「お前とは絶交だ! 二度とその顔を見せるな! で、出ていけ―!」と言われたので出ていきました。 ぽっちゃり皇太子のその後の物語。
「お前とは絶交だ! 二度とその顔を見せるな! で、出ていけ―!」
皇太子ディン・ベルクは、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
罵声を浴びせられたのは、侍女のエリーである。
彼女は皇太子と同い年で、幼少期から友として、そして侍女として彼に尽くしてきた少女だった。
「かしこまりました。 ディン殿下の仰せの通りに」
エリーは感情を乱すことなく答えた。
彼女は侍女服の裾を優雅に摘まみ、深くお辞儀をして部屋を退出した。
部屋に残されたディンは、途端に不安そうな顔になった。
彼は傍らに控える、教育係兼侍女長に確認した。
「なあ、これでエリーは僕を意識してくれるのだよな?」
「もちろんです! 殿下の叱咤を受け、あの手この手で縋り付こうとしてくるに違いありません」
侍女長は、甘い声で皇太子を肯定した。
「あの卑しい女なら、必ずや殿下の元に泣きついて帰ってくるでしょう!」
「おい、卑しいとは何だ! エリーは僕の愛しき人だぞ!」
ディンの叱責を受け、侍女長は慌てて頭を下げた。
だがその内心では、あの女、二度と戻ってくるなと毒づいていた。
一方、城を後にしたエリーに悲壮感はなかった。
「愛しの殿下のご命令。 忠実に実行しなくては!」
彼女は即座に生活拠点を確保すべく、冒険者ギルドの門を叩いた。
彼女は持ち前の有能さを発揮し、三日と経たずに名物受付嬢となった。
冒険者の能力に合わせた最適な依頼のプランニング。
それらを並行処理しての迅速な後処理。
すべてにおいて迅速、かつ正確な仕事ぶりは、荒くれ者の冒険者たちからも絶大な支持を得ていた。
そんな中、城では皇太子であるディン殿下が焦燥に駆られていた。
エリーが去ってからかなりの時間が経過したが、一向に戻ってくる気配がない。
「だめだ! エリーを迎えに行くぞ!」
我慢の限界に達したディンは、侍女長の制止を振り切り城を出る。
彼はハァアァと息を荒らげながら、非番だった新米の護衛騎士アインを無理やり連れ出し、エリーの行方を追い始めた。
その頃、エリーは朝食のパンを咥えながら、ある事実に思い至った。
「顔を見たくない、という殿下の言葉の意味を改めて考えてみたけど……」
ギルドの受付にいては、いつか殿下に顔を見られてしまう可能性がある。
それは命令違反に他ならない。
彼女は即座にギルドへ辞表を提出し、ギルド長が泣き叫びながら懇願するのも振り切り、西の辺境の村へと移動を開始した。
ディン殿下と護衛騎士アインがギルドに到着したのは、その直後のことだった。
屈強な冒険者たちに囲まれながらも、ディンは必死に受付へ詰め寄った。
だが、すでにエリーの姿はなかった。
彼は「何でもできるエリーという受付嬢」の噂を掴んでいたが、一歩遅かったことに愕然とする。
「絶対にエリーを探し出し、許しを請い戻ってきてもらうのだ!」
強い決意を持った殿下による彼女を捜す旅は、そこからさらに数ヶ月続くこととなった。
ディン殿下は護衛騎士アインに助けられながら、エリーの足跡を必死に追った。
その旅路は、行く先々でエリーが残した武勇伝を辿る旅でもあった。
慣れない野宿や情報を得るために対価として行われた荷物の運搬など、そして各地に点在する「エリー親衛隊」の地味な妨害などなど。
過酷な道のりを耐え忍びエリーを求め旅を続けるディン殿下と護衛騎士アイン。
それらを乗り越えるうちに、いつしかディン殿下の「ぽっちゃり」としていた体は、劇的に引き締まっていった。
これならエリーも見直してくれるかも。
そんな期待を胸に、エリーを探すディン殿下と護衛騎士アイン。
そして、ついにその日が訪れた。
「さあ、見てっておくれ! こんな新鮮な魚介類、見たことないだろ!」
漁村の市場で、威勢のいい声が響いていた。
丸めた雑誌で魚の山を叩きながら客を呼び込んでいるのは、紛れもなくエリーだった。
彼女は今朝方、漁を妨害していた大型の巨大毒エイを討伐した。
その際、網にかかった大量の魚介類を、村の復興のためにと、こうして隣町へ出て販売していたのである。
「エ、エリー!」
ディン殿下は、持てる限りの力で彼女の名を呼んだ。
エリーが振り返ると、そこには以前とは別人のように逞しくなったディン殿下が立っていた。
殿下の表情は、旅の苦難を経て、その瞳には強い闘志と意志が漲っている。
「ディン殿下? ……で、いいんですよね?」
「エリー!」
再会の喜びに、ディン殿下の顔が綻んだ。
「随分とお変わりで……はっ、いけません! お顔を見せては、殿下の命に背くことになってしまいます!」
エリーは慌てて顔を背け、両手で顔を覆った。
「いいんだ! その命令は撤回する! というかエリー、僕の元に戻ってきてくれよぉ!」
先ほどまでの凛々しさはどこへやら、ディン殿下は情けなく彼女に縋り付いた。
「殿下、本当に戻ってもいいんですか?」
「もちろんだよ! それについては本当にごめん。 ただ、エリーの気を引きたかっただけなんだよぉ!」
ディン殿下は人目をはばからず子供のように泣いた。
ひとしきり泣きじゃくる殿下を、エリーはじっと見つめた。
「では、そんな殿下にひとつだけお願いがございます!」
その一言に涙を引っ込ませて緊張した表情を作る殿下。
「何でも言ってくれ! エリーの願いなら何でも叶えてみせる!」
やはり流れ出た涙が、喜びの涙に変わった殿下に対し、エリーは真剣な面持ちで告げた。
「まず、お肉をつけてください!」
「えっ?」
「もっと食べるのです!」
「えっ、なんで?」
「肉感が足りません!!!」
沈黙が流れた。
「殿下は、ぽっちゃりでこそ、殿下なのです!」
ディンは自分の腹をさすった。
旅で手に入れた引き締まった腹筋を、彼は少し自慢げにさすり、もう一度エリーを見る。
「それはいらない! 筋肉は、不要です!」
「はっ?」
困惑する殿下に対し、エリーは仁王立ちで指を突きつけた。
「ぽちゃを求めます! それが、私が城に帰る唯一の、絶対条件です!」
「わ、わかったよエリー! 僕、頑張ってぽちゃるから!」
殿下は複雑な思いを飲み込み、決意を秘めた表情で、高らかに宣言した。
帰還の準備を整えるため、二人は村のギルドへと立ち寄った。
ギルド長に殿下が全て買い取ってくれた鮮魚の代金を寄付して、感謝する村人一同の仰々しい見送りを受け、エリーたち三人は村を出発した。
それから一週間後、無事に城へと戻った三人。
護衛騎士アインは、殿下付きの護衛騎士へと正式に昇進した。
ディン殿下は、それから毎日、エリーが用意する高カロリーな食事に励んだ。
適度な運動も欠かさず行った。
彼は半年後、健康で幸せな「ぽちゃ」を取り戻し、二人は末永く幸せに暮らしたという。
「お前とは絶交だ! 二度とその顔を見せるな! で、出ていけ―!」と言われたので出ていきました。 ぽっちゃり皇太子のその後の物語。
おしまい
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