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氷炎二重奏  作者: 涼風 玲
序幕~刹那の紅に碧空は染まる~
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第四章 紫の守護者 【一】

「奏炎、奏炎っ」

 何度も名前を呼んでも反応しない相手に、息吹は痺れを切らした様に声を荒げた。

「あ…何だ? 息吹」

 完全に自分の世界に入り込んでいた奏炎が、きょとんとして問い返すと、息吹は苛立たしげに溜息を吐いた。

「こんな真夜中に叨埜家へ行くのは良いとして、何故それを真田副長に申し上げるのは駄目なんだ?」

 屯所を抜け出すが、何処へ行くかは言うな。それが奏炎の意思だった。

「あの人が知ったら一も二もなく部隊を動かして、叨埜家の屋敷を取り囲もうとするだろう。それが迷惑なだけだ」

「何で迷惑なんだ?」

「朝もろくに起きられない連中が、霊力だけで生き残るなんて化け物じみた敵相手に、まともな対応が出来るとは思えない」

 つまりは足手まといになるだろうから、と言いたい奏炎に、息吹は呆れた。

 はっきり言って、奏炎の考えは的外れにも程があった。

 確かに朝は起きられない者達だが、それでも陰陽師としての腕は一流。奏炎には敵わないながらも、伊達に「千聖軍」の名を背負っている訳ではない。

 一部隊十人の彼らが援護すれば、自分達はずっと楽に行動出来る筈だった。

 しかしそう考える息吹も、結局は上司である響一朗に何も言わずに屯所を抜け出してしまった。何しろ、上司に報告に行っている間くらい待っていてくれる程、奏炎はお人好しではないのだ。

「…まあ良い。じゃあ次だ」

「まだあるのか?」

 少し鬱陶しげに奏炎が呟く。彼としては、これから叨埜家へどうやって入り込むか、それだけに意識を集中させたいのだ。

「仲間である千聖軍の援護を必要としないなら、どうして妖怪には協力を頼むんだ」

 それが、息吹にとって一番の不満だった。

 元々、奏炎が今夜叨埜家へ赴く際の連れに息吹は含まれていなかった。含まれていたのは唯一人、刹那という妖だけ。

 仲間でない上に、陰陽師の敵とも言える妖という分際の刹那の方が、自分よりも頼りにされている様にしか見えず、息吹は柄にもなく拗ねていたのだ。

「叨埜家と何の関わりのある妖か知らないが、連れて行って叨埜家の人間を殺されたら一巻の終わりだぞ! お前自身の責任問題になる」

 これも本心。

 刹那の正体が強大な力を持つ妖だという事だけは判る。そんな妖怪を、只事ではない状態の叨埜家に連れて行って、何かされそうになっても、自分には止められる自信がなかった。だが、その事で奏炎に責任を問われる事態も、避けたいところだ。

「お前がそこまで刹那を信用する理由は何だ…っ」

 語尾が僅かに震えたのが、自分でも解った。そして、息吹の心情を読み取ったのだろう、奏炎が驚いた様にこちらを向く。

「そう、だよな。君から見れば、妖を信じるなんて行為、陰陽師として愚行以外の何物でもないんだろうな」

「当たり前だ。倒すべき敵だぞ」

「俺はそう思っていない」

 きっぱりとした否定の言葉に、息吹は一瞬何を言われたのか解らなかった。

 そう思っていない。思わない。何を。

(妖を、敵と思っていない、だと…?)

 信じ難い発言に、彼は頭の中で奏炎の言葉を何度も何度も反芻した。

「馬鹿じゃないかっ?」

「え、そういう反応になるか? 普通」

 予想外に素っ頓狂な驚きの声に、奏炎の方が拍子抜けした。もっと深刻な顔をされると思っていたのに。

「お前が常識で測れない奴だと言うのは、とっくの昔に知っている。今の発言は、ぎりぎり許容範囲内だ」

 疲れた様に肩を落とす相手を、奏炎はまじまじと見詰めていた。すると不意に、くすりと笑う音が響いた。

「…そこで何で笑う?」

 不満げに息吹が顔を上げると、奏炎は、本当に嬉しそうに微笑していた。

 その微笑が年相応に見えて、息吹の頬に朱が散る。

「―――がとう」

 奏炎が何事か呟いたのが、口の動きで解った。けれど、その言葉をはっきりとは聞き取れず、息吹は首を傾げる。

 その動作に奏炎がもう一度口を開こうとした時だった。

「奏炎、ここか?」

 刹那が一つの屋敷の前で足を止めた。見ると、そこには確かに叨埜家の屋敷があった。

「そうだ」

 頷くと、刹那は何の躊躇も無く門扉に手をかけ、鈍い音と共に扉を開けてしまう。

「おい!」

 勝手な事を、と非難の目を向けようとして、二人の陰陽師はお互いの顔を見合わせた。

「…これは本格的に、やばいんじゃないのか?」

「かも、知れないな」

 普通、家の門は他者が勝手に入れぬ様に錠がかかっているものだ。それが外されているというのは、明らかにおかしい。誘われているのかも知れない。

 そして更なる衝撃が二人を待っていた。


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