第四章 紫の守護者 【三】
自分の腕に倒れ込んできた少年の身体を、汪唎はいとも簡単に拘束した。
眩しい程の蒼色の髪が、相当な霊力を持つ事を物語る陰陽師。あの気弱な孫が、一族に内密に千聖軍を頼っているとは意外だった。
だが、所詮は小童。こんなにも華奢な身体で、何が出来るという訳でもない。現に、たかが仲間の不意打ち如きで敵の手に落ちてしまうのだ。
自分が憑依し炎を放たせた陰陽師の攻撃に、彼は完全に無防備だった。それでも、瞬時に防衛の為の氷の壁を作ってみせた。あそこまで反応の早い術式は聞いた事が無い。
「少し、気を付けた方が良いか?」
思案する声は、他ならぬ砥上息吹のもの。動きを封じた奏炎を抱き上げ、適当な部屋へと放り込む。その扉に呪符を張り、部屋への出入りが出来ぬ様にする。
そこで考え直し、やはり息の根を止めるべきかと呪符を剥がそうとしたところ、ずしりと身体が重くなった。思う様に動けなくなる。
「やはり陰陽師は対抗を作るのが早いか」
予想以上に早くきた拒絶反応に、汪唎は舌打ちした。霊力はあっても意志が弱く、更には血縁関係と言う事もあり、真臣には簡単に憑依出来たし、拒絶もされなかった。
だが、この陰陽師は明らかに戦士として妖との戦場に立ってきた、屈強な魂を持つ者だ。しかも当然、血縁関係などない。
「…まあ、良いか」
どうせ閉じ込めた事には変わらない。むしろ、呪符を剥がす前に拒絶反応が来て助かったというところだろう。
そう思い、汪唎は陰陽師の身体から抜け出た。だが、その身体をそのままにはせず、己の張った結界の外へと飛ばす。ついでに、外から来る者は受け入れるが、中からは出さぬ弁の様な形にしていた結界を、何者も拒絶するそれへと術をかけなおした。
そうすれば、あの陰陽師が救援を呼んだとしても無駄足にしかならない。
蒼い髪の少年は、全ての一族の粛清が終わった後にでも、真臣の身体で殺せば問題ない。そんな、すぐ近くの未来を想像し、汪唎という名の黒い焔は、くつくつと笑かの如く震えた。そしてそのまま、灯りの一切ない屋敷の奥へと消える。
そんな焔の背後、扉の奥。
「たかが死んだ人間如きが…奏炎に手ぇ出すとはな」
恨めしげな声が、怒りを露わに吐き捨てた。それから声の主はしゃがみ込むと、奏炎の手足に巻かれた縄に手を添える。固い縄は、触れられた所から嫌な音を立てて焦げ切れた。
息吹の炎を防御したとは言え、衝撃で気を失ってしまった奏炎の頬に、相手はそっと手を触れた。何の反応もしない、この世で唯一人、守りたいと思える存在。
「勝手に人前に出たら、お前を怒らせる事になるだろうが…勘弁してくれよ、奏炎」
先に謝罪の言葉を紡ぐと、相手はゆっくりと奏炎に身を寄せた。まるで抱き締める様にその細い体を包み込んだ時、部屋の中は蒼い炎に包まれ、二人の姿は忽然と消え失せた。