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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
第三章 迫りくる”闇”
55/60

瘴気獣、現る(後編)

ウォルとルクスは、突破口を探るため、なおも攻撃を続けていた。

瘴気獣【ヘル・グランデ】は、斬撃も衝撃も飲み込みながら、さらに闇を濃くしていく。


薙ぎ倒された木々は、色を失っていった。緑が茶に、茶が灰に。

空気そのものが冷えて、息を吸うたび喉の奥が重たい。

森が「嫌がっている」――そんな感じがした。


「……っ、くそ……!」


ウォルが歯を食いしばった、その瞬間だった。


瘴気獣の腕が、横から叩きつけるように振られる。予想外の軌道。予想外の速さ。

闇の塊が、空間ごと殴りつけてくるみたいな重みが、ウォルを飲み込みに来た。


「っ……早ぇ!」


避ける暇なんてない。

足が動くより先に、影が割り込んでくる。


(避けられ――)


その直前。


「ウォル!!」


ルクスが、迷いなく飛び込んだ。


”ドンッ――!”


瘴気獣の腕が、ルクスの胸を叩き潰すように押し当てられる。


「――ッガァッ!!」


次の瞬間、ルクスの体が宙を滑った。

背中から、太い木に叩きつけられる。


”バキバキィッ!!”


枝が折れ、葉が舞う。

幹がきしみ、地面が揺れる。


「団長!!」


カオルはその光景を見て、思わず叫んだ。

目の前で、大人の体が“軽く”飛んだ。


軽いわけがないのに。

それくらい、あの一撃は凄まじかった。


「親父ッ!!」


ウォルの声が割れる。


ルクスは、木にめり込むように止まった。

息が抜けたのが遠目でも分かる。でも――倒れない。


倒れる前に、剣を地面へ突き立てて支えていた。

口の端から血が流れ、膝がわずかに沈む。背中は痛いはずなのに、目だけが折れていなかった。


「……大丈夫だ。まだ立てる」


息を吐くたび、声がかすれる。

それでも、命令だけはぶれなかった。


「それより前を見ろ……次が来るぞ……!」


その声を聞いた瞬間、ウォルの中で何かが切れた。


「あの野郎……よくも親父を……!!」


頭に血が昇り、思考より前に体が動く。

冷静じゃない。そんなことは分かっている。

分かっていても、止まれない。


ウォルは瘴気獣へ真正面から突っ込んだ。


「うおおおおおおおお!!」


怒鳴り声が森を揺らす。

剣を振る。叩き込む。

何度も。何度も。斬って、斬って、斬り続ける。


だが――


「クソッ! どうにもなんねえのかよ!!」


刃が沈む。それはいい。

斬れているのに、削れない。

吸い込まれて、戻る。戻って、また濃くなる。


闇は痛がらない。闇は怯まない。

ウォルの怒りだけが空回りしていく。


「なんでだよ……なんなんだよ、お前は!!」


瘴気獣は、そんなウォルを“邪魔なもの”みたいに扱った。

腕を振るう。ただそれだけで、ウォルの体が弾かれる。


「ぐあっ……!」


地面を転がり、土と枯れ葉が顔に張りつく。

それでも立つ。立って、また行こうとする。


「ウォル! 冷静になれ!!」


ルクスの声が飛ぶ。

ウォルは叫び返した。


「なれるか!!」


その声には、泣きそうな色が混じっていた。


─────


戦場の端。

倒木の陰で、カオルはただ見ていることしかできなかった。


倒木は、瘴気獣の正面から少し外れた場所に横たわっている。

枝と枝の隙間が一本だけ、戦場へ向けて細く抜けていた。矢が通る、ぎりぎりの“道”。


(団長が……)

(ウォルが……)


二人とも、命を張っている。

なのに自分は、矢を放っても意味がないと分かっている。弓を握っているのに、役に立たない。


指が震える。

矢をつがえようとしても、手が言うことを聞かない。


――怖い。

怖いのに、目を逸らせない。

逸らしたら、もっと怖い。


『守るものを間違えるな』


オルジィの声が、頭の奥で反響する。


(僕は……)

(守るって、言った)


――マナンさんを守る。

そう言った。約束までした。

なのに、現実の前では、何もできない。


(このままじゃ、マナンさんどころか……)

(誰も守れない……)


その時――背中から、小さな声が飛んだ。



「カオルくん……ちょっといいっすか……!」

「……ど、どうしましたか?」


カオルは、問いかけに応じ振り返る。

マナンは倒木にもたれて、苦しそうに息をしていた。

顔色が白い。目の焦点が揺れる。膝下の血が黒く乾き始めている。

胸元のペンダントは、光を失いかけた灯火みたいに弱々しい。


それでも。

カオルを見つめるその目だけは、燃えていた。


「一つだけ……思いついた方法があるっす……」

「えっ……?」


マナンは唇を噛み、呼吸を整える。

痛みで言葉が途切れそうなのを、無理やり繋いでいるのが分かる。


「さっき言った通り、奴の中心には弱点……”核”があるっす。

闇が一番濃いところの奥……そこを……壊せれば……終わるっす」


カオルは頷いた。

分かっている。分かっているからこそ――その先を聞きたくなかった。


マナンは、続けた。


「カオルくん……矢を当てるの、上手いっすよね?」

「……どういう、意味ですか?」

「核を壊すには……光の力か、浄化に近い力が必要っす」

「でも……私がいくら魔法を叩き込んでも、効かなかったっす。

闇は削れない、マナを吸われるだけだった……」

「考えた方法は……一つっす」

「針のように鋭い、矢の先……”矢尻”に、”浄化”の力を一点集中させる……」


カオルの胸が、嫌な音を立てた。


「……私のペンダントの“残りのマナ”を使って……

カオルくんの矢尻に……浄化の力を凝縮させるっす」

「上手く行けば、矢尻が核を貫いて、奴を倒せるはずっす……」

「……賭けっすけどね」


(――っ)


頭が真っ白になった。


――ペンダントの残り。

それは、マナンの命の残り。

削るほど、灯火が短くなる。


「――ダメです」

「そんなの……絶対ダメです!!」


即答だった。考えるより先に声が出た。


「なんでっすか……?」

「ダメです……当たり前です!」

「それ、マナンさんが……死ぬかもしれないってことじゃないですか!!」


声が裏返る。

怖いのか、怒りなのか、自分でも分からない。


「そんな……出来るかわからないような作戦に

命を投げ出すみたいなこと……僕は、させたくありません……!」


マナンは視線をそらさなかった。


「……確かに、マナが尽きれば……死ぬかもしれないっす」


その一言で、胸の奥が冷たくなる。

息が浅くなる。


(嫌だ……)

(もう、誰かがいなくなるのは……)


勝手に記憶が浮かぶ。

――父の背中。母の暖かさ。

握った手がほどけた感覚。戻ってこなかった日。

――助けたかったのに、何もできなかった。


「なら……意味ないです!!」


カオルは一歩、マナンへ詰め寄った。


「マナンさんが死ぬなら、倒せても意味ない……!」

「だって約束したじゃないですか……生きるって。試験に合格して、命を繋ぐって」

「僕の耳……触るって……」


言いながら、自分の声が震えているのが分かった。

情けない。弱い。守るって言ったのに。


「ここで死んだら……何もかもおしまいなんですよ……!」


マナンは、弱い声で笑った。


「……ふふ……カオルくん、やさしいっすね……」


その笑いが、カオルには耐えられなかった。


「いい加減にしてください!!」

「僕は……僕はマナンさんを守るって言いました!!」

「身勝手に死なせるような真似は、させられません!!」


声が荒れる。


「だから……簡単に死ぬなんて、言わないでください!!」


その瞬間だった。


”パァンッ!”


――マナンが、カオルの頬を平手打ちした。


乾いた音が耳の奥で弾けた。

頬が熱い。痛い。

何が起きたのか、一瞬分からなかった。


「カオルくん、前を見て。今を見て!!」


声が震えているのに、目は真っ直ぐだ。


「守りたいなら、今、何を守るっすか!?」

「私ひとりより、前で戦ってる二人じゃないんっすか!?」

「この先にいる集落の人たちじゃないんっすか!?」


カオルは言葉が出ない。

マナンは息を吸って、吐いて、言い切った。


「ここで奴を倒せなければ、この先には集落があるっす。子どもも、老人もいるっす」

「今、ルクス団長とウォルくんが命を張ってるっす。でも……もう限界が近いっす」

「止められなければ、次に奴が向かうのは集落っす!!」

「大勢の人が死ぬかもしれないっす!!」


怖いのだ。分かる。

それでも、言葉を止めない。


「それを知った上で、私を止めるなら……」

「その“守る”って言葉、間違ってるっすよ!!」


胸が、ぐっと苦しくなる。


反論したい。違うと言いたい。

でも、反論した瞬間――自分が壊れるのが分かった。


「私だって怖いっすよ」


マナンが、かすれた声で言った。


「死にたくないっす……カオルくんと、もっと一緒に過ごしたいっす」

「集落の人たちと笑ったり、知らない場所を見たり……」

「やり残したこと、いっぱいあるっす……!!」


それでも――と、マナンはペンダントを握りしめる。


「でも、ここで私が怖がって引いたせいで、誰かが倒れるのは……もっと嫌っす……」


マナンの目が、覚悟の色に変わる。


「……チャンスは一回だけっす」

「確実に倒せるかも……分からないっす。

「でも、やらなかったら……未来はないっす」


カオルは唇を噛んだ。

噛みすぎて、血の味が口の中に広がる。


(選ばなきゃいけない)

(守るって……こういうことなのか)


「……マナンさんが死ぬのは嫌です」


絞り出す。

それでも、目を逸らさない。


「でも、集落の皆さんや……ウォルや団長が死ぬのを見るのも……嫌です」


マナンは小さく頷いた。


「分かるっす。その気持ち」

「後悔しないなんて、無理っす」

「でも、何もしなかったら……もっと後悔するっす」


息を吸う。マナンは、最後に言った。


「勿論、ここで簡単にくたばるマナンちゃんじゃないっす……」

「死なないギリギリ……最低限のマナは残すっす」

「だから……お願いっす。私を信じて欲しいっす」

「私も、カオルくんを……信じるから」


その一言が、カオルの胸を貫いた。

カオルは震える手で弓を握り直し、マナンに告げる。


「……分かりました」


声が小さすぎて、自分でも頼りない。

だから、もう一度――言い直す。


「やります。でも……約束してください。生き残るって」

「もちろんっす……やり残したこと、たくさんあるっすから」

「生き残って、カオルくんの獣耳、絶対触るっす」


マナンは意地で笑った。


「約束……まだ終わってないっすから」


胸が痛む。

こんな時に“約束”が支えになるのが悔しい。


「核の周りを叩いて、闇を薄くすれば見えるはずっす」

「カオルくん……二人に伝えてきてほしいっす」


カオルは立ち上がった。


「……分かりました。僕が伝えます」

「お願いっす……カオルくん」


カオルは倒木の陰から飛び出した。

走る。足がもつれる。でも止まらない。

――止まれない。


─────


戦場の音がうるさい。


闇がうなる。木が裂ける。剣がきしむ。

息を吸うだけで喉が痛い。空気が鉄みたいに冷たい。


ルクスは、まだ立っていた。

木に叩きつけられた背中を引きずるみたいにしながら、それでも剣を握っている。

“強い”というより、“折れない”に近い。


「団長!」


カオルが叫ぶと、ルクスが一瞬だけ目を向けた。


「来るな! 下がってろ!」

「伝えたいことがあります! 奴を倒せるかもしれません!!」


ルクスは攻撃をいなしながら、カオルの方へ顔を向けた。


「どういうことだ、カオル!」

「奴の中心――闇が一番濃いところを、一瞬だけでも薄くしてください!」

「マナンさんから聞きました。その奥にある核が弱点です!

――ぼくがそこを、矢で射抜きます!!」


ルクスの眉が、ほんのわずかに動いた。

理解が早い。判断が早い。


「……できるのか?」

「できます! やるしかないんです!」


その瞬間――瘴気獣が動いた。


”ゴゴゴゴゴ……!!”


闇の腕が、カオルへ向けて振り下ろされる。

狙いを変えた。“邪魔なものを消す”動き。


(こっちに……!)


背筋が凍る。

避けられない。足が固まる。


――その前に、影が立った。


ルクスだった。


「下がれ! カオル!!」


ルクスがカオルの前に出る。

背中が大きい。

大きいのに、今は痛々しい。


「団長……!!」

「俺が盾になる。お前は狙いを定めろ!」


闇が、ルクスの元に落ちる。


”ズドンッ!!”


ルクスが巨剣で受け止める。

腕が震える。膝が沈む。歯を食いしばる音が、すぐ近くで聞こえた。


それでも、前へ倒れない。


「ウォル!! 来い!!」


ルクスの声でウォルが我に返る。


「……作戦があるんだな!? 親父!!」


ウォルは走る。迷いを捨てて、ルクスの横へ並ぶ。

怒りじゃない。今は――必死さだ。


「私に合わせろ! 中心を叩く!!」

「……分かった!!」


二人が同時に闇へ斬り込む。

通じないのは分かっている。それでも、中心を叩く。何度も、何度も。

斬る。押す。裂く。叩く。

剣が沈む。沈んだ分だけ、腕が冷える。心が削れるみたいに冷える。


それでも、二人は退かない。


瘴気獣が腕を振るう。

二人が受ける。弾かれる。踏ん張る。

踏ん張って、また斬る。


「今だ、ウォル!! 中心を抉れ!!」

「うおおっ!!」


ウォルの剣が深く沈む。

戻らない。戻さない。力ずくで押し込む。

闇が、ほんの一瞬――薄くなった。


その薄さの奥に、“見える”ものがあった。


濃い。硬い。

闇の中心で、じっと脈打つ塊。

”核”。


カオルの喉が鳴る。


(見えた……!!)


カオルは踵を返し、走った。

倒木の陰へ滑り込む。転びそうになりながら、マナンの元へ戻る。

マナンは、カオルを見つめていた。

震える手で、微かな輝きを残すペンダントを握っている。


「カオルくん、矢を……一本だけ、こっちに向けてもらえるっすか?」

「はい……!」


カオルは矢筒から一本だけ抜いて、マナンに向ける。

曲がりのない、羽根が傷んでいない、いちばん信じられる一本。


マナンは外套の陰へ、矢尻とペンダントを隠すように寄せた。

戦場の土煙と闇のうねりが視界を揺らす。


正面の圧に耐えている二人が、こちらを細かく見る余裕はない。

――魔法を見られるわけには、まだ行かない。


「少し……熱くなるかもしれないっすけど、びっくりしないでほしいっす」

「……大丈夫です」

「始めるっすよ……」


「――女神よ、巫女の声を聞け、祈りを受け取れ」

「――闇を貫き、光をあるべき姿に戻す力を」


マナンが、かすかな声で呪文を詠唱し始める。

矢尻にそっと押し当てたペンダントから、光の粒が立ち上がる。


「――”ホーリー・ルミナス”」


光が矢尻に向かい収束してゆく。微かな、だが温かい光。

カオルの指先から、矢を通じて淡い熱が確かに伝わる。


(……これが)

(マナンさんの……命の欠片……)


怖い。止めたい。触れたくない。

――でも、触れなきゃ守れない。


マナンが、小さく息を吐く。


「カオルくん」

「忘れてないっすからね」

「耳……触る約束……」


胸が苦しくなる。


「……触るのは、元気になってからです!」

「……絶対……っすよ」


外で、剣が闇を裂く音が跳ねた。


ルクスとウォルの攻撃が、中心へ集まり始めている。

削るためじゃない――剥がすためだ。見せるためだ。


カオルは息を呑んだ。


(団長、分かってる)

(“倒す役”は僕だって……)

(でも、それだけじゃないことも、きっと――)


その時だった。


ルクスが、ほんの一瞬だけ視線をこちらへ滑らせる。

顔は正面のまま。

目だけが、倒木の陰に――カオルの手元と、マナンの手に吸い付くように動いた。


(……カオルの弓と、マナン殿の”奇跡”)

(それに、すべてを掛ける)


“作戦の匂い”を嗅ぎ取る目だった。

そして、代償の匂いも同時に嗅ぎ取る目だった。


ルクスはすぐに正面へ戻し、巨剣を構え直す。

次の一撃を受け止めながら、低く言った。


「……マナン殿!」


呼びかけは、確認だった。

これから口にする言葉が――誰かの命を削ると、分かっているから。


ルクスの声が落ちる。


「集落を守るために、命を捧げる覚悟はあるか!!」


マナンは、間髪入れずに答えた。


「あります!!」


震えはある。恐怖もある。

それでも声は、折れていなかった。


「怖いっす。でも……皆さんを守りたいっす!!」

「団長さんも、ウォルくんも……そして

――カオルくんも、守りたいっす!!」


ルクスが短く息を吐く。


(……なるほど、これか)


(師匠の言っていた”光”

――我らの、未来へ導く”希望”)


「……その覚悟、受け取ったぞ」


ルクスはウォルへ叫ぶ。


「ウォル! もう一度中心を叩く、完全に闇を剥がすぞ!!」

「分かった!!」


ルクスが一歩、前へ出た。

ウォルが半歩、横へつく。


親子の距離が詰まった瞬間、戦い方が変わった。力任せじゃない。手順になる。


「一撃目で揺らす!」

「二撃目で裂く!」

「三撃目で――剥がす! いいな!!」

「了解!!」


”ドンッ!”

”ザシュッ!!”

”ブォンッ!!!”


ルクスの巨剣が落ち、ウォルの剣がえぐり、闇が波打つ。

その“剥がれ目”を、カオルは息を止めて待った。


闇が襲う。剣が沈む。腕が冷える。

それでも二人は退かない。


押す。裂く。削ぐ。

闇が、じりじり薄くなる。


「親父ぃ! 見えたぞ!!」

「ああ!

――カオル! 今だ!!」


ルクスの声が落ちた瞬間、闇が一瞬だけ剥けた。


核が、完全に見える。


「……はい!!」


カオルは倒木の陰から飛び出す。

弓を引く。引き絞る。


矢が震える。腕も震える。膝も震える。

戦場の空気が重すぎる。

でも――目だけは揺らさない。


(絶対に……外すな)

(……外したら、何もかも終わる)


「外さない……!」


喉から声が漏れる。小さすぎる。

だから叫んだ。


「行け!!」


同時に――


「行けええええええ!!」


ウォルが叫ぶ。


「撃てぇ!!」


ルクスが叫ぶ。


「お願いっす!!」


マナンが叫ぶ。


”グググ……”

”匕ュンッ!!”


矢が放たれる。

一直線。迷いのない軌道。


「「「「貫けぇっ!!」」」」


四人の絶叫が森にこだました。


矢が闇に触れた瞬間――いつものように吸われない。

見えないのに、矢の周りだけ空気が“拒む”みたいに揺れた。


矢は闇を突き抜ける。

そして――核へ。


”ピシッ”


乾いた亀裂の音。


”パキィィィン”


次の瞬間、核が“割れた”のが分かった。


瘴気獣の巨体が止まった。

闇が揺れる。迷うみたいに揺れる。

それから、ゆっくり崩れ始めた。


黒い塊が裂け、ほどけ――淡い粒になっていく。

光と呼ぶには弱い。けれど、闇よりずっと優しい色。


パラパラ、と。

キラキラ、と。


粉雪みたいに、森へ降り注ぐ。

眩しい光じゃない。温かい光だった。


冷え切っていた空気が、ほんの少しだけ軽くなる。

遠くで、鳥の声が“試しに鳴いた”みたいに一つ響く。

それに続くように、虫の羽音が混じる。


森が、ようやく息をした。


「……勝った……?」


ウォルが呆然と呟く。

ルクスは剣を支えにして息をつき、頷いた。


「……あぁ。終わった」


言った直後、ルクスの肩がわずかに落ちた。

背中の痛みを、今ようやく体が思い出したみたいに。


その瞬間だった。


「……っ」


倒木の陰で、マナンが崩れ落ちた。


「マナンさん!!」


カオルが駆け寄る。抱き起こす。

体が軽い。熱が薄い。

ペンダントは、ほとんど光を失っていた。


「返事してください……!」

「……カオルくん……」

「しゃべらないで……!」

「……生きてるっすよ……」

「ダメです! 目を開けて!!」


マナンが目を細める。


「……ふふ……心配性……」


喉が詰まる。

声が出ない。出したら、泣きそうだ。


「マナンさん……お願いだから……!」


マナンは、かすかに頷いたように見えた。

それから、意識がふっと遠のく。


ルクスが短く言う。


「撤収だ。森に長居するな」


ウォルがカオルの横へ来た。息が荒い。顔に土がついている。

さっきまでの怒りは消えて、残っているのは疲労と――震えだった。


「……連れて帰るぞ。背負えるか」

「背負える!!」


はっきりと言い切った。

言い切らないと、自分が崩れる。

そして、カオルは震える腕で、マナンを背負った。


(今度は、僕の番だ……)


ウォルはそのまま、ルクスの方へ回り込む。

ルクスは「いらん」と言いかけたが、膝が一瞬だけ落ちた。

ウォルが肩を差し出し、ルクスは歯を食いしばって乗った。


「歩ける。……行くぞ」

「分かってる。でも今は、倒れんなよ」


短い言葉。だけど、それで十分だった。


─────


四人は森を離れた。

背中に淡い粒が降る。冷たくない。痛くない。

むしろ、どこか懐かしい温度だった。


森の奥から、小さな鳴き声がもう一度聞こえる。

風が葉を揺らす音が、少しだけ戻る。


ほんの僅かに――世界が、戻りかけている。

その気配を背中で感じながら。

カオルはマナンを背負い、歯を食いしばって、集落へ向かった。

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