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転送少女とケモミミ少年 -Zerofantasia Gaiden-  作者: zakoyarou100
第三章 迫りくる”闇”
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火種は、燻る

マナン達が足音に身構えていると、段々と音がはっきりと形を持ち始める。


乾いた土を蹴る音。枝を払う音。息の荒さ。

――音は複数。

――何かを、急いでいる。


マナンが息を飲む。

アレルが反射的にマナンの前へ出て、犬耳をぴんと立てた。


「だ、誰か来ます! えっと、匂い……汗と血……あっ、でも敵じゃないです! たぶん!」


慌てた敬語の言葉が終わるより先に、茂みが割れた。


“ガササッ“


「――えっ……ま、マナンさん!?」


飛び込んできたのはカオルだった。

脇腹を押さえ、服の裂け目から赤が滲む。息が切れているのに、目だけが真っ直ぐマナンを探していた。


「か、カオルくん……っ!?」


次いでウォルが現れる。剣を握ったまま、視線は森の奥を警戒している。

その手には、布でぐるぐる巻きにされた“何か”があった。布の隙間から、黒い液が滲んでいる。


「二人とも……無事で――」


言いかけたマナンの声が途切れた。

カオルの傷と、ウォルの布から漂う異臭――

焦げた土と、腐りかけた皮の匂いが混じったような、胸の奥がひりつく匂い。


─────


カオルはマナンの顔を見た瞬間、安堵したように息を吐いた。

けれど――次の瞬間、その視線がマナンの足元に落ちる。


草の上に、マナンの頭上にあるはずの、猫耳カチューシャのパーツが落ちていた。


「……まさか」


カオルの喉が小さく鳴った。

――見られた? 気づかれた?

けれど、何も言わない。

何も言えない。


代わりに、マナンの隣に立つアレルを見て、アレルの腕の傷を見て、眉をぎゅっと寄せた。


「……アレル、怪我を……」

「だ、大丈夫です! えっと……僕の方は……えっと……その……」


アレルは言葉が迷子になったまま、マナンをちらりと見た。

見てはいけないものを見た目をしている。


「大丈夫……ですから」


口に出せない言葉を、喉の奥に押し込んだ。


ウォルが舌打ちをした。


「今は喋るな。まずは帰るぞ。ここは場所が悪すぎる」

「……ウォルくん、それ……持って帰るんっすか?」


マナンが布包みを見て問いかけると、ウォルは目を細めた。


「あぁ。俺たちが倒した例の魔獣だ。……ただし普通じゃねぇ」


カオルが短く頷く。


「血が、黒かったんです」


その一言が、背骨に冷たい針を刺した。


(黒い、血?)

(まさか……魔物や魔獣が、が凶暴になった原因って……)


マナンは喉の奥まで出かけた言葉を、ぎり、と噛み砕いた。

――瘴気

――魔界樹

今言えば”掟”に触れる。


だから――今は、黙る。


「……考えてても仕方ないっす、今は帰るっすよ!!」


マナンは、いつもの声を作って言った。

笑顔も、声も。

作り物の明るさが、体温を取り戻すための布みたいに必要だった。


「……はい」


カオルが答える。

その声は、さっきまでの焦りが嘘みたいに静かだった。

静かで、重い。


アストラ・ヴィータが胸元で淡く光る。

まるで「落ち着け」と言われているように。


─────


集落へ戻ると、騒ぎはさらに大きくなっていた。


怪我をした見張りの周りには人が増え、包帯が増え、噂が増えていた。

「魔獣が出た」では足りず、「魔獣が変だ」「森が変だ」「最近変だ」と、

みんなが口にしないはずの“気のせい”を口にし始めている。


そんな中、カオル達の姿に気づいたフウカは、一瞬で状況を把握した。


「カオル! どうしたんだいその脇腹!」

「魔獣に少し……でも浅いです。

……服が裂けただけで」

「そんな言い方する子は傷が深いんだよ!!」


フウカは容赦なくカオルの服をめくり、傷口を確かめた。

その手つきは優しいのに、迷いがない。

カオルが痛みに小さく息を吸うと、フウカは「ほら」と眉を吊り上げた。


「やっぱり浅くないじゃないか、全く……痩せ我慢なんてするんじゃないよ。

……ところでウォル、あんたのそれ、何だい?」


ウォルが布包みを持ち上げる。


「明らかに変な魔獣だ。とりあえず団長に見せる。触るなよ。……マジで」

「触らないよ。……でもなんだかその、匂いが――」


フウカは鼻をひくつかせ、表情を固くした。


(フウカさん……気づく)


マナンの胸が、ぎゅっと締まる。

昨日の青白い光。賢老の話。帳面。

フウカの中で“点”が繋がり始めている。

さらに――


「アレル!! アンタその腕!!」


フウカの声が跳ね上がった。


「えっ!? あ、あの、その……!」


アレルが一瞬固まる。

犬耳がぺたりと伏せ、しょげた空気だけが伝わる。


「……転んだのかい?」


フウカは一瞬で“言い逃れの道”を用意してくれた。

――問いかけに見せた、救いの縄。

アレルは、喉を鳴らして――その縄にしがみついた。


「……は、はい! えっと……転びました! 木の枝で……!」

「木の枝でここまでいくかい?」


フウカは目だけ笑っていない。

けれど、そこで追及はしなかった。


「とにかく、うちに来な。二人とも」

「でもフウカさん、僕たちはルクス団長へ報告を――」


カオルが言いかけると、フウカは手を振った。


「何言ってるんだい、報告はウォルが行けばいい。あんたは傷を塞ぐのが先だよ。

……試験前に倒れるのは、許さないよ」


「……はい」


カオルの返事が、少しだけ弱い。

彼の頭の中には、別の心配がある。


(……マナンさん)


カオルがちらりとマナンを見る。

マナンは何も言えない。

代わりに、いつもの元気な頷きを返した。


「大丈夫っす!」


そう言ってしまえば、しばらくは本当に大丈夫な気がした。


─────


フウカの家は、薬草と土と煮込みの匂いがする。

安心の匂い。

なのに今日は、その匂いの奥に薄い緊張が混じっていた。


フウカはまずカオルを座らせ、傷を洗い、薬草を擦り、丁寧に巻く。

手際が良すぎて、カオルが口を挟む隙がない。


「痛いかい」

「……少し」

「まったく……“少し”のときは、痛いんだよ。馬鹿だね」

「……はい」


カオルは素直に叱られる。

叱られるのに、目はずっと落ち着かない。

マナンの方へ意識が引っ張られている。


一方で、アレルは椅子の端でそわそわしていた。

腕の傷を隠そうとして、隠せず、結局は両手でぎゅっと押さえたまま。


「――アレル、こっちへ来な」

「は、はいっ!」


フウカが呼ぶと、アレルは跳ねるように立ち上がり、つまずきかけて、慌てて姿勢を正した。

フウカは黙って腕の包帯を解く。

傷は深いが、致命傷ではない。

ただ――噛み跡の縁が、少しだけ黒ずんでいる。


フウカの手が止まった。


「……これは」


アレルが息を止める。

マナンも息を止める。


フウカは視線を上げ、アレルの目を真っ直ぐ見た。


「……正直に言いな。何があった」


アレルの口が震えた。

目が揺れた。

それから――マナンを見た。


(言わないで)


マナンの心が叫ぶ。

叫んでも声にならない。


アレルは、泣きそうな顔で唇を噛み、言葉を選ぶ。


「……ま、魔物が……出ました」

「……」


「ぼ、僕がナイフで……その……応戦したんですけど……えっと……一匹じゃなくて……」


言える範囲だけを、必死に繋いでいく。

そして、最後の一線――“魔法”と“耳”のことだけは、飲み込んだ。


フウカは沈黙した。

沈黙が長い。

その間、鍋の煮える音だけが家の中を満たす。


やがてフウカは、ため息を吐いた。


「……よく生きて帰ったね」


その言葉だけで、アレルの肩ががくんと落ちた。

叱られなかった。

それが、かえって怖い。


フウカは包帯を巻き直しながら、低い声で言う。


「……今日のことは、誰にも言うんじゃないよ」


アレルが顔を上げた。


「……はいっ!」


その返事が早すぎて、逆に痛い。

フウカはアレルの返事の“速さ”を見て、何かを悟ったように目を細めた。

だが、追及はしない。


代わりに、フウカはマナンへ視線を移す。


「マナンちゃん」

「は、はいっす」

「……明日の準備、ちゃんとするよ。

明後日の試験は――ただの料理じゃない」


マナンは頷く。

喉の奥に、苦いものが溜まっていく。


フウカは続けた。


「今、集落は揺れてる。

魔獣が出た。怪我人が出た。良くない噂が広がった。

こういう時、掟は強くなる。強くなりすぎる」


(……追放)


その言葉が、マナンの胸の奥で冷たく転がった。


カオルが小さく口を開く。


「……フウカさん。団長は、試験を中止には……?」


フウカは首を横に振った。


「中止にはしない。

こういう時ほど“いつも通り”をやる。掟ってのはそういうものさ」


カオルの眉が、さらに寄る。


「でも、森が危険なら――」

「危険でも、森に入る。

森に入れない者は、この集落では生きられない。

……だから試験は、むしろ厳しくなるかもしれない」


その言葉が、マナンの背中を冷たく撫でた。


(……厳しくなる)


厳しくなるのは、試験だけじゃない。

“見張り”の目。

“掟”の刃。

そして――「外のもの」を弾く空気。


カオルが拳を握る。


「……マナンさん」

「……はいっす」

「明日、もう一度、森の入口だけでも一緒に確認しましょう。

危険な場所、避ける場所……」

「うん。ありがとうっす」


言いながら、マナンの手はわずかに震えた。

さっきの魔法の反動ではない。

震えの理由は、もっと根の深いところにある。


(また悪夢、見たらどうしよう)

(試験当日に、手が震えたらどうしよう)


アストラ・ヴィータが、淡く淡く光っている。

慰めの光なのか、警告の光なのか、もう分からない。


─────


その夜。


フウカの家を出て、カオルの家へ戻る道すがら、空気は妙に澄んでいた。

星が近い。

風の匂いが冷たい。

“いつもより静かすぎる”夜。


「……マナンさん」


カオルが前を向いたまま言った。


「今日、何かありましたか」


マナンは一瞬、足を止めそうになる。

問い方が、優しすぎる。

問い詰めない。

でも、逃がさない。


「……魔物が出たっす」

「……アレルが怪我をした理由ですね」

「……そうっす」

「それ……以外は?」

「……」


マナンは笑おうとした。

笑顔を作ろうとした。

だが、唇が動かない。


カオルは、それ以上聞かなかった。

代わりに、歩幅を少しだけ落とした。

マナンの隣へ並ぶ。

距離を詰めすぎない。

でも、離れない。


「明後日、試験が終わったら」


カオルが言う。


「……前言っていた”全部”を、僕に話してくれませんか?

でも、“話せる範囲”でいいです。

……無理にとは言いません」


マナンの胸が、ぎゅっと痛んだ。


(話したい)

(でも、話せない)

(話したら――カオルくんは……

私のことを”嫌い”になる)


言葉が喉に詰まる。

だから、マナンはいつもの言葉で逃げた。


「……はいっす。約束っす」


カオルは小さく頷いた。


「約束です」


その声が、夜の冷気の中で温かかった。


――――――――――――――――――――


家に戻ると、二人は黙々と試験の準備を始めた。


籠の点検。

布の補修。

紐の結び目。

火打ち石の位置。

塩の量。

水筒の確認。


「……塩は、ほんとに少しでいいんっすね」


マナンが言うと、カオルは頷く。


「重いですし、湿気るので。

それに……塩は“交換”でも手に入ります。

試験は、森の中だけじゃ終わりませんから」

「試験中に物々交換出来るっすか?」

「はい。“食材を集める”の中には、人と交渉するのも含まれます」


マナンは目を丸くした。


「それは……難しいそうっすけど、

使いこなせれば可能性が広がるっすね……!」

「でも、マナンさんは……人と話すのが得意です」


カオルがさらりと言う。

マナンは一瞬、言葉を失った。


(……得意)


自分が得意なのは、きっと“笑うこと”だ。

笑って、誤魔化して、怖さを隠して、生き延びること。

でも、カオルはそれを“強さ”として見てくれている。

胸の奥が温かくなって、同時に怖くなる。


(私は……彼に、”嘘”をついている)


アストラ・ヴィータが淡く光る。

まるで「時間がない」と告げるように。


その時――外で、遠い唸り声がした。


獣の声ではない。

もっと深い。

地面の下から響くような、鈍い音。


カオルも顔を上げる。

獣耳がぴくりと動く。


「――今の」

「……聞こえたっすか」


二人の視線が交わる。

言葉にしたくない“同じ不安”が、そこにある。


カオルは小さく息を吐いた。


「……寝ましょう。明日は、準備を詰めます」

「……はいっす」


マナンは頷く。

頷きながら、胸の奥で悪夢の槍がまた光る気がした。


(また、夢を見る)

(見たくない)

(でも、たぶん――)


ベッドに入っても、眠りは簡単に来なかった。

静かすぎる夜が、逆に耳を痛くする。


─────


そして、ようやくまどろみに落ちかけた頃。


――コン、コン。


戸を叩く音。


こんな夜更けに。


カオルが即座に起き上がり、短剣に手を伸ばす。

マナンも身を起こした。心臓が早い。


――コン、コン。

もう一度。


「……誰ですか」


カオルが低い声で問う。


外から返ってきた声は、意外なほど落ち着いていた。


「カオル。起きているかい」


フウカの声だった。


カオルが戸を開けると、フウカが立っている。

ランプを片手に、夜気の中で息が白い。


「……フウカさん? 何か――」


フウカは一拍置いて、言った。


「賢老が、呼んでる」


その言葉が、マナンの背筋を凍らせた。


「……師匠が? 帰ってきたんですか?」


カオルが聞き返す。

フウカは頷く。


「今夜のうちに、だよ。

……それから、これは“団長には言うな”って」


カオルの顔が固まる。

マナンの胸が、どくんと鳴った。


(賢老)

(フウカさんが、団長に言わない)

(夜中に、呼び出し)


――全部が、繋がる。


フウカは続けた。


「二人で来な。

……明後日の試験の前に、“聞いておくべき話”がある」


マナンは、胸元のアストラ・ヴィータを押さえた。

淡い光が、まるで呼びかけに応えるみたいに揺れる。


カオルがマナンを見る。

その目に、覚悟が宿っていた。


「……行きましょう、マナンさん」


マナンは、喉の奥の震えを飲み込んで頷いた。


「……はいっす」


夜の外へ出ると、空気が冷たい。

星は綺麗すぎて、怖い。


フウカのランプの光が、道を照らす。

その光が揺れるたび、影が伸びて縮む。


――まるで、何かがついてくるみたいに。


マナンは無意識にカチューシャの耳を押さえた。

外れないように。

外れたら、戻れない気がしたから。


そして三人は、集落の隅――“賢老の家”がある闇へ向かって歩き出した。


明後日の試験の前夜。

集落の空気が変わる。

“掟”が締まる。

森が唸る。


その中心に、自分たちが引き寄せられていくのを感じながら。

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