第四章 紫の守護者 【六】
「何をごちゃごちゃ話してるんだ! さっさと踏み込むぞ、奏炎を放っておく訳にはいかないだろうが」
「……はぁ?」
響一朗の怒鳴り声に、鵺が心底呆れかえった声を発する。
「何だその反応は? お前は奏炎の味方ではないのか」
鋭く詰問する相手に、鵺はふんと鼻を鳴らした。
「奏炎以外の誰の味方だと言うつもりだ」
「叨埜汪唎」
「一遍殺してやろうか?」
淀みなく答えてくれた響一朗に、妖はどこからか取り出した刀を突き付けた。突然の事に一瞬身を強張らせた息吹は、その刀身が透き通っている事に気付いた。
「何だこれは」
恐る恐る刃に触れてみると、それは冷たい石の様だった。
「硝子だ。この刃は硝子で作られ、霊力が通りやすくなっている」
意外にも丁寧に鵺が説明してくれる。
「がらす…それは何だ?」
「知らないのか? 西洋から伝わったものだ」
「西洋…これで何かを斬るなんて芸当が出来るのか?」
峰ではなく刃に触れているのに、皮膚が切れるどころか傷さえついていない。こんなものが武器になるとは到底考えられなかった。
「これは、こうやって使うんだ」
言葉と共に、僅かに蒼く輝く透明な刀身に、一気に妖力が纏わりつく。それと同時に、硝子の剣は蒼白い炎の層を持った、光り輝く刃を持つものに変わった。
「こうした状態で、相手を斬る。そうすれば、物理的には何の傷も無いが、妖や異形といった魑魅魍魎だけを始末する事が出来る」
「退魔の剣か」
かなり驚いた様子で副長が呟く。
退魔の剣とは名の通り、妖怪を退治する為だけに作られた剣の事だ。だがそれを作るのは普通の刀鍛冶には不可能な事で、故に退魔の剣の希少価値は高い。長い歴史を持つ陰陽師の一族や、神道の一家の家宝となる程だ。
「どこから盗んだ?」
そんなものを妖が持っている筈もない。どこぞから拝借してきたものだろうと思い、不躾にそう訊ねた響一朗の首元に、硝子が突き付けられた。
「言っておくが、この剣は霊力も傷付ける。霊傷を負いたくなければ、その過ぎた口を閉じるんだな」
つまりは陰陽師の力の源である霊力を削る、と言っている妖に、響一朗は苦々しげに顔を歪める。その反応を見ると、鵺は腹の虫がおさまったのか、剣を鞘に納めた。
「心配しなくても、この剣は元々奏炎のもので、それを本人の許可を得て借りているだけだ」
「奏炎の?」
これはこれで予想外の答えに、息吹が眉を跳ね上げる。
「そうだ。それがどうかしたのか?」
「玉依家っていうのは、そんな名家なのか?」
「人間社会の身分なんざよく知らん」
にべもなく言い切ると、鵺はふいとそっぽを向いた。その様子は、これ以上玉依家について触れられたくない様に見え、息吹は仕方ないと首を振り、屋敷に向き直った。
「とにかく何よりも、今は奏炎の救出が先か」
「…まあ、そうだな」
相手の反応が遅れた事に、違和感を感じる。だが、そのまま何も言わず、妖が破いたという結界の中へと踏み込んだ。