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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
第三章 迫りくる”闇”
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瘴気獣、現る(前編)

少し前――

集落の少し外れた位置にある高台には、ルクスを始め、

ウォルを除いた残りの審査員たちが待機していた。

高台から森の縁を見下ろせば、そこにあるはずの“音”が、抜け落ちている。


鳥の声がない。虫の羽音がない。

風が枝を撫でる気配さえ、薄い。


「……虫も鳥も。まるで時間が止まったみたいだ。

森が息を潜めている。……やばいんじゃないか?」


フウカが唇を噛み、声を落とす。

アレルは犬耳をぴくりぴくりと動かし、恐怖に乾いた喉で言った。


「……怖い音がします。地面の底から。今まで聞いたことない……」


オルジィは杖を握りしめたまま、空気に沈む“違和感”を掬うように呟く。


「……闇。世界の痛み。それを呼ぶ者がいる。あるいは――呼び出されている存在がいる」

「呼び出され……てる……?」


フウカの顔が、目に見えて青ざめた。


「じいさん……一体、森で何が起ころうとしてるんだい……?」


オルジィは答えなかった。

代わりに、丘の巨木――世界樹へ視線をやる。


「――光が、騒いでる」


丘の先にある”巨木”が、昼間だと言うのにかつてないほど強く光っていた。

それは“明るい”というより、“不安定に脈打つ”輝き。

まるで世界そのものが、喉の奥で悲鳴を噛み殺しているみたいだ。


「なんだ、あれは……」


(まさか……)


『――世界樹の光が呼ぶものは、希望か、それとも破滅か。』


記録簿の一節が、嫌なほど鮮明によみがえる。

ルクスの目の奥で、八年前の光と闇が重なる。


(希望か……破滅か……)


その時だった。

広場の縁から、一人の団員がよろめくように駆け込んできた。

息は乱れ、顔色は蒼白だ。喉を潰すように叫ぶ。


「――団長!! 大変です!!」


ルクスが、静かに振り返る。

表情に揺らぎはない。だが瞳の奥だけが、すでに“判断”へ沈んでいる。


「落ち着け。何事だ」

「異常です! 森全体が震えるような音と振動が……! 中から……!」


団員の言葉は途中から息切れし、震えを帯びた。


「マナンちゃん……!」


フウカが声を落とした瞬間、アレルの犬耳が恐怖でぴくりと立ち、すぐに伏せられる。


「マナンさん達が……まだ森の中に……!!」

「――助けに行け、ルクス」


オルジィの声が、静かに響いた。


「お前がそこに立つのは、集落の為だけではない」

「……」

「救え。”光”を」

「見捨てるな。――可能性を」


ルクスは一度だけ深く息を吸い、短く頷く。


「……わかった」


オルジィの視線が、森へ――そして巨木へ戻る。


「行け。そして、最後の判断を下せ」


ルクスは外套をはだけ、剣を手にした。


─────


森の中を、二つの人影が走っていた。


「カオル! 急げ!」


ウォルの背中から汗が飛ぶ。焦りが、足音に混じる。


「う、うん!!」


カオルは息を切らしながら、必死に地面を見て走った。

全力疾走なんてできない。

それでも――“音を減らす癖”だけは、体が勝手に選んだ。

急げば急ぐほど、森は敵にも味方にもなる。


(マナンさん……!)

(お願いだ、間に合って……!)


走りたい。叫びたい。

でも、枯れ葉一枚の音が“何か”を呼ぶ気がして、足が勝手に慎重になる。

焦りと技が、胸の中でぶつかり合っていた。

心臓が祈りみたいに鳴り続ける。


「おい、あそこだ!」


森が不自然に開けた場所へ、二人の視線が吸い込まれた。

次の瞬間、現実の輪郭が、ひび割れる。


「……っ、なんだよ……あれ……」


ウォルの声が、乾いた空気に落ちた。


開けた場所の中心に、マナンが立っていた。


「はぁ……っ、はあっ……」


息をするたび肩が跳ね、

手が震え、膝から下が血で濡れている。

ひと目見ただけでわかった。

――追い詰められている。


そして――

彼女の前には、闇が形を取った巨体がいた。


漆黒の塊。

獣でも植物でもない。湿った岩のように滑らかなのに、輪郭は裂け目だらけで、どこか“傷”みたいに見える。


――瘴気獣【ヘル・グランデ】


「ゴゴゴゴゴ……」


地面が軋む。木が裂ける。土が崩れる。

巨体が一歩動くだけで、森が壊れていく。


「っ!! マナンさん!!」


カオルの声が、喉の奥から震えて絞り出される。


「……っ!? カオルくん!? それに……ウォルくん!?」


マナンの声に、驚きと安堵が混ざる。

だが――その瞬間。


瘴気獣の闇が、ぬらりと“こちら”へ向いた。

目がないのに、見られたと分かった。背中の皮膚が一斉に粟立つ。


「カオル! 話は後だ!!

マナンさんを安全なところへ下げろ!!」


ウォルが叫び、一人で前へ躍り出る。


「――お前の相手は俺だ! 来いッ!!」


剣が鞘を擦る金属音が、一瞬だけ世界を支配した。

――次の瞬間。

瘴気獣の腕が、振り下ろされた。


腕とは程遠い。闇が“質量”を持っているようだ。

歪んだ空間そのものが、殴りつけてくる。


"ギィィィンッ!!"


ウォルは受け止めた。剣を横に構え、闇を堰き止める。

金属ではない。耳を裂くような“軋み”。

地面に足が食い込み、膝がガクッと沈む。


「ッ……! なんて力だ……!!」


衝撃だけじゃない。

冷たい“何か”が剣を伝って腕へ、胸へ突き刺さる。


瘴気獣の腕が、闇を増やしてゆっくりと沈む。

動きに合わせてグゴゴゴ……と地面が鳴り、木の根が裂け、土がめくれる。

剣で防いでいるウォルの膝が、さらに深く地面へ押し込まれていく。


「くっそ……デタラメしやがって……!!」


ウォルの歯が鳴った。

“押し負ける”。

その現実が、恐怖がとなって心を殴る。


「ウォル!!」


カオルは、反射でマナンの腕を掴んだ。


「マナンさん! こっちです! 動けますか!」

「う……っ、だいじょぶっす、たぶん……!」


大丈夫じゃない。声が震えている。

それでも彼女は立とうとする。

膝が笑って、また崩れそうになる。


カオルは歯を食いしばり、肩を貸した。

“背負う”ほどの余裕はない。

それでも、引きずるように、根の陰へ――大きな倒木の裏へ連れていく。


瘴気獣から、数歩。十歩。

視界が遮れる位置まで、彼女を退避させた。


カオルはマナンを倒木の影へ座らせ、自分の外套の端を裂いて、血で汚れた膝下に巻く。

止血というより、“これ以上濡らさないため”の必死の真似事だ。


「無理しないで、今は……ここで休んでてください」

「……カオルくん……ごめん……っす……」

「謝らないで。――今は、生きて帰ることを考えましょう」


カオルは弓を取り、弦を張った。

視線は戦場へ。ウォルが、今にも押し潰される。


「――っ、どけぇぇっ!!」


ウォルが声を絞って押し返そうとする。

しかし闇は、粘りつくように沈んでいく。


カオルは狙う。腕の付け根。関節。

“止める”だけでいい。たった一瞬、呼吸を作れれば――


"ヒュッ!!"

カオルの弓から、矢が放たれた。

弦の音が静寂を裂き、矢が一直線に闇へ突き刺さる――

……刺さった、ように見えた。


次の瞬間、矢が“ほどける”ように消えた。

闇に吸い込まれ、跡形もない。


「……っ、そんな!?」


カオルの喉が凍る。


(攻撃が、効かない……?)


刺さったはずなのに、手応えがない。

抵抗がないのは“勝てる”じゃない。

“相手が存在していない”みたいで、一番怖い。


「カオルくん……!」


マナンが、倒木の影でカオルの袖を掴んだ。

声を押し殺す。“叫び”じゃない。必死の“囁き”だ。


「あいつには、物理攻撃は効かないっす……!

斬っても、叩いても、闇が……傷をすぐに塞ぐっす……!」

「……ど、どういう事ですか?」


カオルは、喉の奥で息を呑んだ。


「……昔見た……禁書に……書いてあったっす……。

倒すためには……特殊な方法で、弱点を狙わないと……」

「特殊な方法……倒し方があるんですか!?」


マナンの指が、震えながら空をなぞる。

“言葉”が、怖いみたいに。


「”光のマナ”っす……」

「中心に……弱点があって、それを貫ければ……」

「でも、もう……私には……弱点を貫くだけの力は……残ってないっす……」

「……分かりました。僕はウォルを助けに行ってきます。

その間にマナンさんはなんとか倒す方法を考えて下さい」

「……今は、マナンさんの、知識だけが頼りです」


マナンが目を見開く。

止めたいのに、止められない顔。


「カオルくん……無茶はだめっすよ……」

「無茶でも、やらないといけません」


カオルは戦場へ視線を戻す。

ウォルの剣が軋む。押し潰される寸前だ。


(このままじゃウォルが……)

(何か、打開策はないのか……!?)


カオルは相手の動きを見た。

冷静に、一瞬も隙を逃さないように。

――そして、見つけた。


「――ウォル!!」


カオルが叫ぶ。


「腕の付け根に“沈みが遅い”ところがある!!」


闇の圧は均一じゃない。

押し潰す“重なり”が薄い場所がある。

そこなら、抜けられる――そう直感した。


ウォルが一瞬だけ視線を飛ばす。

カオルの声を拾い、理解する。


「……っ、分かった!!」


ウォルは強引に体を捻り、闇の圧力から滑り出た。

腕が痺れている。剣先が震える。

だが、潰されるよりマシだ。


瘴気獣の腕が地面へ落ち、森が揺れた。

土が跳ね、枯れ葉が舞い、木々がきしんだ。


(今だ……!)


カオルは矢をつがえる。

狙いは“中心”。闇が一段濃い場所。

だが――矢はまた消える。

分かっている。それでも撃つ。


撃たなければ、何も起きない。


"ヒュンッ"


矢が闇に触れ、また吸われる。

それでも一瞬、闇の表面が“波打った”。


(反応した……?)

(今の、ほんの少しだけ……)


その時――戦場の空気が、変わった。


「――間に合ったようだな」


背後から、鋼鉄を削るような低い声。

それだけで、戦場に“重さ”が増す。

声に反応して、ウォルの背筋が反射で伸びた。


(この圧……)


「親父……!」


ルクスの影が伸び、ウォルの隣に立つ。

歩く音は大きくない。だが、立った瞬間に“場”が締まる。


マナンの横でその姿を見たカオルは、息を呑んだ。


(――なんで……?)

(団長が森の奥に……?)


「団長……!? なんでここに……!?」


カオルの声が上ずる。

ルクスは振り返らない。視線は瘴気獣に固定されたままだ。


「……判断をしに来た」


静かな声。

その一言が、カオルの心臓を鷲掴みにした。


(判断……って……)


ルクスが剣を上げる。

剣を構えただけで、散っていた恐怖が一列に並んだ。

戦場が“指揮下”に入る。


「ウォル、まず距離を取れ。

そして動きを観察しろ」

「――決して、無理はするな」

「……分かった」


親子の間に、言葉以上の命令が交わされた。


その時、瘴気獣が動く。

先程より速い。

まるで“増えた存在”を拒絶するみたいに――ルクスへ狙いを定めた。


"ゴゴゴゴゴ……"


闇の腕が振り下ろされる。空間が歪む。

腕に巻き込まれた木の年輪から、色が抜けていく。

緑が薄くなり、茶が灰に変わり、最後に“黒”だけが残る。

世界が、塗り潰されていく。


ルクスは前へ出た。

巨剣を、城壁みたいに構える。


「――行くぞ」


"ギィィィンッ!!"


衝突の音が、森を引き裂く。

ルクスの足が地面に沈む。

それでも、止まらない。押し返す。


ウォルが息をのむ。


(……押し返してる……? あの“闇”を……!)


「ウォル! 今の内に脇を狙え!」

「ああ!!」


ウォルは反対側へ回り込み、脇腹へ斬り込む。

刃が闇へ食い込む――はずだった。


「――っ!?」


粘度の高い液体に腕を突っ込んだ感覚。

刀身が、闇に吸い込まれていく。


「ちぃっ……!」


ルクスも、巨剣を叩き込む。

胴体へ。中心へ寄せるように。


"グオッ!!ザシュッ!!"


だが結果は同じだった。

刃は闇へ沈み、抵抗が、消える。

“斬れている”のに、“削れない”。


ルクスの眉間が、わずかに動いた。

焦りではない。――計算の修正だ。


(通らんか……この剣すら……)


瘴気獣が、圧を増す。

闇が濃くなると同時に、周囲の空気が寒くなる。


ルクスとウォルが、じりじり押され始めた。


カオルは歯を食いしばる。

後ろでマナンの息が細くなるのが分かる。

助けたい。走り出したい。

でも、今動けば――マナンを置き去りにする。


(僕は――)

(僕は、守るって言ったんだ……!)


カオルは矢をつがえ直す。

狙いは中心の“濃い闇”。

吸われると分かっていても、撃つ。


「――止まれ……!」


矢が飛び、闇に飲まれる。

それでも一瞬、闇の表面が揺れ、瘴気獣の動きが“鈍った”。


ほんの一拍。

ルクスの足が踏み直され、ウォルが体勢を立て直す。


(今の揺れ……)

(……中心が、反応した?)


カオルは、胸の奥で確信の種を掴みかける。

だが同時に――瘴気獣が“怒り”のような圧が増していく。


"ゴゴゴゴゴゴ……!!"


押し返される。

ルクスとウォルが、さらに一歩押される。


「くそっ……!」


ウォルが唇を切るほど噛み、叫ぶ。


「親父! このままじゃ――!」


ルクスは短く言った。


「……押し切られる前に、可能性を見いだす。

ウォル、動きを読め!」


そして、カオルの方へ――一瞬だけ視線を投げた。

“状況を見ている”目。

“判断する”目。

そして――”可能性を見る目”


(団長は……何を見てる……?)

(僕たちを……? マナンさんを……?)


瘴気獣が、もう一段、闇を濃くした。

次の一撃が来る。

森全体が、次の一撃を予感していた。

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