表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
第四章 明かされ始める真実
59/60

伝えることと、隠すこと

アレル、ミハル、アキネと別れ、森の小道を下りながら、カオルとマナンは並んで歩いていた。


木々の間を抜ける風が、葉を揺らしながら二人の間を通り過ぎていく。

その風は冷たさを残しつつも、どこか澄んでいて、

昨日まで漂っていた”闇”の名残を、少しずつ洗い流しているようだった。


カオルの歩調に合わせるように、マナンが何気ない調子で口を開く。


「そういや、ずっと気になってたんっすけど」

「……はい?」


カオルは足元の落ち葉を踏みしめる音に意識を向けながら返す。

森の匂いが、昨日の記憶を遠ざけていく。


「ウォルくんはあんまり違和感ないっすけど、

カオルくんとかアレルくんまで、お互いの名前を呼び捨てにしてるっすよね」


マナンは指を頬に当て、少し首を傾げながら尋ねた。

その表情は真剣そのもので、からかいではない純粋な疑問だと分かる。


「普通、年上だったり先輩だったりすると、さん付けとかになるじゃないっすか」

「なのに、みんな自然に呼び捨てで……ちょっと不思議で」


カオルは一瞬、きょとんとしたあと、思い出したように小さく笑った。

その笑みは、森に差し込む淡い光の中へ溶けていく。


「あぁ……それですか。呼び捨ては、ウォルのこだわりです」

「こだわり……?」

「ええ」


カオルは軽く頷く。


「子どもの頃は……僕、ウォルのことを“さん”付けで呼んでました」


マナンは目を丸くする。


「へぇ~……それが、どうして呼び捨てになったんっすか?」


興味深そうに身を乗り出すマナンに合わせるように、カオルの歩みがほんの少しだけ遅くなった。


「父が亡くなって、しばらく経った頃です。

僕が自警団の手伝いをするようになった時、ウォルに突然言われたんですよ」


カオルは一度言葉を切り、ゆっくりと息を吐いた。


「“仲間なのに、壁をつくるな”って」

「壁……」

「そうです。名前に距離を作ると、無意識に心に壁ができる。

だから、遠慮しないで、言いたいことを言えるように……って」


木々の隙間から差し込む光が、カオルの顔にまだらな影を落としていた。


「当時の僕は、正直よく分かりませんでした。

でも……今なら、あの言葉の意味が分かります」

「ふふっ。ウォルくんらしいっすね」


マナンが柔らかく笑う。


「ちょっと強引で、でも不器用で……

でも、ちゃんと相手のこと考えてる感じがするっす」

「そうですね……」


カオルも微笑んだ。


「名前で呼び合うことで、心を一つにしようって……

そうやって、僕たちは生きてきました」

「……素敵な話っすね」

「不器用ですけど、ウォルなりの優しさだったんだと思います。

仲間同士で上下を作らないための、ウォルの兄貴分としてのやり方……」


遠くで鳥が鳴く声がした。

その音が、二人の沈黙を自然に繋いでくれる。


「……兄貴分っすか」

「ええ」


カオルは小さく頷く。


「両親がいなくなってから今まで、ウォルのお陰で僕は立ち止まらずにいられました。

親友で、仲間で……それ以上に、本当の兄のように接してくれました。

……時々無茶するのをどうにかしてほしいですけどね」


空の向こう――まだ知らない未来へと続く道を見るように、カオルは遠くへ視線を向けた。


(血の繋がってない兄弟っすか……)

(……私も、もっと優しくできていれば、彼女を……)


「……マナンさん?」

「あ、いや、何でもないっすよ!!」


マナンは小さく息を吐き、にっこりと笑う。


「……なんだか、カオルくんのこと……もっと好きになったっす」

「え?」

「仲間を大事にしてるところも、ちゃんと人の気持ちを覚えてるところも」

「……全部含めて、っす」

「――す、好き……!?」


カオルの頬が、見る見るうちに赤くなっていく。

それに合わせてか、恥ずかしさを紛らわすように獣耳がピコピコと激しく動いた。


「ちょ、ちょっと……からかわないでください!」

「えへへっ。からかってないっすよ?」


マナンは楽しそうに笑う。


「照れ屋さんなんっすね。そういうところも可愛いっす」

「か、可愛……っ!」


楽しそうなマナンの声が、森の木々の間で軽く跳ね返る。


(”世界の変化”にもっと早く気付いていれば……)

(でも……考えても、もう遅いっすね)


マナンの目の奥に少しだけ暗い影が落ちたことに、カオルは気づかなかった。


─────


そう話しているうちに、二人は集落へと戻ってきていた。


「お~い、カオルたち! ちょうど良かった!!」


集会所の窓から顔を覗かせていたウォルが、手を振る。


「親父がさっき話し忘れたことがあるらしいんだ! 少し寄っていってくれるか?」

「うん。分かった」


カオルは頷き、マナンと共に集会所へ向かった。

集会所の奥には、ベッドに横になったままのルクスが、二人を待っていた。


「マナン殿。昨日の試験の件について、伝え忘れていたことがある」

「……はいっす」


その言葉に、マナンの表情がわずかに引き締まる。


「本来、集落の掟に則れば……いかなる理由があろうとも、

本人が試験を続行不能と判断された時点で、その試験は失格となる」

「まぁ……そうっすよね」


マナンは小さく頷いた。


「今回で言えば……昨日、貴殿があの状態になった時点で、失格になっている」

「……失格」


声が、わずかに震える。


「だが――」


ルクスは一拍置いた。


「今回は”特例”とする」

「……えっ?」


マナンが思わず聞き返す。


「……特例?」

「そうだ」


ルクスは、隣に立つウォルを一瞥する。

そこに苛立ちはなく、確かな信頼だけがあった。


「私もウォルも、自らの意思で掟を破り、貴殿を助けるため介入した」


ウォルが低く呟く。


「……あの時、介入していなければ、マナンさんは……あそこで死んでたかもしれない」

「あぁ、やむを得ない事態だった」


ルクスは、静かに頷いた。


「我々は掟の番人であると同時に、人を守る自警団だ」

「掟を守るために人を見殺しにするのなら――

その時点で、我々は自警団である資格を失う」


沈黙が落ちる。


「だから、マナン殿の試験は“合否保留”とする。

……もし、再び試験を続けたいと思うなら」


ルクスの声は、穏やかだった。


「我々は、いつでも待つ」


マナンの目が、わずかに見開かれる。


「……本当に、失格じゃなくていいんっすか……?」

「当然だ。掟を破った責任は我々が負う。異論が出れば、私が前に立つ。

……問題があるか?」

「……いえ……ないっす」


マナンはしばらく沈黙し、そして隣に立つカオルを見る。


「カオルくん……どうするっすか……?」

「僕は……マナンさんの決断を尊重します」


迷いのない声だった。


「……分かったっす。もう少しだけ、考えてみるっす」

「それでいい」


ルクスは短く頷く。


「もし、再び試験を受けたいと思った時は――」

「分かってる」


ウォルが言葉を引き継ぎ、マナンの肩を軽く叩いた。


「試験ってのは、誰にでも与えられるチャンスだ」

「……そのチャンスを、俺たちが奪う権利はない」

「ウォルくん……」


マナンの声に、確かな感謝が滲んでいた。


「だが、覚えておけ」


ルクスの声が、わずかに低くなる。


「次に同じ事態が起きれば、今度こそ試験は失格だ」

「掟は……掟だからな」


「……はいっす」


マナンは、真剣な表情で頷いた。


「……我々は、いつでも待っている」


その言葉は、試験官としてではなく、

守る者としての宣言だった。


─────


集会所を出ると、空はすっかり落ち着いた色をしていた。

朝とも昼ともつかない、柔らかな光が集落を包み込んでいる。


「……ちょっと、散歩に行きましょうか」


カオルがそう言うと、マナンは元気に頷いた。


「お散歩! いいっすね!!」


そう言って、ブンブンと腕を振ってみせる。

その仕草に、カオルは思わず苦笑した。


「……元気が有り余ってますね」

「元気だけが取り柄っすから!!」

「……ふふっ。じゃあ、行きましょうか」


二人は並んで歩き出す。

集落の道は、昨日までの張りつめた空気が嘘のように穏やかだった。


家々の戸は少しずつ開き、

水を汲む音、鍋をかき混ぜる音、子どもたちの小さな笑い声が、

慎重に、けれど確かに戻ってきている。


「……きっと、完全に元に戻ったわけじゃありません」


カオルは周囲を見渡しながら言った。


「皆、様子をうかがってるんだと思います。

“本当に終わったのか”って」

「……まぁ、その気持ちは……わからなくもないっす」


マナンは、胸元のペンダントを指でなぞる。


「私も……昨日のこと、まだ夢みたいっすから」


散歩道の途中、森に近い柵の前で、カオルは足を止めた。

土の色、折れた枝、焼け焦げた跡――

どれも、昨日の名残だ。


「……ここ、昨日のあとが残ってますね」

「そうっすね……」


マナンは森の方を見つめ、少しだけ目を細める。


「でも、今は……嫌な感じはしないっす」


カオルは頷いた。


「完全に消えたとは言えませんが……森は、息を整え始めてます」

「……ゆっくりでもいいから、元に戻れば良いな」


その言葉に、マナンは小さく笑った。


「カオルくんって、時々すごく優しい言い方するっすよね」

「そ、そうですか……?」


カオルは答えず、少し照れたように視線を逸らした。


─────


散歩の途中、集落の外れにある一軒の家が見えてくる。


「……少しだけ、寄り道してもいいですか」


カオルが足を止めた。


──コツ、コツ。


「……誰だ」


低く、しわがれた声。


「カオルです」

「……入れ」


扉を開けると、

薄暗い室内に、薬草と古木の匂いが混じって漂っていた。


オルジィは、机の前に腰掛けていた。

その視線が、まずカオルに、そしてマナンへと移る。


「……”光”が満ちたな」

「はい」

「お陰様でっす!」


マナンが、ぺこりと頭を下げる。


「……座れ」


二人が腰を下ろすと、オルジィはしばらく黙ったまま、

じっとカオルを見つめた。


「……聞きたいことがあって来たんだろう」

「はい」


カオルは、拳を軽く握る。


「僕の中にある“闇”のこと」

「それから……これから、何をすべきなのか」


オルジィは、目を細めた。


「多くは語らん」

「だが、一つだけ、はっきり言っておく」


その視線が、今度はマナンの胸元――ペンダントへ向けられる。


「お前の中の“闇”と、この娘の“光”」

「それは、隠し続けられるものではない」


カオルの胸が、ぎゅっと締め付けられる。


「……ルクス達に、マナン嬢の持つ”奇跡”


――”魔法”の存在を伝えろ」


「……!」


マナンが息を呑む。


「今の言い方……まるで、最初から知っていたみたいですね……」

「……何をだ」


カオルの質問に対し、オルジィは視線を上げない。

それが、余計にカオルの焦りを煽った。


「マナンさんが……“魔法を使える”ことを」

「そして、それがこの集落では――普通じゃないことを」


一瞬、部屋の空気が固まる。

マナンの指が、無意識に胸元のペンダントを握った。


「……どうして師匠が、それを知ってるんですか」

「僕は……あなたに、話していないはずです」


オルジィは答えない。

杖の先が、床を一度だけ叩く。


“トン”


「……お前は、自分の口を守ると言ったな」

「……はい」


「なら、まず理解しろ。――口だけでは守れん」

「見られる。匂う。揺れる。……人の在り方は、隠しても滲む」


カオルは唇を噛む。

それでも引けなかった。


「でも……“魔法”だと断言できるほど、師匠は見ていなかったはずです」

「昨日、あなたが来たのは……夜の途中でした。あの時点で、マナンさんの光は――」


「……光の質が違う」


オルジィが、低く遮る。


「この娘の光は、“術”だ。偶然の発光ではない」

「そして、術を持つ者の癖は……いしに残る」


オルジィの視線が、マナンのペンダントへ落ちる。

触れずに、刺すように見る。


「……この遺物は、ただの飾りではない。使われてきた器だ」

「器は、使い手の指紋を覚える」


マナンが小さく息を呑んだ。

(見抜かれてる……?)


カオルは、なおも食い下がる。


「……師匠。あなたは――どこまで知っているんですか」

「マナンさんのことも……僕の中の“闇”のことも」


オルジィは、ほんの少しだけ目を細めた。

しかし、言葉は冷たいままだ。


「知っていることと、語ることは別だ」

「今、お前が知れば、焦る。焦れば、光は濁る。……それを昨日、見ただろう」


カオルは息を止めた。

確かに、焦った瞬間に“闇”が疼いた。

あの冷たい渦が、胸の奥で――まだ残っている。


「……でも、僕は――」

「問うな」


オルジィが、短く言い切った。


「答えは、今は刃になる」

「必要なのは、順番だ。――まずは“伝えること”だ」


「”全員に”とは言わん、信頼できる面々だけでいい」

「”奇跡”の存在しない集落で、”奇跡”を語ることは、危険だ」

「だが、連日の騒ぎで……もはや、無視も出来ん」


オルジィはそこで一拍置き、カオルをまっすぐ見た。


「――お前が迷えば、噂が先に走る」

「噂が走れば、真実より恐怖が育つ」

「恐怖は、闇を呼ぶ」


カオルの拳が、わずかに震えた。

(師匠は……僕を守ろうとしてる? それとも――)


マナンは、そっと手を挙げた。


「……カオルくん」

「私は……話した方がいいと思うっす」


「マナンさん……?」

「このままずっと隠し通すのは無理だと思うっす……

私も……皆にもう嘘はつきたくないっす」

「それに皆も、もう……“知らないふり”は出来ないと思うっす。

”瘴気”の存在……カオルくんから聞いた”姉妹”の話……」

「なら、”闇”が本格的にカオルくんを襲いに来る前に、私がこの集落の”光”になるっす」


マナンが、そっと前に出る。

声は小さいが、芯がある。


「……カオルくん。オルジィ師匠の言う通り、今は……順番、っす」

「私、逃げないっす。だから……一緒にやるっす」


カオルは、返事の代わりに、マナンの手を握り返した。

強く――でも、壊さないように。

オルジィは、静かに言った。


「知らぬ者は、恐れる」

「だが、何も知らぬまま恐れる方が、もっと危険だ」

「……」


カオルは、唇を噛んだ。


「僕は……皆やマナンさんを、傷つけたくない……」

「けれど……隠し続ければ、もっと傷つけるかもしれない、不安にさせるかもしれない……」


オルジィは、二人を見比べ、短く頷いた。


「決めるのは、お前たちだ」

「準備は必要だ。言葉も、順番も、覚悟もな」


カオルは、深く息を吸い、そして吐いた。


「……分かりました

ルクス団長が治ったら、相談してみます」

「それでいい」


オルジィは、目を閉じた。


「夜は、まだ終わっていない」

「だが……夜明けを迎える準備は、始められる」


─────


家を出ると、空気が少しだけ軽く感じられた。


「……空気が、重かったっすね」

「はい……でも」


カオルは、マナンを見て、微かに笑った。


「一人じゃないと思えただけで、随分違います」

「えへへ……それなら、良かったっす」


二人は、並んで集落へと戻っていく。


その背中を、

森と、集落と、そしてまだ名もない“運命”が、静かに見送っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ