異世界へ到着した悪魔王
「無能力か。イコール外れって訳だな…… 面白い! この悪魔王である俺に対する挑戦と受け取った!」
そんなことを口走るものの、俺は心の中でガクガク震えていた。
理由は簡単だ。無能力が怖いからである。
せっかく能力を得られるのに無能力は絶対勘弁だ。
どうせなら悪魔らしく闇の力とか地獄の炎とかを使いたいものだ。
そんな俺にはお構い無しに、中年はルーレットに手をかける。
「待て!」
俺は中年の腕を思いっきり掴む。
「どうした? まさか怖気づいたか?」
「あ、悪魔王であるこの俺が怖気づくなんてそんなことはない! ただ、自分の能力は自分自身で決めさせて欲しいんだ」
「てことは、ルーレットは手前が回すってことか?」
中年の問いに、俺はこくんと頷いた。
「まあ別に構わねえ、好きにやれや」
「感謝してやる」
俺はそう返すと、震える手でルーレットに手をかけた。
「恐れるな…… 俺は悪魔の王ルシファー、神によって天界を追放された屈辱に比べれば、この程度の試練など恐れるに足らない」
ネットで調べた知識を使い、俺は必死に自分を落ち着かせようとする。
しかし、そう簡単に自分の心をコントロールできたら苦労はしない。
心臓はドクンドクンと鳴り響き、俺の不安はどんどん悪化する。
そんな俺を見かねたのか、中年は俺の背中をバシッと叩いた。
「何をする!?」
「いや、何でも」
「ったく……」
中年の行動の意図が読み取れず、俺は再びルーレットに手をかけた。
不思議と、先程よりも不安は和らいでいた。
そして、俺は勢いよくルーレットを回した。
まるでヘリコプターのプロペラのように、ルーレットは高速で回っていた。
それを見て、再び俺の心の内に不安が蘇る。
和らいでいたはずの不安が復活し、それはどんどん大きくなっていった。
しかし、そこには一抹の希望もあった。
能力を得られるという希望。
今は希望を信じよう。
確率は希望の方が高い。
俺がそう心の中で唱える中、徐々にルーレットの速度は緩んでいく。
数秒後、ルーレットはその動きを止めた。
「あーあ、外れたな」
少し残念そうに中年は呟いた。
ルーレットの針が指していた色は白。つまり無能力であった。
しかし、さっきの不安はどこに行ったのか、俺は不思議なくらいいつも通りであった。
なぜか落胆はしていなかった。
残念でないといえば嘘になる。
だが、俺は今新たな希望に満ち溢れていた。
「無能力ってことは、今思うと相当なリスクだ。だがしかーし、俺の悪魔の身体能力があればそんなことは簡単に乗り越えられる!」
「てっきり落ち込むかと思ったら、驚くほど切り替え早いな。希望的観測という才能を持った能力者なのか? それとも感情を隠しているのか?」
「希望的観測だ? それがあるならあんなにビビッて無かったさ」
俺は即座に中年の言葉を否定した。
しかし、感情を隠せるほど俺は器用でもない。
俺はただ単に、中年の言葉に含まれていた通り、切り替えが早いだけだ。
後悔なんて絶対にしない。
人間ならよっぽどの奴じゃないと難しい行いだろう。
だが、俺には容易だ。
なぜなら、俺は悪魔の王ルシファーであり、人間などとは思考回路が根本的に違うからだ。
「ま、理由なんざ聞く気はねえよ」
中年はそうは言ったものの、少し腑に落ちない様子であった。
何となくじれったかったので、俺はせかすように中年に尋ねた。
「まだ異世界に行けないのか?」
「いや、手順は済んだ。後は手前がここに入るだけだ」
いつの間にか、中年の近くに次元の穴らしき紫色の空間が広がっていた。
それはまるで漫画やアニメで見たような感じであった。
「ここに入るのか……?」
「ああ、この次元の狭間に向かって飛び降りれば異世界に行ける」
「そっか……」
近づくと勝手に吸い込まれるという俺の予想とは異なり、飛び降りないと異世界にはいけないようだ。
俺は次元の狭間に近づくと、覚悟を決めて勢いよくダイブした。
辺り一面紫色の空間。
その中を、俺はものすごい速さで落ちて行った。
異世界なんて嘘だったのかという考えすら頭に浮かばなかった。
あったのは、俺の絶叫のみ。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
気が付くと、俺は夜空を見上げていた。
さっきのような紫の空間ではなく、たくさんの星がきらめく夜空だった。
そして、体が少々熱い。
よく見ると、俺はなぜか露天風呂に入っていた。
しかも、全裸で。
「待て、なぜ俺は何の変哲のない露天風呂に全裸でいる!? もしかして異世界に行くことに失敗したか!? それともここが異世界なのか!?」
辺りを見回すものの、現実世界と何の代わりもない。
露天はいかにも和風そのものといった感じだし、わざわざヒノキの人一人入れるくらいの小さな風呂までセットだ。
直後、俺は重大な出来事に気付いた。
ヒノキ風呂に、肩まで伸ばしたサラサラのプラチナブロンドの髪をした天使のような美少女が入っていたのである。