汰尾の戦い(6)
夜からの雨は、止む様子がなかった。
明け方の薄ぼんやりした明かりも、相変わらずの分厚い雲に遮られ、周囲は未だに闇に覆われている。そんな中でも、稜花の率いる軍はずらりと一線に並び、決戦のその時を待っている。
稜花隊自体はかなりの少人数で編成している。殆どの兵を悠舜や泊雷たちに割り当て、稜花自身は選りすぐった百の騎兵を従えるのみ。
いつもの双剣は腰にかざしたまま、今日は弓を背負っている。いつも梓白に備えている小型のものではなく、なるべく飛距離を稼げるものだ。
おそらく今日は逃亡戦になるだろう。だからこそ、相手との距離はとっておきたい。
視界は極めて悪い。これこそが、今日の戦を左右する。
たった百でどこまで持ちこたえられるか。王威は出てくるのか。不安は山積みではあるが、もう、覚悟は決めた。
額に張り付く前髪をかき上げて、稜花は仲間に視線を向ける。すると、編成を終えた泊雷がこちらへ向かって駆けてくるのが目に入った。
「稜花、こっちはいつでも行けるぞ」
「ええ、頼んだわね、泊雷」
稜花の言葉に、泊雷は誇らしげに頷く。今日という日はいつになく大任を負わされているため、泊雷も若干の緊張しているらしい。頬が少し強ばっていることに気付いたが、稜花はあえて触れないようにして、笑った。
「おうよ、父上からも、稜花を助けるようにって口うるさく言われてるしな。後方は任せろ。それより――」
じいと、泊雷は怪訝な顔をしつつ稜花の顔色を見つめる。なんだか検分されているような気がして、稜花は首を傾げた。
「お前、昨日の夜は休んだのか?」
「え? えーと……」
泊雷が自分の目元を押さえて、なぞるように弧を描く。どうやら、結構な隈が出来ているらしい。
しかし、それも仕方ないことだろう。元々この戦場へは、必要最低限の休息で駆けつけてきた。慣れない干州兵に囲まれた状態で、眠れるわけもない。常に気を張りながら、どうにか乗り越えて……そして昨日の軍議だ。
「……うん、ちょっと、策が気になって。下見を」
「この、馬鹿っ」
「だって、今日は絶対、失敗できないし」
一晩中、逃走経路について確認し続けたのは事実だ。それほど、この策における稜花の役割は重い。少しでも成功に繋がる方策があるなら、全て実行しておきたい。
同時に、体を動かしていないと駄目な気がしていた。昨日の夜の出来事を、一刻も早く自分の頭から追い出したい。
楊炎と向かい合って、彼の言葉が嬉しくて――心の中でぐるぐると、悦びと後悔が渦巻いて、平常心でいられないからこそ。他の事を考えて、楊炎への気持ちに蓋をしたい。
少し思い出しただけで、顔が火照るような心地がする。折角心の隅に追いやっていたというのに、実に難儀なものだ。
稜花が目を逸らしたのと、更に後ろにいる楊炎の方を見て、泊雷は何かを悟ったらしい。
ああ、と声を漏らして、何とも言えない顔で稜花を見てくる。
別に何を言うわけでも無い。しかし、相変わらずこの幼なじみは、稜花のことになると察しが良くなる。普段はてんで大雑把で、人の心情に関しても鈍いだろうに。
恨むような心地で、泊雷を見た。
ふ、と苦笑し、泊雷は背を向ける。
「まあ、あれだ。女のお前に頼りたくなかったが……武運を祈る」
「……ええ、泊雷も。武運を」
手を振りながら、泊雷は自分の部隊の方へ向かう。その背も、すぐに雨の中に消えてしまい、格好の戦日和であることを実感した。
「参りましょう」
隣に轡を並べて楊炎が告げた。昨日のことなど何も無かったかのように、いつも通りの無表情……いや、戦へ向かう前の鋭い視線を見せながら、白く霞んだ前方を見据える。
「ええ」
稜花も真っ直ぐに、前方を見る。
汰尾平原。真っ直ぐに広がっているであろう遠くの地を見つめる。雨で冷え切った体をぎゅっと抱きしめて、気持ちを奮い立たせる。
雨の向こうに広がる影。ずらりと並ぶ、杜軍の兵たち。
さて、どれだけの数が稜花を狙っている事やら。そう考えるだけで、武者震いする。
「行きましょう!」
稜花は声高らかに叫んだ。
「全軍、前進!」
***
両軍ともに正面からぶつかることになった戦は、泥と血が飛び交う死地となる。
雨の粒と、地面から跳ね上がる泥水。歩兵は濡れた草と土に足をとられて、随分と動きにくそうだが、それは相手方だって同じ。
まずは少し後方で、戦場全体を見渡しながら、はやる気持ちを抑え込む。
今日は視界が狭い。目だけで無く、音、そして空気――五感全てを使って戦に集中する。
「稜明の李稜花はここよ! さあ、かかってきなさい!」
声を上げ、相手軍を呼び込む。
数の差も勿論だが、こういった大平原で厄介なのは戦車の類だ。先日までは、中央はかなりの数の戦車にやられたと聞いていたが、今日はその姿はない。
この天気。ぬかるんだ大地では、車輪が絡まってうまく機能しないのだろう。だからこそ、人対人の単純な戦に相成っている。歩兵部隊でそれをどうにか退ける傍ら、稜花はたまに背後にも気を配った。
軍を幾つかに分けた。
雨による視界の妨げを利用して、少しずつ、少しずつ歩兵を撤退させてゆく。時間が経つほどに戦線を維持するのが難しくなってくるが、百も承知。
それよりも、と、稜花は思う。
早く、奴が現れないものか。じり、と気持ちがはやる。ぼたぼたと頬に張り付く髪の毛を振り払い、稜花は周囲を見回す。
猛った小隊長たちを、稜花の護衛兵達がいなして行く。数多の戦を、稜花と共に駆けてきたのだ。彼らの実力も並ではない。
「王威! 稜花が来たわよ!」
そうして、名を呼んだ。
明らかに、囮ともとれるかもしれない。しかし、王威に囮という概念が通用するかというと、答えは否だ。
どのような状況であろうと、奴は全てを蹂躙する圧倒的な覇者。囮であろうがなかろうが、関係ない。目の前の敵を薙ぎに来るはず。
稜花と楊炎。この二人が轡を並べて、対峙しようとしているのだ。稜花が奴にとって、闘うに相応しい相手なら、奴は必ず現れる。
弓を弾く。
視界は良くないが、それでも、敵将の位置くらいは分かる。数多の兵の合間を縫うかのように、稜花の放った矢が飛ぶ。雨の音に紛れた矢は、きっと誰に気づかれることもなく、将の首を撃ち抜くだろう。
白の霞の中から、敵兵が騒ぎ立てるのが聞こえる。目の前で突然指揮官が倒れたのだから、無理もない。
「矢は飛んできませんね」
護衛の一人が口にする。
「見くびられたものよね」
ごく真剣な瞳で、稜花も答えた。
あくまで、稜花を捕らえられるつもりでいるのだろうか。相手が数の差に胡座をかいているのは、昨日までの圧倒的に有利な状況によるものかもしれないが。
稜花が辿り着くまで、恐ろしいほどの仲間を失った。それがこうも活きているのは素直には喜べないが、だからこそ、無駄にはできない。
杜軍には油断してもらっているうちに、ケリをつけたい。
じりと、稜花たちも後退する。少しずつ、少しずつ前線を下げていく。いくら兵器や矢の攻撃がないとは言え、数の少ない稜花軍が太刀打ちするには限界がある。
「姫! これ以上持ちません! 退きましょう!」
歩兵の数がごく少なくなったところで、周囲から声がかかる。いくら王威と見えることが叶わずとも、策の成功を優先すべきなことくらい、稜花も分かっていた。
「……わかったわ」
苦々しい気持ちで、稜花は頷く。
最優先を間違えてはいけない。そう自分に言い聞かせながら。
「全軍、後退!」
稜花が声をかけた。戦場に銅鑼がこだまし、一斉に兵が退きはじめる。
「殿は私が! 急ぎなさい!」
周囲の騎馬を率いて、歩兵の後退の手助けをする。戦場を横切る形で、前線を攪乱させるのに勤める。
酷い降雨の中で、百の騎馬というのは驚異だ。その速度に敵の歩兵たちは視線がついて行かない。躊躇するように足を止め、その隙をみて自軍が退いていく。
泊雷や悠舜には手はずを伝えてある。中央で軍を分断し、右翼・左翼それぞれの方向へ合流していく。波が退くように、岐冬山へ続く道が僅かに開く。
「後退!」
騎馬兵にも号令をかけた。一斉に皆が歩兵の合間を抜けるように、岐冬山方向へ駆けていく。その殿に稜花と楊炎が続こうと、方向転換した時だった。
目が合った。
激しい雨の降る音。周囲の雑音が一瞬にして消える心地がする。
敵兵の頭をいくつも超えた先。鋭い視線が突き刺さるようにして飛んでくる。
稜花は弓引いた。
迷いなど、ない。奴にめがけて一直線。その早撃ち。視界の悪さをものともせず、奴はたたき落とす。
「……来たわね」
梓白を走らせる。止まっている暇など、ない。
「ようやく相まみえたか! 貴様ら!」
「王威!」
名を呼びかけながら、更に弓を射る。二度、三度と絶え間なく射るが、案の定奴は全てを払い落とした。
「小癪なっ」
狙いを定めるかのように、じろりと睨まれ、肩が震えた。
その眼光。
以前は全く分からなかった。王威の、恐ろしさが。
無鉄砲に向かって行けた過去の自分に驚く。
「……っ」
弓弾く。しかし、狙いが定まらぬ。ぐるりと旋回しつつ、岐冬山の方向へ。それでも王威に背を向けるわけに行かず、後方に差し迫る奴に向かって更に射た。
馬の足元を狙えど、胴を狙えど。この視界の悪さの中、奴は簡単にたたき落とす。
「弓など無意味だ、女っ!」
にまりと、浮かべる笑みが恐ろしい。
王威が前に出るだけで、杜軍は一気にわき上がり、奴の後ろに続いた。
中には、殺すな、捕らえよ! と王威に注する者も居るが、王威が聞くとも思えぬ。完全に命を狙われる形になり、稜花の額に、雨とも汗ともとれぬ液体が流れる。
鼓動が早くなり、手綱を取る手も震える。ぱたぱたと顔に当たる雨粒が痛くて、目を細める。
「姫!」
楊炎が、隣に寄り添うように駆けてくる。隣に並んだかと思うと、じいと稜花の目を見つめてきた。
何事かと見返すと、彼は鋭い眼光を戸惑うかのように、ふと緩めた。
「問題ない。いつもと、幾ばくも変わらない」
雨音。蹄の音。稜花を追う喧噪。それら全てを通り抜けるように、彼の冷静で、静かな声が耳に届く。
「……いつもの無茶ではありませんか」
軽口のつもりなのだろうか。
少しでも落ちつかせようと声をかけているのだとすれば、少し可笑しい。こういった気遣いが、彼に似合うはずが無いのだから。
「そうだったわね」
くつりと、笑った。
強ばった頬が僅かに緩み、肩の力も抜ける。
岐冬山へ真っ直ぐ進む。あまりの同盟軍の数の少なさに、本来ならば聡い者は気がつけるはず。この先に何かあることを。
ただ、この雨が――視界の悪さがその思考に至らせない。
後方を追う者たちも、少し前方の自軍の頭を追うしか無いような状態。指示体系もまともに働かない状況だろう。先頭集団さえ無事に誘導できたら、後ろはそれに付き従うしか無い。
――そして、王威。
奴が先頭を駆けてくることこそ、重要だ。奴ならば気がつくだろう。この先に何かあることくらい。
しかし、奴は躊躇しない。仲間の命を奪われようとも、自身に危機が訪れようとも。
奴は絶対強者であり、挑戦者。このような誘いこそ、嬉々としてついてくるのだろう。――いや、純粋に、稜花や楊炎と殺りあいたいだけかもしれないが。
稜花隊の騎兵が、岐冬山の麓から東の山道と中央の馬よけの方向へさらに分かれていく。稜花も迷わず中央へ進んだ。
昨日までびっちりと張り巡らされていたはずの馬よけの柵が、一部抜き取られ、迷路の様相になっている。激しい雨に打たれ、むき出しの地面は泥だらけ。梓白もそのぬかるみに脚をとられそうになり、よろける。
「梓白……お願いっ」
稜花は彼女の背を撫でた。
昨夜、この道を何度も試走した。しかし一晩雨に打たれた道は、さらに劣悪な環境になっている。土を含んだ泥水がおびただしい量で流れ、足元の確認もままならない。
後ろを振り返ると、王威の跨がる夜徒ですら苦戦しているようだ。
王威がぐらりと体勢を崩す。そこを逃さない稜花ではない。振り返って弓を射る。東西の林に潜んでいる弓兵隊も一気に矢を射った。
「そういうことか……!」
あえて岐冬山に敵兵を呼び込んだ意味。面白い、と王威はぐいと口の端を上げる。
王威以外の敵兵は戸惑っているようだ。しかし、ここは岐冬山。いくら策を用意していたとしても、同盟軍の本陣は目と鼻の先。同盟軍が出た賭。これを乗り越えさえすれば、杜軍の勝利は目前。少なからずそう考えた者も居るのだろう。
「歩兵だ! 歩兵を出せ!」
「敵の数は多くない! 蹂躙せよ!」
麓の方から声が聞こえて、稜花は言葉を呑み込んだ。
――来た……!
王威へ向かって弓射る手は緩めない。しかし稜花が見ているのはその後方。
聞こえてくる音が変わる。雨の音に紛れる、泥をかき分けるかのような振動。騎兵による高い音から、地響きを呼び起こすような鈍い音が迫ってくるのが分かる。歩兵が、上がってきた。
「姫!」
「ええ!」
楊炎に声をかけられる。王威たちから更に距離をとる。馬よけによる迷路のような地形。視界の悪いこの状況で、簡単に抜けられるわけがない。稜花がたどった道のりは見えているはずだが、それでも、この雨の中、それをしっかりと読み取れる者は早々いないだろう。皆、自分の足場を確認するのに必死なようだから。
ただ一人、王威を除いては。
いくら王威の夜徒と言えども、彼の背ほどの馬よけをこの悪路の中飛び越えることなど出来ない。ただ、稜花のたどった道を追うだけだ。この状況で、稜花の放つ矢は鬱陶しいだろう。
王威の睨み付ける眼光が鋭くなる。
その目が、ここに降りてこいと訴えている。小癪な真似をせず、正面から戦えと――。
「女! 怖じ気ついたか!」
「……貴方にじゃないわ! 貴方との勝負は受けるわよ! でもね!」
弓を射る。
「杜軍に囲まれた状況で勝負を受けるほど、私も馬鹿じゃない!」
稜花は確実に狙われていた。そんな中、王威と正面から向き合ったところで、邪魔が入らないはずがない。むしろ、稜花を殺しかねない王威との決着がつく前に、稜花を捕縛することを考えるだろう。
「だから、王威! 追ってきなさい! 決着をつけましょう!」
稜花の言に一瞬怪訝な顔つきを見せたが、王威は笑った。なるほど、とその口が告げている。
その彼に射た矢で最後。稜花の手元の矢が尽きる。もう後は、諦めてただ逃げるのみだ。両手で手綱を握りしめ、稜花は更に山道を登っていく。
五感を集中させる。同時に、祈るような心地になった。
敵軍の歩兵は随分と岐冬山へ呼び込んだ。馬よけを乗り越え、山の中腹へと差し掛かるのにそう時間はかからないだろう。
――まだなの、高濫!?
咎めるかのように、心の中で叫ぶ。
雨にまみれた悪路。梓白ですら躊躇するような環境で、いつまで持つのか。
王威はすぐ後ろ。もはや、彼を策に巻き込むのは諦めざるを得ないかもしれない。
――早く!
口を開ける。こんなにも豪雨でありながら、喉が、口の中がカラカラに乾いている。
呼吸が苦しい。表情を歪ませて楊炎を見た。
僅かに前を走る楊炎も、険しい表情を見せている。足取りが悪く、思うように進めない。
跳ねる泥水が肌に当たる。雨は視界を乱し、体温を奪う。
依然、劣悪な環境。それでも、稜花は気がついた。更に異変が起こりつつあることを。
地面を流れる泥水の水量が増える。異様な色をしたそれらが地面を包みこみ、地面から唸るような音が聞こえる。
――来た……?
ざわりと、腹の底から震えが来る。
感じたことの無い恐怖。自然界がもたらす警戒音に、本能が悲鳴を上げる。
同時に思う。
――まずい。
高濫は言った。山の中腹まで逃げろと。そこまでは、策を施していない。確かにそう言った。
稜花は前を見渡す。
白の視界に塞がれてよく分からないが、この先、草木が深くなるのを稜花は知っている。――いや、違う。本来はこのあたりも木々が根を張っていたのだろう。それを掘り起こしたからこそ、この異常なほどのぬかるみ。
そういうことかと、悟る。
木々を切り倒して、馬よけを作ったわけでは無かったのか。
高濫は、わざわざ雨を想定して、木々を根ごと掘り起こさせていたのだ。
梓白の脚をとられる。
ごごごごご、という地面の底からの異常な音。早く越えねばならぬと、はやる心とは裏腹に、なかなか前には進まない。梓白も明らかな異常事態に平常心を失っているようだった。彼女の動物としての本能が、普段冷静な彼女の邪魔をする。
「梓白っ!」
稜花は叫んだ。
後ろの王威どころではない。今は、稜花自身が、この災いから逃げねばならぬ。
しかし、気だけがはやって、脚がからまわる。いや、違う。足元に明らかな異変が起こっているだけだ。
地面を蹴る力が全て吸収されるような感覚を味わう。
ずるりと、麓の方へ引っ張り下ろされるような。
「姫っ!」
楊炎が手を差し出す。稜花も手を伸ばすが、届くはずも無い。
ぬかるみに投げ出されて、稜花の全身を泥が覆い隠す。そのままずるりと引きずり込まれるように、うねりの中へ。
「――姫っ!」
「楊炎っ」
地面に投げ出された稜花の体が、真下にいた王威の手前まで滑り落ちる。夜徒に体をぶつける形になるが、どうにか夜徒の脚を手で掴んだ。
夜徒が抵抗するように脚を上げるが、この状況だ。王威を乗せたまま転倒するのがわかった。
「女っ、貴様……!」
とっさに、王威が稜花の腕を掴む。体の自由がきかぬこの状況下。王威に強い力で胸元へと引かれる。
何、と思う暇も無い。ただ、何かに掴まりたい。しがみつきたい。
その本能だけが働き、稜花も奴の腕を掴んだ。
「……姫!」
遠くで、楊炎の声が聞こえる。その悲痛な声に応えたくて、でも、ままならない。
稜花達を巻き込んだ土砂の波は、荒れ狂うように山肌に立つ兵たちを巻き込み、うねり、流れ落ちていく。
どうすることも出来ず、稜花は、彼女を掴む腕をに縋り付くことしか出来なかった。




