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おっさんが回復術師を目指したっていいじゃないか! 作者:悠聡

第一部

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第二章 その5 おっさん、アイデアを出す

 広場に集まった群集を見下ろしながら、ナディアは透き通った声で話す。

「犯人からのメッセージをお伝えします。我々は今、この娘はじめ複数の僧侶の命を自由にできる立場にある。人質ごと聖堂を吹き飛ばしたければそれでも良いが、そうなれば解呪の腕輪の隠し場所は一生わからないだろう。仲間が腕輪を回収し、王族の命を奪うだけだ」

 彼女が無理矢理言わされているだけなのは広場にいた誰もが理解していた。犯人としても不用心に外に出れば狙撃魔術でやられるだけ。人質をメッセンジャーにした方が安全だ。

「な、なんで!? なんでナディアがあそこに!?」

 聞き慣れた声が耳に入り、ハインはそちらに眼を向ける。群集の中には同じ回復術師科のマリーナが自慢の金髪を人目も気にせずワシワシと両手でかきむしっていた。

 外出しないよう学園で言われていたが、騒ぎを聞いて駆けつけてきたようだ。

「マリーナ、君も来ていたのか」

「ハインさん! なんで、どうして!?」

 目の前の出来事に彼女は混乱していた。髪の毛が乱れても全く気を向けることができない。

 そんな彼女の腕をそっとつかんだのはハーマニーだった。

「わかりません。ただあの様子ならナディアさんに大きな怪我は無いはずです。無事に解放されるのを見守りましょう」

「そ、そうね……」

 マリーナが胸を押さえてテラスの上のナディアをじっと見つめる。その時、広場に別の一団が駆けつけた。

「フレイのバカ、なんてことを……」

 ヘルバール先生はじめ軍事魔術科の教員たちだ。デュイン学園長は出張中でこの場にはいないが、通信用のオーブを持った若い教員が逐一通話でやり取りしている。

「ヘルバール先生!」

「ハイン、それにマリーナじゃないか」

 今日は絶対に外出するなとの言いつけを守らなかった生徒を前にしても、ヘルバール先生は叱らなかった。瞳を潤ませたマリーナを見ればそんな気力も失せてしまったのだ。

「先生、ナディアは、ナディアは助かりますよね!?」

「そうなるよう努力はする」

 そう答えつつも先生は目を逸らしてしまった。彼にとっては腕輪が盗まれることよりも罪の無い教え子が危険にさらされる方がよほど辛かった。

 その時、集まっていた人々の中、ひとりの若い軍人がこちらに気付き近付いてきたのだった。

「先生、お久しぶりです」

 黒い軍服の兵士はヘルバール先生に向かって頭を下げる。胸元には輝かしい士官の勲章が取り付けられていた。

「ああ、久しぶりだなヴィルヘルム。まさかこんな形でお前の軍服姿を拝むなんて夢にも思わなかったよ」

「私もです。ですが今でも学園で学んだことを日々思い出し、軍務に当たっております」

 彼、ヴィルヘルムは軍事魔術科の卒業生だ。他の成人男性より一回り小柄ながら持ち前の身軽さと我慢強さで王国軍に入った後も順調に出世していた。

「軍はどうするつもりなんだ?」

「突入か持久戦かでもめています。突入すれば人質に被害が及びますし、犯人を殺してしまえば腕輪のありかも分からなくなります。犯人や人質の人数、中の状況についても情報が少なすぎて下手に動けないのです」

 さらにヴィルヘルムは事の次第を話してくれた。

 大聖堂で厳かに礼拝が行われていた最中、突如フレイがシーツで下着姿を隠したナディアを連れて乱入したのだ。フレイは礼拝に来ていた信者を外に追い出し、抵抗の意志を見せる僧侶たちもナディアを材料に言いなりにされているようだ。

 僧侶は修行を積めば魔封じの紋章を解除することを特例で認められている。だがそこまでたどり着けるのは少数であり、この大教会でも司教と3名の司祭にしか魔術の使用は認められていない。それでも修行中の若い僧侶まで中に残したのは、聖堂内部の構造に詳しい者を外に出したくなかったからだろう。

 また逃げて来た信者の話によると、参拝者にはフレイに協力していた者も何人か紛れていたらしい。学園から消えた腕輪は10個。盗んだばかりの解呪の腕輪を彼らにも渡していたとしたら余計に厄介だ。

「本当に用意周到なものです。何かがあればこの大聖堂に立てこもるよう、事前に打ち合わせていたのでしょう」

「ということはここにいれば勝算があるというわけか。外への抜け道を知っているのか、仲間が助けに来るか、いずれにせよ早く解決しなくてはならんな」

「ですが内部は礼拝堂以外ほとんど非公開です。僧侶は全員人質ですし、内部の設計を知る者を探しているのですが、なかなか見つからず手も足も出ません」

 ヘルバールとヴィルヘルムは頭を抱える。

 その傍らでは不気味なほどに静まり返る大聖堂を見上げながら、ハインが「うーん」と小さく唸っていた。

「中の構造全てまでは分からないが……そういえば資材を運ぶための魔動エレベーターがあったはずなんだが、そこは使えないのか?」

 ハインが何気なく尋ねる。しかしヘルバールにヴィルヘルムは不意打ちを食らったように目と口を開き、一瞬だけだが顔を見合わせて固まってしまった。

「なんですかそれは? 初耳です」

 ヴィルヘルムがハインに近付く。ハインは教会の壁を指差し、そのまますっと屋根までを指でなぞった。

「この大聖堂には高い場所の石材が壊れた時、上に資材を運ぶためのエレベーターが備えられているんだ。修理の時くらいにしか使わないから、搬入しやすいように入り口は外側にあって普段はカモフラージュされているはずだよ」

「ハイン、何でそんなこと知っているんだ?」

 ヘルバールが驚いて訊く。

「ああ、5年前の大改修の時に石像を掘っていたからね。完成した建物の上に石像を運ぶために使ったのを覚えている」

「そのエレベーターはどこですか!? 犯人が見落としているかもしれません」

 そう言ってハインとヴィルヘルム、ヘルバール先生についでにマリーナとハーマニーは警備の兵士たちの間を抜けて建物に近付く。立ち入りを禁じられた区域に突っ込んでいく巨体の男と少女たちを見て、野次馬たちはにわかにざわついた。

「確か……ここだ!」

 聖堂の壁に彫られた背中から翼を生やした精霊像。その背中の一部を押すと、石材が音を立てて沈み込む。

 そして壁の一部が石像ごと、重厚なドアのように開いたのだった。

 沸き立ったのは野次馬だけではない。膠着して右往左往していた兵士たちも、思わぬ突破口の出現に歓声を上げて集う。

「これなら一気に上に行けますね!」

 マリーナの表情もたちまち緩んだ。

 中には格子状の鉄製の籠が置かれ、煙突のように一直線にレンガの壁がはるか高くまで続いていた。操作用のオーブは籠の中に置かれている。ここで魔術を念じれば籠を吊るす4本の鎖が巻き上がり、上昇するようだ。

「これは天啓だ、すぐに突入するぞ!」

 隊長だろうか、腰にサーベルと短刀を差した髭の軍人の一声とともに兵士たちが乗り込む。彼らは全員、標準装備としてサーベルと魔動銃を携行していた。火薬の代わりに魔力をエネルギーに変換して金属製の弾丸を飛ばすこの武器は、400年前の戦争で原形が開発されて以降日々改良が加えられている。

 限界一杯まで籠に乗り込んだ兵士たち。あとは上昇して、一気に制圧するだけだ。

「準備はいいか、行くぞ!」

 号令とともにヴィルヘルムがオーブに手をかざし、籠が浮かび上がる。

 だがすぐにガリガリと鎖がこすれ、想像以上に大きな音が鳴り渡る。

「中断、すぐに止めろ!」

 これではすぐに気付かれると判断し、隊長は急いでエレベーターを止めさせた。もしもこの状況で相手に気付かれ、上から攻撃を加えられれば圧倒的不利なのは自分たちだ。

「くそ、ルートはあるのに使えないなんて……」

 がっくりと肩を落とし、籠を降りる兵士たちに混じってヴィルヘルムは吐き捨てた。せっかくの経路なのにと、その場にいた誰もが消沈していた。

 だが空っぽになったエレベーターにひとり乗り込んだハインは、はるか高くの天井から垂れる鎖の一本を掴むとくいくいっと引っ張る。さすが人間や石材を運ぶために作られているおかげで、ちょっとやそっとではびくともしない。

「いや、これならなんとか昇れそうだ」

 その一言にヴィルヘルムはばっと振り返り、他の兵士たちも色めき立つ。

「鎖を掴んで、壁に足をかければ十分いけるはずだ」

 より強く引っ張るも歯車が逆回転する気配は無い。

 だが人垣を押しのけて駆け寄ってきたヘルバール先生は首をひたすら横に振っていた。

「ハイン、確かにお前ならできるかもしれん……だが山で鍛えてきたお前と違って、ここの兵士は都市での犯罪に備え射撃や防衛戦に注力している。こんな60メートル以上の壁を昇る想定をした訓練はほとんど受けていない」

「それなら僕が行く」

 即答するハイン。ヘルバール先生は語気を強めた。

「無茶言うな、お前は兵士でも何でもないだろ!」

「それでも一刻も早くナディアを助けなくちゃ。このまま待ってもあいつらが脱出して、人質は皆殺しにされるだけだ」

 途端、マリーナは顔を青ざめさせた。周りの大人たちは「しまった」と言いたげに顔をしかめる。

「殺されるって、どういうことです?」

 きょろきょろとハインにヘルバール、ヴィルヘルムの顔を見比べるマリーナ。傍らではハーマニーが顔を背け、聞きたくもないといった様子で手で耳を塞いでいた。

 だが最悪の事態は常に想定せねばならない。覚悟を決め、ヘルバール先生がぽつぽつと話し出した。

「おそらくあいつらは反王政主義の連中だ。今は大切な人質としてナディアを手元に残しているが、人質は否が応でも犯人に関しての情報を知ってしまう。そんな人質を何事もなく解放するか、用心深い犯人ならわかったものじゃない。顔のバレているフレイ以外にも仲間がいるのなら尚更だ」

 今にも泣き出しそうな顔でマリーナは力なく崩れ、ハーマニーが慌てて身体を支える。

 もう見てはいられない。そう決心したハインは腕のシャツをまくった。

「僕は行く。例え軍が反対しても」

 普段穏やかなハインの瞳には、この時ばかりはかつてない怒りの炎が宿っていた。

 そんな彼を見ていた髭の隊長は深く頷き、つかつかとハインの正面に立つ。

 戸惑うハインに軍人たち。だが隊長はハインを見上げると、手を頭に添えて敬礼のポーズを取ったのだった。

「民間人の貴方を巻き込むのは不本意だが、今は貴方を信じるしかない。どうか我々に手を貸してほしい」

 そして腰に差していた二本の軍刀から短刀だけを鞘ごと抜き取ると、恭しくハインに手渡したのだった。
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