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09.騎士としては尊敬に値する人だと思います

 ランディスの街に帰ってきたキアリカは、ディノークスの屋敷に入った。シェスカルは外出中で不在だったが、隊長代理をやってもらっているリカルドがいた。無表情の彼がキアリカを見て問い掛けてくる。


「どうした、キアリカ。あと一ヶ月は休みだろう」

「ええ、でもやる事もないから明日から復帰するわ。執務仕事ならできるから」

「そうか、助かる。じゃあ執務室にある書類は全部任せた」


 そう言われて隊長専用の執務室に行き、机向かう。

 どうやらキアリカがやるよりも、リカルドがやった方が綺麗に片付いているようだ。頭の良い人間は、効率よく片付けられるものなのだろう。


「ほとんど終わってるじゃない。こっちもやることがないのね……」


 一応残りの物を片付けるが、割とすぐに終わってしまった。まだ就業時間までには時間がある。なにをしようかと思っていたら、シェスカルが入ってきた。


「おお、キアリカ。執務だけ復帰するって?」

「はい、やることもなくて暇なので」

「せっかくの休みなのに、こんな時に羽を伸ばさねぇでどうするんだよ」

「羽なら十分伸ばせましたから」

「……もしかして、帝都に行ってたか?」


 言い当てられて、キアリカは素直に頷く。するとシェスカルは、少し難しい顔をした。


「もしかして、エルドと一緒だったのか?」

「どうしてわかるんです?」

「あいつ、お前に謝りたいからって俺んとこに来て、お前の住所を聞いてってからからな」

「ああ、そうでしたね」

「……で、どうなったんだ?」


 シェスカルが気になるのは当たり前だろう。エルドレッドとは友人のようだし、彼に妻子があることは知っているはずだ。なのにたかが怪我の詫びのために、なにか間違いがあっては困ると思っているに違いない。


「帝都へ行って、十分に詫びてもらいました。でも、観光スポットを教えてもらっただけですよ。良い休暇になりました」

「それだけか?」

「それだけですけど」

「はぁ。そうか」


 なぜシェスカルは溜息なんかを吐いているのだろうか。それとも今のは安堵の息だったのだろうか。


「キアリカ、お前エルドレッドのことどう思う?」


 そんなに警戒しなくとも大丈夫だというのに、シェスカルは難しい顔をして尋ねてくる。


「別に。まぁ悪い人ではないですね。騎士としては尊敬に値する人だと思います」

「……他にはなにかないのか?」

「他に、とは?」

「まぁ、なんだ。言っちまえば、男としての魅力を感じるかどうか、だ」

「特にないですね」


 ここまできっぱり否定すれば、シェスカルも安心してくれるだろう。そう思って答えたというのに、シェスカルはまだ疑っているのか、彼の顔は晴れてくれなかった。


「心配しなくても、後三年はきっちりここで隊長を務めさせて頂きますから」

「それは助かるんだけどよ。……まぁ、好きにしろ」


 シェスカルは結局安心してくれたのだろうか。

 最後の投げやりな感じが気になるが、自分がシェスカルの期待を裏切らないようにすればいいだけの話だろう。

 ともかくエルドレッドとはなにもないし、これからもなにかがあるわけではないのだから、そこは信用してもらいたいところではあったが。



 翌朝もキアリカは、執務だけをしにディノークス邸へとやって来た。

 今の時間、丁度エルドレッドが宿に現れた頃だろうか。今頃、宿に渡しておいてと頼んだ手紙を読んでくれているかもしれない。

 その手紙の内容は、こうだ。


『帝都騎士団長補佐、エルドレッド様。

 もう帝都内は行き尽くしたようなので、ランディスに帰ります。良い暇潰しになりました。

 十分にお詫びはしてもらいましたので、私の怪我のことはお気になさらず。

 残りの休暇はどうか家族と過ごしてください。ディノークス騎士隊隊長キアリカ』


 敢えてできるだけ簡素に書いた。絶対に『楽しかった』などとは書くまいと決めて。

 もしエルドレッドの家族の目に触れるようなことがあっても、疑われないようにするためだ。彼の家庭を崩壊させたいわけではないのだから。


「今頃ホッとしてるかしら、エルドさん……」


 ようやく怪我をさせた相手から解放され、家族と一緒に過ごせるのだ。安堵していない方がおかしいだろう。

 なのに、なぜかキアリカの胸は痛みを発し始める。

 キアリカは、楽しかったのだ。エルドレッドと一緒に過ごした時間が。交わした言葉が。彼の隣にいられたことが。

 興味のないフリをして、なにも聞かなかった自分が悪いのはわかっている。でもそれでも、最初に既婚者だと教えておいてほしかった。

 今さらそれを知らされても、頭は混乱するばかりである。


「しっかりしなさい、キアリカ……別に……どうでもいい人じゃないの……っ」


 己を叱咤するように、一人そう呟く。

 もし仮にエルドレッドのことを本気で好きになってしまっていたとしても、三年間ここから動けないのではどうしようもなかっただろう。しかも相手は既婚者である。

 だからこれで良かったのだ。エルドレッドなんかに、なにも感情は抱いていないと。

 そう思うことが自分を傷付けない最大の防御策だと、キアリカは無意識のうちに理解していた。


 なのに。


 執務はちっとも捗らず、思い浮かぶのはこの一ヶ月の出来事ばかりだ。

 目を瞑ればエルドレッドの顔が浮かんできて、頭がおかしくなりそうである。思えば、あれだけ長い時を同じ人と共に過ごしたのは初めてだった。

 それでもキアリカは己の気持ちに気付くまいと、芽生え始めた感情を片っ端から摘み取っていく。しかし忘れようと思えば思うほどに、気持ちは彼にフォーカスしてしまうのだ。

 この気持ちは、リックバルドに好きな人ができたと言われた時に似ている。自分を見てくれない人だから、余計に焦がれてしまう……そんな気持ち。

 もしかしたら、彼が既婚者でなければ、こんな風には思わなかったのかもしれない。


「人の物だからこそ、余計に欲しくなっちゃうのかしら……子どもみたい。滑稽ね……」


 フッと自嘲して、ようやく書類に手が伸びた。

 もう認めてしまおう。

 エルドレッドを好きになってしまっていたのだと。

 そしてすっぱりと諦めよう。

 彼には家族がいるのだからと。


 胸の痛みはまだチリチリと(おさま)らなかったが、どうしようもないことだけはわかっている。

 リックバルドの時だって、時間は掛かったが少しずつ思いは薄れていったのだ。きっと今回も時間が解決してくれるに違いない。


 そう信じて、キアリカは己の職務を全うすべく、執務に勤しんでいた。

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