第13話「死者が蘇る森・終」
第13話目になります。この回で死者が蘇る森編は終了いたします。思った以上に長くなってしまいましたが、楽しんで頂けていれば幸いです。
第13話「死者が蘇る森・終」
あの森での出来事が起きてから一週間が経とうとしていた。
結果から言うと、その男性は薬の効果のおかげで霊を取り除くことに成功し、その男性を救うことは成功した。
しかし、その男性はそのまま気を失ってしまい、一週間経つ今でもその男性は目覚めていないとグレンには伝えられていた。
その男性は今も近衛団の医務室で眠り続けている。
「結局、俺は失敗しちまったのか?」
俺は誰に問うでもそう呟いてしまう。
俺は確かに薬を完成させたはずだ。成功させたはずだ。どこかで調合を間違えたのか? じゃあ、どこで間違えた? くそッ! どこで間違えたんだ! 駄目だ、思考が堂々巡りになっている気がする。
俺は作業を中断して備え付けのソファーに腰を下ろし、背もたれに背中を預けた。
「ふう~~」
とため息を吐きながら腕で目を覆った。
本当に俺はあの男性を助けることが出来たのだろうか?
俺が少し眠ろうかと考えていると、作業部屋の扉がノックされる音が聞こえてくる。
俺が何だろうと思っていると、その扉からルナが入ってくる。
「あなた大丈夫ですか?」
ルナが心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「まあ、大丈夫だよ」
俺はあえてそう返したが、ルナは納得していない顔だった。
「本当ですか?」
「本当だよ」
俺は嘘を吐いた。しかし、その嘘はすぐさまルナに破られてしまう。
「あなた!」
いきなり、ルナが大きな声を上げたのでびっくりとしてしまう。小柄な彼女のどこからそんな大きな声が出るのかと驚いてしまう。
俺がルナの声に固まっていると、彼女はふわりと微笑んだ。
「無理するのはあなたの悪い癖ですよ」
ルナはそのまま俺のことを抱きしめてくる。
「あなたが無理して笑っていることぐらい、奥さんですから分かりますよ。だから、無理して笑わないでください。無理して強がらないでください」
ルナは俺の胸の中に抱きしめ、頭を優しく撫でてくれる。そんなルナの優しさに触れて、俺の心がゆっくりと解けていく感じがする。
「大丈夫です。だって、あなたが作った薬なんですよ。その理由だけで十分なんです。あなたが治せないわけないんです。あなたに作れないもの何てないんです。だって、あなたは最高の錬金術師ですから!」
ルナは少し泣きそうになりながらも、精一杯自分の気持ちを伝えてくれる。
ルナの優しさが、温もりが俺のことを包み見込んでくれる。
年下の彼女に思うのは変なのかもしれないが、ルナの包容力は年上の女性のような感じだった。
「ルナ、ありがとう」
俺は無意識の内にルナの背中に手を回して抱きしめていた。
「辛い時や悲しい時は、わたしに頼ってください。甘えてください。だってわたしたちは夫婦なんですから。夫婦は支え合って生きていくものです。だから、だから、もっとわたしを頼ってください」
そう言ってルナは、ぎゅっと俺のことを抱きしめる力を強めた。俺は自分の顔をルナの胸に埋める形になってしまう。
最初は俺はいきなり訪れた柔らかい感触に大いに動揺してしまうが、しかしその動揺が収まるにつれて、今度は安心や安らぎが俺の胸を埋めていく。
ああ、嫁がいるってこんなに素晴らしいことなんだ。
俺は改めてルナの存在が、俺の中で大きくなっているのだと感じた。
「ルナ、しばらくこのままでいさせてくれ」
俺の申し出にルナは大輪の花を咲かせたのだった。
「はい!」
もう十四歳とか関係なかった。ただ、ルナにそばに居てほしかった。
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俺はしばらくルナに撫でられていた。ルナが撫でてくれているおかげで、俺は自分の中の不安が少なくなっていくのを感じていた。
そろそろルナに悪いよなって思っていると、作業部屋の外からバタバタと二つの足音が重なる足音が聞こえてくる。
誰だろう? と感じていると作業部屋の扉がバンと開かれてそこからグレンとルルネが顔をのぞかせた。
「グレンにルルネ? どうしたんだ二人して?」
どうして二人がそんなに慌ててここに来たのかが分からなかった。
「リアム、男性が目を覚ましたよ」
「それは本当か!」
俺は思わず立ち上がってしまう。隣にいたルナも一緒に立ち上がり、自分のことのように喜んでいる。そんな姿を見て俺は笑みが零れてしまう。
ずっと、このまま目覚めないんじゃないかって不安だった。だけど、グレンの一言を聞いて、隣で自分のことのように喜んでくれる子の姿を見て、安堵のため息が零れて一気に気が緩んでしまう。倒れそうになったところを隣に居たルナが支えてくれる。
「ああ、本当だ。実はその男性は三日前には目を覚ましていたんだけど、彼に事情を聞いて調書を取っていたら遅くなってしまったんだ」
「そうだったのか」
「それで、その男性の名はアルス・マグナ。歳は三十六歳。このスーザックで魔法薬師として薬の研究をしていたそうだ」
グレンが調書を見ながら報告を始めてくれる。
「彼は事故で亡くなった恋人の形見を探していたらしい。だけど、いくら探しても見つからず諦めかけていたらしい。そうしたら、たまたま行った骨董品やでたまたま降霊術のことを書かれた本を見つけ実行してしまったと言うことだ。もちろん、危険性は十分に理解していた。だが、どうしても彼はその方法にすがるしかなかった。なので、降霊術を使って恋人の形見を探していたらしいんだ」
グレンの説明を聞いて俺は「そうだったのか」と呟いた。
降霊術は、以前は降霊術師と名乗る者しかやってはいなかったのだろうが、もしかしたら、あの本に書いてある通りに手順を踏んでやれば、誰でも出来るものなのかもしれない。
「リアム、そんな不安そうな顔はしなくても良い。近衛団で骨董品のお店に赴いて、その本は回収してあるよ。こんなことは二度と起きてはいけないからね」
「ああ、まったくその通りだと思うぜ」
グレンの言葉に俺は素直に同意する。
「それで、その男性はどうなるんですか?」
今まで黙っていたルルネが、グレンにそう聞いている。
「しばらくの間は近衛団で預かり監視することになるかな。また暴れる可能性があっては困るからね」
「そう……ですか……」
グレンの言葉を聞いたルルネは、どこか寂しそうな表情を浮かべている。
「どうしたんですか? ルルネさん」
ルナが心配そうにルルネの方を見ていた。
「アルス・マグナ。ううん、アルス先生はあたしが魔法薬師を目指すために通っていた学校の先生だったんだ。先生はわたしがそこを卒業するまでは先生として働いていたみたいなんだけど、その後は突然学校を辞めちゃって、いきなり研究職に打ち込むようになったんだって聞いた。あたしはアルス先生の授業が好きだった。分かりやすくて、面白くてそんな先生の授業が大好きだった。だから、先生があんなことになっていたって知って、ものすごく悲しかったんだ」
ルルネの気持ちは最もだろうと俺は感じていた。自分の恩師が、どんな理由があれ危険な行為に手を染め、理性を失い暴れまわるところだったのだ。ルルネの感じる感情は同然と言えるだろう。
「だから、あんたが……うんうん、リアムが先生を助けてくれて本当に良かったって思ってる。だから、ありがとう!」
ルルネはそう言って、俺に向かって頭を下げてくる。
そのそばではグレンがいつもの爽やかな笑顔を浮かべ、ルナも嬉しそうに微笑んでいる。
「これは俺一人の成果じゃないさ。ルナが本を見つけてくれて、ルルネが材料集めを手伝ってくれた。そして、グレンはアルスの動きを止めてくれた。だから、俺だけがお礼を言われるのは違うと思うんだ。アルスを助けられたのは、みんなが力を合わせたからだろ? だからさ、ルルネ頭を上げろよ」
「だけど、アルス先生はあんたが作った薬がなければ助からなかった。あの薬は間違いなくあんたがいなければ作れなかった。だって、あのレシピは紛れもなく錬金術のレシピだったんだから」
「俺は錬金術師として当たり前のことしかしてないし、それに薬を作ってる間だってルナが店番をしてくれて、ルルネがその間に材料を掻き集めてくれなきゃ間に合わなかったんだ。だから、あれは俺一人の功績じゃないんだよ」
俺の言葉を聞いてルルネは「あんたって奴は……バカよね」と呟いている。それを聞いていたルナが、横でクスクスと笑っている。
「どうしたんだ? ルナ」
「いえ、あなたは本当に変わっていないんだなって思いまして。わたしの母を助けた時も、何だかんだ言ってましたから」
ああ、そういや言ってた気もするね。
「だってほら、あの時は困ってる君を放ってはおけなかったし、今回のだって本当にみんながいたから上手くいったわけで……」
俺の言葉を聞いて、ルナはさらに可笑しそうに笑っている。
そんなに可笑しなこと言ったのか?
俺が軽くしょげていると、ルナが「耳を貸してください」と言ってくるので、俺は屈んでルナに耳を貸した。すると、
「そんなあなただからお嫁さんになりたいと思ったんです。大好きです」
とルナが耳元で囁いてきたため、俺の心拍数は急上昇してしまう。
対してルナは自分でやっていて照れくさくなったのか、顔を赤く染めて「えへへ」と笑っている。
ったく、ルナにはいつもやられっぱなしだな。
俺は何だか悔しくなり、仕返しをしてやろうと思い彼女の名を呼んだ。俺に呼ばれた彼女はきょとんとした表情でこっちを見ていた。くそ、そんな表情かわいいな。オレの嫁はやっぱ最高だわ。
「ルナ、俺もルナのこと大好きだし、いつもかわいくて正直天使だって思ってるぜ。それに何より、俺にとっては自慢の最高の奥さんだ!」
言ってて自分の顔が赤くなっているんだろうなって自覚はあったが、それよりもルナの方が爆発しそうなぐらいに顔を赤くしていたので、自分の赤さは次第に引いていった。
しばらく固まっていたルナだったが、ルナの翠色の瞳は潤んでいき、涙が流れそうだなっと思っていたら、いきなり俺に抱き着き胸に顔を埋めてきたので俺も背中に手を回して、ルナのことを抱きしめた。
「そんなこと言われたら、絶対にあなたから離れられなくなってしまうじゃないですか」
怒ったような、呆れたような、だけどその中には嬉しさが混じっているルナの声音だった。だから、俺も笑顔で返す。
「それは大歓迎だな。だって、俺はルナのことを離すつもり何てないからな!」
「あなた!」
俺とルナは無言で見つめ合い、何だか可笑しくなってしまい二人して笑ってしまう。
ああ、これが幸せってことなんだろうな。
俺が夫婦としての幸せを噛み締めていると、「いつまでやってんのよ」とルルネからの蹴りが俺に炸裂する。
「そういや、グレンとルルネがいるの忘れてた」
「だ~か~ら~、どうして毎度、毎度あたしたちがいることを忘れてるのよ! それと目の前でナチュナルにイチャつくな!」
さっきのしおらしい感じはどこへやら。ルルネは完全に元のルルネに戻っていた。そうだ、それでこそルルネだ。
俺のアトリエに怒声や笑い声が響き渡る。
いつから、俺のアトリエはこんなにも騒がしくなっていたのだろう。昔は俺一人しかいなくて、あんなにも静かだったのに。
けど、この騒がしさはちっとも嫌じゃなかった。むしろ、今じゃこれがなければ、このアトリエではないようにとも思えてしまう。
アトリエを持って、これまで一生懸命やって来て良かったなって俺は思っていた。
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リアムのアトリエ『クレアスィオン』の前に一人の男性が立っていた。齢六十になるかと言うぐらいの男性だが背筋はピンと伸び、どこか紳士的な雰囲気を醸し出していた。
「まったく、あの小僧がまさかあんな物を作っちまうとは。ワシもちっと予想外だったわい」
初老を思わせる男性はそう呟くと、静かに笑っている。
この時のリアムはまだ知る由はなかったのだ。自分が行ったことがどれだけの功績を得ていたのかを。
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