第十四章 その1 おっさん、城から連れ出される
「ハイン・ぺスタロット氏の所在は王城内だ!」
突如発せられた怒号のような大佐の声に、バタバタと走り回る兵士たち。具体的な指示を出されなくとも全員が自分のすべきことを把握しているのか、ある者は通信用魔道具を取り出して連絡を入れ、またある者は奥の部屋の武器庫に飛び込んで魔動銃を携える。
「まさか王城の中にまで反乱分子がはびこっていたとは思いもしなかった。情報の提供、感謝する」
大佐の言葉にヴィーネは表情をほころばせるが、その顔にはまだ不安が残っていた。
「ありがとうございます、あの……」
「当然だ。君の兄上も、必ずや救いだそう」
大佐はうむと頷く。兄を奪われるという恐怖を乗り越え、現場を離れここまで報せに来てくれたヴィーネの決断を彼は高く評価していた。
「しかし王城内のごたごたとなれば管轄は衛兵部隊になる、我々は立ち入ることができない。まずは衛兵部隊の長に連絡を入れなくては」
「反乱には王城内の兵士が一枚噛んでいるのに、ですか?」
「気持ちはわかる。だが筋は通さねばならない」
悲しいが、きっちりと役割の分担された王城仕えの軍人にとって他人の領分を侵すことは許されないのだ。
ヴィーネの不安とは裏腹に、王城内の兵士はたちまち例の倉庫を押さえた。
だが既に倉庫には人はおらず、倉庫の管理を担っていた下級貴族はじめハイン・ぺスタロットや兄のアルフレドも忽然と姿を消していた。
用心深い彼らは妙な気配を察するや否やすぐさま城を出て、王都某所のアジトに身を潜めていたのである。
「くそ、どうしてバレたんだ?」
石造りの密室の中、下級貴族の男が机を殴りつける。この男はパルカ男爵、普段は王城に仕えて古い調度品や祭具を収めた倉庫の管理を任されている。
共謀する貴族や兵士たちに放浪の貴族レフ・ヴィゴット、そして焦点を失った人形のような目のハインが見守る中、男爵は打ち付けた拳がふるふると震わせるも、しばらくしてにやりと不気味に微笑んだのだった。
「……まあいい、こうなった場合の策は既に打ってある」
聞くなり兵士のひとりがため息を吐いた。
「これで……我々もダン・トゥーンと同じ反逆者ですか」
できればこうなっては欲しくなかった。そういう想いが現れていた。
「違う、あいつは反乱に失敗したから反逆者なのだ。成功した者こそ正義、歴史はそう伝わる」
強く言い切りながらパルカ男爵は懐から通信用水晶玉を取り出すと、魔力を注ぎ込む。刹那、水晶がぼうっと緑色に輝き始めると男爵はそこに向かって言葉を吹きかけた。
「辺境伯、どうやらあなたのお力を借りねばならなくなりました。すぐに出兵をお願いします」
それを見ていた他の貴族や兵士たちも、懐から通信用魔道具を取り出す。そして口々に、通信を始めたのだった。
「いえいえ、滅相も無い。あなたのような大商人様の力添えがあれば、この革命も必ずや成功しましょう」
「今こそ王国の圧政に反旗を翻すときです、さあ!」
方々に連絡を入れる面々を見ながら、ヴィゴットは笑いを堪えるように口を覆った。そして次の瞬間には「さあさあ、急いで急いで!」と煽ったのだった。
その手に小型の通信魔道具が握られていることには、誰も気が付いていなかった。
この日、王国各地ではほぼ同時に蜂起が発生した。首謀者の身分は領主、商人、労働者たちと様々だが、彼らはいずれも群集を率いて無防備な町の兵舎や領主の館に押し掛けると、不意打ちと数の力とで瞬く間に制圧した。
自分の領地だけでなく、隣の領地でも同様の反乱が起こっているため、領主たちは互いに援軍を送ることもできず、正確な情報さえも伝わらず、事態は混乱を極めたのだった。
その混乱は王国と共和国との国境付近の、緩衝地帯にも波及していた。
突如発生した反乱から、着の身着のまま逃げ出してきた王国の民や貴族が大量に避難してきていた。
「ブルーナ伯爵領は大混乱だ」
「ああ、鉱夫の連中が突然集団になって近くの村や町を乗っ取りやがった。常駐している兵士じゃ数が足りねえ」
急遽、聖堂や兵舎の一部が避難民の受け入れ先として開放され、登山道を通って疲労困憊した王国民はようやく安堵の顔を浮かべることができていた。
「それは大変でしたね、どうぞ事が沈静化するまで、ここでお過ごしください」
聖堂の僧侶が水や食料を配りながら、優しく言葉をかける。
だが避難民は彼らだけでなく、今もなお途切れることなく次々と山道を登ってきては緩衝地帯の村々に助けを求めている。果たしてここの備蓄だけで、ここまで規模の大きな事件をやり過ごすことができるのかとは、口にしなくとも全員が思っていた。
「大変だ!」
突如、聖堂に駆け込んできた若い兵士が取り乱したように叫ぶ。避難民が一斉に飛び上がり、そしてすぐさま静寂に包まれる。
僧侶が「どうされましたか?」と尋ね返すと、兵士は真っ青な顔を向け、連呼したのだった。
「共和国軍だ、共和国軍だ! 山の反対側から、共和国軍の大軍勢が進軍を始めたんだよ!」




