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氷炎二重奏  作者: 涼風 玲
序幕~刹那の紅に碧空は染まる~
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第三章 黒の一族 【五】

 渋々ながらも頷くと、息吹は火桶の上に手をかざす。すると、見る間に火桶の炭から赤い火の粉があがった。

 その火の粉は宙で膨れ上がり、やがて一つの炎となる。その炎を掌に左掌に浮かべたまま、彼は立ち上がった。

「悪いが奏炎。俺は一度や二度の説明であの奇天烈な踊りを覚えられる程、出来た頭を持っていないんだ」

 告げると、奏炎は心得た様に頷いた。

「まず、左足を引いて。次に右腕を前から横に勢いよく振って、次に左足を戻す。それから―――」

 丁寧に一つ一つの動作を奏炎が口で導き、それに息吹が従う。細かい動きは、奏炎の言葉を無視して息吹の動作だけを見ていれば、それはそれは奇妙な踊りに見えた。

 だが、実はちゃんと神へ捧げる為に作られた動作だけで成された、立派な術式なのだ。

「息吹、動きだけに囚われては駄目だ。きちんと炎の先に見透かしたい内容を思い浮かべてくれ」

 己がしている踊りを意識したくない余り、ぼんやりと奏炎の指示に従っている息吹を、占術を教えた本人が叱責した。

「思い浮かべるって、占うのは何だ?」

「今の叨埜家本邸の中の様子だ」

「それは先程も占っただろう。何故もう一度?」

「今度は君や刹那にも結果が見える様にするからだ」

 納得出来る内容に頷くと、息吹はそのまま術に集中する。一方、刹那は意味の解らぬ状況に、何度も何度も目を瞬いている。

 やがて最後の動作を終え、息吹の掌の上で炎の塊が一段とその勢いを増す。それを見て、奏炎が立ち上がった。

「息吹、炎をこっちに」

 言われ、反射的に息吹が炎を相手に投げ渡す。その渡し方に息吹が「まずい」と思った時には、奏炎は躊躇も見せず炎を掴み取っていた。

 そして彼の手に触れた途端、炎は赤から蒼へと色を変え、その大きさを更に増幅させた。

「うわっ…」

 溢れた眩しい光に、思わず息吹が目を手で覆う。しかし、指の隙間から見えた光景に、彼は炎とは別のものに驚いた。

 蒼い炎に照らされた時の奏炎の髪が、蒼ではなく紫色に見えたのだ。だがそれは一瞬の事で、顔から手を放した時には、髪色は元の蒼いものに戻っていた。

(見間違いか…?)

 内心首を傾げてみるが、そんな疑問もすぐに吹き飛ばされてしまった。

『お、おやめ下さい真臣様っ 一体何故この様な事を…!』

『一体どうしたって言うんだ、真臣。昨日からおかしいぞ、おま―――うわあぁっ』

 奏炎の手の上で膨れ上がった炎は、まるで鏡の様に平らになっており、その中に掠れた景色が映っていた。そして、その景色の中で悲鳴を上げる数多の人間達。

 見た事の無い屋敷の中だが、映っている人物達の髪色が皆漆黒ではない事と、『真臣』という名で、景色が叨埜家の内部だという事はすぐに判断出来た。

 逃げ惑う人々は、しきりに窓や扉を叩いている。その様子から、それらが開かず、屋敷の中から逃げられないのだと息吹は理解した。そして、そんな人達が恐れている一人の人物。

「叨埜真臣、だよな?」

 炎の中に見える一人の青年を指差して、息吹は奏炎に問うた。

 そう訊いてしまうのも無理はない。炎の中に映る真臣は、唯一度顔を合わせただけとはいえ、同一人物とは思えぬ表情を浮かべていた。

 何もかもを見下した様な冷たい瞳と、嘲り笑いを張り付けた顔。そして、真っ赤な血に染まった紫紺の袴。あの気弱そうな青年とは、とても思えない。

「ああ。身体だけはな」

「身体『だけ』?」

 妙な言い表し方に、息吹は眉根を寄せた。すると、その答えを刹那が返す。

「何者かが憑依しているんだろう」

「その通りだ。憑依しているのは恐らく、叨埜汪唎だろうな」

 奏炎の憶測に、部屋の空気が冷えた。

「ちょっと待て。叨埜汪唎はもう既に亡くなっているのではなかったか?」

「魂…いや、霊力の残滓と強すぎる意志が相まって、この世に残る事は有り得る」

「では叨埜汪唎は力の切れ端のみとはいえ、生きていると」

「あくまで可能性だ。だが、一番考え易い筋道でもある。不死を求めて人としての禁忌を犯す程の人物だ。生きたいという欲望が、この世に留まる力となってもおかしくない」

 説得力のある話を聞いた刹那が、錆色の瞳を怒りに染めた。

「どうする? 刹那。生き残っている最後の仇を、討ちたくはないか?」

 まるで誘惑の様な誘い文句。それに、刹那は無言を貫いた。それが答えだった。

「決まりだな。息吹、真田副長に伝えておいてくれ」

「…何を」

 盛大に嫌な予感がした息吹は、唸り声にも似た声音で訊ねた。


「今夜、零番隊々長は任務遂行の為、屯所を抜け出します、とね」


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