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「もうっ、離れて暮らすはずないでしょ」
「あれ……?」
僕はいま竜王の住まう王宮で、王太子殿下の寝室にいる。それどころか寝台の上、王太子殿下……イーヴルの腕の中。これが現在地って、信じられる?
イーヴルは、本当に僕と結婚するらしい。赤い色彩を持つ父親は竜王で、息子の宣言を二つ返事で承諾した。大混乱に陥った僕は一旦部屋に下がったはずが、いまココ。ぼんやりと、ここまでの経緯を思い返す。
――足の火傷はこの国に到着してすぐ、治癒魔術が使える竜人に治してもらった。ピンク色に痕が残ってしまっているが、初めて他人の力を見て感動だ。
喜ぶ僕を、竜王とイーヴルは複雑な顔で見つめていた。
「痕が残っちゃってごめん……これ以上の治癒をできる者はいないんだ。そもそも、ウナの力が規格外なんだよ?」
「そんなことないでしょ。僕の力は限定的だし」
「認識を改めてもらわないとな。身体の内側の病を治せる人は今、この大陸にウナしかいない。しかも末期でも完治させるなんて……驚くほど高い能力だ。覚えていないか?私も幼い頃、君に治してもらったんだ」
「え!本当ですか⁉」
十八年前、彼は竜人しか罹らない病になり治る見込みがなかった。そこで彼の父に連れられて、ウナの元を訪れたそうだ。当時の彼の髪は黒。そう言われて、僕は思い出した。
十二で教会を出て、ひとりで生きていくことになった。栄養不足で身体も小さかった僕は当然野垂れ死にかける。そんなとき、美しい大人に声を掛けられたのだ。
宿の一室へ連れて行かれ、自分よりも身体の大きい子の病気を治すように頼まれた。対価は十分に用意すると言われ、すぐに僕は決断した。生きるためだ。相手が悪い人だったとしても、誰かを助けようとして死ぬならいい。
何度も倒れながら治癒を続けて、ようやくその子は元気になった。目を開けたとき、瞳の鮮やかなルビーに驚いた記憶が蘇る。
「あのときの……あの子だったんですね」
「命を救ってくれてありがとう、ウナ。だから君にイーヴルを預けたんだ」
六年間、この国は王権争いで大いに荒れていた。子も危険だと判断し、国境を越えた僕の元へと送り届けたそうだ。痕跡も残せないからと、書き置きのみで。
ようやく平穏な王宮を取り戻し、竜王の治世も安泰となった。王太子に任じた息子の婚姻は明るい知らせとしてこの国に広がるだろう。
「あの、僕……男ですし、子も産めませんよ?あ。側妃とかつくるのか」
「待って、作らないって!」
「ウナ、安心してほしい。魔女である君なら産めるはずだ」
「産めませんけどぉ!?」
「ウナ。俺、がんばるから!」
いやいやいや、百歩譲って産めたとしても……イーヴルは僕にとって息子同然だ。まだ七歳じゃなかった?なんなら僕は父君よりも年上なのに。
僕がどれだけ言い訳を並べ立てても、「もう成人しているから大丈夫!産めるよ!」と美麗な親子はにっこり頷くだけだった。……僕が産む側なのは確定事項?
とりあえず与えられた部屋で、一人ゆっくり考えよう……とふらふら歩き出したのがつい一刻前。こちらですよ〜と女官さんたちに連れられて到着した部屋はどう見ても王宮の端っこではなかった。
豪奢な部屋でポカンとしていた僕を彼女たちは風呂に入れ、食事を与えた。最後にきれいな夜着を着せられて、寝室に案内されたらイーヴルが飛び込んできたのである。
ここは僕の部屋だよ!だって。
「ウナ、大好き。一緒に来てくれて本当に嬉しい……」
「僕もイーヴルのこと、大好きだよ。もう会えないと思ってたから……夢みたい」
「……ねぇ、抱きたい。ウナのこと、抱いていい?」
「えっ」
イーヴルからそんな言葉が出てくるとは思わなかった。もう、昔の好きとは違うらしい。
でも……でも!彼は子供だ。僕が育てた。胡座をかいた膝の上に乗って子供のように抱きしめられているのは、こちらだけれども。
「もう子供じゃない!竜人は覚醒したら成人なんだって、聞いたでしょ?身体だって、もうウナより大きい」
「……そうだけど」
本来なら断れる立場にないのだと思う。しかし僕はどうしても、踏み切れなかった。だって、数年前まで赤ん坊だったんだぞ⁉︎
「ごめん。もう少し、考えさせて。イーヴルのことは……愛してる。けどそれは養い子としてだ。伴侶となるのは……意外と、受け入れている自分がいるんだけど」
「わかった。ウナが納得するまで我慢する」
昔から、イーヴルが散々結婚したいと言ってくれていたおかげだと思う。再会して結婚できると言われてしまったら、絆されてしまった。離れて寂しかったのは……絶対に僕の方だから。
イーヴルが短くなってしまった僕の髪を梳く。女官さんの手入れのおかげで、手触りだけはさらさらだ。
「髪……短くなっちゃったね」
「長いのが好きだった?髪はまた、伸びるから」
「正直、どっちも好き……ウナ、可愛いもん」
「うぇっ⁉︎」
急に口説かれて狼狽えた僕の頬に、ちゅっとキスされる。顔が熱い。
目を細めたイーヴルは膝から僕を下ろし、僕をシーツの間に寝かせた。見下ろしてくる妖艶な目つきに、また心臓が変な音を立てる。思ったより……この子は大人なのかもしれない。
「先に寝てて。俺は抜いてくる!」
「ぬっ……えぇ⁉︎」
衝撃発言に、僕はさらに狼狽する。堂々と去っていく彼の腰元には、立派なシルエットが見えた。
(僕に、勃つんだ……)
ドキドキしながら彼の後ろ姿を見送っていたものの、姿が見えなくなって目を閉じると急激な睡魔に襲われた。長い一日だった……温かくて、ここは天国みたい。石牢は冷たく、硬かった。
うとうとする僕の身体が、あたたかい身体に包まれる。目の奥がじわっと熱くなって、その胸に擦り寄って眠った。
結婚に向けての準備が進むなか、僕は王宮の一室を借りて治癒の仕事をさせてもらっていた。竜人は他種族や魔女に偏見はないらしい。僕に嫌な態度を取る人もおらず、平和だ。
もっとも、たまに大人が訪れるのには困っているんだけど……
「ウナ、口説いてくる男はみんな追い返していいから」
「え、口説いて……?」
「自覚してっ。ウナは優しいし可愛いし……それに、治癒の力を持つ魔女を取り込みたい貴族は多いんだ」
「あぁ、そういうことか」
僕の力は特別で、治癒以外の力もないという。だから元の国で周囲が恐れていたような害を与える力はないのだ。
むしろ王太子様は、僕の力が他へ流出するのを防ぐために結婚という手段を取ったと考える方が自然だ。
「なに考えてるの?はぁ、早く触れる許可が欲しい。みんなに牽制しなきゃ。――ねぇ、まだ俺は子供にしか見えない?」
「っ」
目にかかるシルバーの髪。上目遣いで訊いてくるイーヴルは、どんどん男らしさが増している気がする。僕はどうしようもなくなって、目をぎゅっと閉じコクコクと頷いた。
――彼に対する認識は日に日に変化している。けれど、それを伝える勇気が僕にはなかった。
三日後に結婚式を控えた日、大雨が降った。
僕は結婚するまで外出を認められていないが、成人したばかりのイーヴルは王宮の外でも忙しくしているらしい。最近は遠くから見かけることの方が多く、帰ってこない日も多い。
それでも着々と時は進み、いよいよ僕とイーヴルは夫婦になるらしい。変化は想像がつかないけれど。
分厚い雲に見え隠れする太陽を窓からぼんやり見ていたとき、見覚えのあるシルエットが淡い日の光を背景に浮かび上がった。
「……あ」
激しい雨に打たれながらも、その身は輝いていた。白銀のなかに煌めくアイスブルー。竜はまっすぐと王宮に向かってくる。というか……
「直接ここに向かってないっ?……うわぁぁっ⁉」
「ウナ〜!ただいま!」
窓を慌てて開け放ち場所を譲ると、最後の一瞬で人の姿に戻ったイーヴルが転がり込んできた。
竜化を解くと全裸だとわかっている僕は、肩に掛けていたショールをイーヴルに掛けにいく。
「びしょ濡れじゃないの!身体もこんなに冷えて……」
「えへへ、早く会いたかったから」
こんなところはまだ子供だ。女官さんからタオルを受け取って、彼の髪から拭いていく。竜化の名残でしばらく残る角に引っかからないように。
額に張り付く髪を掻き上げるイーヴルは水も滴る……ってやつなんだと思う。ついその身体や精悍な顔に、見惚れそうになってしまって困る。
すぐお風呂に入ってくるよう言い含めて、去っていく彼の背中を見つめる。ショールだけを腰に巻いた姿は彫刻のように美しい。広い背中にバランスよく筋肉が乗っていて、その動きを見つめているとイーヴルがくるっと振り返った。
「……見過ぎだよ、ウナ。俺に惚れちゃった?」
「〜〜〜っ。見てないから!」




