14.人形師狩りとの取引
レインはリノオールを側に寄せ、周囲を警戒する。
俺も仕込み杖を構え、辺りの様子を伺う。
響く音は、周囲の石壁に反響していた。その音の出所は、どこなのか――。
耳を澄ませると、クラウンマーチの倒れている隠し通路の奥から聞こえてくる。
「いやあ、見事な腕っ節だったな。いいもん見せてもらったぜ」
岩壁に反響して、響く声。
それを聞いて、俺は何かを叩く音が拍手であると悟った。
そして、その音を発し、声を放ったそいつが――。
昨日、嫌というほど俺を追いかけ回した、腹の立つ〝あいつ〟だと気付いた。
「人形師狩りか!! どこにいやがる! 出てこい!」
まだ、厄介な奴が残っていた。
人形師エニルダのもう一体の手駒――人形師狩り。
奴も、この近くにいるかもしれないと、よくよく考えれば事前に分かったかもしれない。
奴の存在を今まで失念していたのは、俺のミスだ。
「まあ、そういきり立つなよぉ。俺様は、お前とやり合う気はねえんだ」
人形師狩りの不気味な笑い声が、石壁の中で響く。
そして、耳を疑う言葉を放った。
「エニルダをとっ捕まえるために、俺様と手を組まねえか? 悪い話じゃないと思うが」
俺は眉を顰めた。
突然、何を言い出すんだ? こいつは。
人形師狩りの意図が、全く分からない。
俺が困惑して沈黙する中、人形師狩りは笑い混じりに話を続ける。
「お前さんたちの話は、聞かせてもらったぜ。二人で何とかして、あのエニルダのジジイを捕まえようとしてんだろぉ?」
「だったら、どうだって言うんだよ」
「それなら、俺様を側に置いておくと非常に有利だぜぇ? 何しろ、俺様はあのジジイの罪の象徴。あいつを警察に突き出す時に、もってこいの証拠材料になるじゃねえか」
それはもちろん、その通りだ。
何しろ、こいつが一連の殺人の実行犯なんだから。証拠品としてこいつを差し出せば、体の作りから、エニルダの人形作りの特徴を見出せるだろう。
だからこそ、分からない。
「お前は、エニルダに作られた操り人形だろうが。何でわざわざ、自分の主人を捕まえるために力を貸そうとするんだ?」
俺達を騙そうと、企んでいるんじゃないのか?
俺がそう疑っても、おかしくはないだろう。
それだけ、奴の言動は理解に苦しむものだった。
「お前さんも、知ってんだろう? あのジジイの腐れた性格。ある日、俺様は気付いたのさ。あいつ、何もかもが終わったら、全ての罪を俺様に負わせて、証拠も残らないくらいぶっ壊して、
まんまと逃げ果せる気だとな」
「……お祖父さまなら、やりかねない話ね」
レインが静かに呟いて、同意。溜息を漏らした。
「だろぉ? 俺様はあいつに忠誠を誓って、言われるがままに働いてきたってのに。捨て駒扱いなんて、酷い話だぜ。だから、そうなる前に俺様があのジジイを裏切ってやろうと機会を狙ってたんだが、クラウンマーチに邪魔ばっかりされてな。さっぱりうまくいかなかったんだ」
同じエセ代行人形でも、人形師狩りよりクラウンマーチのほうが、立場も強さも上なのだろう。
その身分差によって、こいつも随分と苦渋を舐めてきた様子だ。
「だが」と人形師狩りは笑う。
「そんなクラウンマーチを、お前さんはあっさりと倒しちまった。やるじゃねえか。昨日はさんざん逃げ回ってた小僧が、こんなに強えー兄ちゃんだったとは驚きだ。要は俺様、あんたの強さに惚れちまったわけよ。だから、そっちに寝返ろうと考えたわけさ。悪い話じゃねえだろう? 今なら俺様とあんたが手を組めば、エニルダの味方は、あの狂ったヤブ医者だけだ。追い詰めるなんて、わけないぜ」
勢いに乗って、ぐいぐい押してくる人形師狩り。
「悪いが、お前と手を組むつもりはない」
俺は冷静に、少し考えた末。人形師狩りの誘いを断った。
人形師狩りの提案は、確かに魅力的だ。
今ならば俺達を脅かす強敵はいないし、エニルダを徹底的に追い詰めることも可能だろう。
だが、俺はまだ、人形師狩りを味方だと信じられずにいた。
こいつが、いつ裏切るか分からない危険と不安を孕んだまま、協力し合うなんて、できない。
気を許した途端、寝首をかかれる可能性だってあるんだから。
「別にお前と協力しなくたって、充分エニルダやスノー先生と戦える。俺には他にも味方がいるんだからな」
家に帰れば、ショーンがもっといい知恵を貸してくれるはずだ。
今の状況を説明したら。きっとショーンだってこいつと手を組むことに反対するだろう。
「エニルダを捕らえる切り札として、お前の存在が有用だっていうなら、自力で取っ捕まえればいいだけの話だ」
俺は人形師狩りを挑発するつもりで。強気でそう切り出した。
そこまではっきり言い切れば。奴も本性を現すかもしれない。と考えたのだ。
しかし、その後がいけなかった。
「なるほどなぁ、そうきたか。流石は俺様の見込んだ兄ちゃんだ。余裕に満ち溢れてやがる。……どうやらこの状況、俺様には、かなり不利なものらしいな」
人形師狩りは少し考えて、そう告げた。
直後。
横たわっていたクラウンマーチが、バッと起き上がった。
俺が切り伏せて。完全に沈黙していたはずなのに。
どうして、今になって――?
いきなりの出来事に唖然としていると、クラウンマーチは素早い勢いでこちらに飛び掛かってきた。
そして、その手にレインとリノオールを引っ掴み、再び隠し扉の奥に跳んで戻った。
レインは小さな悲鳴を上げる。逃げようともがいていたが、クラウンマーチの腕にがっちり捕まれて、身動きが取れない。
「これで兄ちゃんも、俺様には易々と手は出せねえだろう? 仕切り直しだ。一時間後、もう一度ここで会おうぜぇ。それまで、この姉ちゃん達は預かっとくからな。よーく考えを整理して来いや!」
「おい! 待て……」
二人を助けようと動く暇もなく、クラウンマーチはものすごい速さで地下へと消えてしまった。
人形師狩りの気配も、すでにない。
奴の誘いを蹴った判断に後悔はないが、レイン達が連れ去られてしまった点は、大きな失態だった。
追いかけて、中に戻るか。
だが、この迷路の中を一人で走り回っても、迷子になるだけだ。
単独行動では、できることが少なすぎる。
すっかり奴のペースに嵌められてしまった。あまりの悔しさに、歯を食いしばる。
人形師狩りの目的は、俺との交渉だ。
まだその余地があると奴が考えている以上は、きっとレインたちの身の安全も守られているはず。
無事にレイン達を助けるためには、しばらく奴の言う通りにするしかない。
そのためにも、ショーンに協力を頼もう。そして何か、いい案を出してもらおう。
俺は味方を求め、急いで自分の家へと走り出した。
また結局、一人きりでここに戻って来る羽目になるなんて、その時は想像もできずに。