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裏切り勇者との対面

 星屑が浮かび、月明かりが降り注ぐ。薄靄のかかった城壁の上で、男は一振りの刀を担いで佇んでいた。

 辛うじて顔が見える、そんな距離にも、もう一人。彼女は長い髪を風に遊ばせ、眼下の町並みに視線を向ける。ぽつぽつと浮かぶ街灯と町人の持つ角灯(ランタン)の灯が、夜の城下に揺らめいた。


「お前、強くなったよなぁ」


 男は熱心に外を見る女に、感心した様な声を上げる。

 けれど女は手にした黒杖の先端を男へと向け、寒さに赤くなった頬を膨らませた。


「私より貴方の方が御強いでしょう。貴方の性格を考慮しますと、貶されている気分です」


 目の前に迫る黒杖にも微動だにしない男は、ケラケラと高笑いした後で言葉を続けた。


「こーいう時は素直に喜べよな。俺にしては珍しく? ちゃんと褒める意味で言ってんだぜ」


 女は疑わしげな眼差しを送るも、次の瞬間には顔をほころばせて答える。


「そうですね、珍し過ぎて雨が降るかもしれません」

「そこまで言うか? ひっでーの」


 黒杖を引っ込め女はまた城下に目線を戻し、肩を竦めた男は手慰みに刀を揺り動かす。

 欠け始めの丸い月を、暗い雲が覆い隠した。


「なぁ、本当に俺の方が強いと思うか」


 少しの沈黙を挟んで問われた弱気とも言える質問に、胡乱げな目で再び男を振り返るも其処には黒い影があるだけで。


「少なくとも、戦って勝てるとは思いませんわ」


 雲間に覗いた紅い瞳が奇妙な程に輝いていて。


「そっか、エリィはそう思うのか」


 エリザベータは胸に騒きを覚えてしまって。


「……ジオ?」


 ジオリスであるはずの影を、ただ、見つめた。




***




 粗末な寝具に包まれた中、小さな縦揺れに促されたエリザベータは浅い眠りから目を覚ます。四角く切り取られた景色は今も一定方向へと流れていた。

 今、エリザベータ達一行は、魔軍の襲撃に備えてシュルイドへと移動中である。

 先日見逃すと魔族が告げたシュルイドだったが、その場だけの話だったらしく襲撃場所として指定されてしまった。

 七日後、日没を合図にシュルイドを襲う事。司令として魔王の側近が二人出てくる事。勇者が魔軍の側で参戦する事。もたらされた内容は言葉にしてしまえば短いが、人間達にしてみれば酷く憂鬱で絶望感を煽られるものだった。

 通常、城からシュルイドまでは三日はかかる。最低で、三日。人数が多くなれば歩みが遅くなるのは仕方のない事だった。魔王の側近――幹部の事だが、一人で一軍百名を軽くあしらう実力がある。二人の幹部を相手にするのに一・二軍で足りるはずも無い。魔物の相手もあるのだから尚更だった。そしてましてや勇者までもが出てくるのだからと近衛以外の全ての兵士の上に立つ大将軍を筆頭として、エリザベータと他二人の将軍が総勢五百名の兵士を連れてシュルイドの防衛へと出発した。予告のあった次の日の朝の話だ。

 今日で移動は五日目で、最初の一日を合わせて六日目。明日までには着く予定だが何とも厳しい行程である。

 ただ、町に着いてから襲撃まで半日の余裕は出来るはずなので、兵士達はそれまで休む事無く行軍を続けていた。

 今馬車の中で仮眠を取っているのは、エリザベータだけである。

 と、そこで、音が通るようにと硝子を抜かれた四角い窓に、壮年の大男が映り込んだ。


「目が覚めたか」


 横目に視線が合うと存外穏やかな声で言葉をかける。器用に馬を操って、進行方向を変える事無く彼はエリザベータを正視した。正面からみた顔は白色交じりの立派な髭を携えており、左目の上に傷まであって顔付きはとても恐ろしい。


「はい。有難う御座いました、大将軍閣下」


 それでも微笑を浮かべて居住まいを正すとエリザベータは頭を下げた。

 本当ならエリザベータもシュルイドに着くまでは馬を使い休む事はしないはずだったのだが、一つ懸念があったが為に大将軍に無理を言って休ませて貰ったのだ。

 兵士達には町に着いたら直ぐに結界を張らなければいけないから、という事にしてある。


「いや、構わない。しかし、杞憂であってくれればいいのだが」


 大将軍には勿論、本当の理由を伝えてあった。


「私もそう思っておりますわ」


 可能性としては、七割くらいかとエリザベータは考える。ジオリスが完全に魔軍に下っているというなら寧ろしなくて良い心配だったのだが、“魔軍の側”という表現は彼女を少し不安にさせた。自ら彼の相手を買って出た身である。出来うる限りの対策を練っておくのが義務だろうと、エリザベータは毛布を畳んだ。


「ところで随分夜が深まった様に御見受けしますが、そろそろ町に到着する頃合でしょうか」


 大将軍の後ろには闇に呑まれた森がある。十二時を回り、いつの間にか予告の当日となっていた。


「ああ、夜明け前にも町へ着ける事だろう」

「では私も外へ出」

「エリザベータ将軍」


 口を開いた直後に言葉を遮られ彼女は小首を傾げて返事をする。


「はい」


 大将軍はこれから戦地へ向かう事等少しも感じさせない優しげな表情でエリザベータに囁いた。


「貴女は力を温存するべきだ。我等に任せ眠らないまでも暫し休めばよろしい。何、貴女が馬車で休もうが休むまいが馬車(これ)は持って行かなくてはならないのだから、スピードが上がる訳でもあるまいし無理に馬車を降りる事はない」

「ですが皆は歩いているのですから私だけこの様な扱い、腹も立ちましょう。志気に関われば事ですわ。休ませて頂ける様言い出したのは私ですが、元々大した所以の無き事ですし」


 眉をハの字にして微苦笑で答えるエリザベータに大将軍は言葉を重ねる。


「私は貴女の気掛かりが恐らく当たるだろうと考えている。ならギリギリまで休むべきだ。それに軍属の兵士達はそんな事を不満には思わない、あいつ等を守る為だろう? 命令だ、休め」


 エリザベータは口を開き、閉じた。

 目蓋を下ろし、小さく呟く。


「御言葉に甘えます。大将軍閣下、有難う御座います」


 大将軍はにんまりと笑い、進行方向へと視線を戻した。


「いや、構わない」


 言うと同時に馬鞭を振るい視界の外に消えていく。

 まさかこれを言う為にわざと足並みを緩めていたのだろうかと、エリザベータは脱力しながら身体を倒した。

 再び毛布を広げ馬車の天井を見詰めると、白い中に灰色の染みを一つ見つける。

 エリザベータは目を閉じて、揺れに身を任せた。




***




 朝日が地平線を焦がす間際、空が紫に染まる頃に一行は漸くシュルイドへと辿り着く。エリザベータもその時には流石に馬車を出ており、先頭集団に混じり静かに辺りを警戒していた。

 町を目前にして少しばかり気の緩んだ兵士達を、いつでも庇える様に馬からも降りて黒杖を握り締めている。

 通常、魔族の言葉に嘘は無い。

 そもそも会話する気が無い生き物なので、欺く程の位置に人間を置いていないのかもしれないが宣言した事は全て実行するのが彼等である。ルールも然り。

 だからこそ今まで予告の日時を違えた事は無く、今回の襲撃も間違いなく今日の日没に行われるだろう。それまでの間はゆっくりと町で休む事が出来る。

 しかしながら、である。

 魔族は嘘をつかないだろうが、()も嘘をつかないのだろうか。エリザベータの懸念は其処だ。自由を信条に国を裏切った男が、大人しく時間を守るとは思えない。

 そして其処を守らないなら、何時が一番襲撃を効果的にするのか。


「顕現せよ!」


 エリザベータは高らかに黒杖を掲げ予め準備していた呪文の最後のスペルを唱えた。


「当たって欲しくない事ばかりが当たってしまいますね」


 彼女の展開した防御結界に弾かれた何かが白い閃光を放つ。

 どよめく兵士達を背に、エリザベータは眉根を寄せて目前の土煙を見た。

 薄らと映る人影に向け呟く。


「どの面提げていらっしゃったのか御聞かせ願いたいものですけれど」


 その間、他二人の将軍が前もっての打ち合わせ通り、兵士達を別方向へと誘導し始めた。青褪める者や眼を見開く者も居たが任務中なせいか、多くは存外冷静に従っている様だ。

 大将軍は側に残っているが取り敢えずは手出ししない約束である。何せ夕刻にはもう一戦控えているのだ。最初から最後まで彼の相手はエリザベータ一人で担当したいところである。


「あっは、こっわいなーエリィってば。一応不意打ち狙ったのに防ぐしさぁ」


 風に流れていく煙幕から現れた男が、白い刀を担いで不敵に笑っていた。

 黒い杖を持つエリザベータと白い刀を持つ彼はよくセットで数えられたものである。


「やっぱ強くなった?」


 愉色を浮かべたかつての同僚が、裏切りなど知らぬ顔でエリザベータに話しかけた。

 衝撃に耐え切れず崩れ落ちる結界の残骸が、光を瞬かせはらはらと舞う。


「御自分で確かめたら宜しいのではないかしら、ジオリス・ミシェット」


 温度の無いエリザベータの微笑みも何処吹く風で。


「あれ、いつもみたいにジオって呼べよ。ロゼッタ将軍?」


 にまにまと表情を崩すジオリスを前に、エリザベータは目を眇め大きな溜息を零した。

 魔軍に寝返って尚悪びれぬこの男は怖いものも無いのだろうか。

 許されるなら今すぐ地面に突っ伏して、項垂れたいとエリザベータは半ば本気で思案していた。

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