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人であらざる人の道~はじまりの代行人形~  作者: 幹谷セイ
3章 エニルダ邸潜入
10/18

10.秘密のかくれんぼ

 薄暗い、不気味な廊下を突き進み、二、三ほど扉の前を通り過ぎた。


 その先に姿を見せたドアの前で、リノオールは立ち止まる。


 どうやらこの部屋が、レインの私室らしい。


 だが、お忍びでこっそり侵入した俺が、いきなり女の子の部屋を訪れるなんて、どう考えてもまずいだろう。


「レイン、部屋にいるのか?」


 小声で尋ねると、リノオールは、ふるふると首を横に振る。


「ううん。レインは、おじいさまに呼ばれて、いないの」


 そうか、いないのか。


 残念なような、安心したような。妙な気持ちだ。


「すぐに戻ってくるよ。中に入ろう」


「そ、そうだな。ちょっと、見るだけなら……いいよな」


 別に下心があったわけじゃないんだ。


 ただの、好奇心というか冒険心というか。


 やっぱり気になるじゃないか。


 好きな女の子が、どんなところで生活しているのか。とか。


 と言うわけで。


 その先はそれほど躊躇もせず、俺はリノオールと共に、レインの部屋への扉を開け放った。


 中は結構、広かった。


 中央に木製の丸い机と椅子が二脚、置いてある。


 部屋の端には、薄い布の天蓋に覆われたベッド。


 反対の端には、一つの壁面を覆い尽くすくらい大きなクローゼットが置かれていて、その上部や周辺に小さな子供くらいの大きさの、たくさんの人形が敷き詰めて飾られていた。


「綺麗な人形だなー。全部、レインが作ったのかな」


「ちがうよ。レインが小さかったときに、おじいさまがレインのために作ったんだよ」


 なるほど。


 彼女がこの町から出ていくよりも前から、ずっとここにある人形なのか。


 そう思えないほど、綺麗に掃除や手入れがされている。


 この人形たちが作られた頃のレインは、きっと祖父にも可愛がられて、大切にされていたに違いない。


 今は、どうなのだろう?


 あんな尋常でない連れ帰り方を見せられては、とても現在、この屋敷で厚遇を受けているとは思えなかった。


「おじいさまのご用事、終わったかな。レイン呼んでくる? おにいちゃんのこと教える?」


 リノオールはそわそわしていた。


 レインが戻ってくる時を、心待ちにしているらしい。


 だが、俺は長居をするわけにはいかない。


「いや。それより、お願いがあるんだけど」


 俺はしゃがみ込み、彼女と目線を合わせる。


「なあに?」


「俺がここに来たってことは、内緒にしてほしいんだ」


「ないしょ?」


 リノオールは首を傾げる。


 俺は大きく頷き、人差し指を立てた。


「レインには絶対に、言わないでほしいんだよ。俺と君との秘密だ」


「うん、ひみつ!」


 素直に、かつ嬉しそうに、リノオールは頷いてくれた。


 直接、姿を見ることはできなかったが、レインは無事みたいだ。


 少なくとも寝たきりになっていたり、動けないような状態ではない。


 これ以上長居すると、進入がばれてしまうかもしれないし、今は引こう。


 こっそりトランクに隠れて、スノー医師が帰るのを待つことにしよう。


 そう決めたのも束の間。


 こちらへ向かって、誰かが廊下を歩いてくる足跡が。


「あ、レインが戻ってきた」


 リノオールの声に反応し、俺は慌てて立ち上がる。


 廊下に出れば、レインと鉢合わせる。このままでは、こっそり部屋から抜け出せない。


「やべっ。どっかに、隠れないと……」


 とりあえず、レインに見つからないように、しばらく身を隠すしかない。


「かくれんぼ? リノオールもやる!」


 隣で一緒になって、リノオールがはしゃいでいる。


 それに構う余裕もなく、俺は辺りを見渡す。


 隠れられるところと言ったら……。


 やっぱり、あそこしかないか。


 俺とリノオールは、一目散にクローゼットのほうに駆けだした。


 ● 〇 ●


 ガチャリと、扉の開く音。


 少し確保できた細い隙間から、俺は部屋の様子を見る。


 ドアの前には、レインが立っていた。


 その立ち姿は、昨日とほとんど変わったところもなく、至って元気そうだったので安心した。


 レインは小さく息を吐き、中央の机の側にやってくる。


 腕に鼻を擦り付け、衣服の臭いを嗅ぎだす。


「……お祖父さまの部屋に行くと、いつも薬臭くなるわね」


 そう呟いて。


 流暢な動きで、首元に結ばれたリボンを解き出す。


「――!」


 俺は全身を硬直させて固まった。


 さらにレインは、ブラウスのボタンを上から順に、外し始める。


 服を脱ごうとしていた。着替えをするつもりだ。


 もちろん、ここは彼女の自室なのだし。服を着替えたって、何もおかしくはない。


 おかしいのは、その部屋に忍んで、コソコソとその様子を見ている俺なんだが。


 これはまずいんじゃないだろうか。万が一、この状況で見つかりでもしたら、俺は覗きの変態野郎確定だ。


 せめて見ないようにしようと努めるものの、どうしても気になって彼女から目が離せない、と言う体たらく。


 あっと言う間に、レインはブラウスもスカートも脱ぎ捨て、白く薄い、ワンピース状の下着姿になっていた。


 俺は高鳴る心臓の音を押さえるのに必死だった。


 色白の鎖骨が、胸元が、太股が眩しすぎる。


 さらにその格好のまま、クローゼットの方へ歩いてきた。


 それも当然と言えば当然だ。着替えの新しい服は、クローゼットの中にあるわけだし。


 だが、こちらへ来られると、俺的に非常にまずい。


 うまく隠れられているつもりだが、クローゼットを開けてゴソゴソとその場を漁られると、気配で見つかる可能性が高い。


 とにかく見つからないように願いながら、俺はじっと息を殺し、できるだけ体を小さくして強張らせた。


 レインが、クローゼットの扉を開く。


「……きゃあ!!」


 直後、小さく悲鳴を上げた。


 心臓が飛び上がりそうだった。


 しかし、見つかったのは俺ではない。


 扉を開くと同時に、レインめがけて飛びかかったものがいた。リノオールだ。


「……リノオール!? こんなところで何をやってるの!」


「かくれんぼ! えへへー、見つかっちゃったー!」


「かくれんぼ?」


「おにいちゃんと、やってたのー!」


「お兄ちゃんって、……ノイエ君のこと?」


 さっき内緒って約束したのに。早くもバラしおって!


 頭のいい彼女のことだから、感付くんじゃないかと冷や冷やしたが。


「……そっか、前に一緒に遊んでもらって、覚えたのね」


 どうやら勘違いをしてくれたみたいで、危機一髪、助かった。


 開いたクローゼットから新しい衣服を取り出し、素早く着替えたレインは、一息ついて椅子に腰掛ける。


 リノオールも、もう一つの椅子に、ぴょこんと座った。


「……リノオールは、ノイエ君やショーンさんのこと、好き?」


 おもむろに、そんな話を切り出す。


「うん! おにいちゃんたち、すきー! でも、レインのほうが、もっとすき!」


 リノオールの返事を聞き、レインは微笑みながら、遠い目をする。


「良い人たちだったな……。でも優しすぎて、少し怖かった」


 ふと、レインは呟く。


 その言葉の意味が、俺にはよく分からなかった。


「どうしてノイエ君は、あんなに上手な嘘が吐けるのかしら?」


 嘘……?


 何だろう、それは。


 俺がいつ、レインに嘘を吐いたって言うんだ。


 こんな状況でなければ、問い質してみるところだが、今はその真相には近付けそうもない。


 しばらくして、ふらりとレインは立ち上がった。部屋の外に出ていこうとしたようだったが、リノオールが笑いながら呼び止める。


「レイン、まだだよ」


「まだって、何が?」


「かくれんぼ。まだおにいちゃん、見つかってないよ」


 うわあ、せっかく勘違いしてくれていたのに。


 思いっきり具体的な発言をしおって、このちびっ子め。


「それって、どういう? ……まさか、この屋敷にいるの!?」


 レインも流石に、感付いてしまった。


 かなり驚いている様子だった。


 リノオールはレインに対して、人差し指を立てて見せた。


「ないしょ、ひみつ!」


 秘密にするのが遅いわ!


 レインは少し立ち尽くして、何かを考え込んでいた。


「クラウンマーチに見つかっては、大変だわ」


 慌てたように、部屋の外へと駆けていった。リノオールも、ついていく。


 部屋は無人となった。俺はとりあえず、安堵の息を吐く。


 俺はクローゼットの上部と天井との隙間――たくさん並べられた人形の奥から、顔を覗かせた。


 人形の背後に埋もれながら、横たわって隠れていたのだった。


 人形に紛れて隠れるなんて、人形師狩りみたいでなんだか抵抗があったが、背に腹は代えられなかった。


 しかし、俺の侵入がバレてしまった以上、長居はできない。


 早くトランクの中に隠れて、スノー医師に連れ出してもらわなくては。


 俺はクローゼットから飛び降り、素早くレインの部屋を後にした。

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