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人であらざる人の道~はじまりの代行人形~  作者: 幹谷セイ
2章〝彼女〟との再会
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7.敗北と別れ

 レインと話したいことは、山ほどあった。


 でも何から話せばいいか分からなかったので、とりあえずレインと再会するきっかけとなった、人形師狩りの起こした事件について、歩きながら話した。


 レインが安全にこの町に戻ってこられるようにするために、果敢にも人形師狩り退治に挑んだ、なんて理由は、思いっきり追いかけられ、おまけに彼女に助けられた手前、格好悪くて口には出せなかったが。


「――そんな経緯で、人形師狩りから逃げ回っていたの? 災難だったわね」


「まあ、色々な不幸が重なってね。本当なら、もっと効率よく戦えたんだけどさ」


「でも、その不幸のおかげで、あたしはあなたに会えたんだもの。あの殺人鬼に、感謝しているわ。不謹慎かもしれないけど」


「いいや。俺も同感だな」


 なんて、いい感じに会話を弾ませながら、複雑に入り組んだ路地を正確に抜け、俺は再び、自宅のある通りへと戻ってきた。


 逃げ出す前と変わらず、家の前には大量の人形が飾ってあり、その側で見覚えのある面子が、輪になっていた。


 俺たちが歩み寄ると、いち早く、スノー医師が俺の帰還を喜んでくれた。


「やあ、ノイエ君。無事だったんだね、良かった」


「人形師狩りは、どうなった?」


 続いて、石段に腰掛けていたショーンが尋ねてくる。


「時報の鐘が鳴ったら、時間切れとか言って、どっかに逃げちまったよ」


「そうか。逃がしたのは惜しいが、被害が出なくて何よりだ。まあ、終わりよければ全てよし、だな!」


 はっはっは、とショーンは笑う。


 俺はその胸ぐらを掴む。


「お前にだけは、言われたくねえな! 誰のせいで、俺が無様に追いかけ回されなきゃならなかったと思ってんだよ!」


「落ち着こう、ノイエ君! もう済んだ話じゃないか、俺も反省してるじゃないか! ところで、こちらはどなた?」


 憤る俺をうまく受け流そうと、ショーンはレインに視線を向ける。


 まだ言ってやりたい文句は山ほどあったが、やむなく、その流れに乗ってやり、彼女を紹介した。


 出会った経緯を、簡潔に話して聞かせる。


 もちろん、助けられた時の具体的な状況なんて、口が裂けても言えないから、内緒だが。


「――まあ、そういうわけで。危ないところを助けてくれた、レイン・セーヴィラさんだ」


「おお。そりゃ、どうも! 弟がお世話になって。兄のショーン・アルペイトです」


 ショーンは嬉しそうに、彼女に握手を求める。


 レインは少しはにかみながら、手を差し出した。


「セーヴィラって言うと、ひょっとしてあの人形師、エニルダさんの?」


 そう尋ねたのは、スノー医師だ。レインは頷く。


「ええ。エニルダは、あたしの祖父です」


「やっぱりそうか。僕は彼の主治医をしているものですから。時々、お話は聞いてましたよ」


「そうでしたか。祖父がお世話に……」


 レインはスノー医師とも握手を交わす。


「ほおぉ、あの伝説の人形師の孫ねぇ」


 ショーンは感心する。対して俺は、首を傾げる。


「レインの爺さんって、そんなにすごい人なのか?」


「まあ、人形学を世間に提唱して、人形師の礎を築いたって点では、すごいだろうな」


 と、ショーンが珍しく、他人を好評価している。


 続けてスノー医師が、説明を補足する。


「世界で初めて、〝代行人形(エージェント・ドール)〟を作った偉人だよ。今はその代行人形を従えて、一人で静かに、人形の魂の研究をしながら暮らしているんだ」


「へえぇ、そりゃすごい」


 そう言えば、レインは昔から、その爺さんを尊敬していると言っていたな。


 祖父の技術を受け継ぐために、人形師になるんだとか。


 そんなレインは興味深そうに、辺りに飾られた人形を見回していた。


「あなたも人形師なんですね。とても素敵な人形たち」


「いやいや、それほどでも、ありますよ」


 褒められて喜ぶこの人形師は、謙虚という言葉を知らない。


「さて。では、弟君も無事帰還したことですし。人形師狩りの脅威も、一応は去ったということで」


 そこで話を切り替えるように、ナオミ警官が口を挟んだ。


 警察官として、俺の安否を案じて、帰りを待ってくれていたらしいが。


 本心では、何だかじっとしていられなくてウズウズしている、といった空気を醸し出していた。


「自分はこれより、警察署へ戻って、人形師狩り対策の作戦会議っす! 奴の正体が人形、という大きな手がかりを得たんすからね。もはや逮捕も、時間の問題っすよ!」


 そう言う理由で、早く帰りたかったみたいだ。


 今日の出来事は大きな収穫だったろうから、意気込みの凄まじさも無理はない。


「俺のお陰だぜ、感謝しろよ」


 ボソリとショーンに恩着せがましく言われ、ナオミ警官は一瞬怯む。


「ぐっ。重大な情報の提供は感謝するっす! けど金輪際、あんな危険な真似はしないこと。奴が捕まるまでは、玄関先も片付けて、大人しくしているっすよ!」


 そう言い残し、ものすごい勢いでナオミ警官は去っていった。


 その後ろ姿は、先刻にも増して生き生きして見えた。


「警察にとって、人形師狩りが人間ではないという事実は、大きな収穫だっただろうね。これで、今までよりもっと、捜査が進むんじゃないかな」


 スノー医師は警察の今後の活躍に期待を寄せている様子だ。


 対して、ショーンは肩を竦める。


「甘いな。人形師狩りは、ただの人形じゃないぞ。代行人形だ」


 代行人形――。


 その言葉を、強調するように吐き出す。


「代行人形とは、人間の「代わり」を務めさせるために作られた、魂を持つ人形のこと。魂の成長具合、媒体となる体の完成度次第では、人間の群の中に混じっていても、誰も気がつかない存在にもなり得る。人形師狩りだって、変装して顔を隠し、人混みに紛れちまえば、人形だなんて分からなくなるだろう。だから相手の正体を知ったところで、何も進展しないと思うぜ」


「そうかな? でもやっぱり、人形は人形でしょう。いくら人に紛れても、周囲はその違和感に気付くんじゃないかな」


 ショーンの説明に納得がいかないのか、スノー医師は反論する。


「そう単純には、いかないと思うわ。人は人の中に紛れる代行人形の存在に、きっと気付けない」


 二人の間に口を挟んだのは、レインだった。


「なぜ、そう思うんです?」


 不思議そうに視線を向けるスノー医師に、レインは楽しそうに笑い返した。


「あなた方だって、気付いていないではありませんか」


 それと同時に、人形たちの隙間から飛び出してきた、小さな陰。


 レインの探していた連れの女の子、リノオールだ。


 どこに行っていたのかと思いきや、人形たちの中で隠れて遊んでいたのか。


「あっ、レインだー!」


 レインの姿を見つけたリノオールは、嬉しそうに彼女へ駆け寄る。


 そして、レインのスカートに抱きつく。


「心配したのよ、リノオール。急にいなくなるから」


 レインは叱るが、あまり怒っている風に感じない。


 リノオールも怒られているとは思っていないのか、笑顔で「ごめんなさーい」と返した。


「あなたの妹さんですか?」


 スノー医師の質問。


 そう訊きたくなるのも、無理はない。


 並んでみると、二人の面影は、とてもよく似ていた。


 俺も今、気付いたんだが、リノオールの姿は、初めて出会った幼い頃のレインに、そっくりだ。


 レインは笑って首を横に振り、


「いいえ。この子は、あたしが生み出したんです」


 俺はピクリと体を震わせた。


「生み出したって、まさか子持ち!? ちょっと待て、父親は誰……」


 聞き捨てならない言葉に、俺は我を忘れてレインに食ってかかった。


「落ち着けノイエ! 年齢的に無理がある」


 しかしショーンに首根っこを掴まれ、未遂に終わった。


 それを見たレインはまた、楽しそうに笑う。


「面白いことを考えるのね、ノイエ君って。リノオールは、あたしが作った代行人形よ。小さいときからずっと育ててきた、大切な存在」


 愛おしそうな瞳で、レインはリノオールを見つめる。


 俺の中に、過去の記憶が鮮明に蘇る。


「あー! そうか、あの時連れていた、命を持った人形。確か、リノオールって……」


 そう、俺と初めて出会った時、レインが抱きしめていた人形の名だ。ちょうどその日が、リノオールに人格が生まれた日なのだと、嬉しそうに話していた様子を、思い出した。


「あの人形が、こんな姿になるのか。すごいな……」


 俺は、目の前の小さな女の子を、まじまじと見つめた。


「成長したリノオールに合わせて、新しく体を作って、魂を移したの。子供の頃のあたしを模してね」


「こいつは、やべえな。全く気付かなかった。やるね、あんた」


 ショーンも頭を掻きながら、表情を引き攣らせていた。


 いっぱしの人形師でありながら、リノオールの正体に気付けなかった事実が、かなりショックだったのだろう。


 言われて触れてみると、リノオールは冷たいし、呼吸をしていない。


 だが、表情は自在に変わるし、動きも驚くほど柔軟で、自然だ。


 これは、その存在を熟知していなければ、正体を暴くことは至難の業に違いない。


 レインは周りの驚く様子に満足したらしく、微笑んでいた。


「こんな風に、媒体の完成度如何では、代行人形は人間の中に溶け込んで生活することができます。長く一緒にいれば僅かな違和感に気付くかもしれませんが、一見では見分けがつかないでしょう?」


「確かに、そのようですね」


 反論の余地はない。スノー医師も、納得して認めた。


「リノオールが、とてもお世話になったみたいで。感謝します」


 頭を下げるレイン。リノオールも真似をして、ペコリとお辞儀した。


「いやなに。いい子でいましたよ、とっても。人形を愛でてくれる者なら、人間だろうが人形だろうが、いつでも大歓迎です」


 ショーンは笑う。


 その歓待の言葉に安心したレインは、ゆっくり頭を上げる。


 だが、その表情からは笑顔が消え、堅い、真剣なものになっていた。


「あの、アルペイトさん」


「ショーンさんで結構ですよ?」


「では、ショーンさん。お世話になりついでに、あたしのお願いを聞いてもらえませんか?」


「お願い? どういった?」


「……リノオールを、引き取っていただきたいのです」


 突然の申し出に、ショーンも俺も、驚いて表情を歪める。


「この人形たちを見れば分かります。ショーンさんは立派な人形師。心から人形を愛せる、素晴らしい方だと。……あなたなら、リノオールを大切にしてくれると確信しました」


 俺とショーンは、顔を見合わせる。


 なぜ急に、レインがそんな頼みを切り出したのか。


 全く分からず、互いに困惑していた。


 しばらくして、ゆっくりと、ショーンが言葉を返す。


「……代行人形は、ただの人形とは違う。物みたいに簡単に受け渡しをしてもいい存在ではないと、あなたもよく分かっているはずでしょう?」


 リノオールを手放すことは、いわば親が子供を棄てるのと同じ意味を持つ。


 レインにとって、リノオールは今までの生涯をかけて作り上げてきた、大切な人形のはずだ。


 その所有を放棄するなんて――。


 彼女は、決してそんな状況を望んで言っているのではないだろう。それは、後悔が滲み出ている、強ばった顔からも明らかだった。


 だが、本気であることも間違いないらしく、強い決意が、綺麗な瞳の中で輝いている。


「もちろん、承知の上です。でも。あたしにはもう、リノオールを守る力も、時間もないのです。一刻も早く、この子だけでも安全に暮らせる場所を探さないと」


 押し迫った口調。辛そうな表情。


 レインとリノオールが、身の危険に晒されている――とでも言いたいのだろうか。


 いった、何が彼女を、こんなにも追いつめているのだろう。


 その理由を、尋ねてみようとした矢先。


「レインお嬢様、お迎えにあがりました」


 突如、そいつは気配も足音もなく、この場に現れた。


 俺達は驚いて、一斉に声のしたほうに向き直る。


 細身で長身の体に、黒い燕尾服を纏い、絹糸みたいな真っ白の長髪を、後ろで束ねている。非常に整った顔立ちの、若い男が立っていた。


「君は、クラウンマーチ? なぜこんなところに」


 スノー医師が、その男に声を掛けた。


 クラウンマーチと呼ばれた、変わった名前の男は、医師を見て丁寧にお辞儀をする。

「スノー先生。最近、我が主の体調が思わしくありません。また往診をお願いいたします」


「あ、ああ、分かったよ」


「知り合いか? 先生」


 俺が尋ねると、スノー医師は頷いた。


「……彼は、クラウンマーチ。さっき話していた、人形師エニルダさんが世界で初めて作った代行人形だ。作り主であるエニルダさんの、身の回りの世話を全てしているんだよ」


「こいつが、代行人形……?」


 リノオール同様、一見しただけでは、人形とは思えない。


 完璧な外見を呈していた。


 ショーンも目を細めて、じっとその人形を観察している。


「僕はすぐにでも行けるよ。クラウンマーチ」


「いいえ。今日は我が主も色々と用事がございます。明日の朝、いらしてください」


 鞄を手に、歩み寄ろうとするスノー医師を、クラウンマーチは制止する。


 その滑らかな動作や言葉遣いは、非常に場慣れした使用人のものだが、顔はまったくの無表情だ。


 声色も、どこか機械的で冷たい印象を受けた。


「本日は、先生をお呼びに参上したのではないのです。この方を連れて帰ることが、私の使命」


 クラウンマーチはすっと、レインに手を差し伸べる。


「さあ、レインお嬢様――」


「触らないで!」


 レインは拒絶を露にし、相手の手を振り払った。


「迎えなんて、頼んでいないわ、クラウンマーチ。あたしは自分の足でここへ来た。帰るときも自分で帰るわ。あなたはお祖父さまの僕なのだから、お祖父さまの面倒だけ見ていればいいのよ!」


 激情を露わにして、レインは声を張り上げる。


 今までの落ち着いた姿からは想像できないほど、取り乱している。


 しかし、クラウンマーチは、憤るレインに対しても冷徹な態度を崩さない。


「そのお祖父さまからの、ご命令でございます。今すぐに、あなたを連れ戻すようにと」


 奴がそう言った直後だった。


 レインの表情が苦痛に歪み、体が前のめりに崩れた。


 原因は、一目瞭然だった。


 彼女のみぞおちに、クラウンマーチの拳が深く突き刺さっていた。


 クラウンマーチは、気を失ったレインを抱き上げ、物みたいに乱雑に肩に担ぐ。


「お前、レインに何をしやがる!」


 その光景が、俺の中に凄まじい怒気を沸き上がらせた。


「主の命令です。レインお嬢様を屋敷へ連れ帰れ。死にさえしなければ、手段は問わないと」


 冷ややかな声で淡々と述べる。クラウンマーチは誰にともなく頭を下げ、去ろうとした。


「令嬢がご迷惑をおかけしました。急ぎますので、これにて失礼」


「待てこの野郎! レインを離せ!」


 背を見せるクラウンマーチに、俺は殴りかかる。


 しかし、その拳は、あっさりと躱された。


 そして隙の生じた俺の後頭部を、クラウンマーチが空いた手で掴む。


 そのまま、強く下へと押された。


 俺の額が勢いよく、地面に叩きつけられる。


 赤い煉瓦が砕け、顔がめり込む。


 頭蓋骨が割れるかと思うほどの激痛が走り、そのまま俺は、地面に倒れ込んだ。


「弱い犬ほどよく吠える。まったく、五月蠅くてかないませんね」


「あう……。お兄ちゃ……」


 消え入りそうな声が側で聞こえた。


 リノオールが俺を心配して、近付いてきたらしい。


「何をしているのです、出来損ないが! あなたも帰るのです。私の手を煩わせるな」


 その優しい女の子に、クラウンマーチは罵声を浴びせる。


 リノオールは、しばらくその場で立ち尽くし、泣きそうな声を上げ続けていた。


「こいつは大丈夫だ。ご主人様と一緒に行きな」


 ショーンが宥めたため、決心して、クラウンマーチに従いて歩きだした。


 二体の人形の足音が、遠くなる。


 やがて聞こえなくなり、通りに静寂が訪れた。


 俺は地面に突っ伏したまま、怒りに体を震わせていた。


「ちくしょう、レイン……。やっと、会えたってのに……」


 みすみす、彼女を連れて行かれてしまった。


 額に受けた痛みや衝撃よりも、何もできなかったという事実のほうが、俺に辛く、苦痛をもたらしていた。

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