間章
闇という真っ暗な空間は、人が思う程恐ろしくは無い。
「何も見えない」というのは、確かに得体の知れない何かがいるかも知れないが、だが何かが「ある」かも知れない。
〈一番怖いのは、真っ白だ。〉
そう、少年は考えていた。
辺りは光に包まれて、明るい。光に満ち溢れている。けれども、真っ白。「何もない」。見えないでもなく、ただ本当に無いのだ。
無。
それが、少年にとっては一番の恐怖だった。そして少年は、生まれてより、常にそんな空間に生き続ける事を強要されていた。だから―――
だから、ここに来た。
「六道の辻に、鬼は来る…」
それは、彼の家の言い伝え。
「暗き淵には冥府の門や、いざ現れん。人を喰ろうて育ちし闇の、化生は門を通りて此処へ。鬼との逢瀬はいざ六道の辻へ…」
澄んでいながら、どこか虚ろな声で、少年は呟いた。彼がいるのは、六道の辻。それも、人々が言う火葬場への道である「六道の辻」ではなく、真に鬼の住む六道へと通じる道。
淀んだ荒野の中、少年の声だけが、唯一の確かな線となってその場を駆ける。
それでも、少年の望む結果は、その場に現れない。
「…」
しかし、少年は別にそれに対して文句の一つも呟かなかった。ただ、瞼を伏せ、その白く美しい顔に諦めの表情を浮かべる。
「俺を喚んだのに、目的を果たさずに帰るつもりか?」
その場に、少年のものではない声が響いた。
「お前は…?」
少年が、僅かに驚きを伴った声音で、突然に現れた相手に問いかけた。けれども、問いかける必要も無かった事を、相手の顔を見て悟る。
「お前は、もしかして」
質問に、相手はその秀麗で美しい・・・少年と同じ顔を、陰った笑みで彩った。
「俺はお前。そして、お前は俺だ。俺たちは二人で一つ。だが、永遠に逢う事は許されない筈だった。それを、お前は超えて来てくれた。俺を喚んでくれた。さぁ、お前の望みを言え。何でも叶えてやる。お前は俺なのだから。俺の半身」
優しく、優しく、少年に彼は語りかける。
柔らかな声で、和やかな気配しか感じさせない口調で、どこか禍々しく荘厳な気配を持つ、少年と同じ顔を持つ者。彼は、黙り込んでしまった少年の口から自分の質問への答えが紡がれるのを待つ。辛抱強く。
そして、少年は不意にその願いを口にした。
「僕の願いは・・・」
その答えに、少年と同じ顔を持つ者は、目を瞠る。少し開かれた瞳孔と共に、彼の瞳が美しい赤色だという事に、ようやく少年は気付いた。
「それが、お前の一番の望みなのか? それが」
茫然と、赤色の瞳の持ち主は少年に訪ねた。
「そうだ。叶えてくれるのか、『僕の半身』」
少年の声が、どこか縋る様にその場に響いた。
少年が詠唱したのは、鬼を呼ぶ詞。