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1-3 狼の策略

今作はフィクションです。

今作の舞台は架空のものであり、実在の人物、団体、その他固有名称で特定される全てのものとは、一切関係ありません。

 都市へ戻った俺と女性二名は、都市中心の時計塔――それが備えられた小麦色を基調とした廃高校、義勇夢解析兵団の本部へと訪れ、二人は義勇夢解析兵団の人間に『事情聴取』されるため別室に移動した。

 校舎内部はほとんど空っぽの状態で、俺が呼び出されやってきた保健室もベッドの一つすらなく、ただ真っ白な部屋にぽつねんと椅子が鎮座するだけだ。そこは既に一人の男性が腰を下ろしているから定員オーバー、ということで俺は手近な壁に背中を預け腕を組み、ジロリと横目で椅子に座る男を見やる。

「で、あの二人の尋問は終わったのか?」

 俺のと細部のデザインが違う赤のロングコートを着た二〇代前半の優男、義勇夢解析兵団の団長であるウルフは独特の薄ら笑いを浮かべ、

「尋問なんて酷いですねえヒデオくん。私がそんなことをやるような人間に――」

「思うし見える」

 俺が憮然とした表情で即答すると、ウルフは作ったような困惑顔を浮かべ「私はそんな酷い人に見えるなんて心外ですねえ……」と漏らす。

「冗談はいいから本題に入れよ。俺もそう暇じゃないんだ」

「集会をサボっておいてよく言いますねえ、まあいいでしょう。私も暇というわけではありませんし」 

 足を組みその上に掌を重ね、ウルフは俺のほうへ視線を寄越してくる。

「結論から言いますと、彼女が人型の獏なのかは未だわかっておりません」

「だろうな」

 半ば予測していた返答だ。一〇分やそこらで真相が解明していれば獏の生態などとうに調査し終えている。

「義勇夢解析兵団の本部団長として情けない限りです」 

 顔を伏せ本当に言葉通りの感情が見える表情を作って見せるウルフ。いい加減三文芝居はやめてくれ、とつい口に出しそうになるが一応相手は年上なの自制しておく。

「善人市民から徴収する軍の犬である俺たちが、情けないも糞もないだろ」

 義勇夢解析兵団は義勇連合軍から生まれた派閥の一つである。

 当初の軍は勇士を募り夢都市に住まう人々の幸せを願う小さな兵団だったと聞く。しかしいつしか人数は膨れ上がり、当初の意志は忘れられ利己的な思惑が蔓延る軍となった。それと似通った軍は他の地域でも発生し、その軍らはある日集結し義勇連合軍と名を変え、今の『夢想者に幸せを』という偽りの旗を掲げる同床異夢も甚だしい軍が完成してしまったのだ。

 今の軍は徴集を始めとした不当な権利の主張が激しく、見事な嫌われ者と化している。しかしケロ硬貨の発行権限も完全に軍の一存となり権力は増すばかり。義勇夢解析兵団はまだマシなほうだが、名乗って良い顔をされることは少ない。

「ま、本部が頑張らなきゃいつかこの派閥すらなくなりそうだしな」

 本部と言えば聞こえは良いが、支部なんて数十人程度(酷い場所では数人)で形成されていて、数ある派閥の中でも義勇夢解析兵団は解散の危機に瀕しており、本部も薄汚い校舎を占拠して作戦会議やら何やらやっているのが現状だ。

 その活動方針はこの世界、インヴァギートに無数とも言えるほど存在する謎の解明。目下最優先で調査が進められているのは俺たちの天敵である獏の生態調査だ。

 どこから生まれるのか内蔵にはどんな器官があるのかいかに繁殖するのか……などなど、数え上げればキリがないその生態を調査し、少しでも夢想者の生存確率を高めるのが俺たち義勇夢解析兵団の役目だ。

 最近はとくに目ぼしい成果を上げていないため、ウルフ個人としてはここで人型獏の存在を証明または否定するという功績を示しておきたいところだろう。

「で、なんで情報は漏洩していたんだ」

「どうやら最初に気付いたストーカー男と関わりをもつ男性が、その話を聞いて彼女と一緒に逃げようとしたらしいですね。そして獏に襲われ喰われた、と」

 その光景は容易に想像できた。容易に想像できるほど、俺は獏が人を喰う瞬間をこの眼球に収めてきている。

「まあ頑張ってくれ。連行しただけで俺の任務は終わりだからな」

 胡散臭い奴と話す趣味のない俺は、早々に話し合いに決着をつけ退室しようとすると、「まあ待ってください」とウルフのどことなく人を小馬鹿にした声が俺を制止した。

「なんだ? お前に言いたい文句はあっても、聞きたい話はそうなんいだが」

 俺がつっけんどっけんに言うと、ウルフは笑顔で頷き、

「文句とやらを聞いてもいいですよ」

「制服を変えろ」

 即答すると、ウルフの笑顔が硬直した。

 特徴的なデザインのロングコート。なぜか義勇夢解析兵団の制服として指定されているが、俺はあまり良く思っていない。軽防具としての耐久性は申し分ないとは言え、この裾の長さは完全に無駄の部類だ。ロングコートじゃなくてジャケットで充分じゃないかと。もしこの裾の部分を獏に掴まれたらどうするんだ。

「ぼ、防寒性に優れているでしょう……」

 硬直した笑顔のまま、ウルフがそう絞り出す。

「いやインヴァギートじゃ四季なんてないし。確かにいつも肌寒い感覚があるからコートの意味はあるが、ジャケットでも充分だろ」

「いえいえ。防寒性を舐めてはいけません。万が一にも寒さで指の動きが鈍り剣を振るう動作が一秒でも遅れれば生死に関わります。それに義勇夢解析兵団は他の皆に安堵を与える役割があり、強者はそれなりの強者たる格好をし弱者へ安堵を与えねばならないのです。ロングコートはジャケットと違い、その裾の長さで強者の威圧感を放っています。そもそもロングコートの歴史を遡ること……」

「要するに?」

 ウルフの熱弁を遮って俺が問い掛けると、ウルフはニッコリ微笑み、

「格好良いからいいじゃないですか」

 結局デザイン重視かよ……。

 こいつが団長を務めている限り、この制服が変更されることはないだろう。

 まあ性能面で文句があるわけではないので別に構わないのだが……。しかし一体こいつのロングコートに対する情熱はどこから湧いてくるんだ。

「ところで任務の話しがしたいのですが」

 不意に茶化した雰囲気を霧散させ、ウルフは言ってきた。

 俺はウルフの切れ長な双眸を見据え返し、自分でも驚くほどの低い声で問うた。

「それは獏に関することだろうな」

 ウルフはニッコリと微笑み首肯する。

「もちろん。引き受けてもらえますね」

「……因みに内容は」

「守秘義務というのがありますからねえ。任務を引き受ける人にのみ教えるような極秘任務、と言えば少しは伝わりますか?」

「……」

 俺は獏に関する任務は遮二無二引き受けることにしている。だがそれを利用して無理を強いられ『もうこいつの口車には乗らないぞ』と決意したことは何度もあった。

 こいつの笑顔は信用しちゃいけない。悪名高い詐欺師の笑顔ぐらいに、お母さんが笑顔でお年玉は貯金しといてあげると言ってくるぐらいに、信用してはいけない。

「あの……なんか私に対しずいぶんと酷いこと考えてません?」

「貯金貯金言って、どうせ返すつもりはないんだろ俺のお年玉……」

「何の話ですか!?」

 俺はしばらく顎に手をやり考え耽る。だがいくら思考を巡らしたところで、所詮俺は獏と戦うことしか能がない男だ。答えは一つしかない。

「わかった。やろう」

「さすが『無剣の剣師』。任務の内容ですが……」

 言いかけたところで控えめなノックが響く。ニヤリと怪しげな微笑を浮かべたウルフが「どうぞ」と声をかけると、保健室の引き戸が開かれた。

「失礼します」

「丁度良いタイミングですね」

 入室してきたのはあの人型獏疑惑の少女。彼女は俺を見るや否や顔を強張らせ、ウルフへと視線を移す。

「あの、これはどういう……?」

「いやあ彼が引き受けてくれたところなんですよ。ホントにタイミングが良い」

 嫌な予感が「きたよ!」と声を張り上げながら俺に向かい手を振りながら走ってくる。まさかこいつ……。

「今日からヒデオくんとミカさんは一蓮托生のパートナー同士ということで」

「「ちょっと待て!」」

 俺と人型獏疑惑の少女――名前をミカというらしい――が同時にウルフへ詰め寄る。

「どういうことよあんた! 胡散臭い顔と声してるなーと思ったらやっぱり胡散臭いことしてたのね外道! あまりに人を騙しそうな感じだからむしろ人を騙さないのかと思っちゃったじゃない詐欺師!」

「また騙したなウルフ! お前はいっつもいっつもニヤニヤ笑いしやがって、そんなんだから道を訊ねた瞬間にナンパだと誤解されるんだ顔面公共わいせつ罪!」

 が――――っとまくし立てる俺たちに、ウルフは「まあまあ」と軽く身を引きながら宥めるように言う。

「ヒデオくんは獏に関することなら何でも、ミカさんは自分が獏じゃないと証明できれば何でもいい。そう言ったのは他でもないあなたたちですよ。あまり私を悪者扱いされても困りますねえ……私ナイーブですから。自室で布団にこもりながら泣くタイプですから」

 ウルフは肩を竦めながら、しれっと言い放つ。

「ともかく両者の意見を取り入れたのです。異論はありませんよね?」

 もう二度とこいつの笑顔は信用しない。

 そう幾度目かもわからぬ誓いを立て、俺は盛大に溜息を吐くしかなかった。


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