彼方を想う
連なる船を従え、稜河を下る。先日まで輿入れのため上って来ていた河。こうも早く戻るなんてと、稜花は自分のことながら苦笑した。
船に乗ってから、楊基はごきげんだ。船上ではそれなりに時間の余裕があるらしい。何かしら稜花の元へやって来ては、たわいのない話をしていく。
船の数は、稜花の予測していたよりも随分と多い。このような数必要ないと何度も言ったが、楊基が聞き入れることはなかった。
稜明との国境までは、そう時間がかかるものでもない。石洛を越えて更に向こう。散雪川との合流付近まで船を進めるつもりだ。そこからは真っ直ぐ南へ陸路。一刻も早くたどり着きたいが、これは船の旅。焦ったところで仕方が無い。
上りよりも下りの方が速度は幾ばくか速くなる。風の影響によって、冬であればもっと速度は出るのだが、我が侭は言えない。
初秋の冷たい風に吹かれ、稜花は甲板で空を仰ぎ見た。
護送されていた時とは環境が違う。稜花は今、一人の将としてついて来ている。とはいえ、当然信頼関係も何もない。楊基の軍の一部、兵を借り受けるような状態だ。
――本当は、どのような動きをするのか見ておきたかったけれど。
だが、時間がないものはどうしようもない。
あいにく、稜花の存在は軍部の中ではそれなりに噂にはなっているらしい。先の汰尾の戦で啖呵を切り、一人戦場を駆け抜けた乙女として。そういう理由から、噂の戦姫を一目見ようと、稜花の側にやってくる者も多い。
きちんと手入れをされた稜花の髪は、以前の艶を取り戻している。その青銀色。まるで絹糸のような髪は、風に靡くと益々艶めきを帯びる。
真っ直ぐに進行方向を見据えた意志の強い横顔、そして華奢な体。
昭国の兵たちに稜花の存在はあまりに珍しく、この場にいることに違和感すら感じる彼女に目を奪われるのは仕方の無い事だった。
稜花の周囲には常に数多の護衛兵が控えていた。皆、楊基の信を得ている者だと言うが、稜花にとっては息苦しくも感じる。護衛とは名ばかりで、まるで常に見張られている心地だ。
「稜花、またここにいたのか」
甲板に立ち、風を感じていると、後方から声が掛かる。
その芯の通った落ちついた声は耳障りがいい。振り返ると、悠然とした面持ちの昭国王が立っていた。
昭国入りしてから、楊基は彼女に遠慮がない。すでに我が物のように稜花を呼んでは、手を差し出す。
ああ、こちらに来いと言っているのかと、稜花は認識する。邪険にするつもりもない。頷いて彼女は真っ直ぐ彼の元へと歩いて行った。
楊基、と呼ぶ稜花にも遠慮は無くなっている。
改めて昭入りした稜花と楊基の関係は、以前とは少し異なるものになっている。輿入れはまだではあるが、彼が稜花をまるで妻のように扱うので、取り繕う気も起こらない。
「随分暇そうね。昭殷での仕事から逃げてきたのかしら?」
「何、やることはやっているさ。だが、我が妻の機嫌をとろうと、これでも注力している」
「放っておいてくれても、好きにやるわよ。何度も言ったけど、陸由を派遣すれば済む話だったでしょう?」
今回の遠征に陸由はいない。前回の戦場で相まみえた高濫の姿もない。
あの二人はかなり楊基の信を得ていたと思うが、ともに昭殷に置いてきている。
いや、置いてきたのは何も彼らだけではない。稜花の隣にいて当たり前の人物――楊炎もだ。
黒い影が側に居ない。心の中にぽっかりと穴が出来てしまったようだった。
ふと気づいたことや感じたことを言葉にしたとき、受け止めてくれる者が居ない。それだけで稜花にとっては心細くて。でも、その不安を悟られてはならぬと気丈に振る舞うしかない。
「まあ、そう邪険にするな」
まるで山猫のようだぞ、と付け加えられ、稜花は言葉に詰まった。楊基とはやがて、本物の夫婦となる。だから、このようにいちいち突っかかっていていいはずないことは知っている。
しかし、どうしても身構えてしまうのだ。彼のように、稜花の動きを言葉のみで制限できる者は少ない。気がつけばすべて意のままに操られてしまうような気がして、どうして良いのか分からなくなる。
彼のような人間が身の回りに居なかったから、戸惑っているのだろうとは理解していた。
「彼奴らには昭殷でしてもらわなければいけない事があるからな」
「昭殷に来たばかりの楊炎にまで?」
「そうだ」
「……あの夜、彼と何を話したのよ?」
稜花の質問に、楊基は目を細める。濃い王者の笑み。全てを見通すかのような彼の視線。それらが容赦なく稜花を絡め取る。
そうして彼は、稜花の手を引いた。護衛兵の間を裂くようにして、船の中ほどへと足を進めていく。
「何……?」
「ここでは少しさわりがあるだろう? ――許せ」
どこまで一般の兵士に聞かせても良いのか考えあぐねた結果なのだろう。面倒になった彼は、まとめて人払いをするという強硬手段に出たらしい。
その行動に一切の間違いは無いのだが、彼と二人きりになるのは些か抵抗がある。
――慣れていかなきゃいけないのでしょうけど……。
ちくり、と胸が痛む。しかしその胸の痛みも、本来はあってはならぬもの。楊基との関係を良好に保たねばならないのは当然理解をしている。
言葉を飾らず、堂々としている彼のことは、純粋に人間性だけ見ると好ましくも映る。でも――と思い、何度も頭を横に振った。
人払いをし、彼は己の船室へ稜花を連れ込む。軍船での部屋となると、いくら主でもそう我が侭は言えない。
飾り気のない寝台と卓。そこに細やかな刺繍をした敷物をして誤魔化してはいるが、こんなものだ。だがその刺繍を見る限り、華美すぎず気の利いたもので、彼の趣味が良いことは十分に伺える。
「さて……」
ふう、とひと息つき、彼は長椅子へと足を進めた。そしてそのまま稜花抱き上げるようにして腰を下ろす。
「ちょっ……待って、楊基っ……」
一瞬抵抗しようと体が強ばるが、稜花の理性がそれを止める。将来の夫を目の前にして、どこまで抵抗して良いものやら考えあぐねている内に、稜花は彼の膝の上に腰掛けている形になっていた。
しっかりと抱きすくめられて赤面する。そうして一人で赤くなったり青くなったり忙しい稜花を、楊基はくつくつと楽しそうに見つめていた。
「待てるか。稜花が我が物となるために目の前にいるのに、じっとしていられるほど私も我慢強くはない」
彼は実に楽しそうに、稜花の耳元で囁く。息を吹きかけられてたじろぐ稜花に益々満足そうに笑い、そのまま耳に口づけを落とした。
「……っ」
「其方は本当に反応が初心だな。……ふむ、杞憂だったか」
稜花の反応に、楊基は意外そうな顔を見せる。
何を心配していたのかは分からないが、遊ばれている身としてはたまったものではない。
ここから先、まだ龐岸への道のりは長い。行軍の最中でいちいち手を出されていては、戦に気が入らないし、そもそも稜花の身が持たない。
我慢できなくなり、両手を突き出して彼の顔から距離をとる。あからさまに抵抗を見せたが、彼は気を悪くはしてないらしい。ご機嫌なのは十二分に伝わったが、翻弄される側としては御免被る。
「あのねえ! こんな事をするために人払いをしたんじゃないでしょう?」
「そうか? 私は半分はこんなことをするためだったぞ?」
「楊基っ」
目を三角にして睨み付けると、益々彼は上機嫌で、声を出して笑う。
「ふふ。そう感情的になるな。……其方は私の前ではいつも怒っているな」
「っ……誰のせいだと」
「その噛みつき方も愛嬌はあるが」
ふうー、と大きく息を吐いて、彼はやがて真っ直ぐ稜花を見つめた。先ほどまでのからかうような色は無く、冷静な様子に、稜花も息を呑む。
「……稜花も、見たのだろう? あの場所を」
「?」
「其方はいきなり王城の奥に現れた。楊炎に連れられて、あそこを通ってきたのだろう?」
そこまで言われて、ようやく稜花は思い至る。楊基が言っているあの場所。それはきっと、楊炎に連れられて歩いたあの地下道に間違いないだろう。
長い間使用された様子が見られなかった。おそらく、限られた者しか知らないであろう秘密通路。何故それを楊炎が知っているのかと、当然疑問に思っていた。
「楊炎を昭殷に置いたのは他でもない。アレを知るものにしか、出来ぬ仕事があるのでな。こんな戦で、油を売ってもらってはかなわん」
「なんですって」
秘密通路を知るものにしか出来ない仕事。
楊炎の過去を知っている稜花には、ひとつしか思い当たらない。
「もしかして、来たばかりの楊炎に暗殺を……」
「馬鹿を言うな。――なんだ、奴は稜明でそんなことをしていたのか」
「……っ」
耐えかねて吹き出す楊基に、稜花は赤面する。
どうやら稜花の考えは、すっかり的外れだったようだ。
「稜花がそのようなことを命じるとはな。意外だが」
「違うわ。私は、そんなこと……!」
「ふむ、ならば李公季殿か?」
考え込むようにして、楊基は顎に手を当てる。
どこまで話したものか、と独りごちるようにして、何度か瞬いている。
「……稜花が思っている以上に、奴と昭の関係は複雑だ。楊炎が其方と共に昭国入りするのであれば、其方もある程度知っておいた方がいいだろう」
「何を?」
「聞いてはいないのか? あの男は、昭の人間だぞ?」
「え」
思わず、稜花の口から声が溢れる。何を馬鹿なことを、と、同時に思った。
楊炎が幼い頃から李公季に仕えてきたことは、直接兄から聞いている。つまり、今、楊基がしているのはそれ以前の話なのだろう。楊炎が稜明にやってくる更に前の話――。
――仕事で、使ったことがあるからだと、思っていた。
あの、深い地下通路。勝手な想像だが、何でもそつなくこなす楊炎なら、情報を仕入れてきても不思議ではないと。
しかし今、楊基は相当昔の話をしている。楊炎が李公季と出会う前――物心ついて間もない頃かもしれない。そんな年端もいかない少年が、いくら昭出身とは言え、複雑と呼ばれるほどの関係を持つ。一体どのような立場だったというのか。
「……どういうこと?」
そして稜花は気づいた。
あれほどまでに大切な彼のことなのに、稜花は楊炎の事を何も知らないのだと。
同時に、恐れもする。彼の過去については、何かあるのは気づいていながら、ずっと触れずに来た。突き放されることが怖くて、向き合うことすら避けていたということに。
「あの男は、昭国の人間で、アレを知りうる者だったと言うこと。それで全てだ。……十分だろう。覚えておけ」
「ちょっと待って、よく分からない」
「先の楊陶のこともある。楊炎を昭殷に置いて――動きをとる馬鹿者もいるだろう」
楊陶、と楊基は言った。瞬間、稜花の脳裏にあの日の事件が蘇る。
「楊陶ですって? ……もしかして楊基、あの事件の犯人がわかってるの?」
「いや。奴が居なくなって昭殷の動きが活発化しているだけのこと。事件については――もちろん、杜の者による、という報告は上がってきているが」
「でも、それはあくまでも噂じゃ……」
「戦が起きようとしている以上、大なり小なり、杜との関わりはあるだろう。ーーだが、まずは自国だ。昭殷は楊陶が居なくなった影響が大きいからな」
楊陶の影響。彼は、楊炎を通して派閥への打診をしてきた過去もある。
同じ一族とは言え、楊基の政敵にあたるのかもしれない。どれほどの規模の権力を持っていたのかはしらないが、その政敵が消えた今、派閥の再構成など気を回すことが多いのだろう。
杜は、稜花を襲ったように見せかけつつ、間接的に昭への影響を与えたかったと言うことだろうか。 だから陸由と高濫を昭殷に置かざるを得なかった。しかし、本当にそれだけなのだろうか。
「今回の襲撃は……杜にとっては何も良いことがないじゃない。私を暗殺したって、稜明と昭国の恨みを買うだけでしょう? 先の戦で、杜は朝廷との亀裂ができたからこその会談よ? 領内に余裕が無いときに、更に恨みを買ってどうするの?」
しかし何度考えても、この疑問に行き着く。楊陶の影響もいまいちわからない稜花にとっては、ここまでが精一杯だ。少なくとも今は、情報が欲しい。
楊基は少し考えた後、苦笑いを浮かべながら話し始めた。
「正直、我々昭国が稜河を自由に下れるようになるのは、杜からしても面白くないのだろうが……」
それよりも、と言葉を続ける。
「……紫夏の十三になる娘となーー汰尾での戦が起こる前、かなり強引な縁談の催促があった」
「え?」
思いがけない言葉に、稜花は目を丸める。杜の紫夏と言えば、たしか公主の稟姫が嫁ぐとかいう話題も無かっただろうか。
「紫夏の娘……」
自らの娘を押し付ける一方で、その娘より年若い姫君を新たに娶ろうとしていたのか。珍しい話ではないはずだが、人となりを知っているだけに頭がくらりとする。
「じゃあ、私が邪魔だったってこと?」
「少なからずな」
「……恨みを買うくらいなら、楊基が第二夫人として娶ればいいだけの話じゃないの? 杜と繋がるのは悪い話じゃないでしょう? まあ、今更言っても仕方ないことだけど」
そもそも、楊基が杜の姫君を娶るとすれば、規模から言っても第二夫人は稜花の方かもしれない。が、とりあえずそれは横に置いておく。
「あのな……」
ざっくばらんすぎる物言いに、さすがの楊基も文句を言いたくなったらしい。片手を額に当て、言葉を選ぶようにしてため息を吐く。
「其方、自分の身に無頓着がすぎるぞ。いい加減、私も傷つくからな……」
大袈裟に嘆き、楊基は恨むようにして稜花を見た。
不機嫌そうに顔をしかめる楊基は珍しい。おや、と瞬いていると、まるで仕返しでもするかのように、彼は稜花の首に顔を埋めた。問答無用で、首に唇を落とされ、強く吸われる。
「……っ」
背筋にこそばゆいものが走って、稜花は身をよじった。しかし彼は止める気は無いらしく、いくつもの赤の点を稜花の首に落としていった。
彼から離れようと躍起になるが、がっしりとした腕に阻まれる。
分かってはいた。彼は王でありながらも、稜花の武に勝るとも劣らない実力の持ち主。男女の体格差により、抱きすくめられると抵抗しきれない。
好き勝手体を押さえ込まれ、涙目になる。止めて、と口にするが、聞き入れてくれる様子も無かった。
「今から妻になる其方が、他の女を娶れなど言うな。少しは私に執着しろ」
「貴方なら自分の縁組をいくらでも利用しそうだもの」
しかし、そんなこと稜花の知ったことではない。必死になって反論をするが、ますます彼の不機嫌さに拍車をかけるだけだった。
「私を何だと思っているんだ」
「だって、私との縁組だって、そうじゃない」
稜明と昭の同盟のため。楊基に話を持ちかけられた時、確かに彼はそう言った。
あくまでもこの婚姻は契約のため。だからこそ稜花も決意した。しかし、楊基は少し考えが違ったらしい。
彼の唇は顔の方へと近づき、稜花の耳を貪りながら、囁く。
「何故私が今まで独身だったと思っているんだ」
直接耳に吹き込まれ、全身が沸き立つ心地がした。
恨めしそうに彼を睨みつけるが、楊基は気にする様子がない。
「――私は自分の隣に置いてもいい姫君にしか興味はない」
更に言葉を重ねられ、稜花の心臓ははねた。
ーーつまりそれって、私なら側にいていいと思ってるって……ことよね。
もちろん、好意的にとらえられていることは自覚している。しかし、彼が稜花がという人間に重きを置いている事が意外な気がした。合理主義の彼のこと。地理や政治的な理由が大きいと思っていたのに。
分かりやすい執着を見せられ、戸惑う時間も僅か。耳元を絡め取っていた彼の唇は、やがて稜花の唇をとらえはじめる。その熱い感覚が全身に訪れ、稜花はやがて何も考えられなくなった。
「……楊炎は其方に手を出していなかったのか」
「……っ!?」
やがて、長い長い口づけを終えたとき、確信するように楊基が呟いた。瞬間、全身が息苦しさと緊張で強ばる。その明らかな動揺を逃すまいと、彼はじいと稜花を見つめた。
「ーー知らなかったか? 以前から奴は、其方に執心だったぞ?」
「それ……はっ……」
たちまち鼓動が早くなる。楊基が楊炎と相まみえる機会はそう多くは無かった。なのに彼は、楊炎の気持ちなど見抜いていたらしい。
そして同時に、そんなにも以前から楊炎が自分を見つめていてくれていた事実を知り、胸が熱くなる。
楊基は――気がついているのだろうか。稜花と楊炎が、お互いの気持ちを確かめ合ったことについて。
たった一度。僅かな合間の口づけだったけれども、それは稜花の心に十分なものを残してくれている。
楊基の言葉は、確信なのか、それとも揺さぶりなのか。どちらにせよ、楊炎への想いを知られるわけにもいかず、言葉を失う。
「ずっと二人で旅をしていたのだろう? それにしては其方は初心すぎる。……信じられんな。奴は本当に男か?」
「当たり前でしょう、彼は私の大事な従者よ!」
「ふん……まあいい、稜花。何度でも言うが、私は其方を手放す気は無いからな」
奴の忠誠心には頭が下がる。そう言い残し、楊基は再び稜花に口づけを落とした。
心が痛い。まさか、楊基が楊炎の事を気にしているとは思わなかった。
――だから、彼を昭殷に残した?
いや、でもまさか。と否定する。
楊炎。彼が昭の者だと、楊基は言った。それも、あの地下道を知る立場の人間だったと。
そんな彼を、昭殷に置いて何をさせるつもりだろうか。彼の過去を利用する。ずっと話してこなかった彼の、過去を?
――もしかして、二人には面識があったのかしら。
そう思うと、合点がいく。
誰に対しても態度を変えない楊炎が、彼と初めて出会った際、あからさまに敵視していたことも。楊基が、稜花だけでなく楊炎に固執していることにも――。
稜花の背中に冷たい汗が流れた。
楊炎に、聞かないといけない。彼の過去に、何があったのかを。
ーーひとり、置いてくるべきではなかった。
楊基が昭殷に置いた理由。それを理解したわけではない。しかし、もしかしたら――たった一人、過去と向き合わせる結果になるのではないか。
そして稜花は思い出す。出会った頃の、楊炎の眼差し。何を見ても微動だにしない心。闇色の瞳は、今よりずっと深くて、暗い。
あの深い闇を作り出した場所にたった一人。
胸が、酷く痛む。知らなかったとはいえ、とんでもないことをしてしまった。
ーー楊炎。楊炎。
心の中で、彼の名前を呼んだ。何度も、何度も。
ーー私、貴方のことが、もっと知りたい。
そう願うのに、楊基はいつまでも稜花を抱えて放さなかった。




