プロローグ
都心から30分。
羽森町は小さなベッドタウンだ。
深夜の12時を回れば出歩くのは野良猫くらい。
ポツポツとある街灯が青白く道を照らすばかりで、健全な睡眠に街は静まり返っていた。
ただ思い出したように、うっすらと肌寒い10月の風が落ち葉をかさかさと触る。
どこにでもある、普通の街。
その洋館は街のはずれにのっそり建っている。
大きく古いその建物は少し小高くなった丘の上にあり、そこから町を一望できた。
趣ある、と言うにはいささか手入れが足りないように見える洋館は町の子どもたちからは恐れられていた。
見上げるほど大きな鉄製の門扉は、風が通ればギイギイとゾッとする悲鳴をあげ、ぼろぼろの煉瓦作りの壁を蔦の類いが不気味に這うさまは『いかにも』すぎるくらいだ。
こういった洋館のセオリーとでも言うべきか、【オバケ屋敷】の愛称で親しまれている。
「オバケだと?」
私は嘆息して頭を振った。
嘆かわしきかな。
自動車が走り飛行機は空を行き地上デジタル放送まで始まったこの現代にオバケなど!
「オバケ風情が屋敷を持てるわけなかろう」
そろそろ食事時だ。
窓を開くと夜風が心地よい。
ビロードのマントがひらめいて深紅の裏地を見せる様に、私は思わず舌舐めずりした。
夜の闇は私の姿を包み込んでくれるだろう。
ランチは落ち着いて静かに食べたい。
洋館の三階、窓から身を踊らせた人影を見る者はいない。
暗闇の中、大きな蝙蝠が一匹飛んで行く。
エサを求めて。