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お姫様を取り巻くもの

 人が体内に取り込むことの出来ないとある毒素を“魔”と呼ぶ。

 魔を身に宿す者には二種類あった。人語を解し人の姿を持つ魔族と、その魔族としか意思の疎通が出来ない獣姿の魔物。

 魔物は魔の影響で狂ってしまった動物で、頭が良い上に力が強い厄介な猛獣である。但しテリトリーにさえ入らなければ害はなく、特に人間を選んで襲う事もない。

 対して、魔族とは人に仇なす者である。

 彼等は人が使う神の力、法術に似て非なる魔法を使った。魔を源にした術だ。魔物を狂わせたこの力を、魔族は自在に操る。操り、人に悪意を向ける。

 滅多に魔の領域から出ない生物だが、その数少ない機会の中で出会った人間は意味もなく殺された。言葉は分かれどコミュニケーションを取る気がないためいつだって問答無用である。

 但しそれでも大きな被害が出ることは少ない、精々が十数人で村や町に姿を現す事もなかった。

 が、時折魔王と呼ばれる彼等の王が現れると話は変わる。彼は魔族の王で魔物の王だった。王の存在を引き金にして、魔族が魔物を率いての大戦が始まるのだ。

 子供の様に楽しげに、奇妙なルールを言い渡して。


 一つ、村や町を単位として、一度に攻めるのは一ヶ所だけである。

 一つ、リーダーが殺されたならその場所は二度と攻め込まない。

 一つ、魔王に一太刀浴びせた時点で魔族の敗北とする。


 果たしてやる気があるのかないのか分からない条文である。けれど長い歴史の中でこの三点に関しては、一度たりとも破られたことがない。

 襲撃を受けた村人が隣の村の敷地に一歩足を踏み入れた瞬間追手の魔物は身を翻し、滅ぼされた町の跡地にそれまでの三倍の一般人が移住しても見向きもしない。ボロボロの戦士を片手間にあしらう中、うっかり負ったのが爪の先程の小さな傷でも、魔王は敗けを宣言して自ら滅びた。

 魔を研究する学者は焦点の合わない眼差しで叫ぶ。


「これは魔王の遊戯である!」




***




 フィルディガンテ王国、謁見の間。魔族討伐より帰還したエリザベータは周囲を大臣達に囲まれながら、彼女の只一人の王にかしずいていた。

 足元に続く赤絨毯の先、五段の階段を挟み、泰然と輝く至高の玉座。金色の光に負けず構える、赤髪の美丈夫。豪奢な衣装が彼の浅黒い肌によく似合う。

 男は片手を上げて、立ち上がるように無言で促した。エリザベータが起立したのを見計らい、側に居た老人が口を開く。


「報告を」


 姿勢を正し壇上を仰いだ。


「ラクセル陛下」


 やはり無言で目を眇られ、エリザベータは言葉を紡ぐ。


「拝命致しました西の地の魔族討伐、引き連れていた魔物も含め共に完遂致しました。負傷者が十二名おりますが何れも軽傷に御座います。但し村人に関しては到着した時点で既に生き残りは居なかったものと思われます。遺体の損傷が激しく人数の特定は叶いませんでした」


 申し訳御座いません、と頭を下げるエリザベータにここでも国王ラクセルは無言で返す。

 大臣達が勝手に喋るわけにもいかず、謁見の間は暫し静寂に落とされた。けれど目は口程にものを言うもの、彼等は酷く冷めた目で彼女を見つめる。

 上手から、溜め息が一つ。


「よい。宰相、土地の始末と移住者の手配を」

「は、直ちに」


 ラクセルの物憂げな様子に視線の強さは増した。宰相に限っては憐れみの眼差しを感じさせたが、本来はそれも不敬である。彼は頭が良いのに、頭が悪い。


「御苦労だった、ロゼッタ将軍。報告書を出したらお前は暫し休むが良い」


 エリザベータが密かに頭痛を押さえていると、ラクセルより退出の許可が出る。

 エリザベータ・リステル・フィルディガンテ・ロゼッタ。愛しく憎い、彼女のフルネームだ。リステルは父の名で、フィルディガンテは国の名である。エリザベータと親しげに名前を呼ぶのを厭うたならば、残るは第一王女を意味するロゼッタだけ。

 呼ばれる度に非難されている気分になるのは恐らく被害妄想ではないだろう、と彼女はちらりと横を盗み見る。

 王位継承権の第一位が彼女にあった。それが始まりで、それが全てだ。

 向けられる敵意に今だ正解が分からない。


「将軍?」


 宰相の訝しげな声に意識が戻る。エリザベータは何事もなかった様ににっこりと微笑んだ。ローブの裾を摘まみ、淑女の礼で短く退室の挨拶をする。


「畏まりまして、御気遣い痛み入りますわ。それでは御前、失礼させて頂きます。ごきげ」


 けれど不自然に言葉を切ると、玉座に背を向け廊下と繋がる大きな扉をねめつけた。次いで護衛の騎士達が、ラクセルのそばを固める。室内は突如緊張に包まれて、何が起こるのかと全員が息を飲む。


「報告致します!」


 果たして現れたのは一人の伝令だった。開閉音が先か、台詞が先か。只息を切らし、すがる様にラクセルを見上げる。叩き付けるような扉の音と、叫び声を生み出した彼は、衛兵の槍の切っ先が自分の首に掛かっていることなど気がつきもしない。


「勇者が寝返りました!」


 それも仕方がないことだったのだろうかと、エリザベータはひっそり頭を抱えた。

 謁見の間は、飛び込んできた伝令の荒い吐息以外の音の一切を失っている。


 恐慌状態まであと五秒。

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