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開戦

 凡そ半日が過ぎ、陽も傾いた茜色の空。日没を目前にして、兵士達は既にそれぞれの持ち場に待機している。

 今回エリザベータの役割はジオリスを早々に倒した今、探知が主だ。万が一にも彼が再び現れたなら対峙すべきは彼女なので、本格的な戦闘の予定は無い。

 朝方張った探知の結界は核を結界石に移したとはいえエリザベータの法術だ。彼女に限り侵入者の場所特定が可能な為、魔族が襲撃を開始次第彼女以外の三人の指揮官へと魔軍の詳細を伝えなければならない。住民達が多く避難する教会を適度に護りつつ、伝達用の術鳥で兵士達に最新の情報を報告するのが彼女の役目だ。

 その為、大将軍や他二人の将軍達は散開する事無くエリザベータの居る広場でその時を待っていた。何せ町の中央に位置する教会の前の広場であり、何処に魔族幹部が現れてもそれなりの早さで向かえる筈である。


「そろそろか」


 大将軍が呟く声を目を閉じたまま聞いたエリザベータは、直後大地が揺れる様な轟音を聞いた。

 遂に、日没である。

 多くは魔物の鳴き声で、足音。涼やかな鈴の音が降り注ぐ中、薄気味の悪い物音は折り重なって鳴り響く。

 エリザベータの閉じた眼が異形の群れを捉えた。境界を跨ぐ短い間だけ届く彼方の画。

 魔物も多いが魔族も多かった。先頭を行くのは長い髪を束ね左目を瞑る優男と、ケタケタケタケタ壊れた様に嗤う青年。彼等を先頭に携えて、魔軍は百鬼夜行を繰りなしている。

 目蓋を下ろし遠くを見たままエリザベータは話し出す。


「北東より侵入されました。今は全てが一塊に移動しております。先頭に魔族が二人。後続が一定の距離を取り近付こうとしませんから、もしかしたら彼等が幹部かも知れません。長い黒髪で柔和な顔付きの男性と嗤い続けている短い黒髪の青年です」

「数は」

「数えられる限りでの話ですが、百は超えております。まだ行列に切れ目はありませんから、恐らく此の後も増え続けるでしょう」

「四方から来るかと考えていたが纏めて来たか」


 確認したかった事を聞き終えて大将軍は顎を撫で考える。数秒程度で顔を上げると彼は声を張り上げた。


「迎え撃つ! この場の護り以外は我等に続け!」

「は!」


 最低限を残して迎撃へ向かった一行を暫し見送り、再びエリザベータは目を瞑る。境界の映像を見ながら彼女は徐に口を動かしだした。


「聖なるかな、誓なるかな。止ん事無き御光と速さを競う愚かなる者、阻むは大いなる灼熱の閃光。我が身を心とし臨機の盾を隠伏せよ」


 光の盾がエリザベータの周囲を取り巻き辺りは俄かに輝いた。呼吸を整え目を開くと後ろを振り返り立て続けにもう一つ、法術を口にする。


「鋼の強度、刃金の硬度で世界を分かち、我が意を汲み取りて結びの四方を顕現せよ」


 防御に特化した結界を、エリザベータは教会を覆うように築いた。カリスは別行動の為、側に控える部下に視線を送る。


「あの結界は武力や魔術を防ぎますが広範囲故に少し強度が弱いですし絶対ではありません。魔物が来た時には出来るだけ攻撃されない様に護って下さい」

「了解しました」


 視線を向けた部下だけでなく、辺りの兵士達が返事をしたところでエリザベータは視界を閉ざした。

 境界を越えるものは漸く途切れ、光の粒となって映るその数は凡そ二百体。遠くで野太い鬨の声が上がるのが聞こえる。いよいよ開戦である。

 エリザベータはベルトに下がる小さな入れ物から宝玉を七つ取り出すと、手にした黒杖の先端で石の表面を撫でながら、それに向かって話し出した。


「魔軍は二百を区切りにその数を止めました。現在町の北東に全ては終結し戦闘を開始しております」


 そこで突然眉根を寄せて、エリザベータは報告を続ける。


「三十、いえ、五十が北へ。移動速度が速いですから他の隊も各自警戒を」


 淡く紅色の煌きを宿した宝玉から手を離す。


「羽ばたけ」


 瞬間、兵士達の視界を純白の羽根が埋め尽くした。紅い目をした伝達用の術鳥は、それぞれ対象の元へと猛スピードで飛び立って行く。

 最初の報告を終え、その後も暫く魔軍の位置を確認していたエリザベータは、突如呻き声を上げた。


「エリザベータ様!?」


 前触れの無い変調に、辺りを警戒していた部下が気が付き声を上げる。


「大丈夫です。北の結界石が破壊され、術の核が私に移っただけですわ。隠されていた筈ですのに良く気が付く事……いえ、それにしても少し早すぎる気が致しますね」


 前半はにこやかに、後半は呟く様に。依然目を閉じたままだが、エリザベータは騒く兵士に笑顔で答えた。

 けれど暗闇に映る映像が、気持ちに静かな焦りを呼び込んでいく。


「皆さん、結界石を破壊した魔が此方へ向かっております。不意打ちを仕掛けますので、援護を」

「了解しました」


 ごくりと唾を飲み込む音が聞こえ、兵士達は迎撃体制を整える。エリザベータは索敵を止め、広場から死角となる民家の物陰へと姿を隠した。

 大きくなる鈴の音に緊張が増す。


「赤銅の揺らめき、燃え盛るせせらぎ、全てを煉獄に沈め、鎮まれ。我が意を汲み取りて結びの四方を」


 紛らせる様に小声で詠唱を開始したエリザベータは最後を残し、呪文を止めて息を潜めた。

 そして、乾いた土埃を巻き上げて姿を現したのは。


「覚悟しろ!」

「これ以上進めると思うな!」

「撃て!」


 先手を打って放たれた弓矢の雨を強い魔力で絡め取り朽ちらせる左目を瞑った長髪の優男。魔軍の先頭を陣取っていた魔族である。

 盗み見た姿に幹部かもしれないと頭を過ぎるも来てしまったものは対峙するより他に無い。

 幸い兵士の放った弓矢は魔族に届く事は無かったが、足止めにはなった。エリザベータは逃さず、最後の呪文を口早に唱える。


「顕現せよ!」


 次の瞬間魔族を炎で埋められた結界が包んだが、それより前に構築された魔術の氷が彼の周囲に膜を張った。炎が氷を昇華させるより先に、氷が炎を飲み込んでしまう。唯の結界へと変じたそれを、魔族は腕を一振りし、氷の飛礫で破壊した。


――今のは偶然?


 エリザベータは思わず心の中で自問する。呪文を唱え終わるより先に、魔族は氷の膜を張ったのだ。炎に対して効果のある氷の膜を。


――呪文を聞かれていたのでしょうか。


 法術の詠唱は回りくどい言い方ではあれど、どんな術を使うつもりなのか分かる者には分かってしまう。

 確かめるつもりで、エリザベータは次の詠唱を開始した。


「微睡む泡沫、全ては陽炎の幻!」


 詠唱の欠点を埋めるべく開発した、エリザベータ独自の呪文である。

 けれどこれも、光が魔族の眼を焼く前に自身の周りを重苦しい闇に閉ざして防いでしまった。

 この魔族は発動の前に術の内容が分かるのだと、エリザベータは確信する。いつの間にか開かれていた彼の左目に映る竜の紋章。


「皆、下がりなさい! 伝令、将軍方に連絡を! この者は幹部の一人に間違いありません!」


 隠れていた場所から飛び出して、予め決めていた緊急時の伝令役に指示を出す。エリザベータ自身が術鳥を飛ばす余裕は無い。

 命令に従い魔族から距離を取る兵士達を視界の端に映しながら、エリザベータは黒杖を握り締め魔族を睨み付けた。

 倒せずとも、将軍達が来るまでは粘らなければならない。

 エリザベータは小さなナイフを取り出すと、勢い良く己の左手の甲を切り付ける。無言で眺めていた魔族は首を傾げるも、すぐに納得の表情を浮かべた。


「勇者が言うとったんはこれか」


 エリザベータの血に誘引されて、魔の霧が彼女を取り巻いていく。

 少し離れた処に構えている兵士達は、訛り交じりの魔族の台詞を聞き震えた。勇者の名前は僅かなれど動揺を誘う。


「おお、おお、わしの魔力も持っていきよる。人間に魔が憑くとおもろい事になるんやのお」


 愉快そうに自分の周りを見回す魔族は、一見して無防備である。隙だと見た一人が矢を放った。

 だがエリザベータに引き寄せられて薄れていた筈の魔力は、矢が届く前に魔族の影から黒く立ち上り、先程と同じ様に矢を絡め取り朽ちさせてしまう。

 怯んで一歩下がった射主に気付いた素振りも無く、魔族は興味深げにエリザベータを見詰めた。


「底より出でしは護りの土壁」


 エリザベータもその諸々を気にもせず、魔族に向かって黒杖を翳す。つい数秒前に矢を絡め取った魔力が、今度は魔族を拘束した。

 同時に魔族の背後に巨大な壁が地面から飛び出す。


「晴天に轟く雷鳴よ、導き、貫け!」


 黒杖の先端から一直線に魔族を貫かんと雷撃が迸った。

 が、瞬時に卵形の金属が魔族を囲い電流を逃がす。勢いのまま後ろに叩き付けられた雷撃は土壁に吸収されて、それが大地に帰ると共に消えてしまった。


「お?」


 その一連を囮とし金属が囲んだタイミングで、魔族の拘束に使っていた魔力がパリパリと音を放つ。

 次の瞬間轟音と共に金属で出来た卵が揺れ動き、兵士達は息を呑んだ。どろりと溶け出した卵を凝視する。

 けれど現れたのは傷も火傷も、服さえ焦げた痕跡が無い、至って元気な魔族の姿。


「何であれをくらって無傷なんだ!」


 幾人かが叫んだがやはり聞こえていないかの様に全くの無反応。魔族は虚空を見ながら何事か呟いている。

 どうにも、術士とは相性の悪い相手の様だった。

 兵士は今の術を受けて何故無傷なのかと叫んだが、何の事は無い。当たる直前に無効化された為、ダメージなどある訳が無かったのである。

 法術を使えば先読みされて、魔術を使えば無効化される。

 魔力に魔術という形を与えなければ魔力自体は取り上げられる様なので、剣士と組んで戦いたいが正直この場の兵士達では役が過ぎた。

 せめてカリスが居ればと瞬いたエリザベータはその刹那、大量の魔物が此方に向かうのを感知する。


「人間と括ってもええもんやろか悩むところやし、これは保留やな」


 思わず視線を魔物の方角へ向けたエリザベータを魔族はぼやきながら魔術の檻に閉じ込めた。十数本の黒い槍が地面から突き出ると、滲み出た靄が彼女にゆるゆると絡みつく。

 動きを塞がれ、視界を塞がれ、エリザベータは息を呑んだ。


「切り離されたるは世界、孤独たるは我」


 それでもすぐさま立ち直り、檻を破ろうと詠唱を始める中、魔族は重心を落とし兵士達に襲い掛かる。腰に下げた細剣で、一人目が斬られて二人目は防ぎ三人目は反撃しようとして返り討ちにあい、四人目はそれを助けようと視界の外から襲い掛かり魔力に閉じ込められて言葉にならない叫び声を上げた。


「我が意を汲み取りて結びの狭間を顕現せよ!」


 法術の完成と共に魔術の檻が存在した空間だけが暴発する。エリザベータはすぐさま飛び出すと、発狂寸前の兵士の魔力を取り込んだ。身動きの取れない一人目と四人目を周囲の兵士が引き摺り助ける。残りの二人も慌てた様子で後ろに下がった。


「何が保留なのでしょうか」


 エリザベータが兵士の様子を確認しながら問いかければやはり何も返っては来ず。魔族の前に立つ男の方が彼女に声をかける。


「エリザベータ殿、遅くなって悪かった」


 エリザベータが檻から逃れるのと同時に現れ、大剣で魔族を押し返した堅物真面目な伯爵家次男、リューン将軍。

 堂々たる立ち姿が将軍の名に相応しい。


「いいえ、助かりました。ガレン将軍はどちらに?」

「此処に居るっすよ」


 前触れ無く男が上から降ってきて魔族に不意を打ち、けれど避けられお返しとばかりに魔術のカマイタチが空を裂く。軽々と回避する姿は重装備を纏っているとは思えない。

 エリザベータに答える姿は飄々としていたが、怪力と俊敏さは大将軍にも勝るとも劣らない子爵家三男、ガレン将軍。

 待ち望んでいた応援に、兵士達は息をつく。


「ただ悪いんすけど、雑魚もついて来ちゃったんすよね」

「構いませんわ、元々私達は幹部以外を相手にする予定でしたもの」


 ガレンはばつが悪そうに告げたが、エリザベータは微笑みで返した。

 続々と姿を見せる魔物の群れ。

 エリザベータは兵士達に向き直ると穏やかな口調で指示を出す。


「皆さん、御仕事です。丁重に御持て成しを御願い致しますわ」


 将軍二人の到着に活気が戻った兵士達は力一杯了承を叫んだ。

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