天使崩壊
いつの間にか、俺はベッドの上で寝ていた。
どうやら、今までのいきさつから考えると、俺は風の球に当たって吹き飛んで気絶した後ここに運ばれたようだ。風邪を引かないためにか、丁寧に毛布までかけられている。
「クレア? 彼が目覚めたら謝るのよ?」
「そんなに強く撃ったつもりは無いんだけど……」
「全く、クレアの風の攻撃は簡単に人を殺せるんだからね!?」
ニコラとクレアがここにいるということは、彼女達が俺をここに運んでくれたようだ。
そしてここはどうやら誰かの寝室のようだ。ベッドが二つあり、大きな鏡もある。
「ここは、貴様らの寝室か?」
俺はとりあえず確認を取ってみる。
「あ、起きたんだね。良かった…… けっこう長い間目を覚まさなかったから心配したんだよ?」
「ここは私達の共同寝室よ。そして今すぐ私のベッドから立ち退きなさい!」
クレアはそう叫ぶと、強引に俺の腕を掴みベッドから引きずり下ろす。
俺が全裸にも関わらずにだ。
「く、クレア!」
俺の裸を見てニコラは真っ赤になるが、クレアはそれよりも自分のベッドに俺が全裸で寝ていることの方が嫌なようだ。
「全く汚らわしい。後でシーツ選択しなくちゃ」
「何を言う。悪魔の裸は清潔であり神聖なものなのだ」
俺の言葉を無視し、クレアは洗濯籠の中に自分の布団のシーツを放り投げた。そんなに俺に寝られたのが嫌なら何でここに寝かせたんだよと真っ向から言いたい。
そんな俺の裸を見るに耐えないのか、二コラはクローゼットを開いて俺に尋ねた。
「ね、ねえ? ここに色々服があるから、良かったら着てくれると嬉しいな?」
「な、俺に女の服を着せるつもりか!? フフフ、俺に女装させるつもりだか知らないが、悪魔の王ルシファーであるこの俺にはそんな趣味は無い!」
「でも今のままで外に出たらまずいと思うよ? その点女装ならまだ変な趣味してるな程度で済むと思うし、顔立ちも整っているからそんなに違和感はないんじゃないかな……」
顔立ちが整っているだと!? お世辞なのか、それとも本当なのか!?
「正直に言うと普通よたぶん」
余計な一言を言いやがったな銀髪魔女クレア! 俺の希望を瓦解させやがって!
「ま、まあこのまま全裸でいるのが耐えられるほど俺は露出狂な趣味は持ち合わせてはいない。貴様らの好意に甘え、女装をしてやろうじゃないか!」
「じゃあこれに着替えて欲しいな。サイズは小さいかも知れないけど……」
二コラはクローゼットからパーカーとスカートを取り出し俺に渡す。
しかし彼女はどちらかというと少し小柄であり、とても171cmの俺にその服が着れるとは思えない。
「ニコラ、身長は何cmだ?」
「157cmだよ。 服もそれくらいのサイズだと思う」
結論は出た。着れるはずがない。
「おいクレア、さっき俺を吹き飛ばした罰を与えてやる。俺に服を貸せ。二コラよりも身長の高い貴様の服なら何とか着れるかも知れん」
「……分かったわよ。さっきのことは悪いとは思ってるから服ぐらいなら貸してあげるわ。その代わり洗って返しなさい。それと、一応さっきのことは謝っておくわ。ごめんなさい」
「俺も悪かったよ。まあとりあえず服を貸してくれ」
クレアは自分のベッドの下から一着の服を取り出す。ベッドの下とかエロ本かよと思わずツッコミたくなった。
「はい、頑張れば着れるかもね」
「……何すかこれ?」
クレアが俺に渡したのは、何とミニスカメイド服であった。
お前が着ろ! パーカー&スカートなんて着てないでこれ着ろ!
「見ての通りよ。ご奉仕服じゃない」
異世界と現実世界の文化の違いが原因なのかは知らないが、この服はメイド服とは呼ばないらしい。
「ま、まあいい。心優しい俺はメイド服を快く着てやろう。この屈辱は決して忘れねえけどな……」
俺は不満たっぷりながらも、着替えを始めた。
サイズの壁を乗り越えて何とかメイド服を着ることができたが、やっぱりきついものはきつく、俺は今すぐこれを脱ぎたい衝動を何とか押さえつけながら二人に向かって高笑いした。
「フハハハハ! どうだこの悪魔であるこの俺の実力を思い知ったか!? サイズが小さいにも関わらず何とか着ることに成功したぞ!」
「案外似合ってるわ。女装の才能があるのかもね。髪も男にしては長めだし」
クレアはなぜか感心している様子だ。うん。嬉しくなんかないんだからねっ!
そして、いつの間にか二コラが俺の背中に抱きついてきた。
「可愛い! ウサギのぬいぐるみ張りの可愛さだよっ!」
「ま、待てどうした!? まさか俺の魅力に狂わされたか!?」
俺は二コラのあまりにもの変貌振りについ混乱しそうになった。
だって後ろでさっきまで俺が天使と仰いでいた美少女が俺に抱きついてハアハア言っているのだから、俺でなくたって動揺するだろう。
「来たわね、二コラの隠されたモードが」
「隠されたモード?」
「ニコラはご奉仕服を着ている人を見ると我を忘れて抱きつく悪癖があるのよ。これさえなければ、彼女は完璧美少女なのにね」
「確かにその通りだ。天使の評価を考え直さねばならないほどの出来事だったからな」
はあ、どっかで見たことあるような設定がここで出てくるとは…… 抱きつかれるのはいいんだが一向に離してくれそうに無い。
俺は顔をくっつけながら抱きついている彼女をちらっと見てクレアに頼む。
「なあ、こいつどうにかしてくれよ。嬉しいけど邪魔で仕方がない」
俺の頼みに、クレアは呆れたような目で二コラを見ながら首を縦に振る。
「そうね。じゃあギルドに行って、売店で服でも買いましょうか」