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勇者の裏切り

「どういう事だ!」


 一人の大臣の叫びを皮切りに、室内は怒号に溢れ出す。


「そんな馬鹿な話が」

「以前より忠誠心に欠けて」

「所詮は庶民」

「あの地位を捨てるなど」

「とにかく事実確認を」


 誰彼と無く一斉に話し出すせいで、伝令の持ち帰った報告は一向に耳に届かない。衛兵はとうに構える腕から力を抜いて、数歩後ろで呆然としていた。もはや伝令を遮るものは何も無く、眉間に皺を寄せ力の限りで叫んでいる様子だが、酷使した彼の喉に一対二十は荷が重かった。


「あの方は、何を考えていらっしゃるのかしら」


 慌てふためくこの状況で、まかり間違ってもラクセルに被害があってはならない。

 エリザベータはこの場に居ない勇者へぼやくと、静かにラクセルの側へ移動した。

 文官である老宰相はともかくとして、さしもの近衛も今の事態には戸惑っているらしい。隊長を含め三人程には警戒されたがそれ以外には認識されたかも怪しいものである。


「騒きは囁きに、囁きは静寂へ、我が意を汲み取りて結びの四方を顕現せよ」


 けれど現在ラクセルの安全の確保が最優先で、その為には彼の周囲で物音が分からないのが致命的だった。取り敢えずはと、エリザベータはラクセルの周りに遮音の結界を張る。周囲の近衛も巻き込んだので、結界が完成した瞬間彼等にも緊張が戻り一石二鳥である。

 唯一人目を丸くしている宰相の向こう側、ラクセルがエリザベータに一瞥を送った。


「話が聞きたい。ロゼッタ将軍、彼等を静かにさせてくれ」

「畏まりまして。拡張せよ」


 そして今度は結界を、大臣達だけを弾いた状態に広げる。


「ですから魔族とっ……え、あ」


 自分の声以外が聞こえない静まり返った空間に、伝令は前のめりだった姿勢を戻し目を泳がせた。視界には未だ泡を散らしパクパクと口の開閉に忙しい大臣達、勿論声が聞こえる事は無い。

 突然の事態にうろたえた様子で更に視線を左右に揺らすと、玉座に頬杖をつくラクセルと落ち着き払ったエリザベータに目を奪われる。


「あ、姫術士が」


 聞かせるつもりは無かったであろう小さな呟きも、今この場ではまるで呼びかけてでもいるかの様に容易く響いた。眼を見開いて慌てて口を噤んだ男の努力にエリザベータは微笑みで答える。


「限定的に音を遮る結界を張らせて頂きました。陛下が貴方の報告を御望みです。どうぞ落ち着いて、先程の言葉の詳細を陳状なさい」


 その言葉で漸く事態を把握した宰相が一歩前に出る。エリザベータは彼に譲る形で同じ様に一歩下がった。


「勇者が寝返ったというのは真かね」


 何から話せばいいのかと躊躇いを見せた伝令に、宰相は促すが如く水を向ける。深呼吸を一つ、男は口火を切った。


「はい、勇者……ジオリス将軍が御自分で宣言されました」


 曰く。


「魔王軍で戦う方が面白そうだから俺抜けるわ、と」




***




 勇者というのは称号である。

 国唯一の王立学院。エリザベータも通ったかの場所で実技主席で卒業する事を最低条件とし、卒業後五年以内に将軍位にまで上り詰めた者だけがそう呼ばれた。

 五十年に一人出れば多い方である。入隊してから将軍にまで出世するには十五年は掛かるのが普通だ。

 純粋な武術だけでは軍を率いる事等許されはしない。

 兵法を知り、部下の動かし方を知り。命令する事に慣れ、求心力に優れていなければ難しい。

 また、軍内部を纏められる力量があったとしても、それ以外になめられる様では将軍職は勤まらない。

 勇者を目指すなら周りは年長者ばかりであるのも頭の痛い問題である。誰しも、若輩者に指図される事をよしとしないのは仕方のないことだ。


 畢竟、時折現れる勇者は貴族の位のある者だった。


 差別というよりは、必然というべきか。

 幼い頃より家庭教師に兵法を学び、使用人への命令は日常的。軍人として日が浅くとも、貴族としての顔が軽んじる事を許さない。

 勿論、貴族ならば誰でも将軍に、ひいては勇者になれる訳ではない。なれる訳ではないが有利なのは確かである。

 そんな中、約百年ぶりに現れた勇者は色々と規格外だった。

 名をジオリス・ミシェット、学院を卒業後僅か三年で将軍に任命された傑物である。

 まず、彼は孤児で学院に入るまで誰かに何かを学んだという事が無かった。入学したのも成績に応じて卒業後数年間、軍に入り過ごす事で在学中の衣食住を保障される奨学制度を耳にしたから、という至って即物的なものである。

 だが、彼はスポンジの様に物事の吸収が早かった。弓の使い方を教えた次の日には五十メートル先の的の中心に射当て、剣の持ち方を教えた一月後には卒業間近の先輩戦士を打ち倒す。

 机上の理論にだけは弱かったものの、一度戦場に出れば本能なのか的確な指示と動きを見せ周囲を魅了する。

 彼が実技主席で卒業した時、それを知る誰もが期待に胸を躍らせた。


「彼ならば歴史上初の貴族でない勇者になれる」


 果たして、彼は勇者となった。




***




「自分はジオリス将軍指揮の元、南方シュルイドの森へと魔族の討伐に向かっておりました」


 伝令は記憶を思い起こす様にゆっくりと、確かめる様にしっかりと話を始める。顔色の青さも少し和らぎ、冷静さを取り戻した様子だった。


「四日前の事ですな」

「はい」


 宰相の補足に落ち着いて頷く。


「シュルイドへと辿り着いたのは昨日です」


 その台詞に幾人かが表情を揺らすも、口を挟まず先を待つ。


「街には神殿の術士が交代で結界を張り難を逃れているとの事でしたので、我々は街で半日を準備に費やし森へと向かいました。この時ジオリス将軍に異変などは見られず、普段通りであったと記憶しています」


 言葉を切り、喉を鳴らす。


「森へ着くと事前の情報通り、若い男の姿をした魔族が立っていました。辺りに魔物の姿は無く、倒すなら今だとデニル副将軍がジオリス将軍に指示を仰いだところ……その」

「魔王軍で戦う方が面白そうだと仰られたのですね」


 言いよどんだ先をエリザベータが拾って続けた。


「その、はい。正直意味が分からなくて、ジオリス将軍はその言葉の後デニル副将軍に一太刀を浴びせあっさりと消えてしまいました。恥ずかしい事ですが呆然としていたら、魔族が“シュルイドは見逃してあげる、可哀想な兵隊さん”と一方的に告げ、気が付いたら城下町の直ぐ外に皆で立ち尽くしていて」


 男は下を向き、拳を握り締める。話している内に感情が高ぶった様だが此処は謁見の間、御前でこれ以上取り乱す事は許されない。

 ラクセルは頬杖を崩すと、膝の上で掌を合わせる。


「デニル副将軍の容態はどうなっている」


 伝令は顔を上げ、ラクセルを見た。


「同行した医術の心得のある者の話では、命に別状はないそうです。けれど、恐らくもう戦えはしないだろう、と。医務室へ向かうのを見届けぬまま報告に参りましたので確かな話では御座いませんが、腕が千切れる寸前でした。法術で癒しましてもその場合、神経は戻らないのだと聞いております」


 この中で一番の法術の使い手であるエリザベータは集まった視線に伏目がちにに頷く。

 ラクセルも遅れて一つ頷いた。


「理由に疑問は残るがジオリス将軍の離反は明らか。今より彼の将軍位を剥奪、反逆者として扱う。宰相には直ちに民への通達を命じる」

「お待ち下され、陛下。勇者が裏切った等民が混乱しましょうぞ、此処は暫し公表を控えられた方がよろしいかと」

「その勇者の口は誰が塞ぐ」


 ラクセルの言葉に渋面で進言した宰相を、彼は一言で切って捨てた。


「勇者や魔族に突然触れ回られるよりは混乱も少なかろう、良いな」

「は、浅慮を申しました。申し訳御座いませぬ」


 小さく首を振る。


「何せ初めての事態だ、これが最善とも限らん。意見があれば何でも申せ」

「御意に」


 宰相は深く頭を垂れた。

 ラクセルは再び、伝令を見下ろす。


「良く生きて帰った。上官二人が欠けたのだ、再編に時間も掛かろう。今はゆるりと休むが良い」


 ラクセルを見詰める眼に涙が浮かんだ。


「ご苦労だったな」


 雫が零れ、嗚咽が漏れる。


「有難き、お言葉! か、感謝いたします!」


 突如として尊敬する上司を失った男は泣く事を堪えきれず、勢いよく頭を下げ足早に室内から立ち去った。

 見送り、ラクセルはエリザベータに視線をやる。


「ロゼッタ将軍、結界を解け」

「畏まりまして。解除せよ」


 音が戻った謁見の間は、けれど静かなものだった。

 異常に気が付いた大臣達は途中で喋る事を止め、話の終わりを待っていたらしい。結界の効果で中の話が外に聞こえることも無かったので、彼等はラクセルの言葉を聞く為固唾を呑んでいる。

 ラクセルは何回目かの溜息を吐いた。


「勇者ジオリス将軍の離反を確認した。彼は副官であるデニル副将軍を再起不能に追い込み逃亡、よって将軍位を剥奪し反逆者として扱う。但し、魔王軍に寝返ったかどうかは確認が取れておらぬ故、理由に関しては不明とする」


 何処か投げやりにラクセルは頬杖をつく。


「何か、質問は?」


 あるだろうな、とエリザベータは天井を見上げた。

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