新たな、夜明け
――とある場所にある神殿。
闇の底に広がる静かな空間で、内装は闇を固めたようだった。
黒曜石の柱が数え切れぬほど立ち並び、天井まで延びていく。
天井には血のような赤い光の文様が、脈打つように明滅している。
磨き上げられた黒い床は、踏みしめると深い沼に沈む感覚を与える。
壁には苦悶の表情を浮かべた人々のような、歪んだ彫刻が無数に刻まれていた。
神殿の奥には、生き物の内臓のような禍々しい祭壇が鎮座し、
その上には世界の心臓にも見える黒い石が置かれている。
この神殿はまるで闇そのものを祀る場所のようで、その空気は重く冷たく、
何か”恐ろしいもの”が潜んでいる気配を漂わせていた。
そして、その中心に、森の中でカオルと出会った
――シトラとロゼルの姿があった。
彼女達の視線の先には、巨大な黒い鏡。
空間の中央に浮かぶその鏡には、集落の様子が映し出されていた。
瘴気獣【ヘル・グランデ】が、カオルの放った矢によって消滅する瞬間。
光の粒子が、森に降り注ぐ様子。
カオルたちが、集落へ戻る様子。
そして、カオルとマナンが不思議な光に包まれる瞬間まで。
「……」
シトラは、何も言わずただその様子を見つめていた。
だが、その横にいたロゼルは、やけに上機嫌だった。
「あっははは!! 光が出た、光が出た! すっごいじゃん!
もしかしたら、なんとかなっちゃうかもーって、あたしの予想、だいたい当たってたし!」
シトラは静かに横目でロゼルを睨む。
「……当たらなくてよかったのよ」
「えー。でも、ここであっけなく退場されるよりは、こっちのほうが盛り上がるじゃん?
そ・れ・にー? あの光? ピカピカしててさー。
まるで……“特別”な魔法みたいな? あははは!!」
ロゼルは、面白いものを見るような目で黒い鏡を見つめていた。
だが、シトラの眉間には微かな皺が刻まれていた。
シトラは静かに鏡へ手をかざす。
黒い霧が立ち上ると、鏡は最初からそこになかったかのように消え去った。
――しかし、映像の残像だけが、瞼の裏に居座る。
「で、どうするのさ、これから?」
「今はまだ、見守るだけよ。まだ、舞台の準備が整っていない……」
「まぁいいけど。でもあの光、放置してたら計画が台無しになっちゃうんじゃない?」
「……本来、”予言”の通りならば、あの“邪魔者”は光が枯れて死ぬ運命だった。でも……」
シトラは、鏡に映っていたマナンの姿へ視線を落とすように目を伏せた。
「あれほど枯れかけていたはずの光が、なぜか輝きを取り戻している」
「……ねえねえ、おねーちゃん。どうしてだと思う? あの子、なんで生き残ったんだろう?」
シトラは静かに息を吐いた。
その息が、神殿の冷たい空気に白く溶けていく。
「……理解できない」
「えー。おねーちゃん、分からないなんてことないじゃん。何か隠してるでしょ? 教えてよ?」
「……それだけ、あの“皇子様”が特別だった」
「皇子様が?」
「えぇ……運命を塗り替えるほどの特別な力が、“奇跡”を起こしたのかもしれない……」
シトラは、鏡に映っていたカオルの姿を見つめるように、虚空へ視線を向けた。
「あははは!! おねーちゃんが奇跡って言うの、初めて聞いた!!」
ロゼルは、シトラの表情をニヤニヤしながら覗き込む。
「彼は、未だに自分が何者なのか分かっていない……
その無自覚さこそが、この世界を”闇”へ導く鍵になるのかもしれない……」
シトラの声は、神殿の冷たい空気に消えていった。
「あれ? おねーちゃん、どこに行くの?」
ロゼルが、シトラの背後へ向かって呼びかける。
「……あの少女は、まだ完全に力を取り戻したわけではない。
あくまで一時的なもの……なら、今のうちに“運命”は修正しなくてはいけないわ」
シトラはゆっくりと立ち上がると、静かに告げる。
その視線は、まだ黒い鏡があった空間の向こう、遥か遠くの集落を捉えているかのようだった。
「ふーん。じゃあ、まだやることが残ってるってこと?
やったー! まだ遊べるってことじゃん!」
ロゼルは楽しげに飛び跳ねる。
その姿が、神殿の暗闇に不気味な影を落とした。
「……皇子様。絶望は――まだ終わっていないわよ」
シトラは静かに微笑む。
その微笑みは、まるでこの闇の神殿を照らすほどの、静かで深い闇だった。
──────
「完・全・復・活っす!!」
テーブルをパンと叩き、マナンが満面の笑みで叫ぶ。
その声には、昨日までの青ざめや震えは、まるでなかった。
「……本当に、もう大丈夫なんですか?」
カオルの声は、テーブルの向こうのマナンに届いても、どうしようもない不安が混じっていた。
「はいっす! もう完全に平気っすよ、見てほしいっす!!」
マナンは立ち上がり、軽くジャンプする。
床に足が着く音が、昨日までとは違い、健やかに響いた。
「ほら!」
マナンがくるりと回転して、見得を切る。
彼女の長い青髪と、フウカに貰った水色の服の裾がふわりと宙を舞う。
その姿に、カオルの胸が緩む。
マナンの身体からは、昨日までの痛みと震えが、まるで嘘みたいに消えていた。
――光のマナの力が、マナンの身体を癒やし、かつて無いほどに生き生きとしたオーラが流れている。
そのマナンの奔放なエネルギーに、カオルは昨日の夜が嘘みたいに思えた。
そして、頭に付けた猫耳カチューシャが、それを説得するようにひょこひょこと動いていた。
「でも……無茶はしないほうが……」
「大丈夫っすよ! このマナンちゃんは――」
「――奇跡の生還者っすから!」
マナンは胸を張り、指を突き立てる。
「……うーん……それ、ちょっと違う気がします」
「違わないっすよ! だって、昨日は本当に死にかけだったっすから」
マナンは、ちょっとだけ肩をすくめた。
その動きが、昨日までの弱さを思い出させる。
「……だって」
(僕は、その奇跡を起こした……自分の中の”闇”の正体を知らないんだ)
カオルが言いかけた。
その言葉を、マナンが受け止めた。
「――カオルくんが、救ってくれたからっすよ」
「……僕が?」
「そうっす。君の想いが、私の命に灯りをくれたっす!」
「そんなの、まさに”奇跡”じゃないっすか!!」
マナンの指が、ペンダントを軽く触る。
そのペンダントは、昨日よりもっと穏やかな光を放っていた。
「この中を流れる光は、私と君の、繋がりの証っす」
「……繋がり、ですか?」
「そうっす。だから、繋がっている限りは大丈夫っす!
また一緒にいられるっす!!」
マナンは笑った。
その笑いが、カオルの胸を温める。
「……一緒に、ですか?」
「今度こそ本当っす! 約束するっす!」
マナンが胸を叩いた。
その音が、新しい朝を告げるみたいだった。
「とりあえず……今日は集落のみんなにマナンさんが無事だってことを伝えないと――」
そう言ってカオルが立ち上がろうとした時、
反った背中の痛みでこらえきれず、小さく「うっ」と喉を鳴らした。
「か、カオルくん!? 大丈夫っすか!?」
「は、はい……大丈夫です……」
カオルは無理に笑顔を作った。
昨夜の闇との戦い、そしてマナンを背負っての長い道のり。
その疲労が、ようやく身体を締め付けてきている。
「もっと……体を鍛えます……」
「まぁ、確かにそれはそれで大事っすけど――」
そう言いかけた時、玄関の方から物音がした。
「カオル、マナンさんの様子は――」
ウォルが、戸を開けながら入ってきた。
その時、ウォルの視線がテーブルの向こうのマナンに止まった。
「……どう……だ……?」
「――!?」
ウォルは、あまりの驚きに硬直する。
「ま……マナンさん……!?」
「ウォルくんっ!?」
マナンが、テーブルを飛び越えるようにしてウォルへ駆け寄る。
「見てくださいっす! マナンちゃん、元気になったっすよ!」
マナンは両腕を広げて見せる。
その姿に、ウォルは呆然としていた。
昨日まで死にかけの少女が、目の前にいる。信じられない光景だった。
「……嘘だろ……?」
ウォルは目をこらす。
目がおかしいのか? 夢を見ているのか?
「ウォルくん? どうしたんっすか、その顔……」
「……本当に、本当に元気になったのか!?」
ウォルの声が、部屋に跳ね返る。
「だって昨日、死にかけだっただろ!? カオルに背負われて集落まで帰ってきて、それで……」
ウォルは言わなかった。
それで死ぬと思っていた――というのを。
「……本当っすよ。カオルくんのおかげで元気になったっす」
マナンは静かに頷いた。
その頷きに、ウォルはもう何も言えなかった。
「……カオル、一体これは……どういうことなんだ?」
ウォルの視線が、カオルへ向けられる。
「……僕にもよくわからないけど……師匠の話だと
――”奇跡”が起こった……らしいんだ。信じられないだろうけど」
カオルは静かに答えた。
「奇跡……だと?」
カオルは自分の胸に手を当てる。
そこにある「何か」を、ウォルは分からない。
ただ、カオルの瞳の奥に何かが宿っているのは見て取れた。
「うん……信じられないだろうけど」
カオルはもう一度繰り返した。
ウォルは何も言えない。ただ、目の前の光景を信じられない様子で見つめている。
「……なんっすか? ウォルくん、私が元気になったことに対して不満があるんっすか?」
「いや、そんなことはねぇけどよ……」
「であれば、今は喜んでくださいっす! 細かいことは後で考えればいいっすから!!」
「……はぁ……そうだな」
そう言うと、ウォルはマナンの方を両手でガシッと掴んだ
「おうっ!?」
「……元気になってよかった!!」
「……はいっす!!」
ウォルは納得したように頷いた。
マナンから手を離すと、カオルに視線を戻して告げた。
「とりあえず、後で集会所に来い。親父が話があるらしい」
「……団長、大丈夫なの?」
カオルが心配になる。
「……命に別状はないが、思ったよりもひどい状態らしい。
当面は安静にしてないとダメだとさ」
ウォルは、どこか落胆したように呟いた。
「……そう、なんだ」
カオルの心臓が、きゅっと締まる。
ウォルの背中に、父を失った夜の影が重なる。
──────
朝の集落は、昨日までの静けさを忘れたかのように賑わい始めていた。
広場に集まった人々のざわめきが、陽光を浴びて跳ね返る。
「森の奥に、バケモノが出たんだって」
「ちょうど、試験中で偶然居合わせた団長たちが対処したらしい」
「まじかよ……無事だったのか?」
「ルクス団長は大怪我。だけど皆生きて帰ってきた。良かったよ」
それぞれの声が、不安と安堵の入り混じった調子で空気に溶けていく。
八年前の夜を思い出した顔、胸に手を当てる人、深く息を吐く背中。
カオルはマナンの隣を歩きながら、その声を聞いていた。
「よく見ると、この集落って人が少ない割に賑やかなんっすよね……」
「家の形とかも、どうやって建てられたのか不思議っすけど……」
「うわわっ! カオルくん! あの置物、何でできてるんっすか?」
マナンはあちこちに視線を飛ばし、そのたびに足を止める。
新たな視点で見ると、屋根の形、窓の構造、道に植えられた花――すべてが珍しいらしい。
「あれは普通に、木で作られてます……」
「あれ、木なんっすか!? あれだけ木を、こんなふうに重ねるのって、すごい技術っすよ!」
マナンの興味は尽きない。小さな指で屋根を指し、顔を輝かせる。
その姿に、カオルは「ふふっ」と息を吐いた。
――生きてる。死にかけだった”大切な人”が、目の前で、生きて、動いて、驚いている。
「マナンさん、早く行かないと……」
「あ、そうっすね! ごめんなさいっす!」
マナンは慌ててカオルに追いつき、再び隣を歩き出す。
その軽やかな足音が、昨日までの重い沈黙を打ち消していく。
カオルは、心の中で思った。
――この朝が、本当の夜明けなのかもしれない。
─────
集会所の奥へ進むと、ベッドの上に横になるルクスを囲むように、フウカとアレルが座っていた。
「ま、マナンちゃん!!?」
マナンの姿に目を丸くしたフウカが、驚いた様子で駆け寄ってくる。
「大丈夫だったの!? 見た目、元気そうだけど……」
フウカはマナンの顔を覗き込み、手首に触れ、胸に手を当てて、その温かさを確かめる。
「大丈夫っす!! お陰様で!!」
マナンは元気いっぱいに胸を張る。
その声に、昨日までの死の影が嘘みたいに跳ね返った。
「昨日のあの状態が、嘘みたいだねぇ……」
フウカは心配の表情をしながらも、安堵のため息をひとつ吐いた。
アレルは少し距離を取って、マナンをじっと見ていた。
「昨日、マナンさんからしてた、怖い匂いが、しなくなりました……」
アレルの犬耳が、ぴくり、と小さく動く。
「やさしい匂いに……変わってます……」
マナンは、安心させるようにアレルの頭をそっと撫でた。
「心配してくれたんっすか? もう大丈夫っすよ!!」
「……は、はい!」
頭を撫でると、マナンはその横にあるアレルの犬耳へ手を伸ばした。
「わ、わわっ……!?」
アレルの顔が、たちまち赤く染まった。身を乗り出して耳を避けようとする。
「み、み、耳……撫でないでくださいぃ……!」
「えへへ……ごめんっす。思わず」
マナンは悪戯っぽく笑いながら手を引いた。その腕に、昨日の弱さは微塵もなかった。
「アレルくん……この前はありがとうっす! 護ってくれて」
マナンが真面目な顔に変わると、アレルも少しだけ緊張を解いた。
「い、いえ……僕は、ほとんど……」
アレルは言葉に詰まり、小さく首を振る。カオルがその肩をポンと叩いた。
「アレルはちゃんと役割を果たしたんだよ。マナンさんを助けてくれた」
「で、でも……」
「ふふふ。アレルくんは、もっと元気じゃないと、らしくないっすよ」
マナンは悪戯っぽく笑う。その姿に、カオルの唇がほころんだ。
その時、ベッドの上のルクスが、低い声で呟いた。
「……マナン殿、少し良いか」
「あっ……はっ、はいっす!!」
ルクスは寝たきりのままだが、目は冴えていた。
昨日の激闘の色が、まだ瞳の奥に残っている。
その視線が、まずマナンの顔へ――次に胸元のペンダントへ――そして最後に、カオルへ移った。
「まず、貴殿が生きていたのは、とても喜ばしい事だ」
「……はいっす」
「だが、問題は“その理由”だ」
空気が、一段冷える。
フウカの指が止まり、アレルの犬耳がぴくりと跳ねた。
ウォルは息を呑み、無意識にカオルの前へ半歩出る。
「……何があった?」
言葉は短い。だが、刃のように鋭い。
“責めている”のではない。
“次の襲撃”を想定している声だった。
マナンが一瞬だけ言葉に詰まり、カオルを見る。
「僕が……説明します」
カオルは静かに答えた。
胸の奥が、ほんの僅かにきゅう、と絞られる。
昨日の夜と同じ場所――闇が渦を巻く感覚。
「昨日、マナンさんを連れ帰った後、僕は彼女と共にいました」
「マナンさんは助からないだろうと、師匠に言われました……」
「でも、僕は諦めたくありませんでした。マナンさんに、生きてきてほしかった」
それを聞いていた、フウカの目尻に涙が浮かぶ。
ルクスは、黙って聞いていた。
「マナンさんの命の灯りが消える直前、信じられないことが起こりました」
「僕の中に眠る“何か”が、マナンさんの胸にあるペンダントへ流れ込んで……
それが混ざり合って、彼女を癒やしたんです……奇跡みたいな形で」
「……奇跡、だと?」
ルクスの声が低くなる。
その眉間に寄った皺は、“疑い”ではない。
“理解しようとする顔”だった。
「……マナン殿の胸にあるそれは”遺物”。力と反応して奇跡を起こす可能性はあるかもしれん。
だが……カオルの中に眠る“何か”とは……何だ?」
「……わかりません」
正直に言う。
魔法、人間、マナ――言えない言葉を、言わないように選びながら。
『――口を守れ。余計なことを言うな。
言えば掟が動く。掟が動けば、人は動く。人が動けば――森が動く』
オルジィの言葉が、心の中で反復する。
これ以上、”不穏”を起こしたくない。
「……なるほど」
ルクスが目を細める。その目はカオルに向けられているはずなのに、
見つめる先は、どこか遠くを見ているようだった
「では聞く。――その”力”は、昨日の”闇”と関係あるのか?」
「……昨日、森で……僕は“闇の巫女”と名乗る女たちに出会いました」
その瞬間、部屋の空気が凍った。
「ちょ、ちょちょちょ……カオルくん、聞いてないっすよそんな話!?」
マナンの声が弾む――が、その弾み方が“焦り”を隠せていない。
カオルは苦しそうに頷いた。
「ごめんなさい。昨日は……色々ありすぎて……」
ルクスは短く息を吐いた。
「カオル、続けろ」
「その女達は、僕の中に――“闇”があると言っていました
『“闇”を従わせ、世界を正しい道に導く皇子だと』……」
「……は?何だよそりゃ!?」
「……闇を従わせる……王……?」
ウォルの声が掠れる。
マナンは、驚いた様子でカオルの話を聞いている。
「そして、八年前の“厄災”も、今回の森の巨獣も――“自分たちが原因だ”とも」
「……な、なんだって!?」
ウォルが一歩踏み出す。
床板が鳴った。
「ふざけんな……八年前のことを、そんな簡単に――!」
怒りが先に出る。
だが、その怒りは“恐怖”の裏返しだった。
父を失いかけた昨日の夜の影が、まだウォルの背中に張りついている。
ルクスが、低く、しかしはっきり言った。
「ウォル、抑えろ。怒りは、敵の餌になる」
「……っ」
ウォルは歯を食いしばり、拳を握りしめる。
握りしめた拳が震えるのは、怒りだけじゃない。
ルクスの視線が、今度はカオルの胸元へ刺さった。
「カオル。お前の中の“闇”……それは今、味方に転んでいる。
だが――敵にとっては“標”だ」
標。狙うための印。
「『光が満ちたと知れれば、闇は寄ってくる』……師匠の言葉と同じだな」
ルクスの言葉に、カオルは息を吸う。
心臓が痛いほど、冷たい空気が流れ込む。
「お前が“皇子”というなら、我々は“皇子”の護衛となる」
「護衛……ですか?」
「ああ。その力が正体不明のままであろうと、
今は我々と“敵”ではない以上、守るべき存在だ」
ルクスが言い切った。
その言葉に、フウカの顔が和らぐ。
カオルは小さく「……はい」と呟いた。
ウォルはまだ納得しきれない顔をしているが、とりあえず言葉を飲み込んだ。
「だが、覚悟はしろ」
ルクスの声が一段低くなる。
「話を聞く限り、お前はその女たちの“標的”になった。
おそらく一生狙われないということはないだろう」
「……僕が、狙われる……」
(そうか……僕が……)
「……はい。だから、隠しません」
「僕は逃げない。……僕が原因なら、僕が前に立つ」
「カオルくん……」
マナンが、そっとペンダントを握る。
その光が、ほんの少しだけ強くなった。
(“つながり”が切れたら、また危なくなるかもしれない……)
(それに、私はあの日誓ったっす)
(――私の命は、カオルくんの為に……)
「なら、私も逃げないっす。私も、カオルくんの隣にいるっす」
「マナンさん……」
マナンが覚悟を決め、カオルに告げた。
「あたしも、手伝えることは手伝うよ、ここまで来たら逃げるなんて出来ないね」
「ぼ……僕も!マナンさん達に、助けて、えと……救ってもらいました!!
それに、カオルも大切な仲間です!! だから、僕も……に、逃げません!!」
フウカとアレルが、それに続く。
「……俺だって同じだ。カオルのことは、何が何でも守る」
そして最後にウォルが決意すると、ルクスは目を閉じ、短く言った。
「……よし」
そして、命令の声になる。
「この件は、集落全体へ言うのは伏せろ。余計な噂は”闇”を呼ぶ」
「だが、一部の者には共有する。――間違いなく、次が来る」
ルクスはベッドの上で、剣を握るように指を曲げた。
「ウォル。警戒線を張れ。周辺の見張りを倍にしろ」
「フウカ。治療と物資を整えろ。私の体も、動かせるところまで戻す」
「アレル。他の連中とともに異臭と気配の変化を嗅げ。誰よりも早く“闇の匂い”に気づけるのはお前だ」
最後に、ルクスの目がカオルとマナンを貫いた。
「そして――二人」
「奇跡は“祝福”だけじゃない。“災い”にもなりうる」
「守りたいなら、守り続けろ。心が揺れた瞬間、そこに闇が差し込む」
カオルは、マナンの手を握り直す。
昨日の夜より、強く。
でも、壊さないように。
「……はい!」
「……はいっす!」
その返事に、ルクスは僅かに口元を上げた。
「いい返事だ」
「なら、まだ終わらない」
「……私たちの夜明けは、ここからだ」
ルクスは、二人の目を見て、確信した。
――可能性は、まだ潰えない。
――ここからが、新たなる始まりだと。




