第四章 紫の守護者 【八】
傲慢に叫ぶと、汪唎が真臣の身体から抜け出る。身体を支えようという微かな意志さえなくなった瀕死の身体は、あっさりと床に頽れた。
そして、拠り所のなくなった焔は、真っ直ぐに刹那へと向かっていく。
「な、に…?」
想像だにしていなかった行動に、刹那の瞳が見開かれる。だが、冷静に飛びかかってきた炎を弾き飛ばした。
『ああ、そうだそうだ。言い忘れていたな。儂の得意とする術は「憑依」でな。時間を問わぬのなら、憑依出来ぬ物質は無いに等しい』
「だからどうした」
『気にならぬのか? 仮にも大妖の部類に入る赤鬼一族を、たかが人間の呪術師数名で、どうやって滅ぼしたのか』
面白がる耳障りな声を発しながら、焔は鬼の周りを飛び回る。
『儂はな、島に下りると同時にある女鬼に取り憑いたのよ。実はこれが正解でなぁ、その女鬼、島の中ではかなりの力を持つ妖だったらしい。妖力を少し借りて操るだけで、簡単に他の鬼達を殺す事が出来た』
その言葉に、刹那の動きが止まった。
女鬼。かなりの力を持つ、女鬼。それはまさか。
『その女鬼に殺される鬼達の表情も見ものだったが、一番楽しませてくれたのは、やはり殺している時の女鬼の心の叫びだな』
「やめろ…」
『確か、「逃げて」だの、「もうやめて」だの、さんざん喚いていたな。それから…』
「やめろと言っている」
『ああそうそう、こうも言っていたな。「助けて刹那」と。鬼にも愛情はあるらしい』
「やめろ!」
これは何なのだ。この非情な生き物は。
人に危害を加えず、ただひっそりと暮らしていた鬼達を、鬼の手で殺させて。しかもそれを楽しむ、この冷酷な生き物は何だ。
(朱里……!)
どうしてこんな下種に、彼女が辱められなければならなかったのだ。
あんなにも仲間想いで心優しかった彼女が、同胞を殺したという重すぎる罪悪感の中で死んでいった? そんな事がどうして許されるのか。
「貴様は本当に人間か…?」
気付けば、そんな問いをしていた。問わずにはいられなかった。
何故なら彼にとっての「人間」とは、もっと愛すべき存在で。人を何人も殺したと言ったのに、その過去も、彼の想いも全て解ろうとしてくれた、あの少年の様な・・・
「刹那!」
飛び込んで来た声に、耳を疑った。