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第一章 その1 おっさん、魔術師養成学園に入学する

 その年の王立魔術師養成学園の入学式はちょっとした事件だった。


 回復術師科の新入生40人中、女子生徒は39人。しかし残り1人が問題だった。


 多くの女子新入生に囲まれているのは、あからさまに場違いな大男。名前はハイン・ぺスタロット。38歳のおっさんだった。


「保護者かしら?」


「でも1年生のローブを着ているし……」


 厳かな石造りの講堂、学園長の長々とした挨拶になど聞く耳も持たず、居合わせた全ての人々が新入生の中ひとつだけ飛び出した大きな影を注視していた。


 女の園と呼ばれる回復術師科だが、毎年ひとりかふたりは男子学生も入学している。しかし彼らは大抵が受験資格下限年齢である満15歳から遅くとも3年以内の少年たちだ。


 一般の入学生とは倍以上年齢の離れた中年男が入学するなど、建国以来150年の歴史を誇る王立学園はおろか王国各地のあらゆる魔術師養成学園でも前代未聞の出来事。王侯貴族の舞踏会に浮浪者が紛れ込む方が、まだ現実的とさえ言えた。


「皆さん初めまして。本年度入学生の担任を務めさせていただきます、ヘレン・パーカースです」


 式が終了し、机と椅子の並ぶ講義室に案内された新入生たちの前に短く黒髪を切りそろえ、眼鏡をかけた小柄な女性が立つ。このパーカース先生は教員たちの中でも最年少とあって色々と面倒ごとを押し付けられる立場のようだ。ぼそぼそと下を向いて話す姿からはある種の諦めもにじみ出ている。


「ご存知の通り王立魔術師養成学園は高い専門性を備えた魔術師を世に送り出すために設立されました。特に皆さんは将来、人々を怪我や病気の苦しみから救う回復術師として活躍します。ここはそのための基礎教養と専門技能を身に着け、ひとりでも多くの命を救えるよう皆さんを3年間かけて養成する学校であり――」


 ここにいる新入生ならそのようなことは散々聞かされている。先生の抑揚の無い話し声に眠気を感じつつも、学則や今後の行事予定など重要な内容に触れる際には耳を尖らせてメモを走らせる。10倍以上の高倍率の試験を潜り抜けてきた彼女たちにとって、情報の取捨選択は無意識レベルで身に付いていた。


 そんなうら若き女子学生たちの居並ぶ中、教室の最後尾に座る大柄な男はひどく浮いていた。


 初日は入学式とガイダンスだけで終了し、いよいよ明日から本格的な授業が始まる。


 しかし初めて顔を合わせた女子学生たちがとる行動と言えば、ある程度のお決まりがあるようだ。


「この近くに美味しいカフェがあるから、これからみんなで行こうよ!」


 先生が教室を去るなり、女の子のひとりが立ち上がって提案する。


「それって『赤の魔術師の館』でしょ? 私も行く行く!」


「そんなに美味しいの? 私にも教えて!」


 早速他の女の子たちも群がった。親睦を深めるための喫茶は彼女たち全員が暗黙の内に予定に組み込んでいた。


 わいわいと盛り上がる女の子たち。だがその一人が教室の最後尾に目を移し、「あっ」と小さく言うと全員がしんと黙ってしまった。


「ねえ、どうする?」


 彼女たちが見つめる先にいたのは一人教室の隅でノートをカバンにしまう大男。言うまでもなく、回復術師科ただ一人の男子新入生にしておっさんのハインである。


 あの人も誘う?


 でも、どうやって?


 女子生徒たちが互いに視線と視線を交わして相談するも、その間にハインは荷物を整地してそのまま教室の外に出ようとしていた。


 その時、女の子の集団からひとりが飛び出し、大男を呼び止めたのだった。


「あのー、ハインさん、でしたっけ?」


 自分の名を呼ばれ、ハインは足を止め、振り返った。


「どうしたんだい?」


 身長190㎝を超える巨体を覆う硬質な筋肉に短く整えた黒髪。制服である白いローブ越しでも隆起する逞しい肉体だが、不思議と威圧感は与えず、何事にも動じぬ頑強さよりもむしろあらゆる物事を受け入れる包容力さえも感じさせていた。


 そんなハインを呼び止めたのは癖毛気味の茶色い髪の毛を肩ほどの長さにまとめ、ローブの上からでも豊かな胸が突き出した丸い目の可愛らしい女子生徒だ。


「私、ナディア・クルフーズと言います。せっかくですし、よかったらハインさんも私たちと一緒にカフェに行きませんか?」


 にこやかな微笑みをハインに向けながら少女は言った。

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