例えばそれは、ラリーのような
ヒュッ、なんて空気を切り裂くような音は出せなくて、パコッ、という間抜けな音が響く。
どうしてか、フレームに当たる羽に眉根を寄せた。
「下手くそだな」
呆れたように呟きながらも、的確に私が打ちやすい方に返してくれる彼は、多分優しい。
口は悪いけれど。
一時間目の体育は体が重くて気だるいが、そんなに動かなくていいはずのラケット種目。
まぁ、適当に打ち合うだけで終われるのは有難い。
それに自分よりも確実に上手い相手とやれば、的確に返してくれるから尚のことやりやすいのだ。
「お前、何でこんな下手くそなのに、バトミントン選んだんだよ」
スマッシュを打たずに、ひたすら一定のスピードでラリーを続ける私達。
喋る余裕もあるため、私はのんびりと口を開く。
「だって卓球、なくなってたんだもん」
「何お前、卓球好きなの?」
「好き、だよ」
パキョッ、と更に変な音を立ててフレームにぶつかる羽。
歪んだ軌道を直すように打ち返す彼は、やっぱり器用だと思う。
別にバトミントン部でもないくせに。
元々ラケット種目は、高校三年生体育の選択科目なのだ。
去年一昨年辺りまでは、確かにバトミントンと卓球が選択に存在していたのに、何故か今年はバトミントンとテニスが選択になっていた。
正直なところ運動が苦手な私が、あんな重いラケットを持って、コートの中を走り回ってボールを打つなんて、到底出来ないと思う。
だからテニスではなく、バトミントンを選んだのだ。
一応室内競技だし、本格的に冬が近付いているこの季節に、外で体育は鬼畜だ。
「ちまちました競技が好き。後は、一人でやってても浮かない競技」
山なりに落ちて来る羽を、バックバンドで打ち返す。
彼が小馬鹿にしたような口笛を吹いて、更に返してくるので、今度は強めに打ち返す。
ずっと落とさずにラリーを続けているせいで、試合形式なのに得点は覚えていないし、終わる気配を見せない。
ネットを挟みながら、他の人の声にかき消されないように、自分の声も羽と一緒に返す。
男女でやってるのは私達しかいなかった。
「あぁ、お前はそういうタイプだよな」
とん、と柔らかく羽を返すせいで私の体は前へ。
強めに床を踏み付けて、持ち上げるように返せば、すかさず今度は後ろの方へ打ち返す彼。
その顔には意地の悪い笑み。
完全に馬鹿にしているし、遊んでいる。
小さく舌打ちをして打ち返せば、彼はチラリと別のコートを見て、打ち返して来た。
どこを見ている、なんて聞かなくても分かる。
彼が言ったそういうタイプとは、つまりはこういうタイプなのだ。
だから体育って嫌い、集団って嫌い、ペアって嫌い。
彼の顔から笑みが消えていて、胃の辺りがふつふつと何か沸き立つような感覚を覚える。
同じ方向に視線を向ければ、楽しそうに打ち合う女の子二人。
奇数は割り切れないから、好きじゃない。
「何で卓球、なくなったんだろ」
「室内競技が二つとかバランス悪かったんじゃねぇの?」
つまらなさそうに答える彼に、そういうもんかね、と言えば、そういうもんだろ、と返ってくる。
彼との会話は楽だ。
彼の打ち返す羽のように、的確に正確に求めた答えが返って来たり、私の心情を読んでいるから。
こうして無駄に気を張ることも、気構えることもなく話せているせいで、心情を読まれようがどうでも良くなってくる。
誰かとペアを組んだり、チームを組んだりする運動が苦手な私に合わせて、やりやすいようにしてくれる彼は、口は悪くとも根っこの部分が優しいのだ。
彼はそういう人間だ。
私とは違って器用なのだろう。
相手の顔をよく見ていて、興味のない振りをしながらもきちんと話を聞いている。
彼はそういう奴だ。
だから相手の手元に綺麗に、羽を――言葉を返せる。
私には、きっと、出来ない。
「羽、良く見ろよ」
「見てるよ」
「打ち返そうとするんじゃなくて、落下地点にラケットを持って置いて弾くだけでいいから」
ほら、と彼が私が動かなくていい位置に、羽を打ち、私は彼の言葉通りに動く。
山なりに優しく落ちて来る羽を、じっと見つめて、落下地点にラケットを持っていけば、ガットに羽がぶつかって、ネットを挟んだコートに返って行った。
「何にしろ、無理して打ちに行ったりしなくていいんだっつの。もっと良く見てれば、見えなかったこともあるんだろうよ」
ニィッ、と彼の唇が弧を描く。
あ、なんて間抜けな声を出しても遅い。
軽く彼が飛んで、腕と足の位置をスイングさせて捻るような力を加え、羽を打ち返す。
スマッシュ――単語が出た時には、私の真横に羽根が勢い良く落ちて来て、授業終了のチャイムが鳴った。




