表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人であらざる人の道~はじまりの代行人形~  作者: 幹谷セイ
4章 裏切りと脱出
15/18

15.更なる裏切り

「ショーン、いるか!?」


 勢いよく、自宅のドアを開く。


 家の中は、もぬけの殻だった。


 今朝のショーンは熱も下がって、部屋の中を歩きまわれるくらい回復していた。


 だがまさか、外に出掛けているなんて、思いもしなかった。


 元気であっても、ほとんど外出なんてしない奴が、この非常時に限って、どういう風の吹き回しだ。


「ったく。この大変な時に、どこに行きやがった!」


 ショーンを探しに行かないといけない。


 その前に。俺は寄り道して、自分の部屋へと向かった。


 これからの大事に備えて、願掛けをしようと思いついた。


 机とベッドだけで、ほとんどの面積を占めている、狭い俺の部屋。


 その机の隅に、ちょこんと座っている、男の子の姿をした小さな布人形を手に取った。


 こいつは、ショーン・アルペイトという人間が生まれてはじめて作った人形であり、ノイエ・アルペイトと言う人間が、生まれた頃からずっと大事に持ち続けてきた、人生を共にしてきた人形なのだ。


 お守り代わりに側に置いているだけで、とても勇気が湧いてくる。


 剣術の試合や試験など、ここぞというときには、いつも側に置いて、勇気を分けてもらっていた。


 すると不思議と、いつもピンチを切り抜けられたのだ。


 これから俺がしなくちゃならないことは、とても勇気と度胸のいることだから。


 今回も、こいつの力を借りようと思ったわけだ。


 俺は人形を小さな袋に入れて、大事に腰へ結びつけた。


 そして気合いを入れ直し、ショーンを捜すため、家を飛び出した。


 ● 〇 ●


 町の路地という路地を、くまなく探して回る。


 しかし、いっこうにショーンらしき姿は、影も形も見あたらない。


 どこかで行き倒れているかも、と思い、足下も入念に見て回ったが、屍のごとく転がっている気配もない。


 あまりの発見率の悪さに、焦りを覚えてきた頃。


「やあ、弟君。そんなに急いでどこへ?」


 そこへ通りかかったのは、のんきにパトロール中のナオミ警官だった。


「ナオミさん、ショーンを見なかったか?」


「自分は見ていないっすよ。どうしたんすか、血相を変えて」


 俺の様子から、只事ではない状況を察知したのか。


「まさか、アルペイト兄の身に、何か?」


 怪訝そうに尋ねてくる。人形師狩りに襲われたと、想像したのかもしれない。


 彼女を見て、俺はふと、考える。


 最悪、ショーンが見つからなくても、日々、人形師狩りを捕らえようと尽力している警察なら、事情を話せば、協力してくれるんじゃないだろうか。


 レインはエニルダと人形師狩りの間に接点がないから、警察には動いてもらえないと言っていたが。


 説明してみるだけの価値はあると思う。


「……ナオミさん。相談があるんだけど」


 事情を話そうとしたが、直前で思い留まった。


「いや、でも、あんただと、ちょっと心配だな」 


 俺は腕を組んで、目の前の女警官に難色を示す。


「何が心配なんすか。一人で勝手に話を進めないでほしいっす」


 俺の態度が気に入らなかったのか、ナオミ警官は不服そうだ。


「あんた、スノー先生のこと好きだろ」


 ズバリと尋ねると、ナオミ警官は顔を真っ赤にして、首やら手やら、ブンブン振りだした。


「ななな、何を言い出すっすか! たたた確かに、スノー先生は立派な方ですから、自分は非常にそそ尊敬しているっすけども! すす好きだなんて、そんな畏れ多い」


 図星かい。


 日頃のこいつの態度から、もしやとは思っていたが、確実に惚れている。


 だとすると。


 スノー医師の正体をこいつに話すのは、危険かもしれないな。


 警察だろうが何だろうが、所詮(しょせん)は人間。


 自分が好意を持っている人間なら、たとえ悪人であっても目を(つぶ)って見逃してしまう。


 なんて可能性も考えられる。


「……じゃあもし、その尊敬している先生が、悪いことをしていたとしたら、あんたは捕まえる覚悟があるか?」


 不安だったので、尋ねてみる。


 するとナオミ警官は我に返り。


 腰に手を当て、でかい胸を張る。


「自分、公私混同はしない主義っす。いくら尊敬する憧れの御人であっても。犯罪に手を染めるとあらば、絶対に許しはしないっすよ!」


 おお、頼もしいお言葉。


 ナオミ警官の中では、出世欲のほうが、色恋沙汰よりも優先されているらしい。


 そんな彼女を、俺は信じることにした。


「分かった。じゃあ、俺の話を聞いてくれ。……人形師狩りに殺しをさせている犯人が分かった」


 ナオミ警官の目が血走り。くわっと大きく見開かれた。


「犯人は人形師エニルダと、奴と手を組むスノー先生なんだよ」


「んなっ……!」


 突然、意外な真実を暴露され、ナオミ警官は混乱しているらしく、しばらく目が泳いでいた。


 しかし、人形師狩りの正体を知ったときのパニックぶりに比べると、かなり落ち着いたもので。


「弟君。ここでその話はちょっと……」


 冷静に周囲を警戒しながら、声を潜める。


「署に来てほしいっす。詳しい話は、そこで」


 その真剣な態度を見て、俺は安堵した。


 この途方もない話を信じてくれる人がいたことが、非常に嬉しかったのだ。


 思えば、初めてかもしれない。


 この女警官が頼りになる。と心から感じたのは。


 俺は自分の見てきた、聞いてきた全てを伝えるために。


 ナオミ警官について警察署へと向かった。


 ● 〇 ●


 まったく。これだから、女なんて奴は信用がならない。


 公私混同はしないだとか、ぬけぬけとほざいでおいて。


 仕事が命と見せかけ、結局、男を取る。


 狡猾で卑怯な生き物だ。


 レイン以外だけど。


 と言うか、この女警官だけだけど。


「やあ、ノイエ君。あの屋敷から抜け出せたなんて、すごいね。君」


 ロノステラの警察署に連れられて来て、重苦しい雰囲気の漂う建物の中に入ってみれば。


 寛いだ姿のスノー医師が、にこにこ笑って手を振っていた。


 俺は反射的に腰の仕込み杖に手をかけようとしたが、すぐに身動きがとれなくなる。


「動かない方が身のためっす。大人しくしなさい」


 ここへ俺を連れてきたナオミ警官に、背中に猟銃の銃口を突きつけられる。


 真面目くさった顔して、この女警官……。


 俺を騙したわけか。


「あんた、何考えてんだよ!」


 俺は彼女に向けて、大声を張り上げていた。


「彼女は僕の志に賛同してくれる、数少ない同志なんだ」


 ナオミ警官の代わりに、スノー医師が口を開いた。


 俺は横目にナオミ警官を睨みつけ、怒鳴りつけた。


「最低だな、あんた。さっきと言ってることが違うじゃねーか!」


 だが、それを制止するように、スノー医師は口の前で指を立てる。


「これ以上は、騒がないで。大人しくしてくれるかい? 君のお兄さんの命を助けたかったらね」

 医師のすぐ足元。


 床に倒れ込んでいる男――ショーンに気付き、表情を歪める。


「しょ、ショーン! どうしたんだ、お前!」


 ショーンは真っ青な顔をして、ぐったりと横たわっていた。


 呼吸も弱々しく、かすかに痙攣を起こしている。


 スノー医師はそんなショーンを見下ろしながら、にこにこと笑っていた。


 その手には、謎の液体が入った注射器が。


 何か、やばい薬でも打たれたのだろうか。


 こいつは行動で示してきたのだ。


 これ以上の抵抗は、ショーンの命を危険に晒すことになると。


 歯を食いしばり、やむなく、俺はその脅しに従うしかなかった。


「ちょっと、予定が狂っちゃったね。まさか君に全て知られてしまうとは。一般人はあまり巻き込みたくなかったんだけど」


 スノー医師は肩を竦めて、微笑んだ。


「でもバレたからには、君を野放しにしてはおけない。邪魔をされると困るからね」


「だけど」と、スノー医師は品定めでもするように俺を見て、言った。


「君のすばしっこさや秀でた剣術は、とても使えると評価しているんだ。敵に回すと厄介だけど、こちらの戦力になるのであれば申し分ない。だから選ばせてあげるよ。ここでじっと終わりを待つか。それとも、僕らの仲間になってその手腕を揮うか。話し合おうよ」


 ふざけた二択を強いてくる。


 そんなこと、選ばせてもらわなくたって、俺の答は決まっている。


「どっちも嫌だね。俺は絶対に、お前らの企みを止めてやる!」


「うん。そう言うだろうと思ったよ。でも、話くらい聞いてくれたっていいだろう? まあ。それでも嫌だって言われたら、もう身の保証はできなくなっちゃうけど――ね」


 スノー医師は、不気味に笑った。


 白衣の懐から、何かを取り出す。


 その手には、手術で使うメスが。


 鋭い刃先が、俺の頬に触れる。


 俺はじっと息を殺し、なすがままにされながらも、逃げ出す機会を窺っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ