面白いと思って頂けましたら、ブックマークや評価のほどをよろしくお願いいたします。