『困惑中の幸い』
灰色の病院を散歩してると度々、困ることがあった。例えば、歩いているとテレビを接続しようとしている医者に呼び止められた。
「ちょっとそこのお嬢さん!」
「え、あ...私?」
「そうそう。ちょっとそこの赤いプラグ、取ってくれる?」
「わかりました。」
そこで私はハッとした。
―――赤色が分からない。
プラグを取ろうと身を屈めた不自然な格好で動きを止めた私を医者は不思議そうに見つめた。幸いその時はプラグが1本しかなく、何も無かったかのようにそのプラグを笑顔で渡した。
「はい、どうぞ。」
「あぁ、どうもありがとう。」
医者は一瞬不思議そうな顔はしたが、すぐに接続の作業に戻っていった。
これだけではなく、他にも困ったことがあった。
病院を歩いていると、私は人とぶつかった。ぶつかるといってもわざとぶつけられたとかではなく、むしろ私の方からぶつかってしまった。
全面灰色の視界は光をあまり拾わない。明るい所は白が強い灰色、暗い所は黒が強い灰色で見えている。私が歩いていた廊下は丁度窓がなく、向こう側から歩いてきた人は黒い灰色の中から突然現れたように見えて、私は咄嗟に避けることが出来ず、ぶつかってしまった。
「わっ!?あっ!ごめんなさい!」
「ぅおっ!あ、いや大丈夫。そちらこそ大丈夫?」
「だ、大丈夫です。」
よろけた私に手を差し伸べる。私の方からぶつかったのに怒っていないのかと伸ばされた手と、伸ばしてくれた人の顔を見る。すると、私の顔が不思議そうな顔をしていたのか、
「ん?あぁ、怒ってないよ。人にぶつかるなんてよくある事さ。俺に至ってはトラックに跳ね飛ばされる始末だよ。」
ははは、と軽やかに笑った。
「トラックに轢かれたって、貴方も...?」
「貴方もってことは君も?」
そこで私はふと約15名がトラックに轢かれたという母から聞いた話を思い出した。
「驚いた、俺以外にまだ病院にいる人がいるなんて!」
「俺以外にって事は他にはいないんですか?」
「他の人達はもうすっかり良くなったみたいだよ。因みに俺はつい最近目を覚ましたんだ。君は?」
「私は大体2ヶ月くらい前ですかね。」
「そうか、じゃあ先輩だな。」
「そう...ですかね。」
「そうだよ。あぁそれと」
「?」
手をずいと差し伸べてくる。私はおずおずとその手を取ると、一気に引き上げられた。
「俺、如月優。歳は18。優って呼んで。」
「私、私は鈴木遥香。歳は17歳。」
「17?一つ下だ。」
ふわりと彼が笑う。その笑顔はあまりに無邪気でそして、魅力的に見えた。