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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
第四章 明かされ始める真実
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カオルの、過去

集落の高台の上に、マナンとカオルの姿があった。


朝とも昼ともつかない柔らかな光が、二人の足元を照らしている。

風は穏やかで、冷たさを含みながらも、どこか春の気配を孕んでいた。

高台を囲む木々の葉が、さらさらと擦れ合い、一定のリズムで音を奏でている。


その先には、昨日まで死と恐怖が渦巻いていたはずの森が、静かに広がっていた。


折れた枝も、焼け焦げた地面も、まだ完全には癒えていない。

それでも――森は確かに息をしていた。


マナンは、その森をじっと見つめていた。

まるで、そこに何かを問いかけるように。


「……カオルくん。あの森……昨日までの不穏さが嘘のように感じるっす

森の音がして、緑が輝いて……”音”がし始めたっすね」


ぽつりと、独り言のようにこぼれる声。


「えぇ……」


カオルもまた、視線を森へ向けた。


「僕も、森の音を感じます。

鳥の鳴き声や、風の音……

昨日は、あれだけ息を潜めていたのに……今は、少しずつ戻りつつある。

そんな気がします」


マナンは、耳を澄ます。

確かに、小さな鳥の声がどこかで鳴いている。

風が枝を揺らし、葉が応える。


「私たちが“闇”――瘴気獣を追い払ったからっすかね?」

「……それも、大きな要因だと思います」


カオルはそう答えながら、少し言葉を選んだ。


「でも、一番は……集落の人たちが、ほんの少し前を向いたから、じゃないでしょうか」

「前向きに……っすか?」

「えぇ」

カオルは、ふと空を仰ぐ。


「この前、師匠が言っていた言葉を思い出していたんです。

『不安のまま森に入ると、森の不安と同じ色になる。

森は、同じ色を喰う』……と」


マナンは黙って聞いている。


「僕たちは、あの姉妹のばら撒いた瘴気で、不安に染められていました。

でも……ルクス団長やウォル、フウカさんやアレル……

そして、マナンさんが、必死で抗った」


カオルは、言葉を区切りながら続ける。


「だから、森は少しだけ……

僕たちの“色”を、認めてくれたんだと思います」

「……ふふっ」


マナンは、微かに微笑むと、カオルの隣に腰を下ろして大きく息を吐いた。


「でも……カオルくんも、必死だったっすよ?」


その視線が、真っ直ぐにカオルを捉える。


「必死になってくれたから……昨日の夜、“奇跡”が起こったんっす!」

「……僕は、でも……」


カオルの言葉が、途中で止まった。


その沈黙は、昨日の夜の恐怖とは違う。

もっと深く、もっと古い悲しみを含んでいた。


マナンは、無言のまま、少しだけ距離を詰める。


「カオルくん……?」

「……ごめんなさい、マナンさん。

こんな話、重いと思いますが……」


マナンは、ためらいなくカオルの腕をそっと握った。


温かい。

その温もりに、カオルの心臓が小さく跳ねる。


「……大丈夫っすよ。

カオルくんの話、聞かせてほしいっす」


カオルは、少しだけ目を伏せた。


「……本当は、試験を乗り越えたら話すつもりでした」


そして、遠くの森を見つめながら、ゆっくりと語り始める。


─────


「マナンさんには……僕の両親が、もういないことは知っていますよね?」

「……知ってるっす」

「……父は、当時の自警団団長でした」


カオルの声に、わずかな誇りが滲む。


「長い髪をなびかせて、流れるように敵を蹴散らす姿……

あの背中は、僕にとって、誇りで……憧れでした」


だから、とカオルは続ける。


「いつか、父のようになりたいと……ずっと思っていたんです」

「……そうだったんっすね……」

「でも、八年前……巨大魔獣の襲撃で、父は亡くなりました」


カオルの喉が、かすかに鳴る。


「後で聞いた話ですが……

ルクスさん――今の団長を庇って、深手を負ったのが原因だったそうです」

「……カオルくんの、お父さん……」


マナンは、強くカオルの腕を握った。


「……その夜、ルクスさんが、僕の家を訪ねてきました。

父の亡骸を抱えて……」


カオルは、一瞬だけ目を閉じる。


「僕は、最初……何が起きたのか、分かりませんでした。

眠ってるだけだと思ったんです。

また朝になれば、起きるんだろうって……母に尋ねました」

「……」

「……ルクスさんは、何も言いませんでした。

ただ、玄関の前で……ずっと土下座をしていました」

「その背中には……

『自分のせいだ』という後悔が、渦巻いているように見えました」


カオルの声には、自分の痛みと、ルクスの痛みが重なっている。


「次の日の朝……目を覚ますと、母はいませんでした」

「テーブルの上には、父の短剣と……置き手紙が一通」


「そこには……

『カオル、生きて。

お母さんは、お父さんのところへ行きます』

……それだけが、書いてありました」


「……そんな……お母さんまで……」


マナンの声が、震える。


「……その言葉は、今でも胸に刺さっています。

母は、父の死を乗り越えられなかった。

それでも……僕には、生きろと言った」


カオルの瞳が潤んだ。

マナンは、そっとカオルの背中に手を回す。


「僕は、その手紙を胸に抱いて……

部屋の中で、何日も泣きました」


「……一日、二日……

誰かが助けてくれると、どこかで期待していました」

「……三日目の夜。

僕は、家を出て……集落の外れの崖まで歩いて行ったんです」

「崖……?」

「……母が、最後に歩いていた場所だと知ったからです」


カオルは、遠くを見る。


「暗くて、下は見えませんでした。

でも……飛び込めば、全部終わる気がしました」

「……僕は、崖から飛び降りました」

「……っ!」


マナンの体が、強張る。


「……でも、死にませんでした」

「師匠が……飛び降りた瞬間、僕の手を掴んでいたんです」

「その時、言われました」


『なぜ自ら命を絶つ。

光があるのに、闇に飛び込むのか』


「……僕は、答えられませんでした」

「それからも……何度も、同じことを繰り返しました」


木の上。

川の中。

丸腰で魔獣の群れへ。


「でも、その度に……誰かが僕を助けてくれた」

「……そして、皆、泣いていました」


カオルの声が、かすれる。


「その涙を見て……ようやく分かったんです」

「僕が死ねばあの人たちの涙が、空っぽになるって」

「だから、生きることを、選びました」


沈黙。

風が、二人の間を通り抜ける。


「……カオルくんは、強い子っすね」


マナンの声は、か細い。


「……一人で、そんなに抱え込んでたなんて……っ……」


マナンは言葉を続けられなかった。

胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


「大丈夫ですよ」


カオルは、マナンの背中を撫でた。


「もう、一人じゃないですから」

「だって」


そっと、視線を合わせる。


「これからは、マナンさんがそばにいてくれますから」


マナンの瞳から、涙が一粒こぼれ落ちた。


「……はいっす……」


彼女は、静かにカオルの胸へ顔を埋めた。


あの崖は、もう帰る場所ではない。

そう、今なら思える。

高台の上で、森は静かに息をしていた。


─────


集落へ戻ると、アレルがミハルとアキネを連れて、森の方へ向かっているのを見つける。


「あれ?アレルくんじゃないっすか。どうしたんっすか?お散歩っすか?」


マナンが、元気よく声をかける。


「あ、マナンさん!」


アレルはびっくりした様子で振り返る。

隣にいたミハルとアキネも、驚いた顔で二人を見つめている。

よく見ると、その手には何本かの花が握られていた。


「えっと……お散歩じゃ、ないです……

この前の騒ぎで亡くなった団員さんの、お墓参りに行くところだったんです」

「……この前の騒ぎでっすか……?」

「……はい」


アキネが小さく頷いた。


「……」


マナンの表情が曇る。


「……そうだったんっすね」

「カオルさん、マナンさん、もしよかったら一緒にお祈りしませんか?」


アキネが提案する。


「……えぇ、是非」

「僕も、お供します」


ミハルとアキネが、小さな笑顔で二人を導いた。


─────


森の入り口付近には、小さな墓標が建てられていた。

そこにアレルは、静かに花を飾った。

ミハルとアキネも、黙って手を合わせる。


「……この団員さんは、全身に黒い傷が回って亡くなったらしいです。

僕も……マナンさんに……助けて貰ってなかったら……っ」


アレルが嗚咽を漏らす。


「……僕、ケガしたときの傷の匂い、今でも思い出すんです。

とても、とても嫌な匂いで……」


アレルは涙をぽろぽろとこぼす。


「ごめんなさい……助かったのが僕なんかで……!」

「……大丈夫だよ、アレル」


カオルはアレルの頭をそっと撫でる。


「この人が……最後の最後まで、命を張ってくれたから、集落に被害が出ずに済んだんだ」

「……そ、そうなんですか?」

「うん。だから……感謝しなきゃね」


アキネもミハルも、黙って頷いた。


「……マナンさん」

「……はいっす」


マナンは、墓の前で手を合わせる。


(光の巫女の名に於いて、御魂に安らぎが訪れんことを……)


そして、マナンは覚悟を決めた。


(瘴気を、なんとかする。魔界樹を、なんとかする)

(そして、カオルくんやこの集落の人達

――世界を、救えるように、なんとかするっす)


「マナンさん?」


カオルの声に、マナンは「はいっす!」と気を取り直した。


「えへへ……ちょっと、真面目な顔しちゃったっすね」

「……あの……マナンさん、少し寄っていきたい所があるんですが、いいですか……?」

「え、えぇ!」


カオルの提案で、五人は少し足を速めた。

森の中を、ひっそりと進んでいく。

先程の墓よりもさらに奥に、一人分、いや、二人分のスペースだけが少しだけ空いた場所。

見えてきたのは、苔に覆われた、古びた石碑だった。


「……ここに、僕のお父さんとお母さんが眠っています」

「……お父さんとお母さんが……?」

「はい……お母さんの身体は、未だ見つかっていませんが……」


マナンは胸に手を当て、黙って頭を下げた。その姿は、まるで風に揺れる花のようだった。

アレル、ミハル、アキネの三人は、少し離れた場所に立ち、二人の時間を尊重していた。


「……お父さん、お母さん」


カオルは、墓の前に膝をついた。石碑の冷たさが、ひざの布越しに伝わってくる。


「……また、会いに来ました。僕は、元気にやっています」

「今日は、すこし嬉しい報告があります」

「……大切な人を、連れてきました」


カオルは、隣に立つマナンの方を振り返る。

マナンは、少し緊張したような顔をしていたが、静かに頷いた。


「……彼女は、マナンさんと言います。とても遠いところからやってきた、不思議な人です」

「いつも元気な人で、彼女が隣りにいると僕の心まで元気になります」

「……僕は、一生をかけて彼女を守るつもりです」

「カオルくん……」

「……だから、これからもどうか見守っていてください。僕とマナンさんのことを」


マナンも、カオルの隣に静かに座った。苔の湿った感触が、布を通して伝わってくる。


「初めまして。カオルくんのお父さん、お母さん」


マナンは、カオルの言葉を繰り返すように、静かに続けた。


「私も、カオルくんのことを、一生かけて守ります」

「どうか、安心して見守って下さい」


マナンはカオルの手を静かに握る。

手の中に、確かな温もりがある。

それだけで、胸の奥の闇は静かになる。


(昔の僕は、独りで闇に沈もうとしていた)

(光があることを、信じられなかった)


でも今は――

隣に、誰かがいる。


墓の前で、二人はただ、そっと寄り添っていた。


そして、帰り道。

森の中は、昨日までの静けさを取り戻しつつあった。

陽光が木々の葉の隙間からこぼれ、小さな光の粒を作って森の床に落ちる。


「きれい……っすね」


マナンが感心したように呟く。

その声に、アレルとミハルとアキネも、ふっと頷いた。


「……そうですね。この森も、だんだんと落ち着いてきました」


アキネが静かに言う。

「おねーちゃん達が、怖いバケモノを倒してくれたからです……だから、ありがとうございます!」


アキネの言葉に、アレルとミハルがマナンの方を見つめる。


「……別に、私がやったわけじゃ……」


マナンはちょっとだけ、顔を赤らめた。


「カオルくんも、ウォルくんも、団長さんも……みんなで頑張ったっすよ」

「……そうですね、皆で勝ち取った平穏です」


カオルは、決意した。


(たとえこれが束の間の平穏だったとしても)

(僕は、守り抜いて見せる)

(マナンさんも……ここで生きる人たちも)


─────


森は、静かだった。

昨日までの悲鳴も、怒りも、もう聞こえない。


けれど――終わったわけじゃない。


闇は、消えたんじゃない。

ただ、息を潜めているだけだ。


それでも。


カオルは、もう目を逸らさないと決めた。

守りたいものが、ここにある。

手を伸ばせば、温もりがある。


(だから僕は、前に立つ)


逃げない。

折れない。

夜明けは、誰かが立ち続けた場所に訪れる。


なら――

――この場所に立つのは、僕だ。

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