13.再戦クラウンマーチ
「剣を納めなさい、クラウンマーチ!」
その姿を凝視し、レインは強く怒鳴る。
「困りますね、お嬢様。勝手な真似をされては」
そんなレインを、相変わらず冷淡で無表情な顔で、クラウンマーチが睨む。
しかし、表情とは裏腹に、体の奥底から沸き上がってきている怒りや苛立ち、そして殺気は、全く隠されていない。
それをレインも感じ取ったのか、目の前の代行人形に、今までにないほど怯えた表情を見せた。
「逃げて! ノイエ君! でないと殺されてしまうわ!」
だが、俺はその場から動かない。
「俺は、もう逃げないよ。逃げる必要なんて、ないからな!」
そしてゆっくりと、仕込み杖を手に持ち、構えた。
そんな俺を見て、クラウンマーチは嘲るように鼻を鳴らす。
そして、リノオールを横目で睨みつける。
「この出来損ないを連れて、ここまで逃げ延びられたことは褒めて差し上げましょう。ですが、私からは絶対に逃れられませんよ」
この、上から目線の偉そうな物言い、態度。
最初に会ったときから大嫌いだったが、今となっては笑ってしまいそうなほど、滑稽で哀れな姿に見えた。
「お前はリノオールを、出来損ないだと罵ってばかりだな」
「当然です。本当に、不完全な出来損ないの人形なのだから。完璧な代行人形、完全なる存在とは。私のような者のことを言うのです!」
自己主張をしながら、クラウンマーチは剣を振りかざしてくる。
俺はその剣先を、自分の杖で受け止める。
ガキン! と、金属と金属がぶつかる音。
昨日みたいに、無様に真っ二つ、なんて悲劇は起こさせない。
俺の杖は特注なのだ。
「本当に完全なら、不完全なものを嫌悪する必要なんてないはずだ」
力を込めて、奴の剣を押し返す。
後ろへ飛びずさったクラウンマーチは、初めて表情を歪めた。
「どういう意味ですか、それは」
「お前も、お前の作り主も、不完全な存在だから、自分より勝った存在を妬んでいるだけってことさ。人形師エニルダは、本物の人形の魂を作れない。だから魂を作れる他の人形師を妬んで殺す。お前はそんな主人によって高性能な人形に人間の魂を詰めて作られただけの、まがいもの。だから本物の代行人形であるリノオールを軽蔑するんだ。自分の威厳を守るために」
クラウンマーチのこめかみが痙攣した。
奴が振りかざしてくる剣。それを受け止める俺。
打ち合い、打ち合い。火花が散る。
「黙れ! 私も、私の主も。選ばれた完璧な存在! 侮辱することは許さない!」
怒れる、ニセ代行人形。
冷静を欠いたがむしゃらな動きで、俺に飛びかかってくる。
俺は杖を水平に持ち、両端を持って外側へ引っ張った。
すると杖が伸びた。のではなく、鞘の部分が抜けていく。
中から出てきたのは、よく研ぎ澄まされた、細身の刃。
「認めろよ、出来損ないはお前のほうだって!」
鞘が全て抜けきると同時に。
俺は踏み出す足に力を込める。
そして、奴のがら空きの懐に潜り込み。
斬る。
肩から腰にかけて、執事服が斜めに裂ける。
人間だったら、血が吹き出していただろう。
傷口は、それだけの深さに達している。
人形とて、どうしようもないほどの致命傷のはずだ。
「バカな、この私が……。あり得ない。完璧である、究極の存在である、私があっ……!」
敗北を否定する、叫び。
それが、クラウンマーチの最期の言葉となった。
「本気になった俺に勝てると思うなよ。欠陥品」
クラウンマーチだった?もの?は、後ろに身体をよろめかせ、地下通路の出入り口に頭を突っ込み、仰向けに倒れた。
やがてピクリとも、動かなくなる。
完全に停止した様子を見届けて、俺は剣を鞘に戻した。勝利の一息。
顔を上げると、リノオールを抱きしめたレインが、大きく目を開いていた。
「クラウンマーチを、倒すなんて……」
「おにいちゃん、強いんだね!」
リノオールの目が輝いていた。
「こう見えて、剣術だけは自信があってさ」
俺はにんまり、笑ってみせる。
「俺、頭が悪いから、人形は好きだけど、ショーンみたいな人形師にはなれそうもなかったし。じゃあ自分には何ができるのかって。いろいろ考えてるうちに、こいつに行き着いたんだ」
まあ、たまたま学校の剣術授業で初めて剣を握り、特に何もしなくても他の生徒を全員打ち負かしてしまった経験から、これだ! とピンときて剣の腕を磨くようになった。
きっかけなんて、そんなもんだったが。
「どう、ちょっとは見直してくれた?」
俺が、弱っちい奴じゃないってこと。
今の戦いっぷりで、分かってもらえたはずだ。
尋ねてみると、レインは頬を赤らめた。
「……うん。格好よかった」
「そ、そう?」
あまりに素直な反応に、こっちが照れる。
「って言ってもさ。今の俺があるのは、レインのお陰なんだよ」
「あたしの?」
レインは不思議そうに顔を向けてくる。俺は頷く。
「昔。レインが俺に、自分にできることを突き詰めて探せって教えてくれたから、俺はここまで強くなれたんだ」
七年前。あの時のレインの言葉が、今の俺を作ったんだ。
その出来事を感謝している気持ちが、ちゃんと伝わるといいんだが。
「あの、そのことなんだけれど。ノイエ君、あたしね……」
レインは困り果てた、複雑そうな顔をして、俺に何か言おうとした。
だが、その先の言葉を、最後まで聞くことは叶わなかった。
突然、辺りにパチパチと何かを叩くような音が響き渡り、俺達の会話は中断された。