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人であらざる人の道~はじまりの代行人形~  作者: 幹谷セイ
4章 裏切りと脱出
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11.神を冒涜せし者たち

 何事もなく、スノー医師のトランクが置いてある部屋に到着。


 とりあえず彼が戻ってくるまで、無造作に積み上げられたガラクタの中に身を潜めることにした。


 しばらく待っていると、診察を終えたスノー医師がやってきた。


 彼は滑り込むように部屋に入り、挙動不審に辺りを見渡す。


 そして小声で、声を掛けてきた。


「……ノイエ君、いるかい?」


 俺が返事をしようとした矢先。突然、部屋の中に別の声が響いた。


「スノー先生」


「うわあっ! な、なんだい? クラウンマーチ」


 スノー医師は飛び上がって驚く。その背後にいたのは、あの憎らしい代行人形だ。


「お帰りの前に、ご主人様がぜひ、見せたいものがあると」


 クラウンマーチは、車椅子を押していた。


 腰掛けている人物は、寝間着姿の老人。


 枯れ枝みたいに、しわしわで痩せ細っているが、白い髪と髭がとても達者な男だった。


 この男が、レインの祖父であり、世界で初めて代行人形(エージェント・ドール)を作ったという天才人形師。


 エニルダ・セーヴィラか。


 いまや人形師が必須とする唯一無二の学問、人形学を世に提示し、人間が人形の魂を作れるという可能性を実証し、現実のものとした。


 業界では超有名な、まさに奇跡の人だ。


 見た目は老いぼれて見る影もないが、いかにも偉人らしい貫禄(かんろく)を、全身から放っている。


 こいつらの登場は、最悪のタイミングだった。


 俺とスノー医師は、表情に焦りを浮かべる。


 もし、二人がこのまま、医師が家を出るまで見送る、といった流れにでもなってしまったら。


 取り残された俺は、自力で屋敷を出なくてはならなくなる。


 そんな、難解な展開の予感がした。


「すまないね、手を止めさせてしまって」


 そんな俺の苦悩なんて知る由もなく、しわがれた声で、エニルダはスノー医師に語りかける。


 スノー医師も、焦りを悟られないように愛想笑いで返す。


「いいえ、エニルダさん。それで、僕に見せたいものとは……?」


 エニルダが懐から、すっと取り出したもの。


 小さな瓶だった。


 中には、ぼんやりと青白い、炎のようなものがゆらめいている。


「これは……」


 スノー医師の目つきが変わった。


「昨日。警察の遺体置き場へ赴いて、とってきた」


 エニルダの、髭に覆われた口元が緩んだ気がした。


「人形師狩りが殺した、人形師の魂だよ」


 俺は眉を顰める。


 人形師狩りが殺した人形師。


 うちのご近所さん、ラドクリフ氏のことじゃないのか。


 その遺体から、魂を抜き取った? 何のために。


 というか、できるのか、そんな真似が。仮にできたとしても、そんなの、やってはいけない行為ではないのか。


 レインが昔、言っていた。


 この世のあらゆるものには魂が宿っているが、自然が作り出した魂を、人間の手でどうにかしようという考えは、禁じられた所行なのだと。


 人の魂だって、例外ではない。


「ただ殺して棄て置くだけなんて、もったいないからね。この魂にも、わしの人形作りの材料になってもらおうと思ってな」


 その言葉に、耳を疑う。


 とてもじゃないが、信じられない。


 高名なる人形師の放つものでは、決してあるまじき妄言だ。


「あなたの作る代行人形に込められている魂は、全て人間のものですからね」


 そんな人形師に、ニヤリと笑いかける白衣の男。


 突然の変貌。


 俺は目さえも疑った。


 あのスノー医師が、こんなにも邪悪な笑い方をするなんて――。


「君も知っての通り、わしは人形師として腕を振るうと同時に、人形を進化させる研究を続けてきた。そして人形に宿る魂を育て、人間同様に成長させることが可能だとする学問、人形学を世に提唱した」


 エニルダは、物静かに語る。


 その手が震えているのは、老いのせいだけだろうか。


「だが。それはわしにとっては、ほんの絵空事だったのだよ。世間に注目されたいがために作り出した、空想の物語だったのだ。人形に魂なんて宿るはずがない。まして、それを人間同然に育てるなんて、実際には不可能だった。事実、わしには自らの手で人形に魂を宿らせるなんて、一度たりともできなかったのだから」


「でも実際、人形に魂は存在したみたいですね。そして、その魂を元に、最近の人形師たちは、本格的に本物の代行人形を作り始めている」


 スノー医師が口を挟むと、エニルダは苛立った声を上げた。


「人形学を、学会で発表など、しなければよかった。どいつもこいつも、しつこく人形の進化を追い求め、わしにできなかったことを、わしの広めた知識で成し遂げようとする。実に、けしからん話だ」


 エニルダの手が、さらに震える。


 これは、もはや老いからくるものではない。


 怒りが、この老人の手を震わせるのだろう。


「わしが導き出した人形学の理論を利用するだけの、二番煎じ以下の連中に先を越されるなど、あってはならぬ。人形の魂を生み出すもの、育てようとするものを、わしは決して許しはしない」


「それであなたは、人形師狩りを作って、町中の人形師を殺して回るように命じたのでしたね」


「見せしめだよ。これ以上、わしを越えようなどと、考えさせないためのね」


 俺は幻滅し、脱力した。


 人形師狩りを使って、町の人形師を殺して回っていた真犯人は、レインの爺さんだったのか。


 正直に言うと、驚愕はそれほどなかった。


 やっぱりそうなのか。


 という感想が、多くを占めていたせいもある。


 ● 〇 ●


 実は、エニルダ邸に来る前。


 その可能性を示唆して、俺に助言をしてくれた人間がいた。


 ショーンだ。


「あの人形師狩りが、自分の意志で行動しているとは思えない。間違いなく、何者かの指示によって動かされているんだ。そいつこそが間違いなく、この事件の黒幕であり、人形師狩りを作った人間だ。俺は、人形師エニルダが怪しいと睨んでいる」


 人形師狩りが時報の鐘の音とともに身を引いた点からも、裏で誰かが奴の行動を制限し、操っている事実は否定できなかった。


 その「誰か」とは、エニルダではないかと、ショーンは疑っていた。


 クラウンマーチみたいな暴力的な人形を作る人形師ならば、人形師狩りみたいなおぞましい殺人鬼だって、生み出してしまえるのではないか。


「だから、エニルダには気をつけろよ。下手に首を突っ込むと、お前も命を落としかねないぞ」


 言われた通りの現実に直面してしまった。


 人形師の勘とは、侮れないものだ。


 ● 〇 ●


「人形師狩りを作り出せたことは、本当に運のいい偶然だった。奴のおかげで、自分の手を汚さずとも、邪魔な人形師達を消していけた」


 エニルダは、さも楽しそうに笑う。


 こいつが殺人鬼の黒幕だと言う事実だけならば、俺も納得して素直に受け入れられただろうが……。


「わしがいつまでも、奴という(みの)の中で安全に隠れていられるのは。君のおかげだよ、スノー君。君が奴の犯行の痕跡を、検屍の度に抹消してくれるお陰で、限りなく完全犯罪に近い形で、事件を起こすことができている」


「お役に立てて光栄ですよ、エニルダさん。ですが、僕が隠蔽(いんぺい)する必要など、ほとんどありませんでした。人形師狩りの犯行は、いつも完璧でしたから」


「そうとも、完璧だ。人形師狩りとわしとの接点が全くない以上、この町の警察ごときに、わしの計画の全貌は、絶対に見破れまい」


 なんだ、この会話は。


 まさか、スノー医師まで、エニルダとグルだっていうのか!?


 そこまでは、ショーンでさえ予測がつかなかった事実だ。

「ですが最近、人形師狩りの正体に気付き、罠を仕掛けてきた(やから)がいましてね。いちおう目を付けてはいますが、放っておくのは危険かと」


「ほう。そのような優秀な人間が、この町にいるのかね」


「その彼――ショーン・アルペイト君もまた、人形師なのですよ。人形師狩りは彼の策略にはまり、彼の殺害に失敗してしまいました。そのせいで警察にも、人形師狩りが人形であるという事実や、殺しの目的が知られてしまったのです」


 スノー医師は、昨日の出来事を密告する。


 この男、善良な医者のフリをして、味方だと見せかけて、その実、俺たちを逆に監視していたのか。


 すべては、エニルダのために。


「ふむ、なるほど。どのような完全犯罪も、ちょっとしたところから(ほころ)びが生じるものだな。――そのことで、信頼の置ける君に相談があるんだが」


 エニルダが、少し考えるようにして切り出す。


「何でしょうか?」


「人形師狩りが人形師を殺す理由。それが知られた以上、わしが生きていると怪しまれるな」


「それは、確かに。代行人形を作ろうとする人形師が殺されているというのに、それを既に作り出しているあなたが未だに狙われないというのは、あまりに不自然ですね」


「うん。だから、わしはとりあえず、人形師狩りに殺されようと思う」


 突然、おかしな発言をするエニルダに、スノー医師は流石に困惑を隠せていなかった。


「それはいったい、どういう……?」


「さっき紹介しただろう? わしの孫娘、レインを」


「ええ。昨日も偶然、お会いしました。素敵なお嬢さんでしたね」


「あの娘、わしより先に本物の代行人形を作り出しよった。恐ろしい才能だ」


 年老いた、濁った瞳が鋭く光った。


 殺意を感じるほどに。


「……彼女も、殺すおつもりで?」


「最初は、そのつもりで呼び戻したのだ。だが、考え直した。あの娘はわしの孫だ。わしの血を引いているのだから、代行人形を作れて当然である。これから先、研究を完成させたとしても、それはわしの才能を受け継いだ当然の結果として、歴史に名を残す偉業となる。わしの名誉が汚される事態にはならない」


 そして、目尻に大量のしわを寄せ、おぞましく笑う。


「それに、あの娘の才能をもってすれば、わしにも本物の代行人形が作れるのではないだろうか」


 こいつが何を言いたいのか。未だに分からない。


 だが、よからぬことを考えているなという予感は、ひしひしと伝わってきた。


 スノー医師も、少し動揺した様子で、こめかみから汗を流している。


「スノー君」


「は、はい」


「わし、あの娘の体を貰おうと思う」


「は……!?」


「つまりだね。わしは自分の体から自分の魂を抜きだし、レインの体に入る。わしの体は死んだも同然。その抜け殻は人形師狩りに殺されたということにしておけばいい。そしてわしはまた、若い新しい体で代行人形の研究を続けるのだ。あと何十年もな」


「では、レインさんの魂は」


「他の人形に移し替えるか、それともそのまま――。可哀想だが、それもまた運命だと、思ってもらうしかない」


 ――何を考えてやがる、この変態ジジイ。


 レインの体を乗っ取るだと? ふざけたことを。


 彼女は、この爺さんの陰謀を知っていたんだ。


 自分の身に迫っている危険を。


 だから、時間がないと焦っていた。


 だが、そんなことが許されるわけがない。


「……なるほど、素晴らしい!」


 非人道的で、愚かな行為にもかかわらず、スノー医者は笑いながら拍手を送った。


 気が狂っているとしか思えない。


「自らの魂を用いての、奇跡の大実験と言うわけですね! なんという奇抜さと豪快さ! やはり天才は考えることが違う」


「君ならば、きっと賛同してくれると思ったよ。今夜にでもそれを実行に移そうと思うのだが、ぜひ君にも協力してもらいたい。さすがに、自分で自分の魂を抜き取ることはできないからね。どうかな? スノー君」


「喜んで、手伝わせていただきますよ! ですが僕一人では、いささか不安ですね。……そうだ、僕の思想に共感してくれている同志がいるのです。その者たちも助手として、あなたのお力になりたいと言っています。ぜひ招待しても?」


「ああ、君の同志ならば歓迎しよう。呼びたまえ」


「ありがとうございます。僕の望みは、あなたの思想や欲望を理解し、その結論がどこへ向かうのかを見届けること。それをこんなにもすぐ近くで実現できる幸福に、感謝いたします」


 深々と頭を下げる。こんなに嬉しそうなスノー医師を、初めて見る。


 これが、人の無惨な死に様を嘆き、悪を許せないと言っていた人間の本性なのか。


 頼りになると思っていた味方が、急に敵に回ってしまった。


 ショックが大きい。損失もでかい。


 医師の裏切りに戦慄を覚えていた矢先、クラウンマーチが周辺を警戒し始めた。


「どうしたね、クラウンマーチ」


「お話し中、すみません。妙な気配が近くから。邸内に、不埒な輩が入り込んでいるようです」


 まずい、見つかったか。


 思いもよらない密談に聞き入っているうちに、警戒心が散漫になってしまっていた。


 俺の乱れた気配を、察知されたのだろう。


 だが、場所まではまだ特定されていない。


 逃げ仰せるチャンスはあるはずだ。


「始末できるかね、クラウンマーチ」


「お任せください。逃げ場という逃げ場を塞ぎ、どこまででも追いつめて見せましょう」


「ジェイネスたちを使うといい。あれで逃走路を潰していくのだ」


「承知しました」


 クラウンマーチは懐から小さな呼び鈴を取り出し、チリンと鳴らした。


 その甲高い音が、こだまする。


 すると廊下で、ガシャン、ガシャンと金属が擦れ合う音が聞こえ、この部屋の入り口付近で止まった。


 俺は物陰からそっと、視線を向ける。


 そこには信じられない光景が。


 廊下に飾ってあった兵士姿の蝋人形たちが、そこに整列して立っているじゃないか。


「――ジェイネス?」


 スノー医師は蝋人形たちに警戒しつつ、興味深そうに見ていた。


「この屋敷を守護する、代行人形たちだよ。家中にある飾りものの蝋人形に、人間の魂を入れてあるだけの簡易なものだがね。言葉も感情も持たず、ただひたすら進入者を追いつめていくためだけに存在する。質より量に重きを置いた連中さ」


 エニルダの声が止むと共に、クラウンマーチが腕を振り上げ、声を張り上げる。


「さあ、行くのです欠陥品ども! 進入者を家の中に閉じこめるくらい、あなたたちにもできるでしょう!」


 その声に反応して、蝋人形の兵士たちはゆっくりと、廊下の向こうへ歩いていった。


 家中の出口という出口を塞ぐつもりか。


 先手を打たれ、完全に逃げ道を断たれた。


 だが、それは逆に、立ち向かう決心を固めるためには、丁度よかったかもしれない。


 ここまで多くの真実を目の当たりにしながら、何もせず、おめおめと逃げると言うのも、少し気が引けていたのだ。


 クラウンマーチを打ち負かし、エニルダとスノー医師を捕らえて、警察に突き出す。


 それくらいはやらないと、気が済まない。


 意気込んで、奴らの前に飛び出そうとした時。


 後ろ手に腕を捕まれた。


 振り返ると、驚いたことに、ガラクタの隙間にリノオールがしゃがみ込んでいた。


 いつのまに、この部屋に紛れ込んできたのか。


 その理由は、背後の壁にあった。


 人間がひとり通れるくらいの、四角い真っ黒な穴が、ぽかんと開いている。


 抜け穴か!


 リノオールは俺を引っ張り、穴へ誘導する。


 俺を逃がしてくれるって言うのか。


 せっかくの親切、その手を振り解くのも酷だし、迷っている暇もない。


 リノオールに手を引かれ、俺は気持ちを切り替え、穴の中へと入り込んだ。


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