第四章 紫の守護者 【拾五】
ようやく己が在るべき所へ戻ってくれた調祇に、奏炎はほっと肩の力を抜く。その背後に立つ影があった。
「成程な。鵺ってのは堕天した結果に得られる存在だった訳だ」
「…真田副長」
今までに見た事がない、冷酷な光を宿した緑の瞳が碧玉の瞳を見据える。
「何故黙っていた? 自分が堕天だということ、知らなかったとは言わないだろう」
「……」
無言を貫き通す奏炎に、響一朗の瞳が細められる。
「堕天は、神道だけでなく陰陽道にとっても禁忌中の禁忌だ。当然、陰陽警察の面目を考えれば…」
「除名処分にしたければ、どうぞなさって下さい」
「何を言ってるんだ、そうえ―――」
「黙っていろ砥上一番隊々長」
覚悟した上だと言わんばかりの奏炎に、息吹が冷や汗を浮かべる。だが、副長の怒鳴り声に怯み、口を閉じた。響一朗が息吹を一番隊々長と呼ぶ時は、誰も彼に敵わない。
「除名処分にしろ、と」
「ええ。その方が千聖軍の為にも、良いでしょう?」
無表情な二人の間で、長い時間が過ぎた。やがて、溜息を一つ吐いて口を開いた。
自然、奏炎と息吹が緊張に喉を鳴らす。そして。
「ふざけるな。少なくとも今回の隊務違反の反省文を提出するまでは、退役は許さん」
その言葉が表す意味は。
「真田副長…」
呆けた様に奏炎が呟く。それに、ようやく響一朗は表情を緩めた。
「阿呆が! そもそも零番隊は非公式な部隊だ。少しくらい異常な奴がいたって、何の問題も無いだろ」
「いや、少しで済む問題では…」
「もし幕府が文句言ってきたらこう返してやるさ。お前を推薦したのは他ならぬ将軍様の弟さんだ、ってな」
にやりとふてぶてしく笑う響一朗に、息吹は唖然とした。だが、それが彼の愛情の示し方である事を、彼は既に知っている。そして奏炎もまた、突き放す形の響一朗の想いに気付いたのだろう、段々と凍った碧玉を溶かしていった。
「その代わり、きっちり書いてもらうからな、反省文」
「参りましたね…この分じゃ除隊して逃げた方が楽そうだ」
「何だとこの野郎」
軽口を叩く奏炎に、響一朗も笑いながらその肩を小突いた。
その傍らで、刹那は一人、ある覚悟を決めたのだった。
他の章に比べて極端に長くなってしまった第四章ですが、これにて終幕です。残りは最終章のみですので、お付き合い下さると嬉しいです。