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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
第三章 迫りくる”闇”
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ルクスの、懸案

集会所の窓から、傾いた日差しが細く差し込んでいた。

昼を過ぎて、夕方に向かい始める時間。外からは畑仕事の掛け声が聞こえるはずなのに、今日はそれがどこか遠い。薪割りの音も、普段なら腹に響くのに、乾いて短い。


……落ち着かない。


集会所の中も同じだった。

団員たちは机を囲んでいるのに、いつものように笑い声が混じらない。話す声も、必要なことだけを切り取ったみたいに短い。誰かが言葉を伸ばしかけると、別の誰かが目で止める。


「……で、やられた見張りの傷が黒いって、本当か?」


誰かが低い声で投げると、別の団員が首を振った。


「黒いっていうか……黒ずんでる、って感じだった。土汚れが固まってるだけかもしれねぇけどよ」

「でも、嫌な黒さだったんだよ。普通の血の跡じゃないっていうか……」


机の上を、言葉が転がる。

「黒い」「変だ」「分からん」

どれも確かな形にならないまま、集会所の空気を重くしていく。


その時だった。


扉が勢いよく開いた。


「団長! ちょっといいか!? 見てもらいたいものがある!!」


風が入り、埃が舞い、団員たちが一斉に振り向いた。


入ってきたのはウォルだった。息が上がり、額に汗が浮いている。肩には布包み。ずしりと重い。歩くたび、布の中で「何か」が揺れる。


団員たちの顔が一瞬で読める顔に変わる。


“また何か出たのか”


集会所の奥、記録棚の近くにいたルクスが、ゆっくり立ち上がった。

声は低い。落ち着いている。落ち着きすぎていて、逆に怖い。


「……どうした、ウォル」


ウォルは一度、肩で息をついてから、布包みを机の上へ置いた。ドン、と鈍い音。机の脚がきしむ。


「昨夜の魔獣だ。森の縁で見張りを狙ったやつ。カオルと二人で倒した」

「倒せたのか」

「……ああ。倒せた。だが」


ウォルは布をめくった。


――血が、黒い。


墨みたいに粘る黒。

土汚れとは違う。乾いてもいない。匂いも違う。

鼻の奥がひりつくような、焦げた土と腐りかけた皮が混じったような匂いが、ふわりと集会所に広がった。


「……なんだ、こいつぁ!?」

「これ、ほんとに血か!? 真っ黒っておかしいだろ!」

「魔獣だって血は赤い筈だよな……」


ざわ、と空気が揺れた。

「黒い」という言葉が、“噂”になる瞬間の怖さがある。

口にした途端、もう戻せない感じ。


ルクスは机に近づき、魔獣の首元を覗き込む。指では触れない。触れずに、目だけで確かめる。鼻を動かし、匂いも拾う。呼吸が一度だけ止まる。


「……血が黒いな」


誰かが息を飲む音がした。

その一言だけで、“集会所の中”が一段暗くなる。


ウォルは喉の奥を鳴らし、声を落とした。


「――何かがおかしい。普通じゃねぇ」


しばらく沈黙が落ちた。

団員たちは、口を開きかけて閉じる。言えば怖さが増える。増えるのに、黙っても怖い。

その板挟みで、皆が固まっていた。


ルクスが、短く息を吐く。


「……八年前と、似ている」

「黒い血。黒い傷。森の静けさ。……それに、妙に“狙う”動き」


“八年前”

その数字が出た瞬間、何人かが目を逸らした。

誰にとっても不吉な言葉だ。思い出すだけで喉が乾く。


ウォルは唇を噛んだ。


「……俺も、そう思った。思ったから、持ってきた」

「よくやった」


ルクスは、淡々と言った。だが、その声は少しだけ硬い。

“よくやった”の裏側に、別の言葉が見える。


――また始まるかもしれない


ルクスは視線を上げた。


「カオルはどこだ」

「……フウカさん家だ。一撃食らった。傷を負って手当てしてもらってる」

「アレルは」

「アレルもだ。パープルエイブに噛まれたらしい」

「……パープルエイブ、だと?」


ルクスの眉が、わずかに寄った。

パープルエイブ――小型の魔物。普通なら、命に関わる噛み傷にはならない。


ウォルが続ける。


「カオルもアレルも、傷口に黒ずみがある。……今朝の見張りの奴と、同じ感じだ」


団員の一人が、震える声で言った。


「団長……それ、毒じゃないのか……?」


ルクスは、声ではなく“目”で止めた。

その目は「軽々しく言うな」と言っている。


「分からないことを、勝手に決めるな」

「“分かったふり”が一番危ない」


淡々としているのに、言葉だけが重く落ちる。

団員たちは黙って頷くしかなかった。


ルクスはそのまま命令に移った。迷いの余地を与えない。


「見回りを増やす。森の縁は二人一組。交代の間隔を詰めろ」

「それから、必要な外出は控えろと集落内に通達しろ」

「子どもは、安全が確認されるまで森に近づけるな。いいな?」


「はい!」

「了解です!」

「任せてください!」


声は揃うのに、勢いがない。

“任せてください”と言いながら、皆の背中が少しだけ丸い。


ルクスは最後にウォルだけを見た。


「……ウォル、奥へ来い」


ウォルは一度頷き、団員たちへ視線を投げた。


「俺は団長と話す。お前ら、今言われた通り動け。変な噂を広げるな。分かったな」


「おう……」

「分かってる」


二人が集会所の裏の小部屋へ入ると、外のざわつきが板一枚で遠のいた。


─────


小部屋は狭い。

椅子と机。棚に古い地図。乾いた紙の匂い。

ここでなら、声を落として話ができる。


ウォルが先に言った。


「……親父、随分思い詰めた顔してるな」


ルクスは返事をしなかった。

椅子に腰を下ろし、机の上に残った布――黒い染みを、じっと見ている。

見ているというより、“見せられている”顔だ。


ウォルは一歩近づいて、声をさらに落とした。


「この前、“洞窟の唸り声”の時もそうだった。落ち着いてるんじゃない。……怯えてるんじゃねぇか?」


ルクスの眉が、ほんの少し動く。


「……怯えてなどいない」


言い切ったのに、声が乾いていた。

それだけで、ウォルには分かってしまう。


「親父。正直に言ってくれ。今なら、俺たち二人だけだ」

「……」

「親父!!」


ルクスはようやく顔を上げた。

目の下に影がある。疲れじゃない。

“引きずっている”影だ。


ウォルは、その目を正面から受けた。


「……まだ夢に見るんだろ」

「――“八年前”の、あの時の夢を……」


ルクスの口元が、僅かに歪んだ。

怒りではない。痛みだ。

痛みを飲み込む癖が、その歪みに出た。


「……あぁ」


たったそれだけ。

それだけで、部屋が一段冷える。


ルクスは、ぽつりと続けた。


「あの時も最初は、“おかしい”と誰かが言うだけだった」

「森が静かで、鳥が鳴かなくて、魔獣の目が変で……」


声が少し掠れる。

掠れた瞬間、ウォルの背筋が固くなる。


ルクスは視線を落とし、机の端を指で軽く叩いた。

考えている時の癖だ。

癖が出ているということは、今も考え続けているということだ。


「……討伐には、当時の団長を筆頭に精鋭が出た」

「俺も付いて行った。部下だから。……いや、違うな」


自嘲するみたいに、鼻で息を吐く。


「“あの人なら楽勝だ”って、勝手に信じてた」

「だから、止めるって選択をしなかった」


ウォルの拳がきゅっと握られる。


「……別に、親父のせいじゃねぇだろ」

「違う。俺のせいだ」


ルクスは、迷いなく言い切った。

自分に釘を打つみたいな声。


「事態の収束を急いで、俺があの人を唆した」

「早く終わらせれば、皆が安心すると思った」

「安心のために、危険を甘く見た」


ウォルは言い返せなかった。

父の“悔い”は、言葉の強さで出来ている。

力づくで剥がせない。


ウォルは、別の問いを置いた。

今必要なのは、過去の裁判じゃない。


「なあ親父。……巨木の“光”のこと、覚えてるか」

「……ああ、覚えてる」


八年前、巨大魔獣が出る前。

南の丘の巨木が妙に光って見えた。

集落の連中は「気のせい」と笑った。

笑わないと、怖かったからだ。


ウォルが続ける。


「また光ってるのを見たやつがいるって聞いた。本当なのか?」

「……本当だ」


ルクスは否定しなかった。


「まだ一部の人間にしか知られていないが……“昨日の夜”に目撃された」

「……おかしいだろ。だってもう魔獣は――」

「ああ」


ルクスは、息を吐く。


「魔獣はマナン殿が倒した筈だ。だが、“光り”は止まっていない」

「明らかに、何かがずれている」


ウォルの喉が鳴る。

言葉が出ない。出したくない。


ルクスは机を指で軽く叩いた。

トン、トン――小さな音が、今は妙に大きい。


「……同じ過ちは繰り返さない」

「今日は行くところがある」


ルクスが立ち上がった。

椅子がきしむ。


「行くところ? どこにだ?」

「“賢老”……オルジィ師匠のところだ」


ウォルは一瞬、眉を寄せた。


「今からか?」

「今動かないのは、“逃げ”だ」


ルクスは外套を掴み、扉へ向かう。

背中が、八年前より大きく見える。

大きく見えるのに、どこか危うい。


ウォルが、背中へ声を投げた。


「親父……無茶だけはすんなよ」


ルクスは振り返らない。

振り返らずに、短く答えた。


「……無茶じゃない」


そのまま扉が閉まり、部屋に静けさが戻った。

戻ったはずなのに、静けさが怖い。


ウォルは、机の上の黒い染みを見た。

そして、集会所の外――夕方の空を見上げた。


(……また来るのか?)

(八年前みたいな日が)


遠くで、森が鳴った気がした。

獣の声とは違う。

地面の奥から響くような、鈍い音。


ウォルは拳を握り直し、立ち上がる。


「……カオル、アレル……」


今はまだ、手当てされている。

だが、この黒い“変”が広がるなら、明日が無事とは限らない。


ウォルは、集会所の扉へ手をかけた。


(もうすぐ――何かが起きる)

(親父も、俺も……止まれない)


夕日が沈みかけていた。

その光が、まるで“最後の普通”みたいに見えて、ウォルは目を細めた。


そして――ルクスの背中が向かった先、

闇の方角に、嫌な予感だけが残っていた。


(賢老……オルジィ)

(親父は、そこで何を聞くつもりなんだ)


その答えが、今夜のどこかで決まる。

そんな気がしてならなかった。


――その時。


集会所の外、森の方から、低い音が届いた。


唸り声のような。

けれど獣の声じゃない。もっと深い。地面の底から、空気を震わせてくるような音。


ウォルは動きを止めた。

息を吸うのも忘れて、耳を澄ませる。


……もう一度、来る。


遠いのに、確かに“近づく”気配がある。

森が、こちらを見ている。そんな錯覚が背筋を撫でた。


「……くそ」


小さく吐き捨てて、ウォルは拳を握り直す。

扉の外へ出ると、夕暮れの空気は冷えていて、集落の灯りが一つ、また一つと点き始めていた。


普通の夜が来る。

来るはずだ。


それなのに――

森の奥の闇だけが、普通の夜を拒んでいる。


ウォルは、闇へ背を向けることができなかった。

背を向けたら、何かが決定的に始まってしまう気がしたからだ。


その気配を背中に貼り付けたまま、ウォルは集会所の戸を閉めた。


そして同じ頃。

集落のどこかで、眠れない夜が始まろうとしていた。


(――明日じゃない。今夜だ)

(今夜のうちに、何かが“動く”)


森の唸りは、もう一度だけ――

夜の底で、鈍く鳴った。

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