表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人であらざる人の道~はじまりの代行人形~  作者: 幹谷セイ
2章〝彼女〟との再会
5/18

5.武器を失くして

 なぜだ。なぜ、こんなことになったんだ。


「オラオラ、さっきまでの威勢の良さは、どこに行ったんだ、小僧!」


 めちゃくちゃ楽しそうに追いかけてくる、外道な人形師狩りから逃れるために、俺は今、レンガが織りなすロノステラの町中を、がむしゃらに駆け抜けていた。


「さっきの決め台詞は、俺様の聞き間違いだったかねえ!? 誰が一、二を争う剣術の使い手だって? 一、二を争う逃げ足の早さ、の間違いじゃねーのか?」


 あの野郎、調子に乗って、人を小馬鹿にしやがって。


 相手は熟練された剣の使い手というわけでは、決してなかった。


 俺の腕ならば、充分に勝てる相手だったはずなのだ。


 それなのに、今の俺は武器を失い、抵抗する術もなく、ひたすら奴から逃げ続けている。


 なぜ、こんなことになったのか。


 ……思い出すだけでも情けない。


 ● 〇 ●


 戦いの始まった時。


 踊りかかってきた人形師狩りが振り降ろした短刀は、俺の持っていた杖を、スパッと真っ二つにした。


 俺は何度も瞬きを繰り返す。困惑、動揺。


 いったい、どうなっているんだ?


 これが俺の普段から愛用している仕込み杖――中に細い刃の仕込まれた長剣――だったならば、こんなに簡単に折れるはずがないのに。


 慌てて杖の切り口を凝視する。


 中はただの木であり、刃物が(はま)っている痕跡なんて、これっぽっちもなかった。


「おいショーン、どうなってんだ!? 俺の杖じゃねーぞ、これ!」


 俺は確かに、ショーンの座っていた場所の側に杖を置いて、買い物に出た。


 そして間違いなく、その置いておいた杖を掴んで、人形師狩りに奇襲を仕掛けたはずなのに。


 なぜ、その杖が偽物にすり替わっているんだ。


「んんっ!? あれー? それは俺が人形に持たせるために作った、ただの杖!? 何でこんなところに……はあっ!  ま、まさか……」


 そう言った後、顔中から汗を拭き出させ、ショーンはしばらく考える――フリをしていたに違いない。


 俺に対して何と言い訳をすれば良いものかと、それを必死に脳内から捻出している顔だった。


 だって、原因なんて、それほど考え込まなくても、はっきり分かっているのだから。


「……人形を飾り付けるときに、間違えたんだだなぁ。お前の武器は、この人形たちの誰かが持っているんだ」


 俺はバッと、並べられた人形を見上げる。


 黒いスーツを着こなした、紳士な姿の人形が何体も何体も飾られているが、その全てが、似たような杖を握っていた。


 人形たちは非常に爽やかに、「さあ、どれが君の杖か当ててごらん? あっはっは」とか言わんばかりの笑顔を浮かべている。


「探せるか、こんなに沢山あるのに! どうしてくれんだよ、この状況!」


「すまん! これは俺の致命的なミスだあっ!」


 ろくな言い訳も思いつかなかったらしく、素直に許しを乞うてきたが、吃驚するほど許す気になれなかった。


 だが、ここで言い合っていても、事態が好転しそうにはない。


 もう既に、取り返しのつかないところまで、事態は悪化しているのだから。


 俺は体中から汗を流しながら、前を見る。不気味な笑顔を浮かべた人形師狩りが、短刀の腹で自分の掌を叩きながら、こっちを見ていた。


「どうした、何かトラブルか?」


 俺たちの動揺に気付いて、気を遣って待ってくれていた。


 こいつ、ひょっとしていい奴?


「あの、ちょっとタイムいいかな? 用事を思い出して。すぐに済むから」


「嫌だね。何だか知らんが、戦う気がねーなら、さっさと死ね」


 俺は、相手が待ってくれている隙に自分の杖を探そうと思ったのだが、人形師狩りはそう吐き捨てて、切りかかってきた。


 俺は紙一重で攻撃を躱す。


 やっぱり、前言撤回。


 こいつ、全っ然、いい奴じゃなかった!


「ちょっと、待てって! 相手は丸腰の人間なんだぞ、そんな無防備な相手に襲いかかるなんて、卑怯だろうが!」


 俺が抗議すると、人形師狩りは堂々と言い放った。


「お前は俺様を、誰だと思っているんだ? 間抜けな丸腰の人形師どもを、卑怯な手を使いまくって殺してきた殺人鬼だぜ?」


「そうでした!」


 誇りもプライドも持っていないような奴に、良心を期待する台詞で訴えかけても、無駄だった。

 人形師狩りは、再び俺に剣を向けてくる。


「武器を持たねえ奴をいびるのは大好きだし、俺様の十八番だ。小僧、お前はひと思いにゃ殺らねえぜ? じっくり、いたぶってやる」


「くっ、悪趣味な奴だな。恥知らず、人でなしめ!」


「そうとも。俺様は人間の道徳倫理には囚われない。だって人形なんだから!」


 俺は舌を打つ。


 こいつはもう、誰のペースに乗るつもりもないようだ。


 かといって、丸腰では戦っても勝てる見込みがない。


「ショーン、この場は任せたぞ!」


 俺はショーンにそう指示を送り、駆け出した。


「ノイエ! どうする気だ!?」


「逃げながら考える!」


 言い捨てると返事も待たずに、俺は路地の向こうに走った。


 ここには、ショーンや役に立たない医者や警官、加えて無関係な女の子までいる。


 下手に暴れては、周囲に被害が及ぶかもしれない。今はこの場の安全確保が優先だ。


 幸か不幸か、今のこいつの狙いは、完全に俺一人みたいだし。俺がこの場を離れれば、奴は俺について来るだろう。


 そうすれば、少なくとも俺がやられても、一時的にこの場所を守ることができる。時間を稼いでいる間に、ショーンは非難するなり、新しい打開策を考えるなり、できるだろう。


 元凶はショーンとは言え、俺が人形師狩りを仕止められなかったのは自業自得なのだから。その失態のせいで周りに迷惑はかけられない。


 落とし前は、自分自身でつけないと。


 俺はひとまず、逃げる動作に集中することにした。


「鬼ごっこか! 久しぶりに血が(たぎ)るぜえ!」


 滾る血なんて、流れていないだろうに。


 なんてツッコむ暇もなく、人形師狩りは、俺を追って走ってくる。


 俺は全速力で、町の中心部へと駆けていった。


 ● 〇 ●


 そんな経緯で、今もこうして町中を逃げ回っているわけだ。


 過去の失敗を悔いている暇はない。


 とにかく今は、あの人形師狩りを何とかする方法を探さなくては。


 と思うものの、正直、何も浮かんでこない。


 ただ、追いつかれないように奴を撒きながら、複雑な路地を駆け回るだけで精一杯だ。


 しかし、相手は人形。おそらく、疲労なんてものとは全く縁のない存在と思われる。


 このまま走り続けても、先にバテるのは俺だろう。


 実際、もう既に息が上がってきている。


 俺は虚弱体質を改善するために体力はつけてきたが、持久力のほうは、いまいち自信がない。


「オラ小僧! どこに行きやがった! 逃げても無駄だぜ、すぐ捕まえてやるからなぁ!」


 どこかから聞こえてくる、人形師狩りの声。


 そう遠くはない。


 このままでは追いつかれる。


 もつれそうな足を何とか前に押し進め、狭い暗い路地を行く。


 すると、突然。眼前に立ちはだかる人間の姿が見えた。


 俺は驚いて立ち止まる。


 相手も驚いた顔で立ち止まった。


 灰色がかった少し長めの黒い髪を、後ろで一つに束ねている。黒いズボン。同色のベストの下は、腕まくりした白いシャツ。


 濃い灰色の瞳をこちらに向けている、長身の男。


 つーか、俺じゃねえか。


「何だ、鏡かよ。脅かしやがって」


 大きく息を吐いた。


 目の前には、俺の身長よりも大きな鏡が、少し斜めを向いた角度で立てかけられていた。


 鏡の真正面、ぶつかる寸前の場所に来るまで、その存在に気付かないとは。


 さらに、鏡に映った自分自身の姿に驚くほど、余裕がなくなっているとは。


 非常に情けない有様だ。


 俺は少し、後退(あとずさ)った。


 鏡の角度の加減だろう。俺の姿は鏡の中から消えた。


 この路地は、直角に曲がっている。


 両方向から人が歩いてきたときに、ぶつかってしまう事故がよく発生するため、防止策として大きな鏡が、角のところへ斜めに張り付けてあるのだった。


 この鏡があれば、自分の進行方向から誰かが近付いてくると、相手の姿がはっきり見えるし、向こうからも近付く俺の姿が見える。


 もしも、向こう側から人形師狩りがやって来れば、こちらはすぐに気付いて逃げられる。

 でも、向こうからも俺の姿は丸見えだ。逆に背後から来られでもしたら、全く分からないだろう。


 鏡なんてあっても、今のこの状況、はっきり言って、何の役にも立たない。


 兎にも角にも、奴に見つかる前に逃げないと。


 重い体を何とか動かそうとした時。


 突如、俺の背後から、頭を挟み込むように、二本の白い手が、にゅうっと伸びてきた。


 そして、一本の手が、がしっと俺の肩を掴み、もう一本の手が、口を塞いだ。


「なっ!?」


 俺はものすごい勢いで、後ろに引っ張られる。


 体力が尽きかけていたせいで、まったく抵抗できなかった。


「見つけたぞぉ、小僧ー」


 それとほぼ同時に、すぐ側で聞こえる、人形師狩りの嬉しそうな、不気味な声。


 見つかった。いや、捕まった!?


「手間取らせやがってぇ。覚悟しやがれぇ!!」


 逃げきれなかった。


 何も抵抗できずに。俺は人形師狩りに殺されるのか。


 成すがままに後ろへ引きずられながら、俺は恐怖のあまり、堅く目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ