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異世界で命がけのラブコメをしよう。  作者: 六番目の課長
8/8

第八話『始まるラブコメ』

 その日、村は異常なほどに静かだった。

 理由は簡単、闇落ちしたルークの襲撃のせいだ。


 今回の襲撃で犠牲になったのが11人。

 うち五人が親衛隊で、ルークは馬車から降りると同時に剣を抜いたそうだ。


 負傷者は23名。どれも死に至る致命傷ではなかった。


 ルークが闇の魔装具を手に入れた経緯は分かってはいない。

 現在シャルロットは村長の家で眠っている。泣き疲れたようだ。



「さて、ユウト。これが闇の魔装具だ」

「……見た通り、禍々しいな」


 俺とロウはロウの自宅にて闇の魔装具を前にしていた。

 赤い鞘に入った刀。それは元の世界では有名な形状をしていた。


「持ってみろ」

「え? 大丈夫なの?」

「言ったろ、触る分には問題ないと」


 そうは言われても先ほどのルークを見て触ろうとするものはいないだろう。

 が、しかしロウの勧めだ。きっと何かあると見て、それを持ちあげた。


「……どうだ?」

「どう……と、言われてみても……特には何も……」

「そうか。ならいいんだが」


 ロウはそう言い、何かをメモした。

 俺に関して何か調べているのだろうか。


「それ、何か使うのか?」

「ん、ああ、お前は転移者だからな。何か違うかもしれないと思ってな」

「ふぅん……」


 なるほど。ロウは勉強熱心だな。

 この姿勢を現代の小学生にも見せてあげたいと強く思う。


 俺は少し気になってそのメモをチラリとのぞいた。





 「桜井 優斗」 転移者 剣士


 ・この世界の住人とは体質が大きく違う

 ・気候、食事、共に合わない。

 ・剣道をやっていたため、集中力が高い。



「結構真面目に書いてるんだなー……」

「当り前だろ。私の仕事だからな」


 そういってロウはメモにまた書き足した。



 ・変態



「いや、何書いてるんだよお前」

「事実だろ」


 ロウは俺を見た。

 蔑みの混じった、いわゆるジト目といった目だ。


「先ほどお前、シャロにキスしようとしてなかったか?」

「……!?」


 見てたのか!? こいつあの場にいたのか!?

 落ち着け。こういうときこそクールに行こう。


「まさか」

「嘘つけ。瞬間的に飛び退いてたじゃないか」


 …………。

 こういうときの対処法は知っているぞ。ジャパニーズ土下座ってやつだ。

 俺だって命が惜しい。これはプライドでは無い。生きるために必要なことなのだ。


 全力で茣蓙に額をこすりつけ、出来る限り縮こまる。

 これぞ完璧。雪乃直伝の土下座だ。


「…………命だけは」

「いや、命はって……ん? お前私が殺すとでも思ってるのか?」

「はい……いてっ」


 顔を上げたところに、軽くチョップをされた。

 どうやら殺したりはしないらしい。まあ、なんてったって所有物だしな。


 ロウは俺のモノ。がしかし手を出すつもりは無い。解放する制度とか無いのだろうか。


「まあ、気持ちは分かるからな。んで、どこがいいんだ? あ?」

「いえ……まあ、その……」


 おもしろいものを見つけた。そんな表情でこちらを見下ろすロウ。

 急に気恥ずかしさが溢れてくる。俺は正座のまま手を振った。


「まあ、そのな。可愛いよな、うん」

「そうだな。同感だ」

「それにさ、まあ……素直でいい子だし」

「そうだな。同感だ」


 そういって彼女はにっこりと笑った。

 いや、あれは嘲笑だ。めちゃくちゃにやにやしてるわ。恥ずかしい。


「さて、ユウト。これは大事な話だ。」

「大事?」


 先ほどのにやにやとしただらけた表情は消え、無表情になっていた。

 だが真剣な様子はあまり見られない。

 普通に会話するようなトーンだった。


「これから私たちは王都へ行く。まあ、いわば冒険ってところだ」

「お、おう……」

「今日みたいに命を狙われることはザラだ。で、だ。ユウト」


 ロウは俺に目を見つめた。

 

「もし、シャロが危険に晒されたら、お前は迷いなく人を殺せるか?」


 殺すこと。

 これはこの世界の常識であり、俺の世界の非常識である。

 この先シャルロットとともに異世界を冒険するのならば、避けては通れない道である。


 果たして俺は殺せるのか。


 シャルロットの事は好きだ。だとして、命を奪うほどなのかということ。


「俺は……まだ分からない。そのときにならないと、どうにもな……」

「そうか。ま、ユウトらいいな」


 彼女はそう言うと、ふっと笑った。

 ロウは一般の冒険者ともパーティを組んで仕事をするような、かなりレベルの高い魔導士らしい。

 たくさんの命を奪ってきただろう。


 けれどそれはこの世界の常識である。俺が止められるものではないだろうし、止める気も無い。


 シャルロットのためという大義名分を掲げ、命を奪う。

 それが俺にできるか、ということだ。


「そのときはそのときだ。シャロを悲しませるようなことはするなよ」

「お、おう……」


 てっきり俺はロウからは二度と男として立ち上がれないような仕打ちを受けるかと思っていた。

 不自然なほどに協力的だ。正直気持ちが悪い。


 にしてもロウは一体何を思って俺にこんな助言をしてくるのだろうか。

 俺が転移者だからか? にしては気遣い過ぎだとは思うが。

 考えても分からない。気にすることでもないかもしれないな。


「とにかく、シャロが好きなら行動は早めにした方がいいぞ。下手したら君はすぐに死ぬからな」

「え、ああ、そうだな……」

「シャロのとこへと行け。様子を見てくるといい」

「あ、ああ……」


 何だこれ。あまりにも協力的過ぎて怖いぞ。

 がしかしここで彼女の好意を無下にするのも気が引ける。


 ここは言葉に甘えてシャルロットのいる村長の家へと向かうべきだろう。


「分かった。何かすごいあっさりしてるけど行ってみる」

「くれぐれも、親衛隊には気をつけろよ。何が起こるかわからん」

「ああ、じゃあ、行ってくる」

「おう」


 俺は家を出た。

 辺りは若干暗く、もう夜になろうとしている。

 冬は日の入りが早いが、この世界はどうなのだろう。寒いけどな、ここ。


 体を震わせながら歩く。やはり冷えるな。


 村は静かだ。ルークの手により、十数人が命を落としたんだ。当然か。

 ロウは割り切っている。死は身近だ。


 結局シャルロットと俺はどうなりたいんだ。この世界の常識を知らない俺が彼女とうまくやれるのだろうか。

 そもそも雪乃を見つけて元の世界に帰れるのか。


 結局、俺はどうしたいのかよく分からなくなっている。

 雪乃を探すのは大事だ。やるつもりである。

 けれど、雪乃を見つけ、異世界から戻る方法をも見つけたら。

 どうするんだろうな。


「はぁ……」


 考えもまとまらないまま、村長の家へとたどり着いた。

 シャルロット何してるんだろ。どうしよう俺。


 それに、ルークの襲撃で掻き消されたけど、なんて言おうとしてたんだろ。

 告白? 違うな、うぬぼれるな俺。


 まあ、考えても無駄か。行くしかない。


「ちわーっす……」

 

 ゆっくりと戸を開けた。


「……んっ……ああ……」

「…………」


 視界に飛び込んできたのは、布団の上で悶えるシャルロット。手には何か本を読んでいる。

 そして空いた方の右手はスカートの中へと伸び、もぞもぞと動いている。


 まあ、あれだ。お楽しみってやつだ。


「……あ、ユウト!?」

「お、おう……邪魔したな……」

「ああああ! ちょっと! ちょっと待って!」


 騒ぐシャルロット。いいものを見てしまった。

 じゃない、何を考えてるんだ。


「と、とにかく話を聞いてよーっ!」


 目の端に涙をためたシャルロットがこちらを見て声を上げている。

 少し微笑ましいと感じてしまった。



 ☆ ★ ☆




 この世界は女尊男卑である。

 それは誰が決めたか知らないが、明確なルールであり、逆らうものはいない。

 その象徴として、俺が見たのは親衛隊である。きっと王都に行けばもっと増えるのではないかと思う。


 女の方が尊く、そして強い。

 それは性的関係もそうであり、性行為にいたろう、と誘うのはもっぱら女の方かららしい。


 結局俺が何を言いたいかというと、この世界は女の方がスケベだと言うことだ。


「……もう、悪かったって。そんなに怒るなよ……」

「ふん! いいもん!」


 シャルロットは見事にふてくされていた。

 毛布をかぶり、縮こまった姿は妙に愛らしく感じてしまう。


 色々と心配することが多かったが、一人で楽しんでいるところを見ると、少し安心する。


「で、何読んでたんだ? これ……」

「あ! ちょっと待って!?」

「さーて、どれどれ……」


 本を取る。厚めのカバーでずっしりとした重み。

 タイトルは「黒い王国の王子と執事」。なんだこれ、おねショタ系かおい。どこに抜ける要素あるんだ。


 ぱらぱらとめくり、それらしきシーンを読む。

 ふむふむ、男が男の男をしゃぶりつくすシーン。なるほど。


「BLじゃねえか!」

「うおっ、ちょ、どうしたの!?」


 俺は本を勢いよく閉じた。

 おかしい。この世界にまでもBL文化が浸透しているのか。誰が書いてるんだこんなの。


「なあ、シャルロット。これ、どこから手に入れた……?」

「えっと、ロウからもらったの。師匠が趣味で出してるって。結構売れてるんだよ?」

「師匠が……」


 転生者の師匠は前世で腐女子だったようだ。しかも小説書く系の。

 にしてもどこかで見たような文面だ。いや、どこもこんなもんか。

 

「ん? 何だこの「夢咲 アリス」って言う著者……」

「師匠のペンネームだって」


 そんな文化もあるのか。もはや何でもありだな、この世界。

 印刷技術もあるようだし、もしくは魔術で複製してるのかも。その辺はよくわからない。


 にしても本当に既視感を感じるものだ。いや、懐かしさかな。


 とにかく何でもいい。

 俺は本を置き、彼女の横に座った。


 若干涙目で俺を見上げている。可愛い。

 俺はこの少女が好きなのだと思うと、また恥ずかしさがこみ上げてくる。


「その、まあ、なんだ。元気そうでよかったよ」

「……うん、悲しいけど、仕方のないことなのかなって思うしね」

「なんか、あっさりしてるな」

「そうかな?」


 シャルロットは悲し気に笑った。

 彼女は言う。冒険者とは、人殺しとイコールなのらしい。

 

 冒険者は人を殺す。それは目的や、必要に駆られて、もしくは命を狙われて、など。

 人を殺すことは、冒険者のステータスであり、上位の冒険者ほど人を殺している。

 そのせいか彼女もロウも割とドライである。俺は不思議な気分だった。


 雪乃も人を殺しているのだろうか。

 俺と違い、竹刀を持っていたらしいが、さすがにあれでは人は殺せまい。

 けれど王都は冒険者に優しい。武器などを与えられていたら、と思うと気が気でない。


 殺すのはモンスターだけにしていただきたい。


 それから俺とシャルロットは話をした。

 他愛もない、この世界の話。好きなものや、苦手なもの。そんな話だ。


 シャルロットはやはり、黄道十二騎士に憧れているらしい。

 いつか必ず一流の剣士になって、神器に選ばれたいそうだ。


「なんか、夢のある話だな」

「うん! 私は強くなりたいんだ!」

「でも、そのあとはどうするんだ?」

「そのあと?」


 黄道十二騎士、神器使いになった後。いわば力を手に入れ、認められた後の話だ。

 大体大きな目標を達成したあとは、何もすることが無く脱力してしまうのはありがちだ。


 実際俺も大会に勝ったあとは、特に何もすることがないと思っていたし。


「そうだね……あるにはあるんだけど……」

「へえ、何?」

「えっと、笑わない?」


 そう上目遣いで聞いてくるシャルロット。

 俺は大きく首肯した。


「ああ、笑ったりしないよ」

「そ、そっか……えっとね……」


 現代日本は夢を追う人に厳しすぎる。

 実際「んなもんなれるわけねーだろ、夢見てんじゃねーよ」とか罵倒する輩もちらほらと見受けられる。


 俺も中学時代、小説家になりたいという女の子と同じクラスになったことがある。

 その子は珍しく、クラスのみんなから応援されていたが。

 一部は結構嫌ってたけど。そう言う奴は大抵DQN寄りだ。気持ち悪い。


 結局、その子とは高校が違ったので、それっきりだったが。

 ちなみにそれが俺の初恋である。それはまた別の話として。


 シャルロットは恥ずかしそうにこちらを見上げ、口を開いた。


「その……お嫁さん……かな?」

「…………」

「ちょ、ちょっと! なんで何も言わないの!?」


 顔を赤らめ、手を振る彼女。

 いや、もう、可愛すぎて、はい。可愛いから。その仕草とか全部含めて可愛いから。

 

「うん、いいと思うよ。何か、可愛くて……」

「ちょ、も、もう……やめてよ、恥ずかしいから……」

「いやいや、いいと思うよ、うん」


 こんなコがイマドキ存在するのだろうか。絶滅危惧種ではないのか?

 そう思えるほどに可愛い。


 そうか、シャルロットはお嫁さんになりたいのか。

 この世界でいう結婚がどういう定義か不明だが、きっと幸せに違いない。と思う。


「じゃあ、もっと強くならなきゃだな」

「うん! えっと、これから? お願いします……」

「おう!」


 ぺこりと頭を下げるシャルロット。

 結婚。どうもそれを意識してしまうな。付き合ってないけど。

 

 でももし付き合ってしまえば、結婚するのは確定的と言えよう。

 これはある意味プロポーズともとれる。


 頑張ろう。できる限り短い時間で彼女の心を掴もう。

 異世界ラブ。果たしてどうなるのか。


 するとシャルロットは眠そうにあくびをし、肩をのばした。


「んぅ……眠くなってきちゃった。そろそろ寝よっか」


 もう睡眠か。思えばいろいろあったし、疲れるのは当然か。

 正直パッとしないことが多い。赤い目のシャルロットとか、彼女は自覚したりしてるんだろうか。

 それも聞かない方がいいか。あまりしつこすぎると嫌われる。


 ルーク襲撃前に言おうとしていたことが気になるが、そこは諦めよう。


「ああ、じゃあ、俺はこれで」

「ちょ、ちょっと待って!」


 シャルロットに止められる。

 俺は立ち上がったところだった。


「なに? どうした?」

「その、ユウトは寒がりだからさ、今日は……その……一緒に……」

「ん? 一緒に?」

「一緒に……寝ない……?」


 顎にフックをもらったかのような衝撃だった。

 まさか気があるのでは。そう思わざるを得ない発言である。


 だがしかし少し前までの俺ならば飛びついたこの展開、前にもあったような気がする。

 そう、弟子にしてくれるって話をしたあの宴の席だ。

 あのときはすでに落ちかけていた。悔しい思いをしたのも覚えている。


 二度も傷を抉られてたまるか!


「おいおい、誤解されるぞ? ただでさえ名前で呼び合う仲だっていうのに」

「あの、その……そうじゃなくて、えっと……」


 慌てるシャルロットは可愛い。

 だがこれも明日まで見納めだ。ロウの元へ帰り、ロウとシャルロット談義に花を咲かせ、皮肉とともに床につく。

 

 我ながら完璧な仕事だ。よし、それで行こう。

 そう思ったときだ。


「私が……寂しいんだよ……ルークも、いないし……」

「え? ルークと一緒に寝てたりしてたの!?」

「ええっ!? いや、そういうわけじゃ……」


 一瞬驚いたが言葉のあやだ。

 元気に見えるとはいえ、彼女もきっと思うところがあるのだろう。


 それは下心ではない。師弟愛だ。これは娘を愛すような父親的感情だ。だからノーカン。


「分かった。じゃあ、一緒に寝よう。今日だけな」

「うん! ありがとう!」


 小声で「やった」といい、小さくガッツポーズ。何だこの可愛い生き物は。

 悪いシャルロット。おじさん、下心がありあまるんだ。


 ゆっくりと布団に入った。温かさと、甘い香り。

 なるほど、エルドラドはここにあったのか。


 じゃなくて、落ち着け。


「……じゃあ、もう消すね」


 ろうそくの火が消えた。

 暗くなり、お互いの顔も見えない。


 街灯なども無い世界だ。暗くて当然だろう。


 それ以上話さなかった。

 ただ横の少女の温かみを感じるだけで、特に何も考えなかった。


 昼間、あのとき何を言いたかったのだろうか。


 それだけが気になるな。





 ☆ ★ ☆





 王都の某所。女性のみが利用できる冒険者の宿にて。

 そこに二人の少女がいた。


 一人は灰色の髪をした少女。

 その髪はふくらはぎほどまで伸びている。長くも、綺麗な髪だ。


 その少女は青い帽子をかぶり、自身の武器の手入れをしていた。


 天秤宮、グリモワール・リブラ・アトミックスである。

 現在、とある目的を遂行するためもう一人の少女と行動を共にしている。


「ねえ、グリムさん。お腹すかない?」

「そういえばそうですね。じゃあ、そろそろ飯でも食べにいきます? ついでに武器も取りに行きましょうか」

「ええ、それがいいわね」


 目の前の少女はベッドから立ち上がった。

 ここら辺では見ない衣装。道着というらしい。


 肩辺りで切りそろえられた茶髪。勝気そうな釣り目。

 そして強いながらも、しとやかさを感じさせる口調。


「私は西方面のイーストポットっていう店に行きたいですが……ユキノは?」

「任せるわ。口にあう食べ物は少ないもの」

「了解です。では、行きましょうか」


 朝倉 雪乃。先日王都で出会った少女。

 何でも刃桜流剣術を扱うらしい。ギルドで絡まれているところを助けたところから始まる。


 助けた、というよりもこの世界の常識に疎そうだったために回収した感じだ。

 そのときユキノはとある冒険者(男)に決闘を申し込まれ、それに勝利。

 あえなく所有物となった男から執拗に付きまとわれ、それを斬りかけるという事態にまでなった。


 事情を説明し、何とか行動を共にすることになったが、初期は結構疑われていた。

 ユキノ曰く、日本人はあまり簡単に人を信用しないらしい。


 日本人の意味はよく分からなかったが、きっとユキノの住む場所の呼称だろう。


 食事や生活を共にし、ようやくここまで来たといった感じだ。

 そもそも私は裏切るつもりは無い。人に言われてやってることだが、ユキノのことはとても好感が持てるしね。


 宿を出て、しばらく歩く。

 ユキノは心を開いてからというもの、ひっきりなしにあれは何だと聞いてくる。

 そのときの好奇心のようなものと言ったらない。キラキラしていて、とても愛らしいと思う。


 しばらく歩くと、目当ての店が見えた。

 私とユキノはそこに入った。

 中には客がちらほらと見受けられる。その辺の適当な席に向かい合わせで座った。


「それじゃ、どうします?」

「何か口に合いそうなものをお願いするわ。オススメで」

「分かりました。では……すみませーん」


 店員を呼んだ。適当に注文を頼むと、店員は頭を下げてどこかへ行った。


「それにしても、あなたは本当に親切ね」

「そうですか? 私は別に恩を売ろうとしてるわけじゃないんですがね」

「……そういうところよ」


 ユキノは笑った。

 その笑顔はとても愛らしく、そこいらの男なら軽く落とせそうだ。

 だが彼女にその気はない。ユキノの目的はあくまでも元いた場所へ戻ること。


 私はその全貌は知らない。ただ言われてやっている。

 理由は様々だが、その話はいいだろう。


 とにかく、私とユキノには明確な別れがある。

 それは何か、寂しいな。


「結局、私はどうなるのかしらね」

「元いた場所に戻れますよ、きっと。私も強力しますし」

「ええ、でも何か、このままでもいいような気がしてきてるのよね」


 ユキノはどこか遠くを見た。

 窓の外。暗くなり始めた空を見上げていた。


「私のいたところは、男のほうが強かったから。この世界は異常なほど女性に優しいもの」

「……心残りは……無いのですか?」

「まあ、少しはね。複雑な気分よ」


 ユキノはときおり寂しそうにしている。


 私はそれを眺め、短く息を吐いた。


 




 ☆ ★ ☆




 気持ちのいい朝だった。

 てっきりシャルロットが発情して襲ってくるかと、期待したりしなかったり。


 いや、やめよう。

 純粋に頑張ろう。下心は……あるけどいい。大事なのは純粋さだ。

 彼女は可愛い。それも綺麗な可愛さだ。素直過ぎる。


 汚してはならない。犯してはいけない領域があるのだ。


「…………ん、んぅ……」


 あー、シャルロットの寝顔可愛い。一緒に寝てよかった。あどけない寝顔。可愛い。

 いや、ホントこう冷静に自分を分析すると、もうベタ惚れだな。キモイ俺。


 まあ、いい。しばらく堪能したのち、起きよう。


「…………」


 …………。

 緊急事態だ。別の部分がおっきしている。

 いわゆる朝だから、というものだろう。それがあたっている。


 布団から出なければいけない。けど出たくない。この状況を堪能していたい。

 

 くそう、これが二律背反ってやつか。動きたくねえ……。


 収まれ。そうすれば回避される。落ちつけ息子よ。

 だが分かる方には分かるだろうが、朝のは少々もどりづらいのである。

 すぐには戻らない。焦りが生まれる。焦ってはダメだ。全神経を息子に集中させなければならない。


「……ん、あ、おはよ……」


 のおおおおおあああああああっ!

 起きてしまった!? ヤバイこれヤバイ!


 だが冷静に考えてみよう。ここで急に抜けては怪しまれる。

 それに息子はいま起き上がっているのだ。逃げたところで意味は無い。


 まずは挨拶。冷静に、クールに。


「おおおお、おはようシャルロット……」

「うん? なんでそんなテンパってるの?」


 それは君に反応してるからだよ☆

 とか死んでも言えない。打開策が全く浮かばない。これはもうほぼ積んでいる。


 そんなとき。


「……? ねえ、ユウト」

「な、何かな……?」


 シャルロットは不思議そうな表情を浮かべた。


「このさ、太ももにあたってるの、何?」

「…………っ!?」


 全力で寝返りをうった。

 勢いよく背を向け、この事実を無かったことにする。そう、たとえ無理だとしても。

 俺がすべきは、これだ。


「あの……」

「これは違う。別に何でもない」


 苦しい言い訳だろう。けれどこれ以外の方法を全く思いつかなかった。

 シャルロットがどんな表情をしているかわからない。軽蔑か、いたずらっ気のある顔か。


 後者だといい。が、それは無理だろう。


「……ふぅん」


 シャルロットはそう呟くと、俺にのしかかってきた。

 大きく育った双丘が俺の肩辺りに乗り、ふよんと柔らかく形を変える。


 それだけでもヤバイ。だが彼女は止まらず、俺の顔を上から覗き込んできた。


「私知ってるよ? 男の人って朝そうなるんでしょ?」


 「本で読んだよ」と言う。

 俺の顔を覗き込むシャルロットの表情は、それはそれはすごいものだった。

 いやらしい顔だった。いや、ホントAVで女優さんがやってるようなそんな顔だった。


 きっと素でその表情をやってのけるのだろう。

 俺の息子は収まる気配を見せない。


「でさ、それから言うんだよねぇ……」


 じりじりと近づくシャルロット。

 頬と頬は触れる寸前。熱を帯びたその動きは、異常に妖艶だった。


「……やらないかって」


 それは違うと思う。それ、BLだけだから。うん。

 もうね、AV慣れした俺から言わせてもらえばこんなのではダメですよ、ホント。


 と、言いたい。

 まさかBLの口説き文句で落とされるとは思わなかった。


 忘れてはいけない。

 俺とシャルロットのファーストコンタクトは、逆レイプ未遂だということを。


「だから、いいよね?」

「いやいやいやいや、何を言うんだチミは……」


 流れてはいけない。

 純粋に恋愛しようと決めたんだ。こんな淫靡ではよくない。


 と、思うのは俺だけだろうか。

 この世界は男より女のほうから誘うことのほうが多いのではないか?

 

 いいんじゃないか?


「さっ! ほら!」

「ちょ、やめ……布団はがないで……」


 そのときだった。

 家の扉がすっと開いた。


「……シャルロット?」

「お父さん!?」

「え!? お父さん!? あ、長老様おはようございます!」


 彼はそっと扉を閉めた。


「ちょっとおおおおおおっ!」

「長老様! せめて説明を……っ!」


 長老様は昨日、死者の埋葬をし、別の家で寝泊まりしたそうだ。

 何でも死者を埋葬した日、自宅で寝ると憑りつかれるとかなんとか。

 どこにでもそういう話はあるようだ。


 いや、とりあえずそれはおいとこう

 俺とシャルロットは弁明するべく、全力で駆けだした。



 ☆ ★ ☆




 遠い国の話だ。

 いや、遠く、遠く、そして二度と戻れない世界の話。

 二度と戻りたくない世界の話だ。


「セレスちゃん、起きてー」

「んー、いやだ。あと二時間は寝る」

「いやいや、例の活動報告だよ。寝られると困る……」

「くそう、上司を気遣う気持ちは無いのか?」

「だってもう昼過ぎだよ? さすがに起きなきゃ」


 部下のひとり、アルツに起こされ、私は重い体を起こした。

 置き鏡の前に座り、自分の姿を確認する。


 青みがかった黒髪。水色の目。そして西洋風の顔立ち。

 唇の下にあるほくろが異常にエロい。自分でも思う。


 だがこの顔は私の顔ではない。この世界の私の顔だ。


 元の世界の私はもっと芋臭い地味な顔をしている。黒髪ぱっつん三つ編みメガネ。アンド暗め。

 それに対してこの姿は何と挑発的なのだろうか。


 制服のような白い衣装。黒いシャツは胸元が大きく開き、しかも短い。へそ出しだ。


 以前では絶対履くことのなかったミニスカート。これもうパンツ見せるためのもんだろ。

 黒のニーソに、ブーツ。すべてを含めてこの少女は可愛いと思う。


 この姿は最近やっと慣れてきた。

 宝瓶宮、セレスティア・アクアリウス・クロートの姿だ。


 私はある程度整えると、いつも被っている帽子をかぶった。

 というより乗せたって言う方が正しいだろう。


「それで、何? 私は眠いんだけど」

「いや……まあ、いいけど」


 私の寝ていたベッドに腰掛けるアルツ。茶髪ネコ目のこいつは部下のなかでも一目おいている。

 なんせ寝ている私に手を出さないのだ。何だこいつ不能かおい。


 まあいいや。成果を聞こう。


「男の方は完全に落ちたね。ベタ惚れだよ」

「でしょうね。それで、シャルロットの方は?」

「多分もう……でも気づくのはもう少しかかるかな?」

「そう、順調ね」


 手元においてある紙束をパラパラとめくる。

 予想通りの展開に、私は安堵の息をついた。


「にしてもセレスちゃんさー、なんでそんなこと分かるの?」

「なにがよ」

「それさ、その先の展開全部読めてる感じ。転生者だってのは聞いたけど、さすがに未来予知とかできないよね?」

「まあ、細かいことは話してなっかたわね」


 私は目の前の紙束を見下ろした。

 古い紙で、何枚も重ねられたそれは、長い時間の流れを感じさせた。


 その一番上には、インクで書かれた文字がある。


「……それに全部書いてあるの?」

「まあね。だから彼がシャルロットを好きになるのは、ある意味当然ともいえるわ。逆も然り」

「何だか……人の生を縛っているみたいで嫌な気分だね……」

 

 仕方のないことなのだ。

 彼が恋におちなければストーリーは進まない。


 そして引き金は闇堕ちした人物との戦闘。そして彼女の覚醒。

 

 それらが展開され、物語は二章へと入るのだ。


 彼は苦笑した。

 やはり未来を見ると言うことは、それだけで恐怖なのだろう。

 私も初めて読んだときは怖くて仕方が無かった。


 それだけここに書いてあることは衝撃で、しかも信憑性も高かった。


 それを確信したのは神器を手に入れる過程でだ。

 その通りに動き、私は神器を手にすることができた。


 他にも様々な要因があるが、今はいいだろう。


「それで、なんでセレスちゃんはここに書いてあるとおりにやろうと思ったの?」

「ん? 私のやってることかしら?」

「そうそう、だって未来が分かるとか怖いじゃん」

「気持ちは分かるわ。私も怖くて仕方ないもの。でもね、アルツ」


 私は目を閉じ、生前の、転生する前の記憶を思い出した。

 幸せな日々からの堕落。

 

 留まることを知らない不幸。


 思い出したくもない記憶だ。

 けれど、この世界を変えるためにはやらなければいけない。


「……もう、後悔したくないの。与えられたチャンスだもの」


 紙束をめくる。

 文字がびっしりと並んでいる。


「夢咲アリス著……「異世界に転移した俺は、ハーレムを作ることにしました」」


 テンプレ通りのタイトル。

 流行りの長文系。それらすべてが懐かしさと、寂しさを醸し出していた。


 生前に私が書いていた、小説の原稿である。


「にしても、なんでこれがこんなところにあるのかしら」

「え? なんで? どこかで見つけたんじゃなかったの?」

「物心ついたころには持ってたわ。不思議ね」


 私はページをパラパラとめくり、目当てのページを開いた。


「さて、次は一体どんなことが起こるのかしらね」


 視界の端で、アルツが不満げにしていた。

 むくれている彼をみるのは、なんだか微笑ましかった。


「ふむ、白銀のダークサイド編……新しい女の子が出てくるわね」

「それも、ハーレム候補?」

「ええ、この子は……エルフね。お嬢様系騎士とでも言いましょうか」


 ルミナリア・エリシュオン。遥か東の王国生まれの騎士。

 それを聞いたアルツは、苦虫を噛み潰したような、不快そうな表情を浮かべていた。


 視界の端でアルツがつまらなそうにしていた。


「でもさ、シャロちゃん以外にも女の子つくるんだよね? ハーレムって酷じゃない?」


 その考えは最もである。

 生前流行っていた異世界ハーレム系では、むしろつくって当たり前のような雰囲気がある。

 その風潮に乗っかった私は、見事にハーレムものを書くことにしたのだ。


「これも、シナリオだから。仕方がないわ」

「そっか……そういうものかな……?」


 未だ納得していないような彼。

 私はぱらぱらとページを捲った。


「あなたの話もあるけど、見ておく?」

「ううん、遠慮しておくよ」


 アルツは苦笑した。


 ☆ ★ ☆



  

 昼前。時間でいうと十時くらいだろうか。

 時計が無いためどうにも時間の感覚が狂う。


 俺とシャルロット、そしてロウ。

 三人は馬車を前にし、村のみんな。主に親衛隊と話していた。


 今日旅立つ。

 もとよりルークたちが戻ってきたら、というのがロウと長老様の考えだったらしい。

 装備はあまり整っていない。それも王都でできるだろう。


 正直俺はワクワクしている。

 ルークの死後だというのに不謹慎、とは思うがシャルロットやロウ。村のみんなも落ち着いている。

 

 意外にも死に対してドライなのだ。

 ちょっと感覚的に慣れないが、気にするのも無駄だろう。


「それじゃ、行ってくるね」

「シャロ様……どうかお気をつけて……」

「どうかお達者で……」


 あんなシーン初めて見た。

 親衛隊はついてきたりするかもと思ったが、どうやら長老様が何とか根回ししてくれたらしい。

 ロウの親衛隊もなんだか名残惜しそうにしている。


「ユウト殿。少しいいでしょうか」

「ん? 何だ?」


 現れたのは長身の優男。未だに名前を知らない男だ。

 何かと絡みのあるこいつ。最後だし名前くらい聞いといてもいいかもしれないな。


 するとその男は一つの指輪を取り出した。蒼い宝石の装飾が施された、銀の指輪だ。

 何だろう、プロポーズされたりするのだろうか。


「これをお送りします。簡易的な魔装具です」


 俺はそれを受け取ると、中指に嵌めた。ちょっと大きいかと思ったが、指輪は縮み、ぴったりのサイズになった。

 

「これは?」

「はい、元はルーク殿が持っていたものです。魔力を込めるともう一つを持ったモノの方向を光が指すという代物でございます」


 なるほど、ハ〇ルの動く城にでてきた奴か。

 俺は闘気を纏う要領で、指輪に意識を集中してみた。


 すると指輪から二本の光が伸び、それらがシャルロット、ロウを指していた。

 ちなみにシャルロットが赤。ロウが青の光だった。


「何かの役に立つかと、それに三人ともでお揃いでございます」

「そうか、ありがとな」


 彼は寂しそうに笑った。


「ロウ様を、どうかお願いします」

「ああ、もちろんだ」

「ユウト! そろそろ出るよ!」


 少し遠くにシャルロットの声がする。

 背中に背負っているのはリュックサイズの袋。衣類や、何か使えそうなものが入っている。

 変わってロウはかなりでかい。さすが学者のような彼女だ。本やらなんやら大量に入っているらしい。


 俺はあまり持っていない。

 リュックと、闇の魔装具くらいだ。


 魔装具は布で覆われ、厳重に封がしてある。持つ分には問題ないらしい。


「では、長老様。そろそろ行きます」

「ああ、シャルロットとアルクロウドを任せる」

「はい、命に代えても守ります」

「……うむ」


 最後に長老様に挨拶をし、二人に追い付く。


「ごめん、それじゃあ行こうか」

「うん!」

「ああ、そうだな」


 二人は大きく首肯した。

 結局彼の名前は聞けなかった。けれどそれもめぐりあわせというものだろう。

 

 一期一会、そんな世界。


 俺はこれからいろんな場所を見るだろう。

 雪乃の捜索もあるが、それ以上に楽しそうな気分だった。


 俺たちは歩き始めた。

 

 ときおり振り返っては手を振った。

 シャルロットは楽しそうに。ロウはクールに。


 俺は正直ドキドキしている。

 世界に対する期待と、そしてシャルロットに対して。


「何があるんだろう……楽しみだね」

「……ああ」


 そう言って彼女ははにかんだ。

 俺は決めた。


 もしこの世界が、死と隣り合わせの世界だとしても。

 もし人を殺さなければいけなくなったとしても。

 もし、俺が殺されそうになっても。


 全力で、俺はシャルロットに恋愛する。





 異世界で、命がけのラブコメをしようじゃないか。 






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