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裏切り勇者と二度目の邂逅

 広場を出て侵入者を追うエリザベータは西へ南へ今度は北へと、些か振り回されていた。

 どっしりと構えるか、最前線へと出てきて戦うかが基本のリーダーにしては、少しばかり動き回りすぎている。

 ハズレだろうか、と唇を尖らせながら漸く侵入者の近くまで辿り着いた……先に、血塗れの兵士が一人。遠目にも辛うじてだが呼吸をしているのが見えたので、エリザベータは彼の側へ歩み寄る。

 背中を袈裟懸けにされ太股に刃が貫通した様だった。あちらこちらに滲む切傷と打撲の痕を見詰めると、手にしていた黒杖を腰のベルトへと吊り下げる。エリザベータはその生命力に感心しながら、弱く脈打つ男の心臓の上に両手を重ねた。


「修復は祝福に依り、主は全てを統べて我等を癒せと望む」


 呪文を唱え始めると同時に身体の組織が光輝き、見る見るうちに傷が塞がれていく。


「灯火を絶やさず、生命は眩く、彼の愛し子に暁を与えよ」


 完成した法術によって力強さを取り戻した鼓動を感じとると、男が完治したか確かめる事なくエリザベータは体を起こした。

 放っておけば死んでしまうだろうからと時間と力を少しだけ使ったのだ。ある程度治れば侵入者を探す事の方が重要なのは残念ながら明らかである。

 けれどエリザベータが立ち上がろうとした刹那、男は苦しげに閉じていた目を勢い良く見開くと、彼女の左手をがむしゃらに掴んだ。


「本当に! 本当に裏切ったんですか!」

「放し」

「殺す気で、殺気も、迷う素振りだってなかった!」


 先程まで虫の息だったとは思えない程しっかりと、男は右手に力を込める。エリザベータだと認識しているかどうかは怪しいが、目線はあっているので分かっていての叫びかもしれない。

 エリザベータは手を放せと告げようとしたが、男の畳み掛ける言葉に阻まれてしまった。

 それにしても、である。男の台詞は、この慟哭は、何か覚えのあるものではないだろうか。エリザベータは訝しげに口を閉ざした。


「どうして、この間まで一緒に笑って! 仲間じゃ、ない、のか」


 声が震えて涙が溢れる男の右手を、エリザベータは自身の右手で静かに包み込む。慈愛に満ちた柔らかな微笑みを、彼に送った。

 思わず見蕩れて男の力が抜けた瞬間、エリザベータは素早く左手を取り戻し、今度はそっと彼の手を握り返す。そしてもう片方の手を人さし指を立てた状態で彼の眼前へ動かすと。


「落ち着きなさい」


 穏やかに男へ囁いた。

 その笑みと言葉に促され、男は荒い息をゆっくりと整えていく。連続した短い呼吸が次第に落ち着いてくると、彼は最後に大きく深呼吸をした。

 正気を取り戻したのを確認したエリザベータは、男の手を解放し。


「ジオリス・ミシェットに会ったのですか?」


 ひたと目を合わせて問いかけた。




***




 男は西地区の担当で、けれど現れた魔物を追う内に少しばかり南へとずれてしまった小隊の隊長だった。どうにか追っていた魔物を討伐したところで、突如鈴の音が大きくなったのだという。

 警戒を促し皆が迎撃体勢を整えたと同時に、ジオリスが姿を現し何も言わずに襲い掛かってきたらしい。

 最初に襲われた一人は背中を深く斬られ恐らくは即死、嘲笑する様に残酷な笑みを浮かべて返り血を浴びる姿に兵士達は凍り付いた。

 我に返った小隊長は咄嗟に退却を指示して、自身は時間稼ぎの意味でジオリスと対峙する。

 けれど絶望に呑まれたまま戦える相手ではなく、太股を貫かれ膝をついた小隊長はそのまま背中を斬り捨てられた。辛うじて息はあったが出血が酷く、すぐに息絶えると思われたのかジオリスは逃げた兵士達を追っていったらしい。血塗れの後ろ姿を見送って、小隊長は一度意識を失った。

 エリザベータはどうやらそのすぐ後に辿り着いたらしい。


「私は彼を追います。貴方は後三分、隠れて休んでいなさい」

「い、いえ、隊に戻ります!」


 話を聞き終えてすぐ、エリザベータは立ち上がり彼を追おうとしたが小隊長は眼を見開いて声を上ずらせる。


「取り乱した人間は足手纏いです、三分以内に冷静になる様に申し上げています。それから、戻るのではなく教会前広場へ行きなさい。単独でふらふら捜し回るのが危ないのは分かるでしょう」


 けれどエリザベータの強い口調に小隊長は言葉を詰まらせた。


「それと、彼に会った事は黙っていなさい。大将軍閣下と将軍方への報告は止めませんけれど、あくまで内密にして下さい」


――まぁ、逸れた兵士達が話してしまう可能性はありますが。


 内心で続けたエリザベータには勿論気が付かず、小隊長は力なく言い縋る。


「で、すが」

「将軍命令です、貴方に求められている返事は“はい”だけですよ」


 エリザベータは見せる為に溜息を吐くと、眼差しを尖らせ最後通牒を突き付けた。

 息を呑み、小隊長は俯く。


「はい。申し訳ありません」

「御理解頂けて何よりです」


 エリザベータは今度こそ立ち上がり背を向けた。目を瞑り彼の居所を確認すると徐に駆け出す。


「貴方の隊も見つければ助けますから、貴方は貴方の仕事をしなさい」


 そして距離が開ききる前に小隊長に向けた台詞の返事は聞く事無く、エリザベータはその場を立ち去った。




***




「恵みの雫を(とど)め、降らせよ!」


 エリザベータは彼等を視界に入れた瞬間、足を止める事無く呪文を唱えた。

 法術が完成すると頭上に巨大な水の塊が現れ、彼等を瞬時に多い尽くす。台風の中散歩でもしたかの様にびしょ濡れになったのは、エリザベータが追いかけて来た彼と兵士の一団である。他にも犠牲者は居るのだろうが、彼等に関しては間に合ったらしい。

 兵士達は慌てて背後から襲いかかろうとしていた彼と距離を取り、次いで側近くに駆け寄ってきたエリザベータに気が付いた。


「姫様?」

「え、ジオリス将軍」

「勇者が今」


 不意打ちだったようで、兵士の大半は彼に気が付いていなかったらしい。

 慌てる兵士達を尻目に、彼は濡れた髪を掻き揚げてエリザベータに視線を向けた。


「エリィ、随分な挨拶だな」


 けれどエリザベータは返事をせず、兵士達を見渡す。


「巻き込まれたくなければ離れていなさい」


 その言葉に、兵士達は後退り距離を取った。

 苛立たしげな声が上がる。


「おい、無視すんな」

「貴方がリーダーですか?」


 それを更に無視して問い返したエリザベータの言葉に、彼は眉根を寄せて口を閉ざした。


「貴方方は此の質問に答える義務がある筈です」

「それは魔族の話だろ、俺には関係ない」

「いいえ、魔族である貴方には関係がありますわ」


 エリザベータの瞳には確信が宿っている。


「貴方はジオリス・ミシェットの偽者でしょう」


 エリザベータの台詞が聞こえた外野がどよめくが、彼は顔を歪めるばかりだった。


「貴方がリーダーですか?」


 二度目の質問に、彼はエリザベータを睨みつけ。


「そうだ」


 苦々しげな肯定の返事を吐き捨てた。


「何で分かった、この結界のせいか?」


 楽しそうな、親しそうな表情の一切を削ぎ落としジオリスの姿をした魔族は険のある眼差しで問いかける。


「そうですね、結界でマントを被った貴方の姿を確認した後でしたので、その事でも確信は得ておりましたがもう一つ。ジオリス・ミシェットは別に殺す事を楽しんでいる訳ではないのですよ、戦う事を楽しんでいるのです。その延長でなら殺してしまうのも吝かではないというだけ」


 エリザベータは左手を払う様な素振りで兵士達を更に遠くへとやりながら、質問に答えた。


「一般兵を相手に不意を打って反撃を許さず、しかも返り血を浴びて笑うなど、結界で確認せずとも偽者だと直ぐに知れます」


 ジオリスは汚いからと言って、血を浴びるのを嫌っている。その性質がそうそう変わるとも思えなかった。


「仲が良いんだな、反吐が出る」

「知っているというだけです」


 舌打ちをした魔族はエリザベータを嗤った。会話に気を取られ、刀を持つ手に力はない。


「ふん、そこまで理解するほどなら情があるんじゃないか? 惚れた腫れたは人間の十八番だ、その内あれのあとを追ってお前も裏切る予定だったりしてなぁ?」

「まさか、天地が逆転しようとも有り得ませんわ」

「否定が早いと怪しいものだが」

「此処まで会話が続くと私も貴方を怪しく思いますけれど」


 作り笑いで返事を返すだけだったエリザベータの意味深長な言葉に、魔族は嘲笑を止め探る様な視線を向けた。

 エリザベータは晴れやかに笑う。


「力のある魔族程、話し掛けても返事を致しません。貴方の様な軽輩がリーダーだなどと、偽りではと申し上げているのですよ」

「この尼っ!」


 簡単に挑発された魔族は激昂すると、魔術で地面を大きく穿つ。

 エリザベータは笑顔のまま、手にした黒杖で口元を隠した。


「俺がリーダーだ! 襲撃が成功すれば幹部に上がれる! 優秀な、この俺が!」


 地面を穿つ魔族の魔術は無作為に連発しているらしく、辺りはあっという間にぼこぼこになっていく。エリザベータは自分に当たりそうな分だけを、最小限の軽いステップでひらひらと避けており一発とて掠める事も無い。

 眼を血走らせる魔族を尻目に、エリザベータはこっそりと腰のベルトに手を伸ばした。


「側近共に陽動させて結界を壊し、この俺が勇者に変化して人間共を絶望に追い詰めて殺す! 完璧な計画だ!」


 手にした法具を魔族に向かって放り、叫ぶ。


「顕現せよ!」


 逃れようと魔族は走るが、大きな結界だった為に叶わず琥珀色の宝玉が硬質な音を立て地面に転がった。

 バチバチと放電が起こり、結界内が白く染まる。


「あいつ、あいつのせいだ! 何故結界が残ってる、側近の癖に役立たずがっ!」


 轟音と共に結界が壊れ、所々を黒く焦がした魔族が煙の中から現れたが、怒りで痛みを忘れているのか勢いを緩める事無く叫び続けていた。

 広範囲の結界では強度が足りず、攻撃の法術の威力が今一なのも原因だろう。エリザベータは未だ焼き尽くす様な眼差しで睨みつける魔族を相手に、微かに吐息をもらした。


 と、そこで新たな侵入者の気配を結界が捉える。エリザベータがそれを確認する前に、目前の魔族の腹から突然白い刃が貫き生えた。

 魔族が衝撃に眼を見開き振り返ると、今の彼と同じ顔が、つまらなそうな無表情で佇んでいる。

 血を吐きながらも魔族ならではの生命力で距離を取ろうともがき暴れだした彼は、ジオリスに腹を刺されたまま蹴飛ばされ前に倒れた。


「どうして」


 ジオリスが居る事にか、ジオリスに刺された事にか、魔族は呻きながら抵抗を諦めず魔力を動かす。けれど魔術としてジオリスを襲うより前に、彼は突き刺した白刃に手を滑らせた。


「燃え盛れ」


 瞬時に立ち上る火柱に包まれた魔族はもう、言葉も無い。力を失った魔力が霧散し、足を引いたジオリスがエリザベータを見る。

 同時に、遠くから爆音が立て続けに二つ。

 驚いてエリザベータが振り返ると、町の中央と東側付近で黒い煙が火の粉と共に空を覆わんと上がっているのが見える。


「よぉ、エリィ。朝ぶりだな」


 軽やかなジオリスの声が、この場にはあまりにも不似合いだった。

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