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稜戦姫の恋  作者: 三茶 久
第一章
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李家のお転婆姫(2)

 その日はちょっとした宴が催された。

 李永だけでない。李家の者が戦から帰ってきた時に、いつも行われる小さな酒宴。内輪だけの、本当に親しげな者のみの酒宴だ。

 李永を取り囲むようにして、その妻、子供達がずらりと並んでいる。なかでも、李永のそばを陣取っているのは、彼の長男である李公季(りこうき)。次男の李進。そして稜花だった。


「今回は楊基(ようき)とも肩を並べて戦ったが——なるほど、印象的な男だった」


 機嫌よさげに酒を飲み干して、李永が呟いた。楊基と言えば、隣領である(しょう)をとりまとめる男だ。戦の武勇譚にもよく登場する名前。当然、知らない稜花ではない。



「へぇ、どんな? やっぱり、強い?」

「お前は。強い男にしか興味を持たないのか」


 呆れ口調で李進が言うと、稜花は機嫌良さそうに笑った。


「しょうがないじゃない。私、自分より弱い人に興味は無いの」

「だったら、兄上は駄目ですね」

「……進、私の立場をなくすような事を、あっさり言ってくれるな」


 李公季。そう呼ばれた稜花の兄が声を上げる。

 兄弟の中でも少し年の離れた兄は、父と同じ銀色の髪を一つに束ね、同じ色の顎髭(あごひげ)を蓄えている。納得いかないのか、憮然とした面持ちで髭を何度も撫でていた。横で奥方もクスクスと声を上げて笑っているのが見える。


「まぁまぁ。良いではないか、公季。お前にはお前しかできないことがあるではないか」

「その通りです。俺は面倒なことはすべて兄上にお任せできると、安心しているのですよ」


 李永の言葉に李進は肩をすくめた。

 李公季。彼は誰もが認める、李家になくてはならない人物であった。李進が武芸に優れているように、李公季は政治を行う才能がある。


 今では李永が戦に出ている時、ほとんど彼が稜河の内政をとりはからっている。その為か、李家の中で最も官吏に信頼されているのは李公季であった。今や、彼の手腕は誰もが認めるところなのである。

 その為か、李公季は昼間は出仕している事が多かった。だから、稜花ほど武芸に励む時間がない。剣の腕前は、妹である稜花と五分——いや、今ではおそらく三、四分くらいだと考えて良いだろう。


「ちょっと、公季兄上をいじめちゃ駄目よ。私、公季兄上だったら別に、嫁いでも良いわよ?」

「何やら、含みのある言い方だな。稜花」


 くすくすくす。稜花はかばっている割に、ずいぶん楽しげに、悪戯たっぷりに話す。そんな稜花を横目に、李公季は複雑な表情を浮かべた。



「それで、親父殿。楊基はどうでした?」

「ああそうだな」


 李公季と少しばかり目を合わしてから李永は頷いて。それから一気に杯の酒を飲み干した。待っていたかのように、横から女官が酒をつぐ。


「噂通り、若いが、なかなか目に強い光を持った男だ」

「ふうん、どんな?」

「そうだな。まるで、大きな野望を持ったかのような」

「野望——」


 稜花は目を輝かせた。野望・野心のある真っ直ぐな男性は嫌いではない。


「楊基か。一度、見てみたいな」

「ああ。そうだな、彼はなかなか見るべきところがある男だ。彼だけでなく、彼の集めた臣下も皆、優秀な武将が揃っておった。よくもまあ、あれだけ集めたものだ」

「へえ」


 そんなにも楊基とか言う男が気に入ったのか。李永は楽しげに、彼の事を語った。

 今回の連合軍にて、彼らが従えている兵は多くはなかったらしいが、皆、強者ばかりだったようだ。そして少数だからこそ生きる働きをする。自分たちの倍以上の敵を目の前にしながら、迷うことなく突き進み、真っ直ぐ敵の大将を斬る。兵の無駄死には極力回避し、皆が一体化したごとく、見事な連携を繰り出す……などと、事細かく李永は話し続けた。


 稜花はその話を聞きながら、楊基という人物を想像してみる。野望が有り、少数兵でも疾風のごとく敵陣へ切り込む剛胆さも持つ男。嫌いではない。



「楊基はいい目をした男だった。昭の将来が、怖いな——」


 そう言って、李永は満足したかのように李永は再び酒を口にしている。肩を並べたのがよほど楽しかったのだろう。


「へぇ」


 稜花は感心するように声を上げた。それから、自分の兄弟達を見渡す。


「でも、私達兄弟だって、負けないわ」


 自信たっぷりに言う稜花を、李永も、李進も、李公季も同時に見た。そして、満足そうに頷く。


「確かに、わが子達は皆、仲がいいな」

「そうよ。それに、その楊基がすごいって言っても。私達三人だって負けないわ。ううん、三人居るんだもの。役割分担されてるだけ、私達の方が均衡がとれてるわ。……だって、戦う男でしょ?」


 そう言って、稜花は李進を指さした。李進は、俺? と問い直すかのように、自身を指さす。


「治める男でしょ?」


 次に稜花は李公季を指さした。それから最後に、自分を指さす。


「もちろん私も戦えるし!」


 まさに、自己満足とはこのことである。他の者の反応などお構いなしに、稜花は納得している。


「稜花お前。俺と兄上はわかる。戦と政治は切り離せない。しかし、お前の必要性は伝わってこなかったぞ」

「いーじゃない。一人くらい増えたって。戦力倍よ。倍!」

「何やら、こじつけのようだな……」

「公季兄上までっ。いいじゃない。何事も競争よ。どうせ昭とはぶつかるんだから。楊基とか言う男なんかに、負けてたまるもんですか! ねぇ、父上?」

「はっはっはっは!」


 稜花の言葉に、李永は嬉しそうに何度も頷いた。その横で、訝しげな顔をしつつ李進が頷く。どこか投げやりのような感じもしたが、そんな事は気にならなかった。


「まぁ。たしかに。そうだな」

「でしょう?」


 半ば強引に自分の意見を押しつけ、稜花は満足した。だから私も戦場に連れて行ってね、と付け足すのを忘れない。苦笑しつつも、李永は首を縦に振っていた。



「其方ももう十五だからな。考えておこう。——そういえば公季。今回、其方の部下に随分と世話になった。彼は優秀だな」

楊炎(ようえん)の事でしょうか?」

「そうだ。隻眼(せきがん)の彼だ。其方がなかなか手放さないのも頷ける。随分と強い男だった」


 なんだか強引に話題を変えられた気がしたが、強い、李永は確かにそう言った。話題の人物について稜花はまったく心当たりが無いが、強いと言われて黙っているはずもない。


「公季兄上にそんな部下がいるの? 今日は、宴には出てないの?」


 むくむくと興味がわき出し、稜花は周囲をきょろきょろしはじめた。隻眼のと言うからには眼帯でもしているのだろうか。しばし探してみたものの、そのような特徴のある男が居るようには見えない。

 稜花の様子に笑いを堪えきれず、李公季は吹き出した。まてまて、と、興奮する妹を諫める。


「楊炎は来てないぞ、稜花。今日は内々だからな。兵舎の方でも宴はやっているだろうが……」

「えー! 見に行っていい!?」

「落ち着け、稜花。彼奴はそんなに宴に出る性でもない。もともと私が裏で仕事を与えていた者だ。そんなに目立つ場には滅多に出ない」


 自身の知らない優秀な男が居たことに、稜花は驚きを隠せなかった。今すぐに会ってみたいが、そうもいかないらしい。公季の言葉に、稜花は肩を落とした。


「しかし公季よ、この時勢において、彼はそのうち表に出さざるを得なくなるぞ」

「わかっておりますよ、父上。ですから、今回楊基の参戦に伴い、彼を戦場に送ったのです。楊基についてもいろいろ報告が上がっておりますよ」

「ふむ、なるほど」


 李公季の返答に、満足するように李永は頷く。そしてもう一度、酒を口にした。


「いずれにせよ、お前たちがいれば、心強い」


 李永にもずいぶん、酒が回ってきたように思われた。この平和が一体いつまで続くのか。

 明日になれば、また忙しい毎日がやってくる。だから、今だけは家族とのんびりと過ごしたい。そう望んで、李永は外を見やった。

 稜河。ここを地盤として、自分の天下を広げたい。

 その望みは、この兄弟達がいれば難しくないような気さえした。

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