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おっさんが回復術師を目指したっていいじゃないか! 作者:悠聡

第二部

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第六章 その1 おっさん、鍛冶屋の兄妹に出会う

 ハーマニーが教えてくれたのは、ハインも顔なじみの鍛冶屋だった。

 先日ヘルマンに仕事を見せてくれた親方に事情を話すと、武骨で勇ましい職人の顔がどんどんしょげて、後ろめたいものへと変わっていくのは印象的だった。

 そして案内されたのは鍛冶屋の裏庭。薄く雪も積もるそこは、周りのいくつかの家々と共有する中庭のような空間で、夏には日差しの下お茶会や子供の遊びの場として活用されるのだろう。

 だが、本来ならそのような日々の癒しのために作られた空間のはずが、この時はどうも似つかわしくない巨大な機械が、大量の蒸気を噴き出しながら鎮座していた。

「兄さん、やったわ! エネルギーの変換効率がようやく3%を超えたわ!」

 何度も何度も出ては引っ込んでを繰り返す巨大な筒を前に、手入れをしている様子の無いくしゃくしゃの栗色の髪を束ねた若い女性が声を荒げている。興奮で顔も真っ赤だ、近くに立つハインたちにもまったく気付いていない。

「よくやったぞ我が妹ヴィーネよ、やっぱりお前は天才だなあ!」

 機械の裏から顔を出した男が彼女に駆け寄る。黒く焼けた肌に隆起した筋肉を備えた、若い鍛冶職人といった風貌だが、ちょこんと載せた小さな眼鏡がただならぬ知性を醸し出している。

「いいえ、アルフレド兄さんの卓越した技術あっての成功よ、兄さんは私にとって最高の兄だわ!」

 そして互いに熱く抱擁する兄と妹。風に舞い上がる雪でさえも、彼らには障害にさえならない。

「何だこれ……?」

 寒ささえ撥ね退ける兄妹愛だが、傍らのハインたちは鳥肌を立てて引いてしまうのだった。

「いいぞ、もっと言ってやれ。本当に毎日何やってんだか」

 父親である鍛冶屋の親方もため息を吐く。

 親方の息子アルフレドは28の若さながら、既に一流の腕を持つ鍛冶職人だ。だがその技術力は刃物や農具ではなく、妹の設計した妙な機械の開発に注がれている。父親のように一日中工房に赴くことは滅多になく、妹とともに過ごしている。

 一方、妹のヴィーネは3年前に王立大学の魔術工学科を卒業した才女だ。しかし以降働きに出ることもなく、実家で兄を巻き込んで研究に没頭している。25にもなって一切男の影が無いのはほとんど家を出ないからだろう。そもそもこんなわけのわからない発明に打ち込む女性を、気に入る男がいればそちらも相当な変わり者だろう。

 兄の技術と妹の知識、そのふたつにさらに熱意も合わさって、兄妹の研究への欲求はとどまるところを知らなかった。

 その時、父の声に反応したのか、兄のアルフレドがむっとした顔でこちらを向いた。

「父さん、あなたにはこの奇跡の瞬間の……て、その人たちは誰だ?」

 ようやく気付いて互いに離れる兄妹。妹のヴィーネは恥ずかしいところを見られたと、口元を押さえて余計に顔を明らめていた。

「俺の飲み仲間のハインと、魔術師養成学園のお嬢さん、それから……近所の子だ」

「今の間は何ですか?」

 自分だけ雑な扱いをされ、間髪入れず突っ込むハーマニー。

 だが兄アルフレドはそんなことは意に介さず、ナディアを敵視するような疑いの目を向けた。

「魔術師養成学園? 魔術師の卵が僕たち自然科学研究者に何の用だい?」

「大学のことについてです」

 居心地の悪さを感じながらも、毅然と答えるナディア。縮こまっていた妹のヴィーネも顔をこちらに向ける。

「私はルソー教授に大学に来るよう勧められました。ですが、ある方が仰ったのです。あそこにいても本当に自分のやりたいことはできない、それをやろうとすれば潰されてしまうと」

「それを仰った方は、きっと私と同じような経験をされたのね」

 すっと前に出てきたのはヴィーネだった。

「王立大学は魔術を唯一の正当な学問体系として、それ以外は徹底的に排斥する閉鎖的な世界よ。特に自然科学は目の敵にされているわ」

 彼女の目は涙に潤んでいた。彼女もパーカース先生と同じく、研究発表会で散々な目に遭った身だろう。そして苦い経験があってもなお研究を続けるほど、学問を愛していることも。

 そんな妹を見かねてか、兄アルフレドも前に出る。

「妹もかつては大学で魔動機械を専攻していた。だが、興味を持ったのは魔術を介さない機械の開発だった。不思議なものだ、エネルギー源が炎に、動力を伝える機関がシリンダーとピストンに変わっただけで、まるで蛇蝎の如き扱いを受けるのだからな」

「なぜジョウキキカンの開発にそこまでこだわるのです?」

 ハーマニーが素っ気なく尋ねる。アルフレドは少しイラついた様子を見せたものの、一行を見回して答えた。

「魔動機械は確かに優れている。術者が念じるだけで、人力をはるかに上回るエネルギーを産み出すことが可能だ。だが、そのためには常に念じて術を施し続ける魔術師の存在が不可欠、術者が休めば機械も休止するという欠点がある」

 話しながら背中を向け、自分たちの製作した巨大な機械へと歩み寄る。

「対して蒸気機関はエネルギー効率こそ悪いものの、一度動き出せば燃料の尽きない限り自動で動き続ける。昼も夜も知らず、四六時中働き続けるのだ」

 そしてすっと手を機械に添えるアルフレド。彼ら兄妹にとっては、この妙ちくりんな機械も我が子同然、命を賭けても守り通したい存在なのだろう。

「そして何より、魔術の使えない僕でも使うことができる。僕の夢はこの力で乗り物を作ることなんだ、魔動車のような……そうだな、蒸気機関車と呼べるような」

「そうよ兄さん、それを私たち兄妹で叶えるのよ!」

 感極まって妹が兄に駆け寄ると、兄もじっと見つめ返す。

「ヴィーネ……最愛の我が妹よ!」

 そして再び熱く抱擁する兄妹。ハインは「だから何なんだ、この兄妹」と冷たい視線を送ったものの、彼らには関係無かった。

「もし蒸気機関ができたら、本当に魔術が使えなくとも機械の使用が可能になるのですか?」

 ナディアが尋ねると、兄は自信に満ちた笑みを浮かべた。

「もちろんだ、念じる者の代わりに燃料をくべる者がいればよいのだから。魔術とは違い誰もが使える、それが自然科学の揺ぎ無い長所だと僕は思うよ」

 その言葉を聞くナディアの顔は真剣そのものだった。授業中の凄まじい集中力と同等、いやそれ以上のエネルギーが彼女から発揮されている。

「私の故郷の村は王都と違い魔術師が少なく、大した産業もありません。病院の回復術師くらいしか知識層と言える人もいませんでした。ですが、もし蒸気機関があれば、あの村にも産業が育つかもしれません」

「そうだ、この機械を応用すれば坑道の掘削、外輪船、製鉄と様々な産業が育まれるだろう。当然、僕の目指す蒸気機関車も。知識と技術があれば、どんな土地でも一大産業拠点になるチャンスがある」

 そしてナディアは前に進み出た。兄妹の手をそれぞれ取り、強く握る。

「アルフレドさん、ヴィーネさん! 私、おふたりの夢を応援します!」

 急展開にハインとハーマニー、そして親方は完全に置いてけぼりを食らっていた。互いに顔を見つめ、茫然としている。

 だが誰よりも面食らっていたのは発明家の兄妹だった。目玉の飛び出そうな顔を見合わせ、一瞬の硬直の後尋ね返す。

「本当に!? でもあなたは魔術師を目指す身じゃ」

「そんなことは関係ありません。私も生まれは農家ですが、故郷の皆さんのおかげで今、学校に通えているのです。私の夢は何よりもまず故郷に恩返しをすること。あなたたちの技術なら、きっと私の故郷も潤してくださるでしょう」

 真剣な表情を一切崩さず、きっぱりと言い切るナディア。その頼もしさに、兄妹はついに涙ぐむのだった。

「兄さん……私、嬉しい!」

「ずっと蔑まれてばかりだったからな。こんなこと言われたのは初めてだ」

 3人の間に固い絆が結ばれる傍ら、蚊帳の外のハインたちも彼らの姿を見て微笑んでいた。

「ナディアさん、すごく熱くなってますね」

 ハーマニーも熱意を感じ取ってか、珍しく感心する。

「ところでこの蒸気機関、原理はどのようになっているのですか?」

「この設計図を見て」

 ナディアの質問に、妹のヴィーネが嬉々として近くに置いていた羊皮紙を広げる。

「ここを加熱して、中の水を温めると、水蒸気に変わる。その水蒸気の圧力でピストンを押し上げるの。で、押し上げ切ったら今度は反対側に蒸気が流れ込んで、その圧力で押し戻される。これを繰り返すことで動力を生み出し続けるのね。あ、使われた水蒸気はこの管を通っている間に冷却されて、もう一度水として元に戻るのよ」

「凄い、ここまでできているなら、今すぐにでも実用化できるじゃないですか!」

 目を輝かせるナディアだが、兄妹の表情は暗かった。

「そうは問屋が卸さないんだ、蒸気機関はエネルギー効率が悪すぎる。いくら条件を良くしても、実用化にはまだまだ及ばない。薪では生み出せる熱量にも限界があるし、せめてどこかにより良い燃料は無いものか……」

 兄アルフレドが機械を撫でながら言い放つ。だがその時、ハインが「あっ」と思い出したように声を上げたのだった。

「そう言えば……西の森林地帯では燃える石を使って火を焚いていたな」

「燃える石? それって石炭のことですか?」

 聞くなりヴィーネが身を乗り出しながら問い詰める。そしてハインは手を打った。

「そうそう、その名前だ。みんな石炭って呼んでたよ」

「ナディアさん、石炭って何ですか?」

 初めて聞く名にハーマニーがナディアの顔をちらっと覗き込むも、ナディアも首を傾げて返すしかなかった。

「聞いたことはあるけど、見たことは無いわ。ハインさん、どんな物なのですか?」

「黒くて軽い、木炭みたいなものだけど、それが土の中からたまに出てくるんだ。生み出す熱は強力だけど、煙も臭いも凄いから、地元の人もあまり使わないんだ。でも簡単に大きな焚き火ができるから、山で一晩過ごすときには重宝したよ」

 考え込むアルフレド。王都周辺では石炭は採掘されず、商品として流通もほとんどしていない。日常生活で使うには先ほどの欠点以外にも、火力が強すぎるのも問題だった。

「西の森林地帯の石炭か……ハインさん、良い情報を教えてくれてありがとう!」

 兄は頷きながら礼を言った。新たな道が開けたような、清々しい笑顔だった。
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