8.作戦会議
「んがー! 腹立つ! あの人形も腹立つ、俺も腹立つ! お前にも腹が立つー!!」
時はその日の夕刻。小さな自宅の狭い室内にて。
昼飯にと買ってきた、好物の極厚ハムの挟まったサンドイッチを貪りながら、俺はいきり立っていた。
せっかく人形師狩りをやっつけてから、気分よく食べようと思っていたのに、今となっては、まったく味わえない。
既にパンが堅くなってパッサパサ。青物もしなびてしまって、もう最悪だ。
ふざけた人形野郎の暴挙にも、ふがいない俺にも。
とにかく、何に対しても怒りが治まらない。
なのでその怒りを、とりあえず近場にいたショーンにぶつけていた。
「病人に当たるな! 俺ぁ、熱があるんだよ、患者の前では静かにしろい!」
当のショーンは現在、長時間の野外活動がたたって、疲れが溜まって熱を出し、頭に氷を載せてベッドに寝込んでいる始末だった。
「ノイエ君、少し落ち着きなさい。額の怪我は大したことないとは言え、頭に血を上らせるのは良くないよ」
俺の額に包帯を巻いて手当てした後、ずっと倒れたショーンを看病しているスノー医師が注意してきた。
医師に諭され、俺は少し冷静さを取り戻す。
しかし、頭はいっこうに冷える気配がない。
「何なんだよ、あのクラウンマーチとか言う奴は! やりたい放題やっていきやがって!」
「いやあ。普段は彼も非常に温厚な、いい人形なんだけどねぇ」
「いい奴が、女の子のみぞおちに一撃食らわせるかよ!?」
「そ、それはまあ。そうかもしれないけど……」
「レインはあいつのせいで、身の危険を感じているんじゃないのか? だから、ショーンにリノオールを頼むなんて言いだしたんだよ」
あの時の、必死なレインの顔が頭から離れない。
彼女はきっと、あいつに家で、酷い目に遭わされているんだ。
それでリノオールだけでも無事なところへ逃がそうと……。
なんて、いじらしい。
同時に、その元凶になっている奴が憎らしくて仕方がない。
「何とか助けないと。俺がレインを守るんだ、絶対に」
「お前、やけにあの娘に入れ込んでるじゃん。一目惚れか?」
熱で苦しいくせに、野次馬根性丸出しでショーンはからかってくる。
「前に話しただろう。七年前に、家の前で偶然会って、俺に生きる道っていうか、するべきことを教えてくれた女の子がいたって」
「ああ。確か、俺が高熱出して死にかかってた時だったっけ? じゃあ、あの娘がそうなのか」
俺は頷く。
「レインは悩んでいた俺を救ってくれた。だから今度は、俺が助ける番だ」
決意を口に出し、自分自身に活を入れる。
「スノー先生、エニルダの家ってのは、どこにあるんだ?」
すぐにでもその家に殴り込んで、レインを連れ出したい気持ちでいっぱいだ。
「行っても無駄だと思うよ。エニルダ氏も、人形師だ。ここ一連の人形師狩りの事件を警戒して、屋敷の警備が厳重になっている」
スノー医師は首を横に振る。
「クラウンマーチが、常に屋敷を見回っているんだ。門前にはいつも監視の人形が置かれていて、人の気配を察知すると、すぐに彼に知らせるんだよ。屋敷を訪れた人間の善し悪しを判断するのは、クラウンマーチだ。僕は医者――招かれる人間だから平気だけれど、君はきっと不審者扱いされて、門前払いだ」
「また、あいつに邪魔されるのか……」
あの、澄ました顔が思い出されて、腹が立つ。
だが、一度は無様にやられたものの、その程度で俺が敗北を認めると思ったら大間違いだ。
「だったら殴り込んででも、レインを助け出すまでだ」
俺は側の壁に立てかけていた仕込み杖を手に取った。
手当をしてもらった後に、外の人形の山から探し出して取り戻した、正真正銘、本物の俺の武器だ。
ぐっと、拳を固める。掌の中に、杖と一緒に決意も握り込んだ。
「彼女を救うためなら、俺はどんな障害だって乗り越えてみせる。たとえ目の前に毒の川が立ち塞がろうとも、泳いで渡る覚悟はできてんだよ!」
「おお、かっこいいこと言うねー。ノイエ君ってば」
ショーンとスノー医師は、意気込む俺に拍手を送りつつも、白けた笑いを浮かべていた。
「俺だったら、橋架けて渡るけどね。泳ぐだなんて、原始的な」
「僕は、船を使うかな。毒に中てられちゃ、元も子もないし」
二人して、人を小馬鹿にした発言を……。
嫌な大人の見本みたいな奴らだ。俺は怒りで肩をプルプル震わせた。
「人が真剣に言ってんのに、横からつまらん茶々を入れるなー!」
「ごめんごめん。でも、落ち着いて。暴力行使はよくない」
平和主義者、スノー医師は俺を宥めてくる。
「ともかく明日、エニルダさんの往診に行くから、僕が様子を見てくるよ。彼女の状態もちゃんと確認して、君に伝えるから。それでいいでしょう?」
その案に難色を示したのは、俺ではなくショーンだった。
「何だと、てめー! ここで倒れて苦しんでる患者がいるってのに、ほっぽりだして別の奴のところにいく気か!」
「君はいつものことだし、安静にしていればすぐによくなるでしょう。僕には他の患者さんも、たくさんいるからね、君一人にずっと構っていられないんだよ」
「酷いお言葉! そうやって何人もの患者を手込めにしては捨ててきたんだな! 悪徳医者め! 俺はもうお前なしじゃ、いられない体になっちまってんだぞ、責任とれー!」
「人が聞いたら誤解を招くような言い方をするのは、やめてくれないかな!?」
滅茶苦茶に怒鳴り散らすショーンに、温厚なスノー医師も、いささか憤り気味だ。
俺は、やかましく喚くショーンの額に、新しい氷袋を載っける。
ショーンの体温で、氷がじゅわっと、一気に溶けた。
「熱が上がって錯乱しているだけだ。冷やせば元に戻る」
言った通り、熱が引くとともに、ショーンは大人しくなった。
「スノー先生。先生の助手として、俺も連れて行って貰えないか?」
落ち着いたところで、俺も冷静に考え、もう一度スノー医師に頼む。
どうしても、納得がいかないのだ。このまま人任せにして、待つなんて。
「レインが無事でいるのか、自分の目で、ちゃんと確かめたいんだよ。迷惑はかけないから、頼む!」
必死で頭を下げるが、スノー医師の反応は芳しくない。
「いや、それも難しいね。クラウンマーチは、エニルダ氏が招いた人間以外は、断固として歓迎しない。うちの病院の助手ですら、入らせてもらえなかったんだ、無理だろうね」
やっぱり駄目なのか。
心が折れそうになった時。
「だったら、こっそり忍び込めばいいだろうがよ」
我に返ったショーンが放つ、突飛な言葉。
俺は驚いてショーンを見る。
「忍び込むって……。どうやって」
「ほれ、あれ使え」
ショーンが指さしたものは、部屋の隅に置かれた、黒い大きな箱型の鞄。
「人形を運ぶときに使うトランクだ。大人ひとりくらい、余裕で入れる」
つまりは、俺がトランクに入って、スノー医師にこっそり屋敷内へ運んでもらえばいい、と言う方法らしいが。
「でもこれ、バレたら逃げ場はないぞ。いきなりこんな物を持ち込んだら、誰だって怪しむだろうし」
良い案だとは思ったが、開けて中を見られた瞬間、全て終わり。
大きな難点は否めない。
「そこは運次第……と言いたいところだが、少し工夫すればいい」
ショーンは俺たちを近くに呼び寄せ、耳元でゴニョゴニョと考えた作戦を話してくる。
その全貌を聞いて、俺は俄然、乗り気になった。
「いいそれ! 絶対に成功するぞ!」
「だろう? 俺の計画は完璧だからな!」
「ほ、本気かい? 君たち……」
逆にスノー医師は、とっても不安そうだった。
「それしか方法がないんだ。協力してくれ、スノー先生」
「お前の演技次第だ。期待してるぜ」
俺たちの熱気に包まれた視線に根負けして、スノー医師は諦め混じりの息を吐きつつ、しぶしぶ承諾した。