記憶。
シリアス?
「逃げなさいっ」
私はそう言われても尚そこを動く事が出来なかった。恐怖で足がすくんでいたのもあったのだが・・・・それだけではなかった。
その人を置いて行きたくなかったのだ。此処で別れればもう二度と会えない予感がした。
だから、動きたくなかった。
「あなたはあなたらしく生きて行きなさい。強く。美しく。」
彼女は言った。私に紅の手を伸ばしながら・・・・・・
そっと頬に触れた手は震えていた。何故震えているのか分からなった。
貴方が恐怖しているのなら私が拭い去ってあげる。私が守ってあげる。私には『力』があるのだから。
そう思い、彼女の手をきつく握った。
すると、彼女は少し目を見開き次いで嬉しそうに・・・・愛しそうに目を潤ませながら微笑んだ。
「ありがとう。心配してくれてるのね、でも私は大丈夫よ。必ず後を追いかけるから・・・・・・・だから・・・・・先に行ってて頂戴。」
微笑む彼女をじっと見つめる。何故か視界が歪んでいる。何故だろう?私は彼女の手を離すまいと力の限り握った。「私は行かない」という意味も込めて。
「あら・・・・私の事が信じられない?私が貴方に嘘ついた事があるかしら?」
彼女は悪戯をしかけた子供のように笑った。私を見つめるその紅の瞳には強い意志が宿っていてとても美しい。私は静かに頭を横に振った。
「でしょ?だから先に行って。後で会いましょう。」
彼女は優しく私を包み込んだ。私が彼女にこたえるように背に手を伸ばせば彼女は腕の力を強めた。
暫くして私を離すと彼女の紅に染まった手が私の目元をかすめた。すると、歪んでいた視界が少しクリアになった。
「さぁ、もう行きなさい。」
私は、背を押されそのままの勢いで駆け出した。折角クリアになった視界がまた歪み始める。私が駆け出す瞬間に聞こえた言葉が頭から離れず私の中はただ、ただ、悔しさと悲しみと怒りで溢れていた。
とても小さな呟きだった。それでも、確かに聞こえた・・・・・・『愛してる』の一言にただ、ただ力の限り走っている私は小さく答えた。
「私もだよ・・・・・・・」
私の頬を暖かくて冷たいものがつたう。彼女はこの日最初で最後の嘘を吐いた。
それは、優しくも残酷な嘘。愛に溢れていたけれど私に大きな傷を残した嘘。
私は悔しくてたまらない。私には『力』があるはずなのにっ!!どうして!?何故救えないっ!!?
私は思い出す・・・・・・・
あぁ、そうか。この時の私には彼女を救うだけの力は無かった。
ただ、弱いだけの小娘だった。
彼女は私の元へと
戻る事はなかった・・・・・・・・。




